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コラム

新型コロナと移民

第3回 コロナ禍が日本の介護領域における移民に与えた影響

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051868

2020年10月
(5,728字)

日本における「外国人」人口は、2019年末現在で293万人を超えた1。近年、介護領域では「外国人」(以降、「移民」とする)に対して様々な「入口」が設けられ、とりわけアジアからの移民の受け入れを行ってきた。厚生労働省によれば、2025年には約55万人の介護人材が不足すると推定されている2。本稿では、労働力不足が慢性化した介護領域において、整合性なく増加し続けてきた移民の入口を概観し、日本の介護を担うに至った移民たちに対してコロナ禍が与えた影響をみていきたい。

介護領域に乱立する移民の受け皿

近年の日本に見られる一貫した移民政策なき介護移民の受け入れは、受入国と送出国の双方の様々なアクターに混乱をもたらしてきた(小川・定松 2020)。現在、日本の介護領域において移民が働くことのできる制度/在留資格は、①経済連携協定(EPA)、②在留資格「介護」、③外国人技能実習制度、④在留資格「特定技能Ⅰ」、⑤資格外活動(アルバイト)、「日本人の配偶者等」や「永住者」「定住者」といった、特定の活動に対して与えられる在留資格ではなく、⑥身分に基づく在留資格の6つだ。このうち①と②は、国家資格である介護福祉士の取得を前提とした「専門職」としての移民の入口として機能している。一方、➂~⑤については、構造的には「非熟練労働者」としての移民の入口となっており、⑥については風俗業を除いて職種や活動に制限がないため、「専門職」にも「非熟練労働者」にもなり得る。

ここで、上記に挙げた6つの制度/在留資格について簡単に説明しておこう。まずEPAだが、日本ではEPA上の「自然人の移動」の枠組みにおいて、インドネシア(2008)、フィリピン(2009)、ベトナム(2014)からの看護師および介護福祉士の「候補生」を受け入れている(在留資格は「特定活動」)。彼らは、看護大学卒業またはそれと同等の学歴を持つエリート層であり、日本での国家資格合格を目標として来日し、病院や施設で働きながら4年後の国家試験の受験を目指す。不合格の場合には原則帰国となるが、合格すれば回数に限りなく在留資格を更新できる。2019年3月現在、本制度下において累計1322名の介護福祉士取得者がいる3が、資格取得後に帰国している者も多いと言われている。

2つ目の入口は、2017年に創設された在留資格「介護」である。1990年代に急増した介護福祉士養成校は、近年では定員充足率が5割を切るなど大変厳しい状況に置かれている。そうしたなか、在留資格「介護」の創設は国内外から外国人を募集する後押しともなり、2014年には養成校の全入学者の0.2%でしかなかった留学生が4、2019年度には約30%にまで増加した5。卒業時に国家試験の受験が義務付けられているが、不合格であっても「見なし介護福祉士」とされ、5年のうちに介護福祉士資格を取得すればよいという経過措置が取られている。

3つ目の入口には、同2017年、外国人技能実習制度に職種「介護」が追加されたことが該当する。技能実習生は、来日前に、基本的な日本語が理解できる「N4レベル」6程度以上の日本語力を備えていることとされているが、介護技術の証明は必要ない。5年のうちに介護技術を修得し、母国への技術移転を目的として来日するが、母国に介護労働市場がほとんど存在しないなか、どのような技術を移転するのかも問われていない(小川・定松 2020)。

この追加に加え、4つ目の入口となった2018年の入管法改定における在留資格「特定技能」の創設は、介護領域における移民を「専門職」と「非熟練労働者」に分断する布石となった。「特定技能」では、一定の日本語能力とある程度の介護の技能が必要とされ、特定技能試験への合格が条件とされているが、介護領域の場合には原則5年の滞在で、家族の帯同も不可の「特定技能Ⅰ」のみ認められている7

つまり、介護領域において①EPAおよび➁在留資格「介護」移民は、日本において「専門職」となることを期待され、将来像を描きやすい一方、③技能実習および④「特定技能」移民は、「非熟練労働者」として使い捨てられる可能性と常に向き合う必要があるのである。 なお、⑤資格外活動とは、養成校や日本語学校に通う留学生が週28時間以内で就労を行う場合に申請許可された活動を指すが、日本語学校と介護施設が連動して移民を募集している場合もある。2017年には宮崎県の日本語学校のインドネシア人留学生が意思に反して介護施設で働かされたケース8が起こり、2018年には、フィリピンにおいて「日本で仕事がある」と誘われた女性が神奈川県の日本語学校留学生として来日し、アルバイト先の介護施設での労働状況に抗議すると突然解雇され、日本語学校も一方的に退学となって強制帰国させられたケース9が起きている。

