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海外研究員レポート

日韓秘密軍事情報保護協定の象徴的意味

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051544

2020年1月

(7,408字)

2019年8月22日、韓国政府は、2006年11月23日に締結された日韓秘密軍事情報保護協定の終了を決定し、翌23日に日本政府にそれを伝達した。これにより同協定は2019年11月23日に失効するはずであったが、前日の22日に韓国政府が「終了通知の効力停止」を発表し、23日以後も同協定は維持されることになった。

このように3カ月で破棄から延長へと変わった同協定に関して、ここではその内容と象徴的意味を検討する。

秘密軍事情報保護協定の概念

日韓秘密軍事情報保護協定のみならず、一般に秘密軍事情報保護協定(General Security of Military Information Agreement, GSOMIA)とは、協定の当事国が互いに提供された秘密軍事情報をそれぞれの国内法規に基づいて保護し、目的外の利用を制限することや第三国などへの漏洩を防ぐことを目的としたものである。GSOMIAは、多くの人々が誤解しているように互いの情報提供を義務付けたものではなく、提供された情報の扱いを定めた協定にすぎない。しかし、GSOMIAを締結することは当該国同士の軍事情報の交換を促進する作用を持っている。

2007年の日米GSOMIAの場合、軍事秘密情報をアメリカでの区分「Top Secret」に日本の区分「機密/防衛秘密(機密)」を、「Secret」に「極秘/防衛秘密」を、「Confidential」に「秘」を当てはめ、それぞれの国の国内法規に基づいて取り扱うよう定めている。1987年の韓米GSOMIAの場合、「Top Secret」は「軍事1級秘密」、「Secret」は「軍事2級秘密」、「Confidential」は「軍事3級秘密」となっている。2016年の日韓GSOMIAの場合、韓国の「軍事2級秘密」は日本の「極秘/特定秘密」、「軍事3級秘密」は「秘」と定められている。韓国の「軍事1級秘密」、日本の「機密」に関する条項はないが、韓国の締結したGSOMIAのなかで「軍事1級秘密」=「Top Secret」に言及があるものはアメリカ、カナダ、ロシア、ウクライナ、タイとのものに限られており、条項があったとしてもそのレベルの秘密情報は通常やり取りされる性質のものではない。また、日本の「特定秘密」は「防衛秘密」を2001年の自衛隊法改正で言い換えたものである。

日本は、2007年8月の日米GSOMIA締結を皮切りに、これまで北大西洋条約機構(NATO)、フランス、イギリスなど都合 7カ国、1国際機構とGSOMIAを締結している1。これは日本がアメリカおよびアメリカと軍事的関係の強い国々を対象にGSOMIA締結を進めてきたことを示している。

一方、韓国は日本よりも積極的に多くの国とGSOMIAを締結している。韓国は、1987年9月にアメリカと協定を締結した後、西欧だけでなくロシア・東欧、中東、東南アジアの都合22カ国とGSOMIAを締結してきた2。また韓国は、政府間協定ではなく国防当局間での取り決めの形で、NATOやドイツのほか欧州、東南アジア、中東などの13カ国・1国際機構と実質上のGSOMIAを締結している3

韓国政府による破棄決定

日韓のGSOMIAは、日本で菅内閣、韓国で李明博政権の時代に本格的にその必要性が議論されるようになった。2011年1月10日にソウルで北澤防衛大臣と金寛鎮国防部長官が会談した際、防衛当局間で情報保護協定に関して意見交換を進めることで一致し4、野田内閣のとき、2012年6月29日に締結することまで話が進んだものの、調印直前に韓国側の要請によって締結が延期された。その後、GSOMIAの話は棚上げ状態になったが、一方で北朝鮮の核兵器およびミサイルの開発に関して、日韓のみならずアメリカの国防当局も軍事情報を共有する仕組みの必要性を感じていた。そして、2014年12月29日に「日米韓情報共有に関する防衛当局間取決め」(TISA5)が締結された。TISAはGSOMIAのない日韓が、すでに日本と韓国のそれぞれとGSOMIAを締結しているアメリカを通じて軍事秘密情報を共有する仕組みを作るという取り決めであった。

