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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第5回 フィリピン――「特別な関係」が根底に

Philippines: “Special relations” matter

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001603

2025年12月

(4,572字)

フィリピンに対するアメリカの相互関税は税率19%に落ち着いた。ただフィリピン政府によれば、2025年11月末時点で交渉はまだ継続しており、最終合意に至っていない。税率19%は4月当初に公表された税率17%より引き上げられた形になったが、そもそも相互関税のフィリピン経済への影響は限定的と見込まれ、それがフィリピン政府の判断を後押ししたと考えられる。加えて、両国は軍事的に同盟関係にあり、安全保障の問題も交渉の議題に上がっていたと推察される。この両国の「特別な関係」は、今回の相互関税においてフィリピンを必ずしも優遇しないものの、フィリピンの防衛力強化とアメリカの継続的な関与を見据えたトランプ流の取引が行われているように見える。

17%から20%になり19%で合意

フィリピンに対するアメリカの相互関税は、2025年7月22日(アメリカ東部時間)にホワイトハウスで実施されたフェルディナンド・マルコスJr.大統領とドナルド・トランプ大統領との首脳会談の結果、税率19%で合意された。これは7月9日付でトランプ政権がフィリピンに通告した税率20%から1%ポイントの引き下げである。ただし、4月2日に「解放の日」と称してトランプ政権が公表したフィリピンに対する税率は17%で、結果としては引き上げられる形になった。

合意内容の詳細は明らかにされていないが、首脳会談後のフィリピン側の報道によれば、自動車、小麦、大豆、医薬品などでフィリピンの市場をアメリカに開放するという1。他方で、コメ、トウモロコシ、砂糖、鶏肉、豚肉、水産品などについてはフィリピンの食料安全保障と国内生産者保護の観点から市場開放しない2。そして、ココナツ製品をはじめとする農産品やタイヤ、家具、電子製品などの品目に関しては引き続きトランプ政権に相互関税適用除外を働きかけており、交渉継続中であることをマルコス政権が明らかにした3。このように、フィリピン側の譲歩が少ないなかでの19%となった。首脳会談後、マルコス大統領が「小さい譲歩だが、実質的には大きな成果だ」と胸を張ったのも、こうした事情を踏まえてのことだと思われる4

一方のトランプ大統領はマルコス大統領のことを「タフ・ネゴシエーターだ」と評し、首脳会談後、自身のSNSに「相互関税19%に加えて、両国は軍事的に行動を共にする」と投稿した5。そうしたコメントから察するに、トランプ政権は4月当初に提示した税率17%から20%に引き上げてフィリピン側に何らかの譲歩を迫るも、マルコス政権が十分に応えなかったのであろう。そして、その交渉に安全保障の問題が絡んでいたと推察される。首脳会談でもフィリピンの防衛面が話題に上がった6。また、これまで両政府高官が互いに「特別な関係」であることを度々強調し、さらに別の場面では交渉に関わったフィリピン政府高官が「安全保障の強化は経済力の強化があってこそ」という主旨の発言を繰り返すなど、同盟関係にある両国の立場を示唆する発言が相次いだ7。貿易・投資面に限らず、安全保障の問題も議題に上がっていたことをうかがわせる。

首脳会談におけるマルコス大統領とトランプ大統領

首脳会談におけるマルコス大統領とトランプ大統領
(ホワイトハウスの大統領執務室にて、2025年7月22日)
経済への影響は限定的

相互関税のフィリピン経済への影響は限定的だと見込まれている。その見込みが税率19%を受け入れるというマルコス政権の判断を後押ししたと考えてよい。第1に、フィリピン経済全体に占める財輸出の割合は大きくない。2024年の財輸出のGDP比は13.8%で、例えばタイの約60%に比べると小さい(図1)。ちなみに、サービス輸出のGDP比は13.0%で財輸出の規模に迫っており、フィリピンにとっての輸出は財だけではなくサービスの存在も大きい。

図1 フィリピンの財とサービス輸出のGDP比(%)