最後に、⑥身分に基づく在留資格において介護職として働く移民のなかには「専門職」も含まれ得る一方、2014年には日本人の父親をもつ子どもの立場を利用されリクルートされた複数のフィリピン人女性が、大阪府の介護施設において悪質な契約のもと過酷な労働を強いられたケース10が起きている。

日本の介護領域における、このような「専門職」と「非熟練労働者」を分断し得る人材確保策は、実は移民のみを対象に成立しているわけではない。社会保障審議会の資料によれば、現在の介護領域における労働力不足解消と人材育成が目指すべき姿は「饅頭型から富士山型へ」向かうことが必要であり、専門職としての介護福祉士を頂点としてすそ野を広くすることが目指されている。介護移民の受け皿となっている複数の制度/在留資格はまさにこの人材確保策とも呼応している(図1参照)。

図1 介護人材確保策の目指す姿

図1 介護人材確保策の目指す姿

(出所)社会保障審議会「介護給付費分科会」第161回(H30.9.5)資料2(一部改変)p.25より(2020年9月17日閲覧)。
コロナ禍における介護領域の移民への影響

このように同じ介護職でも異なる入口から入り、異なる役割を担う移民に対し、コロナ禍はどのような影響をもたらしたのだろうか。

まず、他国あるいは他業種と同様、移民に対する差別的な扱いはコロナ禍でとりわけ顕在化し、国境封鎖とともに「契約満了を待たずに退職勧奨された」「入国できない」「入学キャンセル」等の影響があった。日本介護福祉士養成施設協会の調査によれば、「新年度の授業のために来日できなかった学生がいる」と回答した養成校は92校中5割にのぼる11。養成校が海外から直接学生を募集するか、国内の日本語学校を通して募集するかによっても差があるが、入学者が来日できず閉校となった日本語学校も多く存在するなかで、養成校を志望する留学生への影響は来年度以降に大きく出るのではないかとの予測もある12

また、他職種と比較し介護職は特に高齢者や持病のある人々との身体接触を伴う職種であるという点において、感染そのものへの恐怖もひじょうに大きい。制度上、「単身」で来日しているケースがほとんどであるため、感染の不安とともに仲間と気軽に集えない、「居場所」となり得る教会やモスク等での礼拝ができない等の理由から、メンタル面への影響もあったと考えられる13

経済的な影響に関しては、施設介護よりも訪問介護やデイサービスを提供する在宅介護の現場に影響が出ていると言われているが14、多くの介護移民は施設介護領域で働いているため影響は比較的小さいといえる。介護施設とともに飲食業でのアルバイトをしていた留学生に関しては収入が半減し、苦労を強いられたことがあったものの15、全体としては地方自治体による修学資金を受けていたり、卒業後に就職を予定している施設からの資金援助があったりするなど、むしろ経済援助を受けやすかったとの報告もあった16。介護留学生は、卒業後に当該施設へと就職することを条件に「奨学金」を得ているケースも多く、「職業選択の自由に抵触」「前借金のもとでの奉公」といった批判もあるなかで、コロナ禍においてはそうした「縛り」がポジティブに働いたといえるかもしれない。

技能実習生については「来日できない」ほか、異業種で雇用がなくなった実習生が介護領域で新たにマッチングされたり17、介護に特化した特定監理業者の経営破綻によって他の監理業者に引き継がれたりした18ことが報告されている。また「特定技能Ⅰ」では、国外からの直接の入国ではなく、国内でアルバイトをしていたベトナム人留学生の在留資格を特定技能に切り替えた例が介護業界初の事例となった。在留資格の切り替えをサポートしたオノデラグループ19によれば、福祉施設で調理の仕事をしていた留学生が介護の仕事に興味を持ち、特定技能試験を受けて京都の病院で就労を開始したという。既に他の企業でも留学生の在留資格を特定技能に切り替える支援を表明20しており、コロナ禍においてはこうした切り替えを希望する移民が今後増えることが考えられる。

介護福祉政策と外国人労働者政策の交差点で

独自の定義とともに国家資格によって専門職を養成することを目指してきた日本の介護領域であるが、慢性的な人手不足に悩まされた結果、移民導入を余儀なくされた。介護福祉政策と外国人労働者政策の交差点に開かれた介護移民の入口は、「専門職」と「非熟練労働者」との岐路としても機能しており、移民はそれぞれの路で最大のパフォーマンスを発揮することを期待されている。コロナ禍において人の国際移動に制限が設けられ排外主義的な動きが高まるなか、使い捨てられる介護移民が増えぬよう、今後も注視していく必要がある。

