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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第13回 インドネシア――違法判決直前の不均衡な合意

Indonesia: An Inequitable Agreement Just Before the Tariffs Were Invalidated

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001866

2026年4月

(5,728字)

長い交渉の末の最悪のタイミング

2026年2月19日、米連邦最高裁がトランプ相互関税に違法判決を下す前日、インドネシア・プラボウォ大統領は訪問中の米国で相互貿易協定に署名した。本稿では、均衡を大きく欠いた協定がインドネシアに与える懸念について考察することを目的に、インドネシアと米国間の貿易関係をまとめ、合意内容について確認する。

2025年4月2日の相互関税32%の発表を受け、インドネシア政府は外交関係者や貿易交渉団を米国に派遣した。交渉を続けた結果、7月16日に関税率19%、米国の工業製品、食品、農産物全般に対する関税障壁の約99%の撤廃で合意した1。併せてインドネシアは米国から150億ドル相当のエネルギー(石油、ガス)、米国産農産物45億ドル相当、32億ドル相当の航空機50機を購入することが合意されたと多くのメディアが報じた2。高関税を回避できたことは評価されたが、その後もパーム油、コーヒー、ココアなど米国で生産できない商品についての関税引き下げの可能性を探って交渉は継続された。交渉は長引き、2025年末には2026年1月後半と言われていた合意は大幅に遅れ2月19日となった。

長期にわたる交渉の結果、7月の合意のとおりインドネシアが米国製品の99%以上に対する関税を撤廃し、米国はインドネシアからの輸入に対して相互関税19%を課すが、パーム油、電子機器などを含む1819品目はゼロ関税とした。また、米国からの材料の輸入を条件としてインドネシア製繊維製品・衣料品の一部を関税割当制(TRQ)によって関税ゼロとした(後述)。

しかし、合意された相互貿易協定は、「インドネシアはしなければならない、という義務を課す文言が211カ所ある一方で、米国側は9カ所しかなく公正な互恵性がない」3という批判の声があがるほどに、インドネシアの義務に偏った非対称な合意となった。合意内容のうち関税に関する条項はごく一部でしかなく、その他は非関税障壁、さらにインドネシアの天然資源、個人情報、産業政策など貿易取引の範疇を超えるもので、インドネシアの政策余地を大きく制限する可能性をもつ内容となった。

相互貿易協定署名後のプラボウォ大統領(左)とトランプ大統領(右)

相互貿易協定署名後のプラボウォ大統領(左)とトランプ大統領(右)
限定的な貿易における影響
インドネシアにとって米国は中国に次ぐ2番目の輸出先である。中国は輸出の約25%を占めるものの、輸入も大きいため中国に対しては大幅な貿易赤字を抱える。一方米国への輸出は約10%であり継続的な貿易黒字である。ただ、輸出がGDPの20%程度のインドネシアにとって対米輸出はGDPの2%でしかない。インドネシアでは製造業がGDPに占める割合は低く、ベトナム、タイ、マレーシアなどと異なり、グローバル・バリュー・チェーン(GVCs)に組み込まれていないこともあって電子機器やコンピュータなどの工業製品の輸出は多くなく、米国への輸出も衣類やパーム油などである。

図1 インドネシアの対米貿易額(輸出および輸入)の推移

図1 インドネシアの対米貿易額(輸出および輸入)の推移

(出所)Bank Indonesia, Indonesian Economic and Financial Statisticsより筆者作成

表1 2025年、インドネシアの対米貿易における上位10品目(HS4桁分類)

表1 2025年、インドネシアの対米貿易における上位10品目(HS4桁分類)

(注)*1番目の光電半導体デバイスは、2024年は13番目の
6億ドルであったが、2025年は3.5倍増となった
(出所)UN Comtradeより筆者作成

2025年のインドネシアから米国への輸出額は305億ドル(全輸出全体2804億ドルの11%)であった(図1)。米国への主要輸出品目(HS4桁)は、通常、パーム油、履物、衣料品、エビなどが占める(表1)。ただし、2025年は輸出品目に変化があった。首位になったHS8541の光電半導体デバイスのほとんどは太陽電池(HS8541.42と8541.43)である。プラボウォ大統領は持続可能なエネルギー自給率の向上を目指している。そのなかでも注力しているのは太陽光発電設備の増強であり、2025年半ばから中国の投資によって生産が増加し始めた。その結果、2025年後半にインドネシアの太陽電池の輸出が急増して全体で前年の4.7倍になり、米国向けも3.5倍となった。

