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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第7回 メキシコ――駆け込み輸出とUSMCAの恩恵
Mexico: Front-loading of Exports and USMCA as a Buffer
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001715
2026年1月
(4,625字)
米国による対メキシコ追加関税
2025年3月、不法移民や合成麻薬フェンタニルの国内への流入を理由に、米国のトランプ大統領は、米国・メキシコ・カナダ協定(United States-Mexico-Canada Agreement:以下、USMCA)1の原産地規則(Rules of origin)を満たさないメキシコからの輸入品に対して25%の追加関税を発動した2。
メキシコ経済は米国に強く依存している。2023年時点で、全輸出額の約8割を対米輸出が占めており3、それはGDPの約30%に相当する。そのため、メキシコは追加関税を是が非でも回避する必要があり、また、関税が発表された当初、IMFや世界銀行もメキシコの輸出が停滞することを予想していた4。
しかし、7月までのメキシコの対米貿易の推移をみると、輸出の減少は4月のみで、むしろ全体では前年よりも輸出は増加している(図1)。それでは、なぜ追加関税はメキシコの貿易にマイナスの影響をそれほど与えなかったのか。本稿では現在までのトランプ関税の流れとUSMCAを概説し、関税発動前の駆け込み輸出、USMCAの枠組み維持による貿易転換効果、USMCAに基づく特恵関税利用の拡大、の以上3点を追加関税の悪影響を緩和した理由として指摘する。
図1 対米総輸出と対米輸出上位3品目の輸出額推移(前年同月比の変化率)
各品目はHS2桁コードで分類し、それぞれ一般機械(HS84)、電気機械
(HS85)、自動車(HS87)である(以下、各品目の分類も同様)
(出所)米国International Trade Commission DataWebのデータをもとに筆者作成
(左から2人目)とシェインバウム・メキシコ大統領(右から2人目)
トランプ関税のタイムラインとUSMCAの原産地規則
まず、これまでのメキシコに対するトランプ関税の流れを確認したい5。トランプ大統領は2期目就任前から、移民と違法薬物の流入を理由にメキシコに対して追加関税を課す用意があると主張していた。そして、2025年2月1日に、メキシコからの全輸入品に対して25%の追加関税を課す大統領令を発令した。
しかし、その後の米国による対メキシコ関税は二転三転した。大統領令後すぐに、トランプ大統領は1カ月の延期を発表し、最終的に3月4日から発動した25%の対メキシコ追加関税では、USMCAの原産地規則を満たす輸入品に対する関税免除を決定した6。さらに、立て続けにメキシコを含む全貿易相手国から輸入される鉄鋼・アルミニウム製品(3月12日から)と自動車(4月3日から)に対して25%の追加関税を発動した。ただし、自動車については、USMCAの枠組み内の場合、製品価格の非米国部品・原材料の部分にのみ関税が課されることになった。7月にはメキシコからの全輸入品に対する25%の追加関税を30%に引き上げることが発表されたが、2025年12月の現時点でも延期が続いている(その他のメキシコに対する関税政策の推移は表1を参照)。
表1 メキシコに対する関税政策の推移(2025年10月末まで)
(出所)JETROビジネス短信(メキシコ)の関連記事、米国CBP文書、米国大統領令等を参考に筆者作成
対メキシコ関税政策の推移をみてわかるように、メキシコにとって鍵となっているのがUSMCAである。USMCAは、第一次トランプ政権の下で発効した協定で、トランプ大統領が米国の貿易赤字の原因として糾弾していた米国・カナダ・メキシコの3カ国間の北米自由貿易協定(Norh American Free Trade Agreement:以下、NAFTA)に替えて締結されたものである。
特に、今回のトランプ追加関税で免税対象条件となっているUSMCAの原産地規則は、輸入品が域内原産品であることを示す規則で、それを満たすメキシコの対米輸出品は特恵関税率0%の恩恵をうけることができる7。具体的には、以下の4つの条件のいずれかを満たす必要がある。
例えば、メキシコで生産される自動車は、純費用方式でRVが75%以上という(3)のPSRの一つの条件を満たすことで、USMCAの枠組み内で輸出されている10。このように条件が複雑であるため2020年のUSMCAへの変更以降は利用減少が進んだものの、これまで5割から6割近い対米輸出がUSMCA(またはNAFTA)の下で行われていた(図2を参照)。
図2 メキシコの対米輸出に占めるNAFTA / USMCAの利用率の推移
2020年に関してはNAFTAとUSMCAの枠組み内の合計輸出額を分子に用いている
(出所)米国International Trade Commission DataWebのデータをもとに筆者作成
なぜ対米輸出は減らなかったのか?
