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海外研究員レポート

日韓関係の逆コース

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2019年11月

(7,515字)

日韓関係の悪化が続き、とくに2019年に入って日本の報道では「戦後最悪」「過去最悪」といった言葉で語られるようになり、韓国の報道でも「最悪」という表現がみられるようになった。

「過去最悪」「戦後最悪」というのは行き過ぎた表現である。1965年に国交が正常化される前の日韓関係には、1952年1月に韓国政府による「海洋主権宣言」で引かれた「李承晩ライン」(韓国側では「平和線」)で、多くの日本漁船が拿捕され、船員が拘束されるという大きな問題があった。日韓関係史上、最悪だったのは李承晩大統領の時代であって、この時代には日本の海上保安庁の船舶に対する銃撃もあるほどであった。時期を正確に表現したものは、李鍾贊・元韓国国家情報院院長が『毎日経済新聞』のインタビューで語った「国交正常化以後最悪の状態」というものである1

李承晩ラインは1965年6月22日に東京で日韓基本条約とともに調印された日韓漁業協定によって消滅した。日韓関係は、1984年9月の全斗煥大統領訪日をきっかけにまず政治面で強化された。その後、1998年10月の金大中大統領訪日をきっかけに経済や文化などの様々な分野の交流が大きく進み、2000年代初めには日本社会で韓流ブームが起こるようになった。今の日韓関係の悪化は、政治面でこれまで進められてきた関係改善の逆を行くものであるといえる。

写真:安倍首相と韓国の李洛淵首相の会談

安倍首相と韓国の李洛淵首相の会談(2019年10月24日)
逆コースの始まり

日韓関係の悪化は、2012年8月10日に李明博大統領が竹島(韓国名、独島)に上陸したことに始まる。これは1965年の国交正常化以来、日韓の政府がともに拡大を避けてきた竹島領有権の問題を、大統領自らの上陸によって可視化することで日本との対決姿勢を示すものであった。続いて14日、李明博は、忠清北道清原郡の韓国教員大学で、天皇について「『痛惜の念』などというよくわからない単語を持ってくるだけなら、来る必要はない」「韓国に来たいのであれば、独立運動家を回って謝るべきだ」と発言した。これも日本との対決姿勢を示すものであったが、日本側から天皇訪問といった提案がなされていたわけでもないところでの発言であり、突飛なものでもあった。

李明博の挑発行動に対して、日本の玄葉外務大臣は、『外交』誌のインタビューで、「今まで日本は遠慮をし、配慮してきたわけでありますが、今後、領土問題の体制を強化し公正な形で平和的に判断してもらうということを継続してやっていきます」「10年間で平均4%成長してきた韓国ですから、やはりそろそろ日韓の関係も、互いに言うべきところは言うけれども、冷静に対応するべきところは互いに冷静に対応して、相互依存関係をさらに、経済、文化、人的交流あるいは政治面でも深めていく、そういう新しい日韓関係を築く契機にしていかなければならないと思っています」と述べた2。これは、過去の植民地支配やそれに伴う徴用工問題、慰安婦問題の存在といった特殊性に外交上特別な配慮はしないという姿勢を示したものであった。

とはいえ当時の民主党政権は韓国との関係を悪化させることは望まなかったし、2012年12月に発足した安倍政権も、慰安婦問題に関するお詫びと反省を述べた1993年8月の河野談話、植民地支配に関する謝罪をした1995年8月の村山談話を継承することを繰り返し明確にした3。しかし、2013年2月に発足した韓国の朴槿恵政権は、李明博ほどの挑発的な行動はとらなかったものの、従軍慰安婦などの植民地時代の問題を強調し、「日本政府の積極的な変化と責任ある行動」が日韓関係改善の条件であるとした(2013年3月1日朴槿恵大統領演説)。そこに日本側でも、4月23日、安倍総理が国会答弁の中で「侵略という定義については、これは学界的にも国際的にも定まっていない」と発言したことで(2013年4月23日参議院予算委員会)、韓国の政府も社会も安倍政権に対して猛反発を見せた。さらに、12月26日、安倍総理が靖国神社を参拝したことで、韓国側の反発はさらに強まった。

