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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第6回 ラオス――出鼻をくじかれる対米輸出

Lao PDR: Exports to the U.S. Thwarted at the Outset

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001622

2025年12月

(4,796字)

出鼻をくじかれるラオスの対米輸出

内陸国ラオスにとって、主要な輸出先は国境を接するタイ、中国とベトナムである。この3 国への輸出総額は、2000年、2010年、2019年、2023年にかけて、約5億、40億、116億、165億ドルと伸び続けている。これに対して、アメリカへの輸出は同じ期間に、約1000万、7000万、1億6000万、3億5000万ドルと伸び悩んだ。アメリカへの輸出が伸びなかった最大の理由は一般特恵関税制度(General Systems of Preferences: GSP)が認められなかったことにある。GSPとは先進国が開発途上国からの輸入品に対して通常より低い関税(多くの場合ゼロ)を一方的に適用する制度である。ラオスは2005年に、ほとんどの国に認められるアメリカの正常貿易関係(Normal Trade Relations: NTR)を享受したが、GSPはおもにラオスがアメリカの要求している労働組合結成の自由を受け入れなかったため、今日に至るまで対象外のままである。1997年にGSPを取得した隣国のカンボジアが10年余りで東南アジアにおけるアメリカ向けの主要な輸出拠点に変貌したのと対照的に、ラオスの世界最大市場へのリーチは低空飛行の状態が続いた。

図1 ラオスの対米貿易額の推移(単位:100万ドル)

図1 ラオスの対米貿易額の推移(単位:100万ドル)

(注)2025年は8月まで
(出所)Global Trade Atlas
ところが、2024年の対米輸出が前年比で約3倍の8億ドルに急増をすると、2025年には最初の8カ月間だけで、17億ドルに達した(図1)。しかし、2025年6月に月間輸出額のピークである3.5億ドルに達した後、7月、8月は前月比で1億ドルほど立て続けに急減をした。トランプ関税の影響である。本稿では、出鼻をくじかれたラオスの対米輸出、トランプ関税への対応について、考察をする。

中国資本のサイセター総合開発区ゲート前の理髪店。 ラオス語、中国語とベトナム語の表記で「男性理髪」(2024年2月28日)

中国資本のサイセター総合開発区ゲート前の理髪店。
ラオス語、中国語とベトナム語の表記で「男性理髪」(2024年2月28日)
2024年から急増した対米輸出の中身

米国通商代表部は、対ラオス貿易赤字が10億ドル近くであると公表しているが、これは2024年半ば以降のごく短い期間の話である1。これが決定的な理由となったかどうかは不明だが、2025年4月2日に公表されたラオスに対する相互関税率はASEANのなかでは、カンボジアの49%に次いで二番目に高い48%だった(磯野2025)。他のASEAN諸国が20%~30%台に対し、ベトナムも46%であることを考えると、中国に近く、中国の対米輸出の生産拠点、あるいは迂回輸出拠点が形成されやすい国に対して、高い相互関税率が課されていることが推測できる。

図2 品目・月別対米輸出額の推移

図2 品目・月別対米輸出額の推移

(出所)Global Trade Atlas

しかし、2000年頃からアメリカへの輸出拠点が形成され始めたベトナムやカンボジアにに比べると、ラオスは2023年までほとんどアメリカに輸出できていなかった。対米輸出が本格的に始まったのは、2024年7月と1年前のことに過ぎない(図2)。図2には、2000年から2025年までで輸出額が多い5品目(HSコード 6桁)の2024年以降の月間の輸出額が示されている。2024年7月と言えば、バイデン前大統領が大統領選挙において再選を目指さない代わりに、ハリス副大統領を推薦した時期であった(Watson 2024)。ハリス候補の登場により民主党の勢いが増し、選挙の行方が混沌とし始めた頃に、太陽電池(組み立て済みモジュール・パネル: HS854143)と太陽電池(セル単体・未組立: HS854142)2品目の輸出額が短期間のうちに月間数千万ドルに急増した。具体的には、2024年8月にまず約5000万ドルのソーラーパネルやモジュールがアメリカに輸出された。2025年に入ると輸出額がさらに拡大し、2025年4月にはこの品目だけで1.5億ドル分がアメリカに輸出された。太陽電池セルの伸びは、組立済みの太陽電池パネルやモジュールに比べ、数カ月遅れて始まった。2025年に入ると同じように急伸し、ピークの6月にはパネル・モジュールの輸出額を若干超えた。

