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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第9回 韓国 トランプ関税攻勢下の李在明――「対米巨額投資」をめぐる政治決着とその後
South Korea under Trump’s Tariff Pressure: Mega-Investment, Security Bargains, and the Fragility of a Transactional Alliance
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001767
2026年2月
(5,830字)
はじめに――「気まぐれな爆弾」としてのトランプ政策
世界各国は、トランプ米大統領が繰り出す関税攻勢や制裁、同盟国への費用負担要求といった、予測困難な政策運用に翻弄されている。とりわけトランプの意思決定は即断即決を旨とするものであり、政策の整合性よりも国内向け成果の演出を優先する局面が多い。その結果、従来の外交交渉で前提となってきた「積み上げ」「制度設計」「官僚間の調整」を踏まえた合意形成が機能しにくくなっている。
トランプの予測困難な政策に翻弄されるという点では李在明政権も例外ではない。トランプは過去の経験から李在明(イ・ジェミョン)大統領を文在寅(ムン・ジェイン)政権の路線を引き継ぐ存在と見て、全面協調でも全面対決でもない是々非々の構えを取っているように見える。さらに、2025年初の第2次トランプ政権の立ち上がり期に韓国は尹錫悦(ユン・ソンニョル)弾劾政局の渦中にあり、対米窓口が事実上機能不全となり、この出遅れが、後の交渉で韓国側の選択肢を狭めた(阪田2025)。2025年6月に李在明政権が発足して以降、韓国はようやくトランプと正面から向き合うことになるが、その最初の試練が「関税」と「巨額対米投資」であった。
韓国大統領。会談の席上3500億ドルの韓国の対米投資に関し首脳間の合意が成立した
トランプ関税への対応――巨額の対米投資と安全保障のバーター取引
アメリカは4月に対韓相互関税を25%と設定する方針を示したが、韓国は7月末、回避・引き下げに向けた交渉で原則15%への引き下げを取り付けた1。だが、その条件が3500億ドルという巨額の対米投資であった。韓国内では当初、「負担が大きすぎる」と反発が強まり2、交渉は難航した。韓国が要求された投資金額は日本やEUの対米投資(それぞれ5500億ドル、6000億ドル)と比較され、金額自体は小さいとの見方もあり得る。だが、GDP比で韓国は18.8%に相当する投資を要求され、この比率は日本やEUに比べても際立って大きい。問題はそれだけではない。投資実行に当たっては、国際通貨ではない韓国ウォンの相場が不安定化する懸念や、韓国の財政余力、そして投資主体の調達能力もネックとなった。
韓国側は韓米通貨スワップなどの対案提示も試みたが、アメリカ側は拒否した。さらに9月には在米韓国人労働者300人拘束という事態が生じ、両国間の空気は一時険悪化した。こうした状況のなかで李大統領は9月11日の就任100日会見で、対米交渉の三原則(①裏面合意をしない、②国益、③合理性と公正性)を提示した3。これは国内世論に対し、密室取引ではなく透明性を担保する姿勢を示す意図が強かったとみられる。
その後もアメリカは韓国に対して執拗に資金拠出を求めた。9月25日にトランプが韓国に投資金額の前払い要求を突き付けたのに対し、その翌々日の27日に魏聖洛(ウィ・ソンナク)国家安保室長が「3500億ドルの現金投資は無理」と述べている4。9月末時点の外貨準備は4220億ドルであり、その8割強に当たる資金の手当てには構造的な制約があった。だが、韓国側は慶州で10月31日から開催予定であったAPEC首脳会議前の合意成立を急ぎ、同月29日の韓米首脳会談で最終合意が成立した。11月14日には合意内容を説明するファクトシートが韓米双方から公表された5。
