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コラム

新型コロナと移民

第4回 沙漠の国のエクソダス――コロナ禍に揺れる湾岸アラブ諸国の外国人労働者たち

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051903

2020年11月
(6,130字)

人種や国籍、社会階級は新型コロナウイルスの感染に関係しない。しかしながら、新型コロナウイルスの流行は、とくに社会的・経済的に弱い立場の人々をより苦しい状況に追い込んでいる。湾岸アラブ諸国では、UAEにおいて2020年1月末に最初の感染者を確認して以来、感染者および死者数ともに増加の一途を辿っている。2020年10月26日時点では、サウジアラビア、クウェート、バハレーン、カタル、UAE、オマーンの6カ国で約91.6万人の累計感染者数をかぞえ、死者数は8235人となった(図1・2)1。これらの国々では、国民・外国人別の罹患数は発表されていないものの、人口比で単純に考えた場合、相当数の外国人が新型コロナウイルスに感染したものと考えられる。また、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い経済活動が制限されて景気が悪化し、多くの外国人労働者が解雇された。

それでは、湾岸アラブ諸国の外国人労働者はコロナ禍をどのように生きているのであろうか。ここで明らかにしたいのは、外国人労働者の包摂と排除という二つの対照的な社会的潮流である。以下では、主に現地報道を頼りにその状況を描写していきたい。

図1 湾岸アラブ諸国における新型コロナウイルスの累積感染者数

図1 湾岸アラブ諸国における新型コロナウイルスの累積感染者数

(出所)Our World in Data “Coronavirus Pandemic (COVID-19) – the data”より筆者作成。

図2 湾岸アラブ諸国における新型コロナウイルスの累積死亡者数

図2 湾岸アラブ諸国における新型コロナウイルスの累積死亡者数

(出所)Our World in Data “Coronavirus Pandemic (COVID-19) – the data”より筆者作成。
エクスパトゥダス

湾岸アラブ諸国は外国人の多さで知られており、UAEやカタルなどでは総人口の9割近くを外国人が占めている。外国人が湾岸アラブ諸国で就労する場合、就労先が身元保証人となることにより、就労・居住許可が下りる。いわゆるカファーラ(スポンサー)制と呼ばれるもので、原則として転職は制限されている。また失業すれば居住許可を失うため、すぐに出国しなければならない。コロナ禍において経済・社会活動が制限されると、外国人労働者はたちまち解雇された。UAEなど一部の国では、特例的に失業時の滞在ビザの期限延長などを認めたが、多くの労働者たちは母国へ帰国せざるを得なくなったのである。ジャーナリストのタラ・カヴァラーは、コロナ禍で外国人(エクスパトゥ/expat)が大量に出国する光景を、大量流出(エクソダス/exodus)とかけて「エクスパトゥダス(ex[pat]odus)」と呼んだ2

いくつかの研究機関は、コロナ禍による外国人労働者の大量流出の見通しを発表している。たとえばオックスフォード・エコノミクスは、湾岸アラブ諸国の総人口の4%~10%相当が減少すると予測した。国別の数字としては、UAEでは90万人、サウジアラビアでは170万人が失業する可能性があることを指摘している3。またサウジアラビアのジャドワ・インベストメントも、2020年末までに120万人が同国から出国する見通しを示した4

実際、現地メディアの報道によると、数万人単位の外国人労働者の出国があったようだ。クウェートでは2020年3月以来、15.8万人の外国人が出国したと報じられており5、またUAEでは13万人のインド人が出国したと在ドバイ・インド領事館が明らかにした6。またオマーンでも、20万人近い外国人人口の減少が確認されている。同国の人口統計によると、2020年1月時点での外国人人口は194.2万人であったのが、同年8月には174.8万人になり、実に19.4万人も減少している計算になる。近年、オマーンでは国民の失業対策と労働力自国民化政策の観点から外国人労働者の新規雇用や契約更新を抑えており、外国人人口は減少傾向にあった。とはいえ、前年同期の減少数が4.3万人であったことを考えると、コロナ禍の影響が多分にあったと推測できる。

帰国を余儀なくされた外国人労働者たちは、帰国便の問題にも直面した。国際便の運航が次々に停止されていたからである。また、本来であれば帰国費用は雇用主の負担であるものの、支払いがされず立ち往生してしまった人たちもいる。湾岸アラブ諸国政府は送り出し国政府と協力して帰国便を調整した。外国人労働者の本国への帰還事業が進展するなか、8月にインド・ケーララ州では格安航空会社の飛行機が墜落し、乗員乗客合わせて19名が死亡する事故が発生した。乗客はドバイから帰国目前の労働者たちであった。