慰安婦合意の成立と文在寅政権による見直し

安倍政権と朴槿恵政権との間の緊張を和らげたのはアメリカのオバマ政権による働きかけであった。2014年4月にオバマ大統領が訪日して安倍総理と会談したが、オバマは訪日後のソウルでの記者会見で安倍総理が慰安婦問題の重要性を認識しているはずであると語った4。そして、シャーマン国務次官が2015年2月27日にワシントンのカーネギー国際平和基金での演説で韓国側に強い警告を発した。シャーマンは、慰安婦問題や教科書問題などに関して「こうした問題は理解できるがイライラする問題であった(All this is understandable, but it can also be frustrating)」と述べ、また、「国の指導者にとってかつての敵をけなすことは安っぽい称賛を浴びる容易な方法だが、それは感覚を麻痺させるだけで進歩を生まない(… it’s not hard for a political leader anywhere to earn cheap applause by vilifying a former enemy. But such provocations produce paralysis, not progress)」と韓国側を非難した5。韓国ではこの警告が重く受け止められた。そして2015年12月28日に日韓の外相会談で慰安婦合意が成立した。

慰安婦合意の骨子は、(1)慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認する、(2)当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題として日本政府は責任を痛感し、安倍総理が心からおわびと反省の気持ちを表明する、(3)元慰安婦を支援するため韓国政府が財団を設立し、日本政府が10億円程度の資金を一括拠出し、日韓両政府が協力し、すべての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う、(4)慰安婦少女像の扱いは、韓国政府が関連団体との協議を通じ解決に努力する、というものであった。この合意に基づき、2016年7月31日に「和解・癒し財団」が発足し、10月14日から元慰安婦に1人あたり1億ウォン(約900万円)、遺族199人に同2000万ウォンの支援金を支払う事業を実施した6。また、防衛面で日韓は11月23日、日韓秘密軍事情報保護協定(General Security of Military Information Agreement, GSOMIA)を締結し、内外に協力の強化を印象付けた。

しかし、日本側がとくに望んだ慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」は実現されなかった。朴槿恵大統領が「崔順實ゲート」をはじめとするスキャンダルのため、国会の弾劾訴追によって2016年12月9日に職務権限を停止され、2017年3月10日には憲法裁判所で罷免された。そして、5月9日の選挙を経て、文在寅が大統領に当選した。文在寅は、すでに2016年12月15日にソウルのプレスセンターでの外信記者との懇談会で、GSOMIAについて、日本の軍事大国化と独島(日本名、竹島)問題を挙げて、「検討する必要がある」とし、慰安婦合意についても、「日本がすべきことは法的な責任を認めて公式的に謝罪することである。おカネはいらない」「韓国政府は日本政府が出したおカネのなかに謝罪と賠償の性格があると発表したが、日本政府はそうした事実はないと否定した」と述べ、合意の見直しが必要だとの見解を発表していた7

文在寅政権は2017年7月31日に、外交部に韓日慰安婦合意再検討タスクフォースを設置し、慰安婦合意の見直し作業に入った。タスクフォースは12月27日に「戦時女性人権に関して国際的な規範に基づく被害者中心的接近が慰安婦交渉過程で十分に反映されず、一般的な外交懸案のような取引交渉がなされた」との結論を発表した。しかし、報告書は合意を具体的に今後どのように扱うべきかということには言及しなかった8。宙ぶらりんになった財団は機能停止に陥った。2018年11月21日に韓国政府は財団を解散する方針を発表し、日本側の反対にもかかわらず財団は2019年7月5日に正式解散となった。

財団が2017年7月27日に発表したところでは、生存被害者47人(2015年12月慰安婦合意時)のうち34人、死亡被害者199人のうち48人の遺族に支給した。生存被害者のうち受取を申請して審査中になっている被害者は2人、受取を拒否した被害者は9人であり、死亡して遺族がなく支払いができない被害者が1人、受取の意思確認ができない被害者が1人であった。死亡被害者のうち、受取を申請して審査中になっている死亡被害者が17人、遺族の所在が不明で支払えない死亡被害者が134人であった9。財団が解散するまでに、生存被害者への支給状況は変わらず、審査中であった2人には支払いが行われないままになり、死亡被害者のほうは受取申請が71人になったが、うち13人には支払いがなされないままになったと報じられている10。財団の解散までに残った58億ウォンについても、使い道が決まらないまま国庫に収められたと報じられている11