実はアメリカが韓国に対して相対的に重い投資負担を求めたことの背景には、在韓米軍の維持および拡大抑止を中核とする対韓防衛コミットメントの「現金化」がある。トランプ政権下では、在韓米軍駐留経費の大幅な増額要求や、同盟国が十分な負担を行わない場合には米軍縮小もあり得るとの発言が繰り返されており、これが交渉環境における潜在的圧力として機能していた。さらに、2025年10月時点において、関税・対米投資をめぐる経済交渉と安全保障協議が並行して進められていた6ことから、3500億ドル規模の対米投資要求は単なる経済案件ではなく、同盟関係全体の再調整の文脈で提示されたと解釈できる。韓国はこの安全保障上の非対称性を背景に、対米投資と安全保障を事実上バーター取引とするトランプ流のディールに組み込まれたと考えられる7。韓国側は当初「対米投資は高い買い物だ」と反発したが、これを安全保障コスト込みの包括的負担として再定義することで、国内説明の論理を組み替える「物語の再設計」を行った。
合意の内実――関税・投資・安全保障が一体化
合意の骨格は三点である。第一に、自動車関税を15%に引き下げること。第二に、3500億ドルの対米投資。第三に、原子力・軍事協力を含む安全保障面のパッケージ化である(法務法人広場2025)。
投資の内訳は、(1)SPV(特別目的会社)を用いた対米直接投資2000億ドル、(2)造船業協力MASGA(Make American Shipbuilding Great Again)プロジェクト1500億ドルである。前者は半導体、バッテリー、原子力、AIなど戦略分野への投資で、年間200億ドルを上限に進捗に応じて分割払いする「キャピタルコール方式」が採用される。後者は船舶金融や保証を含む造船協力で、アメリカ側の産業政策と雇用に直結する。
韓米双方にとっての本合意の目玉である安全保障面においては、アメリカが韓国の原子力潜水艦建造を容認した8。この他、ウラン濃縮・再処理に帰結する手続きへの支持、韓国の国防費のGDP比3.5%への引き上げ、日韓米協力の強化、台湾海峡の平和と安定維持などが盛り込まれた。
ファクトシート発表後、対米投資履行のための「韓米戦略的投資に関する了解覚書(MOU)」(Ministry of Trade, Industry and Energy 2025)に基づく法案が11月26日に与党・共に民主党から国会提出され、アメリカ側も25年12月4日に連邦官報で対韓自動車関税を15%に(11月1日に遡及)引き下げる旨を公告した。しかし、26年1月末時点でも韓国国会で法案は通過していない。この「政治合意先行・制度後追い」が、後に重大な矛盾として露呈する。
政治決着の問題点――資金スキーム未設計という「見切り発車」
対米巨額投資に関して当初指摘されたウォン相場不安定化への懸念や政府の資金不足などの問題が解決されないなか、本合意は資金スキームが未設計のまま政治合意が先行した典型例といえる。
最大の問題点は資金の性格が不透明な点にある。誰がどの制度で、どの程度のリスクを負担して拠出するのかが決まっていない。政府予算なのか、政策金融(韓国輸銀・韓国産業銀等)なのか、民間投資なのか、あるいはそれらの組合せなのか。ここが定まらない限り、合意は「数字」だけが先行し、執行の現場は動かない。
しかも主要企業はすでに対米投資に巨費を投じており、追加拠出余力が乏しい。初年度に公的に動かせる実弾が不足していたことも痛い。国家債務比率は上昇し、少子高齢化により支出は増大する見通しで、政府に余裕資金はない。国内的には半導体支援、不動産問題、雇用対策など課題が山積し、対米投資の優先順位は相対的に下がる。毎年200億ドル(約27兆ウォン)の巨費をアメリカに差し出すことの国内向け説明は容易ではない。
さらに為替問題がある。米ドル金利高の下、韓国の経常収支黒字は構造が脆弱で、個人・機関投資家には対外資産への分散圧力がかかる。この環境で韓国政府が200億ドルを調達すれば、ウォン急落を招きかねない。ウォン安は物価高と民生悪化を通じて、政権に直接の政治的負担をもたらす。
そしてより決定的だったのは、トランプ型ディールの特性を十分に織り込んだ対応を韓国が取れなかった点である。トランプは国内向けの成果を必要とし、即断即決スタイルを旨とする。「約束は即時履行、不履行には制裁」というトランプ流のディールの論理を韓国側は過小評価し、「政治決着後も初年度拠出は時間稼ぎできる」と踏んだのであろう。だが、トランプにとってはこうした時間稼ぎ自体が背信のシグナルとなったのである。
露呈する矛盾――合意から3カ月で漂う破綻の気配