上述したように追加関税が3月から発効しているなかで、なぜメキシコの対米輸出への悪影響はそれほどみられないのだろうか。大きく3つ理由がある。
第1に、駆け込み輸出の効果があげられる。トランプ大統領は関税発動後の2025年3月6日、USMCAの原産地規則を満たした輸入品に対する課税の1カ月延期を発表した際(表1を参照)、それを一時的処置であると強調していたため11、駆け込み輸出が起こった。図1のとおり、3月に米国への輸出が急増していることがわかる。実際に、トランプ関税が発動するより先に、企業側も前倒しで出荷することで対応していたことも指摘されている12。この追加関税に先立つ駆け込み輸出は、他国の貿易でも同様にみられた13。
第2に、USMCAの枠組み維持がもたらした「貿易転換効果」がある。一般的に、USMCAのような地域貿易協定(RTA)の締結後、締結国(域内国)間の関税率は非締結国(域外国)間に比べて相対的に低くなる。貿易転換効果とは、その低くなった関税率によって、これまでの域外貿易から域内貿易へと転換することである。今回に関していえば、USMCAの枠組み維持によって、米国が多くの国に課した追加関税と比較するとメキシコに対する実際の関税率(実行関税率)は相対的に低くなっている14。そのため、米国の輸入相手が、中国などの域外国からメキシコ(域内国)へと切り替えられた。この実質的な「貿易転換効果」により、メキシコは一部の産業で対米輸出を新たに増やすことができた。実際に、自動車を除く製造業部門の対米輸出が前年に比べて拡大していることが報じられており15、図1からも対米輸出額の約4割を占める一般機械と電気機械の輸出が4月以降拡大していることがわかる。また、図3は米国の電気機械の輸入額の変化を示したものであるが、中国からの輸入が減少し、メキシコからの輸入が増加している。第一次トランプ政権期の米中貿易摩擦においてもみられた貿易転換効果16が今回も再現されたといえる。
図3 米国の電気機械輸入額の変化
(出所)Global Trade Atlasの米国の輸入データをもとに筆者作成
そして第3の理由は、USMCAに基づく特恵関税の利用拡大である。これまで、最恵国待遇税率(MFN税率)17が低く、原産地規則が厳格でかつ複雑であるため、メキシコの対米輸出の半分でUSMCAが利用されていなかった18。しかし、USMCAの枠組み外の輸出品であると25%の追加関税を回避できなくなったため、その利用が増加し、8月には対米輸出品の約84%が追加関税を免除された19。実際に、輸出品がUSMCAの枠組みに適合するように企業も対応していたことが報道されている20。
図4には、対米輸出主要3品目のUSMCA利用の変化を示した。それまで、USMCAに基づく特恵関税がそれほど利用されていなかった一般機械と電気機械の利用率が7月にそれぞれ86%と90%へ急増していることがわかる。また、以前からUSMCAを利用した輸出が多かった自動車の利用も緩やかに拡大した。輸出品の大部分がUSMCAの枠組み内に含まれるようになったため追加関税の負の影響が小さかったことがわかる。
図4 対米輸出主要3品目のUSMCA利用率
米国企業の存在と前政権を踏襲したメキシコ政府の対応
駆け込み輸出は他国でもみられる現象であったが、メキシコにとって追加関税の悪影響を緩和するために特に重要な役割を果たしたのはUSMCAである。では、米国にとって追加関税の抜け道となるUSMCAはなぜ維持されたのだろうか。2つの理由が考えられる。
第1に、メキシコに工場をもつ米国企業によるトランプ大統領への働きかけがあった。例えば、トランプ大統領は追加関税が発動した翌日の3月5日に米国の自動車メーカービッグスリー21の幹部らと会談をおこない、その後USMCAの枠組み内の自動車関連品に対する追加関税免除を決めている22。
第2に、シェインバウム(Claudia Sheinbaum)メキシコ大統領の対応が功を奏した。自動車関連の追加関税免除が決定された3月5日の翌日にシェインバウム大統領はトランプ大統領と電話会談をした。そして、米国からの要求に応じたことでUSMCAの原産地規則を満たすすべての輸出品に対する追加関税の免除をとりつけた。具体的には、米国国境近辺への1万人の警備隊派遣、麻薬犯罪組織関係者29人の米国移送、そして合成麻薬フェンタニルの大規模押収である23。8月にも麻薬犯罪組織関係者を30人近く米国へ移送し24、継続的に米国からの要求に応じるなど、報復関税で応酬したカナダとは異なるアプローチを採った。
今回のシェインバウム大統領の対応は、ロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador: 通称AMLO)前大統領(2018年―2024年)のものと類似している。例えば、中米からの移民キャラバンがメキシコを経由し米国に違法流入することを問題視したトランプ大統領は、2019年5月にメキシコに対して追加関税の脅しをかけた。これに対して、AMLO前大統領は新設したばかりの国家警備隊を国境付近に派遣することで米国の要求に即座に応じた25。
このように、今回の追加関税に対しても、前大統領の対トランプ対策の路線を踏襲し米国の要求に対応することで、USMCAの枠組み維持に成功したといえる26。
今後の見通し――USMCAの再交渉に向けて