コロナ禍に後押しされる外国人排斥の動き

パンデミックという未曽有の危機に際して、湾岸社会の反応は二つに分かれた。一方は、外国人労働者は社会を支える一員であると認め、彼ら/彼女らがコロナ禍で果たす役割を称えるものである。もう一方は、外国人労働者が新型コロナウイルスの感染拡大の原因であると見なし、これを排斥しようという動きである。とくにクウェートでは、後者のような傾向が際立った。

クウェート人口は480万人であり、そのうち約7割にあたる280万人が外国人である。近年、国民と外国人の人口バランス問題が論争になっており、外国人人口を削減しようとする動きが強まっている。外国人は政府部門における国民の雇用を奪っているという声や、社会サービスにただ乗りしているという主張、治安上の懸念が叫ばれているのである。ただし、このような人口バランス問題そのものは、湾岸アラブ諸国では昔から話題にのぼる政治的・社会的なテーマであり、決して珍しい議論ではない。しかしながら、クウェートではコロナ禍以前から外国人労働者に対する差別的・排斥的な言動が表面化しており、国会議員から女優、SNSのインフルエンサーまで、過激な発言や投稿が話題になっている7

コロナ禍で目立った外国人排斥の言説としては、新型コロナウイルスの蔓延を外国人のせいであると糾弾するものや、病院などの医療資源が大量の外国人によって食いつぶされる恐れがあるとして、彼らを追い出すべきと主張するものであった。女優のハヤー・ファハドは、テレビに電話出演した際に「(外国人は)沙漠に捨てられるべきだ!」と発言し、物議をかもした8。保守系国会議員で外国人に対する差別的な発言で有名なサファー・ハーシムも、不法滞在者が新型コロナウイルスの感染を拡大させる原因であるとして「浄化しないといけない」とも発言した9。のちに、ハーシム議員は新型コロナウイルスに感染したことが報告された。クウェートで働く医療従事者の多くは外国人であるが、彼女は一体何を思ったのであろうか。

このように過激な発言が生まれる背景には、クウェート市民の間に反外国人感情が存在しており、それが一定程度支持されていることを意味している。クウェート大学が2020年8月に実施した新型コロナウイルスに関する世論調査によると、回答した1002人のクウェート人のうち、約65%が新型コロナウイルスの感染拡大は外国人労働者に起因すると考えていることが明らかになった。また、76.2%が外国人は国外退去させられるべきであると考え、さらに39.4%は公立病院において外国人に新型コロナウイルスの治療を無料で施すべきではないと考えていることが明らかにされた10。湾岸アラブ諸国では、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、検査や治療は国民・外国人問わず無料で行われている。したがって、このように公衆衛生の観点から極めて重要な問題も、反外国人感情によって簡単に批判の的になってしまうのであった。コロナ禍という先行きの見えない不安定な時代が、外国人に対する市民の不満を爆発させたのかもしれない。

新型コロナ対策の最前線で働く外国人労働者たち

湾岸社会は多くの外国人労働者によって支えられている。クウェートのようにコロナ禍で外国人に対する排除の動きが強まった国があった一方で、一部の国では包摂の動きも見られた。

コロナ禍において、感染リスクを背負いながら医療現場で治療にあたる医師や看護師の多くは外国人である。たとえばサウジアラビアの医療・保健部門で働く労働者の78%、UAEの同部門で働く労働者の85%は外国人である。またUAEで働く2万5000人の看護師のうち、地元のUAE人はわずか3%(750人)であるとの数字もある(Khoja 2017, 5)。新型コロナ対策の最前線は医療現場だけに留まらない。薬局やスーパーで働く店員、公共交通機関のドライバー、飲食店の配達員、街の清掃や消毒に関わる清掃員などの大半は外国人労働者であり、彼ら/彼女らの存在抜きに湾岸社会は成立しえないのである。

世界的にも、新型コロナ対応にあたる医療者など、フロントライン・ワーカーと呼ばれる人たちに感謝を伝えようとする現象が起きた。UAEでは2020年7月、政府機関として「最前線英雄局」(The Frontline Heroes Office)が設立された。これは、危機や非常事態で活躍する人々を称え、社会におけるフロントライン・ワーカーに対する認識を広げ、これらの人々を支援することを目的に設立されたものである。また医療従事者など、現場で働く人々およびその家族を対象に、住宅費の補助や子ども向けの奨学金給付、メンタルヘルス・サービスの提供など幅広い支援が行われた。