図1 フィリピンの財とサービス輸出のGDP比(%)

(注)2018年価格を基準とする実質付加価値額
(出所)Philippine Statistics Authority, National Accountsより筆者作成

第2に、財輸出のアメリカ依存度は高くない。2024年の輸出先はアメリカが16.6%で、中国(香港含む)の26.0%に比べると小さく、日本の14.1%よりわずかに大きい。つまり、フィリピンにとってアメリカは輸出先の主要国ではあるものの、アメリカに依存しすぎているわけでもない。ただ、貿易収支をみるとフィリピン側の黒字(アメリカ側の赤字)が続いており、これがアメリカによる相互関税設定の根拠になっている(図2)。

図2 フィリピンの対米貿易(100万ドル)

図2 フィリピンの対米貿易(100万ドル)

(注)2025年は1~8月の合計
(出所)Global Trade Atlasデータより筆者作成

第3に、相互関税がフィリピンの対米輸出のすべてに適用されるわけではない。参考までに、フィリピンの対米輸出額の内訳は電気機器・電子製品等が約43%を占め、次に機械類等が約12%、農産品・食料品等が約11%、その他多様な品目を含む(図3)8。一方で、トランプ政権は半導体や銅、木材製品、特定の重要鉱物など、分野別関税や他の規定の適用によって相互関税の対象外となる品目を設定している。さらに11月半ば、トランプ政権は相互関税の適用除外品目を拡大し、農産品や食料品の一部をその対象に加えた9。もちろん、フィリピンもこうした除外品目の一部をアメリカに輸出している。そして上記11月半ばの措置にはココナツ製品や熱帯果物・果汁などが含まれたため、総じて対米輸出の4割超が相互関税の適用除外になるという見通しを貿易産業省高官が示した10。以上のように、フィリピンの輸出規模や相互関税適用除外となる品目の範囲などから、相互関税19%そのものの経済への影響は限定的と見込まれている。

図3 フィリピンの対米貿易の内訳(2024年,100万ドル)

図3 フィリピンの対米貿易の内訳(2024年,100万ドル)

(出所)Global Trade Atlasデータより筆者作成

とはいえ、実際に影響を受ける企業ないし産業は少なからず存在する。マルコス政権はアメリカに輸出する企業の影響を少しでも緩和するため、輸出先の多角化を模索する一方で、繊維やアパレル、家具、自動車部品などの品目を相互関税の適用除外にするよう、引き続きトランプ政権に働きかけているようである。また相互関税とは別に、半導体をはじめとする分野別関税の動向も注視しており、マルコス政権のトランプ関税をめぐる情報収集と交渉は今後も続けられる。

ところで、フィリピンに適用される税率19%はタイやインドネシアと同率で、ベトナムの20%とも大差なく、東南アジアの近隣諸国とほぼ同水準になった。4月当初にフィリピンが17%と公表された時点では、タイが36%、インドネシアが32%、ベトナムが46%と大きな差があり、そのまま適用されればフィリピンが有利になると思われた。すなわち、輸出条件が良くなってフィリピンの競争力が増し、それを見越して対内投資が増えるだろうと政府関係者や経済界の一部は好意的に受け止めていた。しかし、結果的に近隣諸国とほぼ同水準になり、フィリピンの優位性は消滅した。産業競争力は他力本願ではなく、自力で強化すべきという現実を突き付けられたといってよい。そのためにはインフラ整備や人材育成、様々な手続きの簡素化など、投資環境を改善するための基本的な取り組みを迅速かつ着実に進めるしかない。

なお、マルコス政権はトランプ政権の関税以外の政策についても気にかけている。例えば、不法移民対策の強化や海外送金に対する課税導入は、在米フィリピン人の地位や送金を通して多少なりともフィリピンに影響することが予想される11。また、コールセンター業務のアメリカ国内回帰に関する議論が浮上しているようだが、仮に実現したらフィリピン国内の同産業が影響を受け、サービス輸出の減少につながるだろう12。その他、フィリピンのデジタル課税に対するアメリカからの報復措置の有無なども密かに懸念されている13