米国向け輸出の特徴として、輸出全体に占める割合は大きくないものの、米国市場に依存している品目が多い(表2、右列の米国向け割合参照)。太陽電池も2025年は輸出全体が拡大したため米国向けは68%と下がったが、それまでは9割以上が米国向けだった。またメリヤス編衣類はインドネシアの全輸出の2%程度、家具の輸出は1%に満たないが、そのうち米国への輸出が6割近くを占める。そのため、特に衣類に関しては相互関税の引き上げの影響が懸念されていた。

表2 米国向け輸出上位10品目(HS2桁分類)

表2 アメリカ向け輸出上位10品目(HS2桁分類)

(出所)UN Comtradeより筆者作成
インドネシアではクローブ、パーム油、ココア、コーヒーなど10種類のプランテーション作物を戦略的商品と定める法案が審議中であるため、7月22日に関税19%で合意した後もこれらを対象から外すための交渉が継続された。その結果関税はゼロになった。しかし、戦略的商品の米国向け輸出の割合はクローブが4%、ココアは17%、コーヒーは14%である。バニラの71%、シナモンの49%など、詳細にみれば米国依存のものもあるものの、これら戦略商品作物の輸出全体に占める割合は1%かそれ以下でしかない。確かに米国は第2の輸出先であり最大の貿易黒字相手国であるが、GDPの2%の市場のための2月19日の合意はインドネシアの経済政策や経済構造にまで干渉する不均衡な内容となった。
貿易取引を超えた広範な合意内容

最終合意の主な内容は以下のとおりである(表3)。政府はこの合意について、インドネシアが米国に市場を開放してもその多くはインドネシア製品と競合しないこと、さらに主要な輸出品である繊維・衣料品は関税割当制度(TRQ)に基づいて一定数量までゼロ関税となる仕組みが適用されることを挙げて、労働集約産業である繊維産業に400万人の雇用を生み、インドネシア経済に大きく貢献すると主張した。また、パーム油、コーヒー、ココア、香辛料、ゴム、半導体を含む電子部品、航空機部品を含む1819品目がゼロ関税であること、加えてこの相互貿易協定は、インドネシアが2045年に5大経済大国になることを目指す国家目標「黄金のインドネシア」にかなっており、インドネシアと米国両国にとっても「新たな黄金時代」と呼ばれていると合意の成果を強調した4

今回の合意は、中国からの安価な輸入品の急増により倒産・解雇が続く繊維産業にとって朗報のように思われる。しかし、インドネシアからゼロ関税で輸出できる量は、米国産綿花や合成繊維などの米国産繊維素材の輸入量に応じて決定される。現在綿花の輸入先は中国、ブラジル、オーストラリア、米国で全体の4分の3になるが、割高な米国産の綿花を使えば綿製品の価格競争力は低下する可能性がある。さらに、今回、米国から裁断済み古着の輸入を認めることが新たに決定された。そもそもインドネシアにはその古着を商業ベースで新たな繊維に加工する技術はまだない。また、2025年は合成繊維の70%を中国から輸入しており、米国からは0.5%でしかない。そのため仮に、米国からの輸入を強制されるとサプライチェーンに混乱を招く可能性がある5。加えて、現在禁じられているはずの古着の輸入が急増し、縫製工場などで大量解雇が続くため、政府が古着の輸入を厳しく監視している最中である。それが今回の合意で中古衣料品の輸入につながると繊維業界も懸念を示している。

表3 相互貿易協定における合意内容

表3 相互貿易協定における合意内容

(出所)Center of Economic and Law Studies (CELIOS)「インドネシア-米国間の
相互貿易協定への異議申立て」および各種報道記事より筆者作成
関税を超えた構造的なリスク