また、新型コロナウイルス対策の最前線で働く外国人労働者たちに光を当てる試みも行われている。サウジアラビアのメディア省は、同国における新型コロナウイルスとの戦いについてYouTube上で動画を公開している。公開された動画の一つには、医療現場で働く外国人看護師の献身的な様子が描かれていた11。またUAE現地紙『イッティハード』の風刺画コーナーには、たびたびフロントライン・ワーカーを称賛するマンガが掲載された12。さらに国営メディアでは、ムハンマド・ビン・ザーイド・アブダビ皇太子が外国人看護師らとビデオ面談し、皇太子自ら医療者を労う様子も報じられた。国のトップが率先してフロントライン・ワーカーに謝意を表明し、社会の団結を促そうとしたと言える13

コロナ禍のような危機に直面すると、人々は不安に苛まれ、対立し、そして社会の分断が助長される。湾岸アラブ諸国においては、先行きが見えないコロナ禍とこれまでの外国人労働者問題が重なるなかで、外国人に対する排斥的な雰囲気が強まった。その一方で、外国人労働者と共にコロナ禍に立ち向かおうとする包摂的な考えも生まれている。湾岸アラブ諸国の外国人労働者をめぐる包摂と排除の動きは、湾岸社会が外国人労働者なしに成り立たない現実と、外国人労働者の立場の弱さを、改めて浮き彫りにしたと言えるだろう。このことは、労働人口が減少し外国人労働者の導入を本格化させた日本社会にとっても、何らかの示唆を与えてくれそうである。

(付記)本記事はJSPS科研費JP20H04415の成果の一部です。

著者プロフィール

堀拔功二(ほりぬきこうじ) 日本エネルギー経済研究所中東研究センター主任研究員。博士(地域研究)。専門は湾岸諸国の政治・社会動態研究、比較政治学、国際労働力移動。主な著作にAsian Migrant Workers in the Arab Gulf States: The Growing Foreign Population and Their Lives(共編著)(2019年, Brill)などがある。

書籍:Asian Migrant Workers in the Arab Gulf States

  1. Our World in Data Coronavirus Pandemic (COVID-19) – the data(2020年10月26日閲覧)。
  2. Kavaler, Tara "Gulf Ex[pat]odus Accelerates with Mixed Economic Consequences" The Media Line(2020年10月26日閲覧)。
  3. Kavaler, Tara "Gulf Ex[pat]odus Accelerates with Mixed Economic Consequences" The Media Line(2020年10月26日閲覧)。
  4. Jadwa Investment Saudi Labor Market June 2020(2020年10月26日閲覧)。
  5. Gulf News "COVID-19: 158,000 Expats Have Left Kuwait since March" (2020年10月26日閲覧)。
  6. The National "Coronavirus: About 130,000 Indians Leave UAE on Repatriation Flights" (2020年10月26日閲覧)。
  7. 堀拔功二「GCC諸国における最近の外国人労働者をめぐる動向」『中東協力センターニュース』2018年9月、pp. 18-19.
  8. MEMRI TV "Kuwaiti Actress Hayat Al-Fahad during Show on COVID-19: We Should Throw Foreign Workers out into the Desert; We Don't Have Enough Hospitals" (2020年10月26日閲覧)。
  9. al-Qabas "الهاشم: ترحيل الوافدين بلا غرامات," (2020年10月26日閲覧)。
  10. Gulf News "COVID-19: Expats in Kuwait Blamed for Spreading Deadly Coronavirus" (2020年10月26日閲覧)。
  11. Markaz al-Tawasil al-Hukumi "كيف تمرعلى طاقم تمريض مدينة الملك فهد الطبية أيام المواجهة مع كورونا؟" (2020年10月26日閲覧)。その後、メディアセンターはフロントライン・ワーカーとして働く人々を取り上げた30分のドキュメンタリー「困難の局面」(Malḥalat Ṣa‘bat)を製作し、大々的に公開した。しかしながら、ここで取り上げられた人々の大半はサウジアラビア人であり、外国人労働者の存在はほとんど描かれていなかった。
  12. たとえば2020年4月17日付の『イッティハード』では、消毒作業に関わる労働者が街中から聞こえるUAE国歌の声援を受けている様子が掲載された(2020年10月26日閲覧)。
  13. Emirates News Agency "Filipina Nurse Says Sheikh Mohamed’s Appreciation for Her Job ‘Provides Hope’" (2020年10月26日閲覧)。