2015年12月28日に安倍政権と朴槿恵政権の間で慰安婦合意がなされるなど、政府間で関係改善が進む勢いのなか、2016年11月23日、日韓のGSOMIAも締結された。しかし、韓国内では朴槿恵大統領のスキャンダルが大きな問題になり、12月9日には大統領権限の停止、翌2017年3月10日には大統領罷免といった事態に陥った。次期大統領に有力視されていた文在寅は、2016年12月15日にソウルのプレスセンターで開かれた外信記者との懇談会で、GSOMIAに関して、日本の軍事大国化という懸念と独島問題(竹島問題)の存在を挙げて「検討する必要がある」という見解を述べていた6

2017年5月に就任した文在寅大統領は北朝鮮のミサイル発射という問題に直面したため、GSOMIA再検討という争点を避けることになった。GSOMIA再検討の話はそのまま忘れ去られようとしていたが、2019年7月1日に日本が「韓国との信頼関係の低下」「韓国と関連した不適切な輸出管理」を理由に韓国に対する輸出管理運用の見直しを発表すると、その対抗措置としてGSOMIAの破棄が取り上げられるようになった。

最初に公の場でGSOMIA再検討の問題を持ち出したのは、外交官出身の鄭義溶国家安保室長であった。鄭義溶は7月18日に開かれた大統領と与野党5党首の会談の席で、GSOMIAについて「今は維持する立場だが、状況に応じて再検討もありうる」と発言した7。これにたいして、政権内部にはGSOMIA破棄に慎重な意見もあり、例えば、徐薫国家情報院長は8月1日に国会情報委員会で、GSOMIAに関して「内容上の実益も重要であり、象徴的意味も重要である。慎重にならなければならない」と発言した8。しかし、鄭義溶は8月6日、国会運営委員会で「GSOMIAでなくても韓米日3国情報協定(TISA)がある」と発言し、GSOMIA破棄の意欲を見せた9

破棄派の論理はGSOMIAの「内容上の実益」が大きくないということであった。破棄派は、日本の偵察衛星や艦船、航空機の能力はアメリカよりもずっと低いため、日本からもたらされる軍事秘密情報が入手できなくなっても、それが韓国の安全保障に及ぼす影響はほとんどないとみていた10。そして、日本からの情報が必要になっても、上記の鄭義溶発言にあるように、日韓米で情報を共有するTISAがあるため、韓国が日本の情報を入手することに大きな支障はないと、破棄派は主張した。8月22日に韓国政府は「日韓GSOMIAの延長を中断する」、すなわちGSOMIA破棄を決定し、23日に日本政府にそれを通告した。GSOMIAは1年ごとに自動更新され、当事国のいずれか一方が延長しないと相手側に3カ月前に通告すれば、協定が破棄されることになる。8月23日の通告により、11月22日にGSOMIAは終了することになった。

アメリカの圧力

韓国政府のGSOMIA破棄決定に対して、すぐにアメリカのポンペオ国務長官が「失望」を表明し、国防総省のイーストバーン報道官も「強い憂慮と失望(strong concern and disappointment)」を表明した11。議会からもエンゲル下院外交委員会委員長などが「ソウルの決定が地域安全保障を損なう」と発言するなど、GSOMIA破棄を批判する動きが見られた12

アメリカからの強い批判は破棄派の想定外のものであった。8月26日に金鉉宗国家安保室2次長は、「アメリカにもGSOMIA再検討問題に関して充分に連絡しており、双方の国家安全保障会議(NSC)当局間でも何度も緊密に話し合ってきた」と述べ、アメリカの批判が心外であることを示した。28日には韓国外交部の趙世暎1次官が、ハリス駐韓アメリカ大使を呼び、GSOMIA破棄は韓日間の問題であって、韓米同盟とは関係がないと説明し、アメリカ政府の失望や懸念の表明を自制するよう要請した13

しかし、アメリカが嫌がったのは、GSOMIAの内容に関することではなく、GSOMIAの破棄ということが日韓米の協力関係の弱化を周辺国に印象付けるということであった。2019年6月1日に国防総省から発表された「インド太平洋戦略」でも確認されているとおり、アメリカは日韓米の3国パートナーシップを「インド太平洋地域の平和と安全保障において決定的なもの」と位置付けていたのである14。そのため、韓米関係だけを強調する韓国政府の態度はアメリカの意に沿わないものであった。