政府は合意に関して、他国とは異なりインドネシアと米国の合意は純粋に貿易に関するものである6と説明している。しかしながら、実際の合意内容は貿易取引にとどまらず、経済構造や政策にまで波及するリスクを抱えるため、国内で激しい批判が噴出した。署名をした翌日にIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税措置を違法とする判決が下されるというタイミングの悪さもさることながら、相互貿易に関する協定という形ではありながら、条項の多くは米国の便宜を図るためにインドネシア側がとるべき「義務」について羅列されるという非常にバランスを欠いた合意への憤りである。GDPの2%の輸出と引き換えに、重要鉱物資源へのアクセス、デジタル貿易の主権の喪失、労働市場への介入、新たな貿易協定への自主性の放棄といった今後の政策の自由度を大きく損なう合意に警鐘が鳴らされた。

重要鉱物資源へのアクセス

インドネシアでは2023年に電気自動車のバッテリーなどに不可欠なニッケル、コバルト、リチウム、希土類金属などを含めた47種類の鉱物資源を「重要鉱物」に設定した7。さらに2024年には電気自動車、エネルギー(太陽電池)、医薬品などヘルスケア、ICT、防衛などの戦略的産業の原材料となる鉱物を「戦略的鉱物」として金、銀を含む22種類を分類し8、インドネシア経済の成長戦略にとって重要な要素として位置づけている。

現在のインドネシアでは、未加工鉱物の輸出を制限して国内で付加価値をつける「川下化」政策が重要な経済政策である。しかし、協定では重要鉱物を含む工業用原材料の米国への輸出制限を撤廃することが定められた。これは未加工鉱物の輸出制限を緩和するとも解釈でき、工業化に向けて構築されてきた川下化政策の変更を余儀なくされる可能性がある。これに対して政府は、未加工鉱石の輸出は行わず、米国企業と協力して川下化政策を実施し、重要鉱物やレアアースの加工産業を発展させることを奨励するものだと説明した。

また、米国投資家に対する所有制限なしの外国投資を認めた。フリーポート・マクモラン社についてはグラスバーグ銅山における採掘権の延長と操業拡大を決めた。これに対して、政府は同社による銅鉱山の開発は1967年からで特に目新しいものではないことを強調した。しかし、2014年の新鉱業法施行時、政府は未加工鉱物輸出を禁止するために外国資本の鉱山会社の国内資本化を進め、同社とは長い協議を経て、インドネシア政府に51.24%を譲渡する代わりに、採掘権の2041年までの20年間の延長という現在の状態にこぎつけた。今回の合意はそうした国としての持続的な努力が踏襲されない内容といえる。

データ貿易――デジタル産業への重大な影響

相互貿易協定は、米国による対米貿易黒字国に対する関税を使った強要であるが、問題とされるのは財貿易の赤字である。サービス貿易、特にデジタル貿易では米国は最大の輸出国であり、最大の黒字国であるため、サービス貿易に関しては論拠が異なる。データ貿易に関するインドネシアとの合意は、7月の両国共同声明の段階から多くの懸念が出されていたが、その懸念は届かず、結果として米国のデジタル産業の利益を保護するためにインドネシアのデジタル産業の主権は失われたという批判が出るほどの不均衡なものとなった。

データ越境・データ移転の合意では、米国の個人データ保護規制がインドネシアと同等であると認めさせ、米国へのデータ移転を保証することが決まった。この条項は利用者の同意なしにデータが米国に移転できるため、インドネシア国民のデジタル権利とデータ主権を侵害すると批判されている。これに対して政府は合意されたデータ移転は、引き続きインドネシア国内法規の適用を受けると表明しているものの、懸念に対する全面的な回答にはいたっていない。

また、インドネシアが米国企業にデジタル税その他の賦課金を課すことが禁止された。インドネシアは2020年からインドネシアに恒久的施設を持たない外国企業に対してデジタル製品やサービスに付加価値税を課税9しているにもかかわらず、である。さらにインドネシアがWTOにおける「電子的送信」に対する関税の永続的なモラトリアム(すなわち関税をかけない)の多国間採択を即時かつ無条件に支持することが決まった。「電子的送信」に対する関税に関して、デジタル・コンテンツは電子的送信に含まれると定めているWTOの「関税条項」への支持をインドネシアは保留してきた10。その姿勢を覆すことになり、関連政策について国としての主体性を失った形となった。