韓米間の政治決着(10月29日)は3カ月で早くも破綻の兆候が顕在化し始めた。2026年1月21日、韓国は初年の投資200億ドルを、ウォン相場安定を理由に見合わせた。しかし投資見合わせの実際の理由はそれだけではない。国会では対米投資実行のための法案の審議が保守野党の激しい反対で難航しているほか、世論の強い慎重論、投資スキーム未定のツケが一気に噴出した形である。
そして1月26日、トランプは韓国側が対米投資履行で遅延戦術を取ったと受け止め、15%に引き下げた対韓関税を再度25%に引き上げることを表明した9。これには「対米投資を約束させられた日欧に対する警告」、すなわち「約束を履行しないと高関税で報復する」という見せしめの意図も読み取れる。アメリカでも日欧韓への無理筋の対米投資要求が議論になるなかで、韓国が最初の標的となった形である。
さらに、アメリカ系通販大手クーパンの情報漏洩に対し韓国が強めの対応を取っていることにアメリカが反発している10。これも今般の対韓関税引き上げ表明につながったともいわれる。経済・技術安全保障の摩擦が、関税・投資履行問題と結びつけば、対立は複線化し、収拾が難しくなる。
同盟維持のための対米投資だが…… ――似て非なる日韓モデル
日本もトランプから巨額対米投資を要求されており、両者とも同盟維持を念頭に置いている。しかし、日本の場合は韓国のようなトラブルは起きていない。これは、日韓が異なるモデルで対応しているからである。
韓国モデルの特徴は、「取引型安全保障」へと大きく踏み出しており、トランプとのディールに巻き込まれている点である。履行は即時に求められ、不履行に厳しい制裁が課される。投資資金の払い込みを分割払いとしたのも戦略的に不利な選択であった。今後10年間は韓米協議の場で投資の履行をチェックされる立場に追い込まれたからである。
これに対し日本モデルは、「前払い資金供給型」と整理できる。即効性ある資金供給を行う点が特徴で、すでに投資済みの金額も総額に組み込み、JBIC融資やNEXI保証を通じて合意後速やかに投資資金を払い込む。アメリカから見ればキャッシュインの確度が高い。
政治的には、日本は短期資金供給による従来型の同盟強化に寄せ、トランプ退陣後を見据えて長期化を避ける。韓国と同様に同盟維持が目的だが、日本は同盟の形を変える要求(原潜・核関連の新要素導入)をしていない。そのためトランプも日本に対し、一定の要求水準には留めやすい。前払いであるから、アメリカから長期間にわたって投資履行をめぐるチェックを受けることもない。ここに、同じ「対米投資」でも交渉構造が異なる理由がある。
今後の展望――対米感情悪化と日韓協力の浮上、核武装論の再燃
韓国世論の対米感情は悪化しており、短期的に回復の兆しは見出しがたい。韓国リサーチ(2026)によれば、バイデン政権末期の2024年に対米好感度は58.0%に達したが、トランプ第2次政権初年の2025年に52.8%へ下落し、26年1月にも53.9%と支持を回復できていない。他方、韓米同盟の必要性と在韓米軍駐留希望は根強い。例えば、2025年7月の世論調査では89%の人が「アメリカが最も重要な同盟相手」と答えている11。アメリカに対する「不信」と「依存」が同居する世論構造は続く。
トランプ政権は1月23日発表の国家防衛戦略(NDS)で朝鮮半島へのコミットメント弱化を示唆し12、経済関係でも対韓制裁姿勢を鮮明にしている。こうした環境では、韓国国内で核武装論がさらに台頭する可能性が大きい。原潜容認・核関連手続き支持という「例外」が一度でも制度化されれば、「次は核抑止力の自前化へ」という政治言説が勢いを得やすいからである。
同時に、日韓関係の重要性がさらに増すだろう。米中が貿易相手として使いにくくなるなか、アメリカ抜きの経済連携としてCPTPPの重要性が浮上する。CPTPP加入は日本の意向次第であり、日本産水産物輸入解禁が条件となる。トランプ関税による輸出減少に備え、韓国は2025年9月の時点でCPTPP加入検討の方針を表明している13。2026年1月の奈良での日韓首脳会談でも李大統領がCPTPP加入推進の意向を改めて表明した14。通商戦略は「対米一辺倒」からの分散が徐々に進むのではないか。
今回のトランプによる投資要求で特段トラブルがなかった日本も今後は無傷ではないかもしれない。対米投資5500億ドルの具体的な投資先が未定で、今後日米間の懸案となる可能性がある。このほか、トランプは在日米軍の費用負担問題を提起する可能性があり、高関税・巨額対米投資の「第2弾」を打ち出す可能性もある。その場合、対米投資の履行圧力、国内財政負担、産業空洞化の懸念が日本にも波及する。日韓がそれぞれ別のモデルで「トランプ型取引」に向き合うとしても、通商・金融・安全保障のリスクは同時並行で高まる。日韓での情報共有と政策協調の余地は拡大するだろう。