一方で、いわゆる徴用工問題に関連して、2018年10月30日に韓国大法院が、新日本製鉄(現新日鉄住金)に対し韓国人4人へ1人あたり1億ウォン(約1000万円)の損害賠償を支払うよう命じる判決を出した。これに対してこの問題が1965年の日韓請求権協定によって解決済みであるとの立場をとる日本政府は同種の訴訟を抱える日本企業に対してこうした請求に応じないよう、政府の立場を説明した。また、防衛交流に関して対立があり、10月5日に防衛省は、旭日旗の掲揚を認めない韓国に対して、10~14日の済州島での国際観艦式への参加を取りやめることを韓国側に伝達した。さらには、12月21日には、日本防衛省が、20日に自衛隊機に韓国軍艦船が火器統制用レーダーを照射したとして抗議し、これに対して、韓国側はレーダー照射を否定したうえで改めて自衛隊機の異常接近に対して抗議するということがあった。

日本の輸出規制強化措置と「経済報復」論

2019年に入ってからは、いわゆる徴用工問題に関して、1月9日に日本外務省は韓国側に二国間協議の開催を要請したが、韓国側はこれに応じず、5月20日に日本側が仲裁委員会の設置を通告したが、韓国側が応じなかった。ただし、韓国側も何もしなかったわけではなく、6月19日に外交部が、いわゆる徴用工問題に関して日韓の企業が参与して基金を創設して被害者側に補償するという案を日本に示した。韓国側は、この案を受け入れれば仲裁委員会の設置を検討すると非公式に伝達したが、日本側は拒否した12。そして、7月1日に日本の経済産業省は、「韓国との信頼関係の低下」「韓国と関連した不適切な輸出管理」を理由に、半導体製品生産の核心素材であるフッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の韓国向け輸出に関する規制強化を発表し、続いて8月2日に日本政府は、韓国を輸出手続優待国(ホワイトリスト)から韓国を除外すると発表した。「韓国との信頼関係の低下」に関して、安倍総理は7月3日に日本記者クラブでの党首討論会で、いわゆる徴用工問題と慰安婦合意に言及している。

韓国の報道機関は日本の措置を「経済報復」と呼ぶようになり13、「経済戦争」という言葉も登場した14。「経済報復」という言葉は文在寅大統領も8月2日に用い、日本に対して対抗措置をとると発表し、12日に、韓国政府は日本に対する輸出規制を強化することを決定した。また、韓国政府は防衛問題でも、23日に日本に対して軍事情報保護協定(GSOMIA)の終了決定を通告した。こうして日韓関係の悪化は通商と防衛の分野に拡大することになったのである。

日本政府が「フッ化水素」のサムソンに対する輸出を許可したことが8月30日に知られるようになっても、韓国政府と社会の反発は収まらず、9月11日に韓国政府は、半導体材料など3品目の輸出管理厳格化措置が元徴用工問題での報復であり不当だとして世界貿易機関(WTO)に提訴したと発表した。また、韓国社会では市民団体による日本製品不買運動が展開されている。

展望

韓国社会ではこの日韓関係の悪化の原因が安倍政権にあるという見解が圧倒的であり、日本社会ではそれが文在寅政権の姿勢にあるという見解が強いようである。韓国社会の見解は、安倍政権が「軍国主義的」傾向を持っているという見解15、および安倍政権が国内政治で支持率を高めるために「韓国叩き」をしているという見解16と結びついている。こうした見解では、ほかならぬ安倍政権によって慰安婦合意が成立したことや、安倍総理がオバマ大統領から慰安婦問題への善処を要求される前に村山談話と河野談話の継承を表明したこと、慰安婦合意でも安倍総理の謝罪メッセージが発表されていることが忘れ去られている。

他方、日本社会の見解は、文在寅大統領が就任前から慰安婦合意とGSOMIAの見直しを主張し、実際に、文在寅政権が慰安婦合意を事実上反古にしたこと、いわゆる徴用工に関する大法院判決に対して何ら措置をとらなかったこと、GSOMIAの終了を発表したことなどに起因している。それでは、文在寅大統領の任期終了後、保守派の政権が誕生すれば、日韓関係は改善に向かうことが期待できるかというと、それも難しいといわざるをえない。日韓関係の悪化は、保守派の李明博政権期に大統領自身の言動で作り上げられた現象である。同じく朴槿恵政権もまた、日韓関係の改善には消極的であり、オバマ政権からの働きかけがあったがために重い腰を上げて慰安婦合意に向けて動き出したにすぎない。李明博、朴槿恵に連なる今の保守系の政治家に日本との関係改善に関して進んで動くことを期待するのは難しいといえる。