4月に48%と決まったラオスに対する相互関税率は、8月の実施時には40%へと引き下げられたが、当初ラオスより高かったカンボジアを含め、他のASEAN諸国と比べ倍以上の関税率となる厳しい状況となった。そのためか、対米輸出の離陸に貢献した太陽電池2品目の輸出にも、急ブレーキがかかった。金額で言えば、2品目とも2025年6月から2カ月間でほぼ半減している。ラオスの対米輸出は離陸の最中に、滑走路への引き返しを余儀なくされた格好となった。

対米輸出の躍進をもたらした鉄道と外国人労働者

ASEANではベトナムを除けば中国に一番近いラオスが、これまで対米輸出拠点になれなかった大きな理由は三つある。まずは、前述のように、GSPが認められていないことである。これに、内陸国であることによる高い輸送コストと労働力の確保の難しさが加わる。GSPに関しては、現在も未授与のままであるが、カンボジアが人権問題を理由に2020年にアメリカのGSPを取り消されたことで、相対的な優位性が生まれている2。さらに2021年にラオス-中国鉄道の運行が開始され、特に中国との輸送コストが格段に低下した。実際、ラオスの対米輸出は2024年ほどではないものの、2021年頃から増加の速度が増している(図1)。

筆者は、輸出急増の決定的な後押しとなったのは、外国人労働者受け入れの積極化だと考える。ラオスはメコン地域で人口が一番少なく、二番目に少ないカンボジアの半分以下の約700万人あまりに過ぎない。さらにそのほとんどが日本の本州とほぼ同じ広さの山間部に分散していることで、人口密集地の規模がタイやベトナム、カンボジアといった隣国に比べ、格段に小さい。人件費が相対的に低いながら、労働集約型の産業の集積が遅れている主な要因と指摘されている。

そんなラオスだが、以前から熟練労働者を中心にタイや中国、ベトナムからの労働者の受け入れはあった。しかし数は少なく、また、工場の生産ラインで就労する単純労働の外国人の受け入れは基本的になかった。近年、単純労働を中心に、外国人労働者がラオスで増えたのには複合的な理由があった。第一に、コロナ禍前から中国が主にラオスの北部で開発していた経済特区が積極的にミャンマー人、フィリピン人などの採用をしはじめた。主に建設、カジノのようなサービス業への就労のためである。しかし、コロナ禍以降、コロナ感染または経済特区での不法な活動などを理由に、多くの外国人労働者は強制送還された3。ただ、一度は送還をされたものの、多くの外国人にとって、ラオスで働くハードルが格段に低くなったのは想像に難くない。第二に、ラオスが外国人労働者受け入れ、特にプッシュ要因が大きいミャンマー人の受け入れを制度化するために、2024年10月にラオスとミャンマーの労働大臣が署名した移民労働者に関する覚書が挙げられる4。2024年までに少なくとも3万人のミャンマー人がラオスに派遣された5。実際、北部ではなく首都にある多くの縫製工場がミャンマー人労働者の受け入れにより、労働者不足の問題を解消している。

表1 ラオスで登録されている外国人労働者数

表1 ラオスで登録されている外国人労働者数

(出所)ラオス国家統計センター

公式統計からも外国人労働者が2020年から徐々に増えていることが確認できる(表1)。2020年以前は人数が数百人程度で、かつ、情報の欠損も多かった。表1には、その年に新規登録をした人数(左)と更新の人数(右)がある。仮に労働許可書の期限が1年でも、2024年には少なくとも工業とサービスにそれぞれ3万人弱の外国人労働者がいることになる。雇用者数でラオス最大の製造業である縫製産業の労働者数が約3万人であることに鑑みれば、外国人労働者の存在感の大きさが際立つ。

突然大きく増加した対米輸出の多くは単なる迂回輸出ではないと筆者はみる。もちろん、迂回輸出の存在を完全に否定することもできない。しかし、拡大した分のほとんどが迂回輸出ならもっと早く、少なくともラオスと中国の輸送コストが著しく低下した鉄道の開通の翌年である2022年に増加してもおかしくない。タイミング的には、2024年10月のミャンマーとの労働者の覚書により近い。さらに言えば、加工輸出と迂回輸出は明確には区別できないスペクトラムである。この連続したスペクトラムのなかで、ラオスのアメリカへの輸出が急増し、また、急減をしたというのが、現状であろう。

強制送還受け入れ頼りの限られる対米交渉カード

カンボジアとベトナムが、4月から8月にかけて相互関税率をそれぞれ49%と46%から19%と20%に下げたのに対し、ラオスは48%から40%にしかならなかった。結果からしても、ラオスに交渉カードがほとんどないことが推測できる。ラオスがこの状況を軽くみたということではない。実際、4月2日の相互関税発表の4日後である4月6日に、商工省大臣を議長とする緊急会議が招集されている。商工大臣の義理の父であるカムタイ元主席がくしくも相互関税が発表された4月2日に死去し、4月4日から5日が国葬と指定され、2日間とも商工大臣は親族の一員として、弔問客を迎えなければならないことを考えれば、6日は物理的に対応可能な最も早い日程だったとみることができる。

