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世界を見る眼

第2次トランプ政権が掲げる関税引き上げは世界経済と日本に何をもたらすか

The Economic Impacts of Trump's Second-Term Trade Policies: A Global and Japanese Perspective

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001140

2024年11月

(4,134字)

はじめに

2024年11月の米大統領選挙において、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が民主党のカマラ・ハリス候補を破り再選を決めた。トランプ次期大統領は、第2次政権では中国製品に対する60%以上の関税と、その他の国々に対する最大20%の関税を導入することを掲げている。これは2018年から2019年にかけて実施された第1次トランプ政権の対中関税政策をさらに強化し、中国以外のすべての国にも新たな関税を課すものである。本稿では、この関税政策が実施された場合の世界経済と日本への影響について、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いた分析結果を報告する。

2020年9月、演説するトランプ大統領(当時)

2020年9月、演説するトランプ大統領(当時)

IDE-GSMとは

IDE-GSMは、空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルの一種であり、2007年からアジア経済研究所で開発が進められてきた。このモデルは、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)、世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関において、インフラ開発の経済効果分析に広く活用されている。

IDE-GSMの特徴は、世界を3000以上の地域に分割し、州や県レベルでの詳細な経済効果の推計が可能な点である。また、2万以上の道路・海路・空路・鉄道のネットワークデータに基づき、各ルートの距離、輸送モード、通行可能速度、国境での通関時間・コストなどを考慮した分析が可能である。これにより、新規ルートの開設や既存ルートの改善といったインフラ整備の経済効果を精緻に分析することができる。

IDE-GSMの大きな利点は、関税・非関税障壁・輸送費などの広義の貿易費用についての設定を変更することで、様々な政策シナリオの分析が可能な点である。また、限られたデータでもシミュレーションを実施できるため、大規模な国際プロジェクトの経済効果を迅速に試算することができる。今回は広義の貿易費用の内の関税データを変更することで、第2次トランプ政権が掲げる関税政策の世界経済への影響をシミュレーションで算出している。

分析のシナリオ

本分析では、2025年から第2次トランプ政権による新たな関税政策が実施されたと仮定し、その2年後となる2027年時点での経済効果を推計した。具体的な関税率については政策文書に明記されておらず、トランプ氏の発言も様々であるが、ここでは具体的なシナリオとして、米国が中国に対して60%の関税を課し、その他のすべての国に対して20%の関税を課すケースを想定した。

熊谷他(2024)では、米国が中国に対して60%の関税を課し、その他のすべての国に対して10%の関税を課すケースを想定した。分析の結果、米国、中国が大きく負の影響を被るのに対し、東南アジア諸国連合(ASEAN)やインドは米中対立の「漁夫の利」が自国への10%の関税の負の影響を上回るためプラスの影響となり、日本は「漁夫の利」と10%の関税の効果が打ち消しあって影響がほぼゼロになることが示された(表1)。

表1 第2次トランプ政権の関税政策(中国60%、他国10%)の影響(2027年)

表1 第2次トランプ政権の関税政策(中国60%、他国10%)の影響(2027年)

(出所)熊谷他(2024)

今回は、トランプ氏が再選されたことに伴い、米国が中国に60%の関税を課し、他の全世界の国に対し20%の関税をかけるという改訂された関税政策に基づいてシミュレーションを行い、さらに日本国内への影響について詳しく分析する。

今回の分析シナリオを以下に示す。

  • ベースライン──米国がすべての国に対して関税のさらなる引き上げを行わないケースとする。2018年に開始された米中貿易戦争における両国間の関税率の引き上げに加え、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)と 地域的な包括的経済連携(RCEP)協定によるメンバー国間の関税率の引き下げスケジュールを含む。
  • 中国に対する関税引き上げ──米国が中国の全品目に対する関税を60%に引き上げる。
  • 全世界に対する関税の引き上げ──中国に対する60%の関税に加え、世界の他のすべての国に対して、全品目について現行の関税率と20%のいずれか高い方の率の関税を課す。

関税の引き上げは2025年に開始されると仮定し、ベースライン・シナリオと関税引き上げシナリオについて、2年後の2027年時点で比較し、各国・各地域のGDPの差分を関税引き上げの影響とみなしている。

なお、上記の分析シナリオは、米国の対世界の関税率を10%から20%へ引き上げた点を除けば、ポリシー・ブリーフNo.189(2024年4月)の分析を踏襲しているため、結果の比較が可能である。

分析結果

新たなシミュレーションの世界経済への影響は表2にまとめられる。米国経済への負の影響は、関税20%のケースの方が大きくなることが分かる。これは、①米国の消費者が高関税により、より高価な財を購入しなければならない影響、②米国の産業がより高価な部材やサービスを他国から購入しなければならない影響、および、③トランプ次期大統領が唱えるような他国の財やサービスの購入が減り、米国民や米国企業がより国内の財やサービスを購入することによって米国企業に裨益する影響の3点をすべて合算したものである。

中国経済への影響は、対中関税が60%と変わらないため、他国への関税が10%の場合と20%の場合であまり変わらない。日本の実質GDPへの影響は10%の関税時には0.02%だったものが、−0.02%とわずかながらもマイナスになる。これは、「漁夫の利」の効果を日本への20%の関税のマイナスの影響が上回ることを意味する。ASEAN各国やインドなど10%関税時には「漁夫の利」を得ていた国も20%関税時にはプラスの影響が縮小し、特にASEANの電子・電機産業などはマイナスの影響が顕著になっている。世界経済全体にとっても、10%から20%への関税引き上げ率の拡大によって、−0.5%から−0.8%へと負の影響が拡大している。