文在寅政権に対して望みがあるとすれば、文在寅大統領自身が「反日感情は持っていない」と発言していることである17。文在寅政権の成立に深く関わり、政権で最初の駐日大使を務めた李洙勲慶南大学校教授も「文在寅大統領は反日主義者ではない」と述べている18。また、外相級の対話も、内容の進展はないものの維持されてきた。10月24日には、「即位礼正殿の儀」の出席のために訪日した李洛淵総理と安倍総理の会談も行われた。

そして、まだ大きな力とはなってはいないものの、韓国社会のなかには日韓関係の改善を求め、その方策を探る動きもある。8月8日に慶南大学校極東問題研究所で「韓日関係をどう解いていくべきか?」というテーマで公開フォーラムが開かれ、外交面での打開策やいわゆる徴用工問題に関して韓国政府がなすべきことなどについて話し合われた。そこでは、与党の日本経済侵略対策特別委員会の金民錫副委員長が日本との「経済戦争」で「国民の団結」が重要だとする勇ましい発言をしたが、ほかの発表者たちは冷静だった。司会の李洙勲慶南大学校教授は日韓両政府が互いに「接点を捜す努力」が必要であると述べ、『ハンギョレ新聞』の吉倫亨前東京特派員と国民大学校の李元徳教授が6月19日に韓国政府が提案した日韓の政府と企業による基金の創設案についての可能性を議論した。そして、韓国政府のもとでいわゆる徴用工問題にもかかわってきた「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会」の鄭惠瓊元調査課長は韓国内での政府と被害者との信頼関係について議論し、会議の企画を担当した趙眞九慶南大学校助教授が日本側との「良心的少数派」との連帯と合わせて「一般的な日本国民を対象にした公共外交」の必要性について語った。即効性のあるアイディアが出たわけではないが、こうした会議が開かれたことは日韓関係の悪化に対して何をなすべきかということについて冷静な議論がなされる出発点となったといえよう。

写真の出典
  • 首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201910/24kaidan_07. html)
著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ) アジア経済研究所在ソウル海外調査員(2017年3月~)。主要著書は、『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』アジア経済研究所 2011年、『アジアは同時テロ・戦争をどう見たか』(編著)明石書店2002年、『アジアが見たイラク戦争』(編著)明石書店2003年、『朝鮮社会主義経済の現在』(編著)アジア経済研究所 2009年、『朝鮮労働党の権力後継』(編著)アジア経済研究所2011年、『朝鮮史2』(共著)山川出版社 2017年。

  1. 『毎日経済新聞』ウェブサイト2019年5月20日。
  2. 『外交』第15巻(2012年9月号)、61ページ。
  3. 2013年2月7日衆議院予算委員会、2013年5月15日参議院予算委員会、2014年3月14日参議院予算委員会など。
  4. 2014年4月25日発AFP。
  5. Sherman, Wendy R. "Remarks on Northeast Asia" 2015年2月27日。
  6. 和解・癒し財団「和解・癒し財団、日本軍慰安婦被害者の名誉・尊厳回復および傷の癒しのための第1歩を進める」(報道資料)、2016年10月14日。
  7. 『ヘラルド経済』ウェブサイト2016年12月15日。
  8. 韓日慰安婦合意再検討タスクフォース「韓日日本軍慰安婦被害者問題合意(2015.12.28)検討結果報告書」。
  9. 和解・癒し財団「和解・癒し財団設立1周年に際して」(報道資料)、2017年7月27日。
  10. 『朝日新聞』2019年6月9日。
  11. 『ハンギョレ新聞』ウェブサイト2018年11月20日、『読売新聞』ウェブサイト2019年7月5日。
  12. 『東亜日報』ウェブサイト2019年6月19日。
  13. 『ハンギョレ新聞』2019年7月2日など。
  14. 『韓国経済新聞』ウェブサイト2019年7月1日、『毎日経済新聞』2019年7月1日など。
  15. 『韓国日報』ウェブサイト2019年8月7日など。
  16. 2019年7月3日発JTBCニュースなど。
  17. 『ハンギョレ新聞』ウェブサイト2019年7月27日。
  18. 『韓国日報』2019年8月16日。
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