以上でみたとおりメキシコは、これまでのところ貿易に対する追加関税の悪影響を緩和することに成功している。その主な理由として、駆け込み輸出、USMCAの枠組み維持による貿易転換効果、USMCAの特恵関税の利用拡大、の3点があげられる。駆け込み輸出以外の2点は、USMCAの枠組みを維持できたことによってもたらされた恩恵である。
とはいえ一部産業や国内の雇用への影響がみられる。例えば、図1で示されているように、USMCAの利用により自動車の輸出は大幅に低下していないものの、2024年に比べると減少傾向にある。また、自動車生産の縮小も報告されている27。この背景には、日産の再建計画による工場閉鎖といった追加関税とは異なる要因もあるが、非米国部品・原材料に対する追加関税によるコスト増加と工場の米国への移転も関係している。それらを反映するかのように、自動車関連の工場閉鎖による労働者の大規模解雇の発生が報じられている28。そのため、対米輸出全体は不安視されていたほど悪化していないが、追加関税による一部の産業や経済全体に対する負の影響については楽観視することはできない。
今後注視していく必要があるのは2026年のUSMCAの見直しがどう決着するかである。トランプ大統領は協定の廃止とメキシコ・カナダそれぞれとの二国間協定の締結の可能性を示唆している29。これまでの関税政策と同様に、同大統領の政策に関する発言には、具体的な内容や実行のタイミングという点で予測できないところが大きい。一方で、メキシコに工場を置く米国企業を中心にUSMCA維持が求められており、マルセロ・エブラルド経済大臣も協定維持を楽観視する発言をしている30。現在も米国企業にとってメキシコが重要であることをふまえると、USMCAは維持される可能性は高いと考えられる。
写真の出典
- U.S. Department of State (Public domain)
著者プロフィール
橋口義彦(はしぐちよしひこ) アジア経済研究所地域研究センターアフリカ・ラテンアメリカ研究グループ研究員。修士(経済学)専門は開発経済学、メキシコ経済、キューバ経済。
注
- USMCAの具体的な内容は後段で説明する。USMCAは、メキシコではスペイン語の略称でT-MECと呼ばれる。
- メキシコに対する25%の関税については以下を参照。White House. “Fact Sheet: President Donald J. Trump Proceeds with Tariffs on Imports from Canada and Mexico.” 3 March 2025. “Fact Sheet: President Donald J. Trump Adjusts Tariffs on Canada and Mexico to Minimize Disruption to the Automotive Industry.” 6 March 2025.
- これに対し、同じ米国の主要貿易相手である中国は、全輸出の約14%が米国向けである(China Exports by country and region 2023を参照)。
- IMF (International Monetary Fund). “World Economic Outlook: A Critical Juncture amid Policy Shifts.” April 2025. World Bank. “Global Economic Prospects.” June 2025.
- トランプ関税全体のタイムラインについては、PIIE. “Trump's trade war timeline 2.0: An up-to-date guide.”を参照。
- ただし、一部品目の特恵関税率は0%でない。実際には、3月4日にメキシコからの輸入品全体への関税を発動したが、6日にUSMCAの原産地規則を満たす輸入品は免除することが発表された。
- 米国のメキシコに対する品目別の特恵関税率と最恵国関税率はWorld Integrated Trade Solution(WITS)のデータを参照。
- 品目別原産地規則(PSR)とは、品目ごとに決まっている原産地規則の条件である。
- RVは製品価格に占める域内で付けた付加価値の割合を表し、取引価額方式と純費用方式の2種類のどちらかで計算される。取引価額方式の場合、RV=(取引価額-非原産材料の価額)÷取引価額×100で、純費用方式の場合、RV=(純費用-非原産材料の価額)÷純費用×100でそれぞれ計算される(USMCAの協定文書)。
- 純費用方式については注9を参照。原産地規則を含むUSMCAの具体的な内容は、USMCAの協定文書とジェトロ『NAFTAからUSMCAへ――USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)ガイドブック』2021年、を参照。
- 実際には延期の期限である1カ月が過ぎてもUSMCAの原産地規則を満たす輸入品に対する関税免除は継続している。
- Carlos Serrano Herrera. “Persiste la debilidad en la economía mexicana.” El Financiero, 4 September 2025.
