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金正恩時代のミサイル発射と軍事パレード

Military Parade and Missile Launch in Kim Jong-Un Era

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053471

2022年8月

(5,075字)

頻繁なミサイル発射

金正恩時代に入ってから多くの「弾道ミサイル」の発射が観測されている。この「弾道ミサイル」は朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)における発射が確認された飛翔体のことであり、実際には弾道ミサイルばかりではなく、多連装ロケットや巡航ミサイル、迎撃ミサイル、人工衛星なども含まれる。朝鮮の「弾道ミサイル」発射に関する韓国軍合同参謀本部の発表の件数と発射数を数えてみると、2013年に3件6発、2014年に16件195発、2015年に8件32発、2016年に7件12発、2017年に15件23発であり、南北関係、朝米関係が好転した2018年には0件0発になった。しかし、2019年には再開されて12件20発、2020年に4件9発、2021年に4件7発となり、2022年には6月末までに15件29発と発射回数が増加している。

外部から観測されていることを承知したうえでの飛翔体の頻繁な発射は、朝鮮側がむしろ各種ミサイルの開発状況を誇示しているともいえる。軍事的な能力を誇示する示威行動は金正恩時代に入って現れたものであり、金日成、金正日の時代には見られなかった。
本稿では、金正恩時代に入ってからの軍事力の表出について、軍事力を隠そうとしてきた先代までとの論理の違いを明らかにしてみたい。

写真1 祖国解放戦争勝利60周年慶祝閲兵式での戦車(2013年7月27日)

写真1 祖国解放戦争勝利60周年慶祝閲兵式での戦車(2013年7月27日)
隠す論理と見せる論理

戦争を遂行するうえで軍隊の組織構成、配置、装備、作戦などを敵から隠すことは古来より行われていることである。近代戦に限らず、充実した戦力で敵の弱点を突くことが戦闘の基本であり、一般的に軍隊は敵に弱点を知られないように自己の具体的な軍事力を隠すようになる。軍事政策が戦闘の遂行や準備に特化していれば、この基本のとおり自己の軍事力を隠しつづけることになる。ただし、軍隊の仕事は戦争の遂行や準備にとどまらない。軍事行動に対する抑止、すなわち自己の軍事力を敵に見せて印象づけることで攻撃を躊躇させることもそのひとつである。とはいえ金日成、金正日の時代にはいかに戦争に備えるか、いかに戦争を遂行するべきかが主要な問題であり、自己の軍事力を外部から見えなくすることに力が注がれた。そのため軍事力の示威行動は避けられてきた。

最初に「抑止」という言葉が現れたのは、2003年4月30日に、「必要な核抑止力を持たざるを得なくなった」という表現で、核武装を始めることを宣言したときであった(朝鮮中央通信2003年4月30日発)。それでも、軍事力の示威行動は控えられたままであった。金正日時代には2006年10月9日と2009年5月25日に核爆発実験が実施されたが、その運搬手段であるミサイルに関しては、長距離ミサイルと技術的共通性がある人工衛星の開発が進められたものの、ミサイル自体の開発状況は公表されず、試験発射も最小限にとどめられた。

そのため、この段階での「核抑止力」は核爆弾の存在と長距離ミサイルを製造するだけの技術力があることを示したに過ぎなかった。抑止の対象であるアメリカは朝鮮の核兵器およびミサイルの能力に関して、北東アジア地域の不安定要因であり、核不拡散体制に対する脅威であるとしか認識しておらず、アメリカ本土への核攻撃は意識していなかった。

2011年12月30日に人民軍最高司令官に就任した金正恩は先代と違い、中途半端な「核抑止力」に満足していなかった。そのことは、すぐに抑止の論理を追求する動きに出たことが示している。2012年4月14日に開館した人民軍武装装備館には長距離ミサイルが展示された。そして、翌15日に実施された軍事パレードは、長距離ミサイルとみられるものを含む各種ミサイルを積んだ移動式車輛たちが行進した。2013年からはミサイルの試験発射や訓練を頻繁に実施し、長距離ミサイル開発の意志と能力を内外に印象づけるようになった。また、2015年5月8日には潜水艦発射ミサイルの試験発射が実施され、翌日の『労働新聞』に「北極星-1」と表示されたミサイルの写真が公表された。この発表によって、ミサイル開発の種類が多岐に及ぶものであることが知られるようになった。