結論――「政治合意」から「履行能力」へ
本件の核心は、関税引き下げと引き換えに巨額投資を約束するという政治決着が、制度設計と資金スキームを伴わない限り、容易に破綻するという点にある。韓国は高い代価を「安全保障の代金込み」と読み替え、国内説明の論理を組み替えることで合意に到達した。しかし、資金調達の現実、為替・財政制約、国会政治の抵抗、そしてトランプの即時履行要求が、合意を脆弱にした。結果として、合意から短期間で関税再引き上げという制裁が現実味を帯びるようになり、「取引型同盟」の厳しさが露呈した。
今後必要なのは、政治合意の「見栄え」ではなく履行能力の確保である。投資主体とリスク負担の設計、短期の市場安定策と長期の主権コストの見積り、通商分散としてのCPTPPを含む地域連携の再構築、同盟の内実をめぐる国内合意形成――これらを同時に進めなければ、トランプの「気まぐれな爆弾」は繰り返し投下され、韓国の政策空間を狭め続けるだろう。そしてその波は、いずれ日本にも及ぶ。日韓は異なるモデルで対米対応を進めつつも、同じリスク環境を共有するパートナーとして、現実的な協力の道を探る局面に入っている。
写真の出典
- The White House, Unite States Government Work(Public Domain)
参考文献
(日本語文献)
- 阪田恭代(2025)「『ポスト尹錫悦』の日米韓安全保障:トランプ政権の対中・台湾シフトに日本と韓国はどう向き合うのか」nippon.com、4月12日。
- 韓国リサーチ(2026)「[周辺国好感度 - 2026年1月] 中国好感度、2020年1月以降の最高値」1月20日。
(韓国語文献)
- 法務法人広場(2025)「한·미 무역합의 공동 팩트시트 및 투자양해각서: 평가 및 시사점(韓米貿易合意共同ファクトシートおよび投資了解覚書: 評価と示唆点)」11月20日。
(英語文献)
- Ministry of Trade, Industry and Energy(2025)“ Signing of MOU on Korea-US Strategic Investment (Reference Material),” November 14.
著者プロフィール
奥田聡(おくださとる) 亜細亜大学アジア研究所所長。1985年アジア経済研究所入所、2012年亜細亜大学アジア研究所、2022年4月より現職。専門は韓国経済、政治。主な著作は、『アジア動向年報』(韓国章、共著)アジア経済研究所(1986~90年、2004~14年、2016~25年)、『2020 年代中盤における韓国経済社会の諸問題』(編著)亜細亜大学アジア研究所(2026年3月刊行予定)など
注
- CNN、2025年7月31日付
- 聯合ニュース、2025年10月3日付
- 『京郷新聞』2025年9月11日付
- 『京郷新聞』2025年9月28日付
- Korea.net、2025年11月17日付
- Reuters、2025年10月2日付
- Yahoo Finance、2025年10月30日付
- トランプは10月末にアメリカ内フィリー建造所での原潜建造に言及したが、11月のファクトシート公表時に韓国政府は韓国内建造として説明するなど、細部には揺れが残る。また原潜の種類も、ミサイル発射が可能な垂直発射管付きのものは供与されないという。
- The Diplomat、2026年2月6日付
- クーパンの情報漏洩は3370万件に上った。韓国はクーパンに課徴金1100億ウォンを科したほか、北朝鮮への情報流出やアメリカ本社への不正な利益移転、「現代版奴隷労働」を疑って大々的捜査に踏み切った。2026年1月23日、ヴァンス米副大統領がワシントンで金民錫(キム・ミンソク)首相と会った際、クーパンを含むアメリカ技術企業に不利益を与える措置をしないことを警告した(『毎日経済新聞』2026年1月28日付)
- Korea Times、2025年7月9日付
- 『毎日経済新聞』2026年1月25日付
- JIJI.com、2025年9月3日付
- 聯合ニュース、2026年1月14日