防衛力強化を見据えた取引か

フィリピンはアメリカと1951年に相互防衛条約を締結し、軍事的に同盟関係にある。ただ、この「特別な関係」はフィリピンが経済力や防衛力(軍事力)の面で大きく劣ることから、対等な立場のうえに成り立つものではない。フィリピン側は当初、この「特別な関係」によって相互関税では優遇されるという期待があった。そのため、7月初めの通告で税率が20%に引き上げられ、その後19%で合意された際は、政府関係者や経済界、有識者の間に驚きと落胆が広がり、主要メディアも反応した14。そしてこの時、単にアメリカの同盟国という地位だけではトランプ大統領に何ら響かないことを悟ったのである。一方のトランプ大統領は、両国の「特別な関係」の実情を踏まえ、アメリカがこの先もフィリピンの安全保障面に関与しつづけるという諸々の負担を見据えた取引を試みたのではないだろうか。

南シナ海の領有権をめぐり中国と対立するフィリピンにとって、アメリカの軍事面における支援が欠かせない。同地域における中国の海洋進出や台湾有事を警戒するアメリカも、地政学的な観点からフィリピンとの関係強化を重視する。フィリピンは米軍に対して国内9カ所の軍事施設や基地の利用を認めている。また、両国軍がフィリピン海域を含む各地で実施する年間500件超の共同訓練や活動は同地域における米軍のプレゼンスを高め、抑止力効果を発揮する。近年は米軍が中距離ミサイルシステムや地対艦ミサイルシステムを共同訓練時に導入し、フィリピン国軍もそれらの取得と配備に関心を示すなど、軍事面における両国の関係は深化している。

フィリピンも自力で防衛力強化に努めているが、そもそも財源確保に難がある。政府予算に余裕がなく、教育、保健、インフラ整備などの経済・社会政策にかかる支出が優先されて国防費への配分が過少になる。そして、フィリピンの2024年の国防費はGDP比にして約1.3%とされるが、その2割超は退役軍人の恩給費である。フィリピンの軍人は公的年金システムに加入せず、現役時代に保険料を納めずして退役後に恩給を受ける仕組みになっている。そのうえ、退役軍人が受け取る恩給額は現役軍人の基本給に連動する。この政府が直接負担する恩給費は年々増加しており、改革しようにも相手が軍人なだけに時の政権は彼らを敵に回すわけにはいかず、容易ではない15。フィリピンの大統領にとって、国軍掌握が政権運営の要となるからである。こうした財政的かつ政治的事情をアメリカが把握していないわけがなく、フィリピンにおける実質的な国防費増額と防衛力強化がいかに困難であるかもアメリカは理解していよう。

防衛力以外の分野でもフィリピンはアメリカの協力を得ている。7月の首脳会談直後、米国務省はフィリピンに約6000万ドルの経済支援を発表した。うち1500万ドルはルソン経済回廊(LEC)に振り向けられるという16LECは2024年4月の日米比3カ国首脳会談で発表された構想で、マニラ首都圏と近隣の空港や港湾を結ぶ交通網を整備し、周辺地域の産業発展につなげるというものである。他にも、安全保障の観点からエネルギーやサイバー防御の分野に加え、半導体産業の振興などでフィリピンはアメリカの協力と支援を受ける。

以上のようなアメリカの様々な関与は直接的に、もしくはフィリピンの経済力の強化を通じて間接的に、フィリピンの防衛力強化に資すると期待されている。関税交渉でフィリピンがアメリカに市場開放する品目を限定したのも、フィリピン経済を支える農水産業や食品産業を疲弊させないため、つまり経済力を弱体化させないためとも理解できる。経済力が弱まれば、政治も不安定になりかねない。こうしたフィリピンの事情とアメリカに期待される継続的な関与が、相互関税19%に至った背景にあると思われる。詳細は後日、明らかになるだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • The White House(public domain)
著者プロフィール