ハラール認証――宗教的価値vs世界最大の市場価値

同じASEANでイスラム教を国教とするマレーシアと米国の協定においてもハラール認証は重要な事項であった。マレーシアはハラール認証に関して国家主権の問題としてとらえて交渉した結果、「簡素化する」という合意にいたった11。一方、インドネシアでは米国製品の利益を保証する義務が詳細に規定された。国の9割がムスリムであり世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアでは、ハラール認証は国家機関であるBPJPH(ハラール認証庁)による審査と宗教的権威であるインドネシア・ウラマー評議会(MUI)によるファトワ(宗教的法学裁定)の発行によって認められる。2024年10月からハラール認証の義務化12が始まっているが、米国製品はその要件から免除されることが決まった。さらにインドネシアのBPJPHが認定した米国のハラール認証機関は、これまで必要だった追加的な適合性評価を求められなくなった。インドネシアのハラール認証は国家が発行する認証として厳格に審査されている。しかし今後は米国の民間団体によるそれぞれ基準の異なる認証をそのまま受け入れなければならなくなる。これに対しては国内のハラール規則と矛盾すると強い批判が出ている。

成り行きを見守る

このほか多くの詳細な項目がインドネシアの義務として定められたが、インドネシアの法律と矛盾するものも多い(表3)。またマレーシアやカンボジアでも導入された強制労働産品の輸入規制については、インドネシアには規制に加えて、労働法を改正して労働者の結社の自由・団体交渉権を完全に保護することが義務として盛り込まれるなど、主権がどちらにあるのかわからない内容となっている。

ただ、合意内容に関して批判はしつつも、トランプ関税と無縁でいられる国はどこにもなく、協定への署名はインドネシアの立場を確保するための現実的な措置という見方があるのも事実である。合意内容は署名の90日後に発効するが、政府は米国国内政策を尊重し、進展を見守り、二国間貿易協定に関する重大な追加的決定は、当面は行わないという方向性を示している。一方、違法の判決が出た今、インドネシアは批准を拒否することも可能であるという議論もあるが、いずれにせよ先行きは不透明なことに変わりはない。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • BPMI Setpres/White House(Public Domain)
著者プロフィール

濱田美紀(はまだみき) アジア経済研究所開発研究センター。商学博士。研究分野はインドネシアの金融部門の発展を中心に、インドネシア経済、ASEAN諸国の金融部門およびイスラム金融など。


  1. インドネシア:Kementerian Koordinator Bidang Perekonomian Republik Indonesia, “Negosiasi Capai Kesepakatan, Indonesia dan Amerika Serikat Memulai Era Baru Hubungan Dagang yang Saling Menguntungkan.”/米国:The White House, “Joint Statement on Framework for United States-Indonesia Agreement on Reciprocal Trade.”
  2. 関税以外の商取引の内容は7月22日付の米国の声明にはあるが、7月16日のインドネシア側の公式な発表には入っておらず、トランプ大統領が7月15日にソーシャルメディアアカウント「Truth Social」へ投稿した内容がインドネシア国内で報じられた形となった。
  3. “Akademisi UGM: Perjanjian Indonesia-Amerika Bukan Resiprokal.” Tempo, 25 Februari 2026.
  4. Indonesia dan AS Capai Agreement on Reciprocal Trade, Tarif Nol Persen Berlaku untuk 1.819 Produk Indonesia.” インドネシア内閣官房ウェブサイト。
  5. Anastasya Lavenia Yudi, “CSIS: US Zero-Percent Textile Tariff Carries Structural Risks.” Tempo, 27 February 2026.
  6. 注4に同じ。
  7. 重要鉱物分類決定に関するエネルギー鉱物資源大臣令2023年第296.K/MB.01/MEM.B号。
  8. 戦略鉱物分類決定に関するエネルギー鉱物資源大臣令2024年第69.K/MB.01/MEM.B号。
  9. 上野渉「ネットフリックスなどデジタル事業者へ10%のVAT課税へ」ジェトロ・ビジネス短信、2020年7月13日。
  10. 岩田伸人「第二次トランプ政権のデジタル貿易政策、展望と課題」『国際貿易と投資』No.141、2025年、pp.16-30。
  11. 熊谷聡「第3回 マレーシア――ASEAN議長国の立場をフル活用IDEスクエア、2025年11月。
  12. ハラール製品保証の実施に関する政令2024年第42号。
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