- OECD. “OECD Economic Outlook, Interim Report September 2025.” 23 September 2025のFigure 2を参照。
- 例えば、2025年8月のメキシコの実行関税率(徴収された関税額÷輸入額)は4.7%であったが、中国とベトナムはそれぞれ39%と10%だった(“Effective Tariff Rates and Revenues [Updated November 24, 2025].”Penn Wharton Budget Model,を参照)。
- Roberto Morales. “México desplazó a China en ventas de equipo eléctrico-electrónico a EU.” El Economista, 22 September 2025. Mario Luna. “Mira, sin petróleo: Exportaciones de México crecen 7.4% anual en agosto.” El Financiero, 26 September 2025.
- F. Arizala, T. Mineyama and H. Tuesta. Relocation of Global Value Chains: The Role of Mexico. IMF Working Papers, WP 25/180, 2025.
- 最恵国待遇関税率とは、原則としてすべての貿易相手国からの輸入品に適用する必要のある関税率のことである。
- 内山直子「メキシコ自動車産業におけるNAFTA再交渉とその影響――日系企業を中心に」『ラテンアメリカ・レポート』Vol. 35、No. 2、2019年。加藤遥平「総論:日本企業の輸出におけるEPA/FTA活用の現在地」JETRO 地域・分析レポート、2025年7月。
- Jassiel Valdelamar. “México, con la tasa arancelaria más baja en el mundo: Ebrard.” El Financiero, 7 August 2025.
- Jassiel Valdelamar. “Exportaciones a EU marcan récord en julio; 85% con T-MEC.” El Financiero, 5 September 2025.
- 米国自動車メーカービッグスリーは、フォード(Ford)・ゼネラルモーターズ(General Motors)・ステランティス(Stellantis)である。
- Katharine Jackson. “Trump delays tariffs for goods under Mexico, Canada trade deal.” Reuters, 7 March 2025.
- Karina Suárez. “México libra, por ahora, el muro arancelario de Trump y el miedo a la recesión.” El País, 3 February 2025. Zedryk Raziel y Pablo Ferri. “México extradita a 29 narcotraficantes a Estados Unidos, entre ellos Caro Quintero, para frenar los aranceles de Trump.” El País, 27 February 2025. Iker Seisdedos y Elías Camhaji. “Nuevo bandazo de Trump: anuncia un aplazamiento de los aranceles a México y Canadá.” El País, 6 March 2025.
- Zedryk Raziel. “México extradita a Estados Unidos a otros 26 narcos bajo la promesa de que no se les impondrá la pena de muerte.” El País, 12 August 2025.
- ロメロ・イサミ「シェインバウム政権の外交」『ラテンアメリカ時報』No.1449、2025年2月。
- これまでの米国に対するシェインバウム大統領の一連の対応は一定程度国民からの支持も得ている(Alejandro Moreno. “En julio, Sheinbaum recibe una aprobación de 75%.” El Financiero, 4 August 2025)。
- INEGI(Instituto Nacional de Estadística y Geografía). “Reporte del registro de la industria automotriz de vehículos ligeros.” 7 November 2025.
- Karina Suárez. “Paros técnicos y despidos en la industria automotriz y siderúrgica en plena guerra comercial con Trump.” El País, 25 June 2025.
- “‘T-MEC se dividirá en 2’: Trump negociaría por separado con México y Canadá, dice representante de EU.” El Financiero, 4 December 2025.
- Jassiel Valdelamar. “Presión de México en EU para ‘salvar’ T-MEC funciona: Ebrard presume resultados de consultas.” El Financiero, 4 December 2025.
この著者の記事
- 2026.01.23 (金曜) [IDEスクエア] (世界を見る眼)(世界はトランプ関税にどう対応したか)第7回 メキシコ――駆け込み輸出とUSMCAの恩恵