しかしラオスは、カンボジアやベトナムのように日用品や食品の輸出額が大きいわけではないため、アメリカにおける物価上昇の抑制を理由に関税引き下げを認めさせることは難しい。9月にはソーンサイ首相がアメリカを訪問し、ジェイミーソン・グリア米国通商代表などと会談をしたが、状況が改善したかどうか判断をするには、9月以降の貿易統計を待たなければならない。

とはいえ、ラオスが何もしていないわけではない。トランプ政権のもう一つの目玉政策である強制送還者の受け入れには、これまでの立場を変え、警戒しながらも受け入れる方向に舵を切った。強制送還者の受け入れ問題は第一次トランプ政権から始まっている。トランプ政権は強制送還者を受け入れないことを理由に2018年にラオスに対する査証の制裁を拡大した。この制裁はバイデン政権が2022年に解除するまで続いた6。ラオスが簡単に強制送還者を受け入れられないことには理由がある。強制送還者の多くは1975年にラオス人民民主共和国に政治体制が変わった後の亡命者か、タイの難民キャンプで生まれ、ラオスに生活基盤がなく、親戚、知人、何よりラオス国籍さえない人も多い。2020年に受け入れをはじめたものの、厳密な審査に基づく、限定的な受け入れだった。 

トランプ大統領は2025年1月29日に、約5000人のラオス人を含む約140万人の外国人の強制送還を命じた7。これに対して、在米ラオス大使館は3月に自発的な帰国を促す通達を公表した。当然これは、ラオス国籍保有者に向けたものである8。さらに、相互関税発表の1カ月後の5月25日までに数十人のラオス人を受け入れた9。7月には強制送還のために在米ラオス大使館が145人に旅券に代わる書類を発行した10。トランプ政権が期待しているほどのスピード感ではないものの、強制送還者を受け入れることで、相互関税率に対応しようとしているとみることができる。

おわりに

ラオスの対米輸出は遅ればせながら、2024年後半に離陸した。しかし、本稿執筆時点(2025年12月)では、相互関税に出鼻をくじかれた格好になっている。ラオスは主に強制送還者の受け入れを中心に限られた交渉カードで対応をしようとしているが、顕著な成果につながっていないのが現状である。

しかし内陸国のラオスが遠くのアメリカに太陽電池のような工業製品を輸出できることは進歩と捉えることができる。製造業が発達するための諸条件が整ってきた意味は大きい。世界最大の市場への輸出をできるだけ増やしていく努力をしつつ、ASEAN域内やアメリカ以外の先進国の市場開拓に目を向けることが、ラオスが取るべき現実的な戦略であろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

ケオラ・スックニラン 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニア・エコノミスト(アジア経済研究所より出向)。修士(経済学)。専門はメコン地域研究と人工衛星データを中心とした社会科学における大量データの活用。おもな論文は、Monitoring economic development from space: using nighttime light and land cover data to measure economic growth,” World Development, Vol. 66(共著、2015年)、「『ビジョン2030』──達成できるか所得4倍増計画」(山田紀彦編『ラオス人民革命党第10回大会と「ビジョン2030」』2017年)など。


  1. Office of the United States Trade Representative, “Laos.” 2025.
  2. CONGRESS.GOV, “Generalized System of Preferences (GSP): FAQ.” 2025.
  3. ASEAN NOW, “Myanmar workers infected with Covid-19 have returned from Laos.”Augst 30, 2021. Business and Human Rights Centerに関連記事の複数を参照。
  4. Phetphoxay Sengpaseuth, “Laos, Myanmar ink pact on migrant workers.” Vientiane Times, October 23, 2024.
  5. Myanmar sends some 30,000 workers to Laos.” Global New Light of Myanmar, November 23, 2024.
  6. Katrina Dizon Mariategue, “US Lifts Visa Sanctions on Laos.” SEARAC, 2022.
  7. Phontham Visapra, “Over 4800 Lao Nationals Set to Face Deportation from the United States.” Laotian Times, January 31, 2025.
  8. Beatrice Siviero, “Laos Issues Voluntary Return Notice for Nationals Residing in the US Without Legal Documents Amid Deportation Threats.” Laotian Times, March 26, 2025.
  9. Paul C. Kelly Campos, “Their husbands were deported to Laos. Now they’re picking up the pieces together.” NHPR, August 5, 2025.
  10. Lex Harvey, “A US war forced her parents to flee. Now, a Wisconsin mother has been deported back to the country she never called home.” CNN, July 25, 2025.
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