一方で、GSOMIA破棄決定以降、北朝鮮が8月24日と9月10日に超大型放射砲(多連装ロケット砲)の試験射撃を実施し、10月2日に潜水艦発射弾道ミサイルの試験射撃を実施したことで、韓国社会でも日韓GSOMIAがなくなることで安全保障上の不都合が起こるのではないかという不安も強くなった。そして、慎重派の力が強くなってきた。潜水艦発射弾道ミサイルが発射された10月2日に鄭景斗国防部長官は日本側に情報共有を要請したと発表して、GSOMIA維持の必要性を示すようになった。さらに、鄭景斗は11月4日に国会情報委員会で「われわれの安全保障に少しでも助けになるものであれば維持されなければならないという立場である」と発言して、はっきりとGSOMIAを維持するべきだとの態度を示した15

アメリカの圧力もさらに強くなり、ソウルでの韓米年例安保協議会議を前にして11月13日、エスパー国防長官は「GSOMIAは維持されなければない」と発言し16、15日の韓米安保協議会議の場でも韓国側にGSOMIA維持を要求し、GSOMIA破棄によって「得をするのは中国と北朝鮮」であると発言した17。また、ミリー米軍統合参謀本部議長も13日に、GSOMIAについて「失効すれば、中国や北朝鮮を利することになる」と語り、強い懸念を表明した18。それでも、文在寅大統領は15日にエスパー国防長官に対して、「安全保障上信頼ができないという理由で輸出規制措置をとった日本と軍事情報を共有することは難しい」と語り、GSOMIA破棄の意志を示したものの19、22日に大統領府の金有根NSC事務処長兼国家安保室1次長は、「韓国政府はいつでも日韓軍事情報包括保護協定の効力を終了できるという前提で2019年8月23日の終了通知の効力を停止させることにした」と発表した20

写真:韓国の鄭景斗国防部長官とアメリカのエスパー国防長官

韓国の鄭景斗国防部長官とアメリカのエスパー国防長官(2019年8月9日)
展望

韓国政府はGSOMIA破棄を撤回する条件として、「韓日の間で輸出管理政策に関する対話」が正常に行われることをあげた21。12月16日に経済産業省で日韓の第7回輸出管理政策対話が行われた。こうした実務会談が継続する間は、韓国政府はGSOMIAを維持する名目をもつことになる。そうでなくても、すでに韓国政府はGSOMIAの象徴的な意味の重要性を認識しているようであり、アメリカの意に反してまでGSOMIAを破棄することは難しいということも経験している。そのため、韓国政府は日本との対話を維持する努力を続けるであろう。ただ、その努力にもかかわらず対話が決裂してしまうことになれば、アメリカの圧力は韓国のみならず日本にも向けられたものになる可能性が高い。

なお、2016年のGSOMIA締結後に日韓の間で交換された軍事秘密情報は北朝鮮核兵器およびミサイルに関するものであり、2019年8月16日現在で計29件(2016年に1件、2017年に19件、2018年に2件、2019年8月16日まで7件)であり、日本側からは偵察衛星、航空機、艦船、地上レーダーなどから得られた情報が韓国に伝えられ、韓国側からは軍事境界線付近で得られた情報や脱北者からの情報が日本に伝えられたと報じられている22。この数と内容を韓国では、破棄派は大したことないとみるし、維持派は少しでも役に立つものは大事だとみている。筆者のような地域研究者の立場から見ると、情報というものは数が少なくても、あるいはすぐに使えるものではなくても、蓄積して分析することで役に立つものになる場合が多いため、情報交換の仕組みを大切にする慎重派の見解に同意することになる。

写真の出典
  • U.S. Secretary of Defense, U.S. Secretary of Defense Dr. Mark T. Esper meets with Korean Minister of Defense Jeong Jyeong-doo in Seoul, Republic of Korea, Aug. 9, 2019. (DoD photo by U.S. Army Sgt. Amber I. Smith) (CC-BY-2.0[https://creativecommons.org/licenses/by/ 2.0/deed.en]).
著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ) アジア経済研究所在ソウル海外調査員(2017年3月~)。主要著書は、『朝鮮社会主義経済の理想と現実――朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』アジア経済研究所 2011年、『アジアは同時テロ・戦争をどう見たか』(編著)明石書店2002年、『アジアが見たイラク戦争』(編著)明石書店2003年、『朝鮮社会主義経済の現在』(編著)アジア経済研究所 2009年、『朝鮮労働党の権力後継』(編著)アジア経済研究所2011年、『朝鮮史2』(共著)山川出版社 2017年。