そして、2016年にはアメリカに対する核打撃能力が完成する段階に入った。6月22日にはグアムに対する打撃が可能だと推定される中長距離ミサイルの高角度試験発射が実施された。このミサイルは「火星-10」であると発表され、ミサイルのシリーズが「火星」であることが明らかになった。9月9日には核弾頭用原子爆弾の実験が実施された。2017年7月4日にはアラスカに到達するとみられる大陸間弾道ミサイル「火星-14」の発射試験、9月3日にはミサイルに装着する水素爆弾の実験、11月29日にはアメリカ全土を射程に収めた大陸間弾道ミサイル「火星-15」の試験発射が行われ、「国家核武力完成」とされた。

アメリカ側も朝鮮によるこうした核打撃能力の増強を意識するようになった。ホワイトハウスが2015年2月に発表した国家安全保障戦略報告書では、朝鮮について、北東アジアの不安定要因、核不拡散体制への脅威といった位置づけがなされていたものの、アメリカに対する直接的な攻撃の可能性については言及されなかった(United States. President 2015)。これに対して、2016年5月26日にオバマ大統領は核打撃能力について、アメリカに対する脅威でもあると述べるにいたった(『朝日新聞』2016年5月27日)。そして、2017年12月に発表された国家安全保障戦略報告書でも、朝鮮が「アメリカ人を数百万人殺すほどの能力を追求している」と記された(United States. President 2017)。連邦政府は現段階で実際にアメリカ本土を攻撃する能力が朝鮮側にあるかどうかについては判断を保留しているものの、朝鮮のミサイル開発と核爆弾の開発がコケ脅しではないと認識していることを示している。朝鮮の核抑止力はアメリカに対してその心理的機能を持ちつつあるとみられる。

各種作戦能力の可視化

核戦力の可視化と並行して、さまざまな種類の戦闘に対応する能力の可視化も進められた。従来、軍隊の状況に関する公式の報道は最高指導者の軍部隊への訪問がその主なものであり、せいぜい当該軍部隊内での訓練に言及されるくらいであった。金正恩時代に入ると、伝えられる訓練の様子に広がりが出るようになり、これまで登場しなかった種類の訓練が報道されるようになった。

そのひとつが空挺部隊の降下作戦である。落下傘に関しては、すでに各地に飛行機の操縦や落下傘訓練を行う航空クラブが組織されていることが知られており、軍隊でも降下訓練は行われていたはずであるが、それが公開されることはなかった。2013年2月22日に実施された飛行部隊と特殊作戦軍による降下訓練に関する報道を皮切りにして、2013年1月18日に実施された夜間降下訓練、2014年8月27~29日に実施された降下・対象物打撃訓練などが報じられた(朝鮮中央通信2013年2月22日発;『労働新聞』2014年8月30日)。さらに、特殊部隊が降下して韓国大統領府を模した建物を襲撃する訓練が行われたことが2016年12月11日に報じられた(『労働新聞』2016年12月11日)。ただ、襲撃訓練の公開は韓国側に対する刺激が強すぎると判断されたようである。その後、2019年11月18日に報じられた空軍空挺部隊による降下訓練は降下技術の競技にとどめられた(『労働新聞』2019年11月18日)。

もうひとつは上陸作戦である。これまで朝鮮は韓米合同演習で実施される上陸訓練を強く非難する一方で、自己の上陸訓練について報じたことはなかった。2013年3月25日には3個軍団による上陸・反上陸訓練が実施され、2014年11月23日の報道で海軍と特殊作戦軍による上陸・反上陸訓練、2016年3月20日の報道でも軍団、機械化師団、飛行部隊、海軍部隊による上陸・反上陸訓練の実施が発表された(『労働新聞』2013年3月26日;『労働新聞』2014年1月23日;『労働新聞』2016年3月20日)。

これらの攻撃性の強い作戦訓練に関する報道は、金正恩時代に入ってから、抑止という考え方が核戦力のみならず、通常兵器による戦闘に関しても適用されていることを示している。

写真2 祖国解放戦争勝利60周年慶祝閲兵式でのS-75ミサイル(2013年7月27日)