鈴木有理佳(すずきゆりか) アジア経済研究所開発研究センター企業・産業研究グループ長。専門はフィリピン経済、同国の政治外交情勢全般もカバー。主な著作に、「フィリピン──社会運動ユニオニズムの展開」(太田仁志編 『アジア諸国・地域の「新しい労働運動——韓国、台湾、フィリピン、タイ、バングラデシュ、スリランカ──』アジア経済研究所 2025)、「フィリピンと日本の経済関係──開発に寄り添いつつ成長機会の共有も」(濱田美紀編『ASEANと日本──変わりゆく経済関係──』アジア経済研究所 2024)など。


  1. Presidential Communications Office, “PBBM: Reduction to 19% US tariff rate on PH exports after negotiations ‘significant’,” July 23, 2025.
  2. Presidential Communications Office, “Zero tariffs on select U.S. products to ease local prices,” July 24, 2025.
  3. Kenneth Christiane L. Basilio, “Philippines seeking US tariff exemptions for selected exports,” BusinessWorld, August 29, 2025.; Jordeene B. Lagare, “US tariff exemptions for coco products sought,” Philippine Daily Inquirer, September 1, 2025.
  4. 注1に同じ。
  5. Andrea Shalal and Trevor Hunnicutt, “US-Philippines trade talks yield modest tariff shift after Trump-Marcos meeting,” Reuters, July 23, 2025.; Donald J. Trump @realDonaldTrump, Truth Details, July 23, 2025.
  6. Presidential Communications Office, “PBBM: PH, U.S. reaffirm ironclad commitment to MDT,” July 23, 2025.
  7. Chloe Mari A. Hufana and Luisa Maria Jacinta C. Jocson, “Trump sets 19% tariff on PHL goods,” BusinssWorld, July 24, 2025.; Ambassador B. Romualdez, “In business, there’s always a silver liningThe Philippine Star, August 17, 2025.
  8. ここでの電気機器・電子製品等はHS84類、機械類等はHS85類である。参考までに、集積回路(HS8542)は対米輸出額の約13%であった。
  9. 適用除外品目の詳細は11月14日付けの大統領令“MODIFYING THE SCOPE OF THE RECIPROCAL TARIFF WITH RESPECT TO CERTAIN AGRICULTURAL PRODUCTS” を参照。
  10. Justine Irish D. Tabile, “Most agri exports exempted from US tariffs — DTI,” BusinessWorld, November 19, 2025.
  11. Presidential Communication Office, “PBBM to meet Trump to ‘influence policy making’,” January 30, 2025.
  12. Christina Chi, “Efforts underway to exempt Philippines from 'Keep Call Centers in America' bill,” The Philippine Star, October 10, 2025
  13. Ian Nicolas P. Cigaral, “Philippines to keep digital VAT amid Trump tariff woes,” Philippine Daily Inquirer, September 4, 2025.
  14. Jean Mangaluz, “Philippines concerned over Trump's 20% tariff but says talks still ongoing,” The Philippine Star, July 10, 2025.; Val A. Villanueva, “[Vantage Point] Can the Philippines endure economic pain with Trump’s tariff?” Rappler, July 11, 2025.; Kenneth Christiane L. Basilio, “‘No alliance discount’ on tariffs raises questions; PHL-US ties seen holding,” BusinessWorld, July 23, 2025.; Philippine Daily Inquirer, Editorial “Pushing for better trade deal,” Philippine Daily Inquirer, July 30, 2025.
  15. この仕組みの対象は軍人だけでなく、警察官や消防士、沿岸警備隊員なども含まれる。そのため、年々増加する恩給費の財政に与える影響が懸念されており、マルコス政権は改革を提案しているが、当人達の反対もあって2024年半ばに一度断念した経緯がある。
  16. ただし、米議会の承認を要するようである。U.S. Embassy in the Philippines, “U.S. Announces Php3 Billion in Foreign Assistance for the Philippines,” July 23, 2025.
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