書籍:朝鮮社会主義経済の理想と現実

書籍:朝鮮労働党の権力後継

  1. 日本がGSOMIAを締結している7カ国・1国際機関は下記のとおり(かっこ内は締結日)。アメリカ(2007年8月10日)、NATO(2010年6月25日)、フランス(2011年10月24日)、オーストラリア(2012年5月17日)、イギリス(2013年7月4日)、インド(2015年12月12日)、イタリア(2016年3月19日)、韓国(2016年11月23日)。
  2. 韓国が政府間協定によってGSOMIAを締結している22カ国は下記のとおり(かっこ内は締結日)。アメリカ(1987年9月24日)、カナダ(1999年7月5日)、フランス(2000年3月6日)、ロシア(2001年2月26日)、ウクライナ(2003年4月11日)、スペイン(2009年3月23日)、オーストラリア(同5月30日)、イギリス(同7月9日)、スウェーデン(同7月13日)、ポーランド(同9月30日)、ブルガリア(同10月27日)、ウズベキスタン(2012年9月20日)、ニュージーランド(同11月29日)、ギリシャ(2013年12月3日)、インド(2014年1月16日)、ルーマニア(2015年3月26日)、フィリピン(同9月14日)、ハンガリー(同12月3日)、ヨルダン(2016年5月30日)、日本(同11月23日)、サウディアラビア(2017年9月7日)、タイ(2019年9月2日)。
  3. 韓国が国防当局間で実質上のGSOMIAを締結しているのは、ドイツ、イタリア、オランダ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、イスラエル、パキスタン、ノルウェー、NATO、アラブ首長国連邦、コロンビア、デンマーク、ベルギーの都合13カ国、1国際機構 (『2016国防白書』大韓民国国防部 2016年、225ページ)。なお、うちインドネシアは独立した一つの政府間協定の形でGSOMIAを締結しているわけではないが、2013年10月12日に締結した国防分野協力協定の条項に軍事秘密の取り扱いに関する条項があり、同協定は2018年9月7日に発効した。この発効をもって韓国ではインドネシアは政府間協定のGSOMIAが締結されている国として分類されている(『東亜日報』ウェブサイト2019年8月8日)。
  4. 防衛省「日韓防衛相会談の結果概要」2011年1月10日。
  5. 協定の正式名称は下記のとおり。 "Trilateral Information Sharing Arrangement Concerning the Nuclear and Missile Threats Posed by North Korea Among the Ministry of National Defense of the Republic of Korea, The Ministry of Defense of Japan, and the Department of Defense of the United States of America," 日本名「北朝鮮による核およびミサイルの脅威に関する日本国防衛省、大韓民国国防部およびアメリカ合衆国国防省の間の三者間情報共有取決め」。
  6. 『ヘラルド経済』ウェブサイト2016年12月15日。
  7. 『朝鮮日報』ウェブサイト2019年7月18日。
  8. 『ハンギョレ新聞』2019年8月2日。
  9. 『京郷新聞』2019年8月7日。
  10. 『ソウル新聞』ウェブサイト2019年8月4日。
  11. VOAウェブサイト2019年8月23日。
  12. 『中央日報』2019年8月28日。
  13. 2019年8月28日発聯合ニュース。
  14. Department of Defense, "Indo-Pacific Strategy Report: Preparedness, Partnerships, and Promoting a Networked Region," 2019年6月1日、45ページ。
  15. 2019年11月4日発聯合ニュース。
  16. 『ソウル新聞』2019年11月15日。
  17. 『韓国経済新聞』ウェブサイト2019年11月15日。
  18. 『日本経済新聞』ウェブサイト2019年11月13日。
  19. 『韓国経済新聞』ウェブサイト2019年11月15日。
  20. 「GISOMIA関連金有根NSC事務処長ブリーフィング」青瓦台ウェブサイト2019年11月22日。
  21. 「GISOMIA関連金有根NSC事務処長ブリーフィング」青瓦台ウェブサイト2019年11月22日。
  22. 『東亜日報』2019年8月23日。
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