写真2 祖国解放戦争勝利60周年慶祝閲兵式でのS-75ミサイル(2013年7月27日)
軍事パレードの変化

多くの国では、国家の威信を示すため、軍隊の組織力や装備を見せつける軍事パレードが実施される。金日成、金正日の時代にも軍事パレードは実施されてきた。ただし、金日成の時代に大規模な軍事パレードはさほど行われず、それも朝鮮戦争で活躍した軍部隊の縦隊がその主役であった。金正日は儀式の演出に凝ったものの、軍事パレードで「抗日革命の伝統」が強調され、抗日パルチザン部隊や朝鮮戦争で活躍した部隊の当時の装束を纏った縦隊と、伝統教育の場である軍事学校の縦隊が主役になった(金正日 1998)。軍事パレードは老兵や古参兵の晴れ舞台、あるいは、軍隊の歴史を示す仮装行列の性格が強く、武器や装備を見せることはおまけに過ぎなかった。

一方、金正恩時代の最初の軍事パレードは、先に述べたようにミサイルを積んだ車輛の縦隊が内外の注目を集めた。そして、軍事パレードの構成が大きく変わったのが3回目の正規軍パレードであった。2017年4月15日に実施された金日成生誕105周年慶祝閲兵式では、抗日革命の伝統を示す仮装した縦隊も行進はしたものの、主役は軍団級部隊などの現役部隊たちの縦隊であった。ここで、第1軍団、第2軍団、第4軍団、第5軍団は軍事境界線沿い、第3軍団は西海側、第8軍団は朝中国境地帯といったように各地に駐屯している主要な軍団の位置が発表された。これまで軍団の名称や位置は韓国側にある程度把握されていたとはいえ、自らまとめて公開したのは初めてのことであった。以降、正規軍の軍事パレードが実施されるたびに、軍団や主要な軍部隊の司令官の名前も公表されるようになった。また、サイバー部隊、化学戦部隊の縦隊も登場するようになり、とくにサイバー部隊に関しては、これまで朝鮮の関与が疑われてきたハッキング事件に関係している可能性を示唆した。

こうして、軍事パレードは「抗日革命の伝統」を強調する役割が小さくなり、ミサイルなどの兵器の展示のみならず、正規軍の組織構成までも公開することで軍事的な自信を示す場となった。2020年10月10日に実施された軍事パレードから、実施時間が深夜になり、ライトアップ、レーザービーム、戦闘機から発射された花火で視覚的に楽しむことができるよう工夫がなされた。2022年4月25日に実施された軍事パレードは降下兵の曲芸的なスカイダイビングも加わった1

抑止の追求

金正恩時代に入って、従前戦争の準備と遂行に限られていた軍隊の仕事に新たに戦争の抑止が加わった。抑止のためには軍事力を誇示して敵に印象づける必要があるため、軍隊は隠すべきものから見せるべきものに転換することになった。軍事力の誇示は、ミサイルの試験発射や訓練の頻繁な実施、各種作戦能力を誇示する訓練の報道、現役部隊の組織構成、装備、各種のミサイルなどを見せつける軍事パレードを実施することによって進められている。そして、軍事パレードはより印象的なものにして注目を集めることが必要になり、そのために華やかな演出がなされるようになった。軍事パレードも「弾道ミサイル」の発射も戦争抑止のための軍事力の示威行動である。抑止力を追求する限り、軍事パレードは華やかになり、飛翔体の発射も頻繁に実施されることになるであろう。2021年1月に軍隊の行政を担当する人民武力省が国防省に改称されたが、これも抗日パルチザンの伝統よりも近代的な正規軍であることを強調したい最高指導者の意図が反映されたものと考えられる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • 金正日1998.「人民軍隊を強化して軍事を重視する破壊的気風を打ち立てることについて」『金正日選集(13)』平壌 朝鮮労働党出版社.
  • United States. President 2015. “National Security Strategy.” The White House. 
  • United States. President 2017. “National Security Strategy of the United States of America,” The White House. 
著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ) アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。主要著書は、『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』アジア経済研究所 2011年、『アジアは同時テロ・戦争をどう見たか』(編著)明石書店2002年、『アジアが見たイラク戦争』(編著)明石書店2003年、『朝鮮社会主義経済の現在』(編著)アジア経済研究所 2009年、『朝鮮労働党の権力後継』(編著)アジア経済研究所2011年、『朝鮮史2』(共著)山川出版社 2017年。


  1. 軍事パレードの様子は平壌の朝鮮中央テレビで放映された。総聯映画撮影所のホームページにて2021年1月16日の軍事パレードは「조선로동당 제8차대회기념 열병식」(朝鮮労働党第8次大会閲兵式)、2022年4月25日の軍事パレードは「조선인민혁명군창건 90돐 경축열병식」(朝鮮人民革命軍創建60周年閲兵式)として掲載されている。
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