(付記)本記事はJSPS科研費JP20H04415の成果の一部です。

参考文献
  • 小川玲子・定松文 2020.「在留資格「特定技能」の制度化の実態――介護分野に関するフィリピン・ベトナム調査からの発見と考察」『移民政策研究』12: 28-48。
著者プロフィール

佐々木綾子(ささきあやこ) 千葉大学大学院国際学術研究院准教授。博士(社会学)。専門は国際社会学、国際社会福祉。おもな論文に、「国際社会福祉を『人の国際移動』に対応する福祉へ」岡伸一・原島博編『新世界の社会福祉第12巻 国際社会福祉』pp.366-378、旬報社(2020年)、「人身取引」をめぐる境界線の交渉――関係性のなかの「尊厳」と「正義」――『ソーシャルワーク研究』45(3), pp. 44-51、など。

  1. 出入国管理庁「令和元年末現在における在留外国人数について」(2020年9月17日閲覧)。
  2. 厚生労働省社会援護局「介護人材確保に向けた取り組み」(2020年9月17日閲覧)。
  3. 厚生労働省「第32回介護福祉士国家試験におけるEPA介護福祉士候補者の試験結果」(別添2)より筆者合計(2020年9月17日閲覧)。
  4. 介護福祉士養成施設協会「1.介護福祉士養成施設への入学者数と外国人留学生(推移)」『介養協 News速報(30No.2)』(No.27)(2020年10月16日閲覧)。
  5. JOINT介護のニュースサイト「介護福祉士の養成校、外国人が倍増 入学者の3割に 定員の充足率も上昇」(2020年9月16日閲覧)。
  6. 日本語能力試験(JLPT)の説明による。(2020年10月16日閲覧)。
  7. 技能実習3年の後「特定技能Ⅰ」に在留資格を変更し、8年のうちに国家資格を取得する、ないし「特定技能Ⅰ」の期間中(3年の実務経験が必要)に実務者研修を受け、国家試験に合格すれば在留資格「介護」の取得となり、家族帯同と長期滞在が理論的には可能であるが、政府や雇用主からの支援がなければ現実的とはいえない(K専門学校および小川玲子教授へのインタビュー。2020年9月18日)。
  8. 産経WEST「賃金を入学金や授業料に充て、留学生に労働強いた疑い 日本語学校運営会社 宮崎・都城」(2020年9月17日閲覧)。
  9. 今野晴貴「留学生が「強制帰国」を争って日本語学校を提訴 日本の介護現場を支える違法労働の実態とは」YAHOO!Japanニュース(2020年9月17日閲覧)。
  10. 毎日新聞「過酷労働 比介護職員に悪質契約…施設側謝罪し和解」(2020年9月17日閲覧)。
  11. 日本介護福祉士養成施設協会「令和2年4月新型コロナウイルス感染症に関する影響についてのアンケート調査報告書」(2020年9月16日閲覧)。母国/日本の対策や航空機の欠航によってという理由が挙げられている。
  12. K専門学校へのインタビュー調査(2020年9月18日)。
  13. 一方、国内の多くの寺院や教会、モスク等では仕事や住居を失った移民に対する場所の開放・提供、物資の支給等含めた支援を行っており、宗教や同胞コミュニティが移民に果たす役割が改めて明らかになっている(国際開発学会「人の移動と開発」研究部会 第7回研究会『コロナ禍における在日ベトナム人社会と宗教』)。
  14. 黒木達也「コロナ禍で苦悩が続く介護事業者。現場の厳しい現実とは」ファイナンシャルフィールド(2020年9月17日閲覧)。
  15. N専門学校へのインタビュー調査(2020年9月11日)。
  16. K専門学校へのインタビュー調査より(2020年9月18日)。
  17. 朝日新聞「来日できぬ実習生、地方の介護に崩壊の危機 競争も激化」(2020年9月17日閲覧)。
  18. 東京商工リサーチ「新型コロナの影響で実習生の受け入れが困難に」(2020年9月17日閲覧)。
  19. ONODERA USER RUN「コロナ禍で、ONODERA USER RUN紹介の特定技能(介護)人財、国内初の勤務開始!」(2020年9月16日閲覧)。同社では、母国において渡日を待つ特定技能試験合格者も既に多くおり、日本国内での就職内定者は111名、2020年度内に453名の就職者を見込んでいる。
  20. 日本経済新聞「明光とウィルG「特定技能」切り替え支援 在日留学生向け」(2020年9月17日閲覧)。