表2 第2次トランプ政権の関税政策(中国60%、他国20%)の影響(2027年)

表2 第2次トランプ政権の関税政策(中国60%、他国20%)の影響(2027年)

(出所)IDE-GSMによる試算

前述のように20%関税時でも日本全体の実質GDPに与える影響は微減にとどまる一方で、各産業・地域に与える影響は関税10%と関税20%のケースで大きく異なってくる。図1は米国の関税引き上げの日本経済への影響をシナリオ別・産業別にみたものである。米国の対中関税は60%のまま、日本を含む他国への関税が現状と変わらない場合と、10%関税の場合、ならびに20%関税の場合を比較している。

関税が10%のときは電子・電機産業が大きなプラスとなり、自動車もベースライン比でプラスの経済効果を得ていたが、関税が20%のときには電子・電機産業のメリットも大幅に縮小し、自動車産業への影響は大きなマイナスに転じることが分かる。

日本への関税が現行どおりであれば、米中対立で米国と中国のみが大きくダメージを受け、日本は自動車、電子・電機という得意分野で「漁夫の利」を受ける。しかし、全世界への米国の関税率が高まると、日本から米国への直接の輸出が減少するとともに、米国を含む世界経済がベースライン比で縮小するため、二重の意味で日本の各産業は売り先を失ってしまうことになるためと考えられる。特に、輸出依存度が高い自動車産業への影響は大きなマイナスに転じる可能性が高い。

図1 第2次トランプ政権の関税政策の日本経済への影響(2027年)

図1 第2次トランプ政権の関税政策の日本経済への影響(2027年)

(出所)IDE-GSMによる試算

この影響は都道府県別の結果にも表れる(図2)。関税10%のときには、自動車や電子・電機産業が盛んな滋賀、三重が大きなプラスの経済効果となり、逆に沖縄、北海道、青森、鹿児島、宮崎、高知といった地方部がマイナスの影響を受けた。マイナスの影響が発生した地域では、サービス業のマイナス分を自動車、電子・電機、その他製造業などのプラス分でカバーできなかった。ただし、そのマイナスの大きさは軽微なものであった。

一方、関税20%時には、愛知、静岡、三重など、自動車産業の比重が高い地域で大きなマイナスの影響が発生していることが分かる。自動車産業が集積する愛知県については、−0.16%のGDP減少と最も大きな影響がみられる。17の都道府県が負の影響を受ける一方、30の府県には僅かなプラスの影響がある。

このように、米国の関税の違いが日本全体のGDPに与える影響はほとんど変わらないが、各地域・産業に与える影響は大きく変わることが示された。

図2 関税10%、20%時の都道府県別の影響(2027年)

図2 関税10%、20%時の都道府県別の影響(2027年)

(出所)IDE-GSMによる試算。図は国土地理院「地球地図日本」(CC BY)を加工して作成

おわりに

本分析から、第2次トランプ政権が掲げる強硬な関税政策は、米国経済に深刻な悪影響を及ぼす可能性が高いことが示された。特に、米国の実質GDPはベースライン比で2.7%減少することが予想される。結果として米国の経済成長率はマイナスに落ち込むことも考えられ、国民生活に直接的な打撃を与えることが懸念される。

また、この政策は世界経済にも実質GDP比-0.8%の影響をもたらすと予測され、ここ四半世紀、世界経済がグローバル化で受けてきた恩恵を手放すものとなる。中国経済は0.9%の実質GDPの減少、日本経済は0.02%の実質GDPの減少など、米国が対立を深める中国のみならず、米国にとっての主要な友好国にも悪影響が及ぶことが予測される。

これらの分析結果は、自国中心の高関税政策が、政策実施国自身に最も大きな経済的損失をもたらす「自損行為」となる可能性が高いことを示唆している。また、グローバルサプライチェーンの分断やそれに伴う経済効率の低下は、世界経済全体の成長を抑制する要因となることが懸念される。これまでの分析と同様に、本分析も、国際協調に基づく通商政策の推進とグローバルサプライチェーンの効率性維持が世界経済の持続的な成長にとって重要であることを示唆している。

日本は、戦略的利益を共有する同盟国として、米国に対し自由で開かれた貿易システムと経済安全保障のあるべきバランスを提唱すると同時に、米国の高関税政策による影響を最小限に抑えるため、多角的貿易協定の強化、国内産業の競争力強化、サプライチェーンの多様化、国際協調の推進、そして影響評価と対応策の策定を講じるべきである。具体的には、CPTPPRCEPなどの多国間貿易協定を通じて他国との経済連携を強化し、グローバルサウスとの協力を推し進め、技術革新や生産性向上を促進して国内産業の競争力を高め、特定の国に依存しないより強靭なサプライチェーンを構築することが求められよう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
著者プロフィール

磯野生茂(いそのいくも) 開発研究センター・経済地理研究グループ長

熊谷聡(くまがいさとる) 開発研究センター・主任調査研究員

早川和伸(はやかわかずのぶ) バンコク研究センター

後閑利隆(ごかんとしたか) 開発研究センター・経済地理研究グループ

ケオラ・スックニラン(けおらすっくにらん)ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)

坪田建明(つぼたけんめい) 東洋大学国際学部国際地域学科教授

久保裕也(くぼひろや) 千葉商科大学国際教養学部教授

この著者の記事