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コラム
第5回 〈特別企画 中東諸国の近隣戦略3〉紛争と秩序のはざまで――UAEが描く国家戦略の制度化
Between Conflict and Order: The Institutionalization of National Strategy in the United Arab Emirates
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001657
2026年1月
(4,751字)
はじめに
アラブ首長国連邦(UAE)は、建国から半世紀あまりで、中東の周縁国家から地域秩序を左右する存在へと変貌した。伝統的にUAEは、アラブ諸国・欧米諸国の双方と穏健かつ協調的な外交を展開してきたが、ムハンマド・ビン・ザーイド首長(現大統領)の統治下で、特に対外関係において自律的かつ積極的な政策決定を行う国家へと転じつつある。とりわけ2010年代以降、イエメン、リビア、スーダン、ソマリアなどの紛争地への関与を強め、軍事行動と投資活動を通じて影響圏を拡張してきた。その行動は、従来の穏健かつ協調的な外交という枠を超え、安全保障と経済を結びつけた一体的な国家戦略として理解すべき段階にある。
この変容を支えているのが、アブダビとドバイの機能的分業である。アブダビは政治・軍事・国家資本運営1の中枢として国家安全保障2を統括し、ドバイは港湾・金融・貿易ネットワークを駆動させることで域外経済を拡張する。両者の協働によって、UAEは軍事力と経済活動を有機的に結合させ、地域介入と経済拡張を同時に実現している。
その具体的な担い手が、政府系企業である。Abu Dhabi Ports Group(AD Ports Group)、DP World、再生可能エネルギー企業Masdar、防衛産業複合体EDGEなどは、いずれも国家戦略の執行装置として位置づけられる。これらの企業は、港湾運営、エネルギー投資、防衛技術輸出といった事業活動を通じ、国家の政治的影響力を市場メカニズムの中に埋め込んでいる。こうした「企業外交」3の展開は、UAEが地政学的影響力を経済手段によって制度的に構築していることを示唆する。
本稿は、これら政府系企業の海外展開を手がかりに、UAEの対外関与を軍事と経済を連動させた国家運営の仕組みとして捉え、その形成過程と地政学的意味を明らかにすることを目的とする。同国は、不確実な国際環境の中で安定と実利を同時に追求する、独自の国家モデルを築きつつある。
紛争介入の主要事例
UAEの地域的な存在感を決定づけたのは、「アラブの春」以降に相次いだ中東・アフリカ諸国での紛争関与である。こうした関与は、イランの影響力やイスラーム主義運動の拡大を抑えるという安全保障上の目的に加え、港湾や航路の確保といった経済的な狙いとも結びついていた。軍事行動と経済活動を組み合わせることで、UAEは小国でありながら、域内の秩序形成に影響を及ぼす新しいタイプの国家として位置づけられるようになった。
最初に注目を集めたのは、2015年以降のイエメン内戦である。UAEはサウジアラビア主導の連合軍に参加し、紅海南部やアデン湾沿岸の港湾を掌握することで、イランの支援を受けるフーシ派の勢力拡大を抑えようとした。地上部隊を派遣した数少ない湾岸国のひとつであり、南部の分離主義勢力を支援するなど、積極的な軍事行動を展開した。2020年以降は直接的な軍事介入を縮小したが、南部港湾や武装組織との連携を通じて、現在も紅海航路に影響力を保っている。
北アフリカでは、2014年以降のリビア内戦への関与が象徴的である。UAEは東部を拠点とするハフタル将軍率いるリビア国民軍(LNA)を支援し、イスラーム主義勢力の台頭を抑える姿勢を示した。リビアは地中海を介して欧州とのエネルギー・物流の結節点にあり、UAEの関与は単なる政治的介入ではなく、地中海沿岸の輸送ルートを確保する戦略的意味を持っていた。無人機や航空支援など、防衛産業の輸出を伴う形での介入も確認され、軍事技術の対外展開が国家戦略の一部として機能していることがうかがえる。
さらに、2023年以降に激化したスーダン内戦では、国軍と準軍事組織RSFの対立が国際的な注目を集めるなかで、UAEはRSFとの関係をめぐって批判の的となった4。紅海に面するスーダンは、UAEが近年進める港湾投資や食料輸入ルートと地理的に重なり、同国への影響力確保は経済安全保障上の意味を持つ。UAE政府は表向きには停戦仲介を呼びかける一方で、背後では特定勢力への支援を行っているとの指摘もあり、経済と安全保障の思惑が複雑に絡み合っている。
アフリカ東岸でも、UAEは港湾開発を通じて戦略的な拠点を築いてきた。実効支配地域であるソマリランドやプントランドでは、港湾整備や沿岸警備の支援を通じて関与を強めている。とりわけベルベラ港の開発は、海賊対策と同時に、紅海からインド洋へ至る主要航路を自国の経済圏に取り込む試みと位置づけられている。これらの活動は、経済投資と安全保障支援が一体となった「港湾外交」の代表例である。ただし、それによってソマリア連邦政府との関係がしばしば緊張した。
このようにUAEの紛争関与は、軍事的な勢力抑止と経済的な拠点形成を同時に追求する点に特徴がある。いずれの事例でも、港湾・輸送・防衛といった分野が密接に結びつき、経済活動が安全保障の延長として機能している。UAEの行動は、単なる資金援助や軍事同盟ではなく、経済と安全保障を連動させた一貫した地域戦略として展開されているのである。
紛争介入の背景
UAEが積極的な対外関与を進める背景には、政治体制と経済構造の双方に根差した要因がある。国内的には、石油依存からの脱却を掲げる経済多角化戦略がその根本にある。Abu Dhabi Economic Vision 2030やDubai Economic Agenda D33といった国家計画では、港湾、物流、エネルギー、防衛技術といった分野を非石油経済の中核と位置づけ、国家成長の新たな柱としてきた。こうした政策の延長線上に、港湾開発やエネルギー投資を通じた域外進出がある。つまり、対外関与は経済多角化の「外向きの段階」として理解できる。
一方、政治的な側面では、アブダビが安全保障と外交を主導する構造が大きい。石油収入を基盤とする豊富な財政力を背景に、アブダビは防衛産業や外交資産を拡充し、連邦全体の戦略方向を決める中心的な役割を担ってきた。これに対し、ドバイは商業・観光・金融の拠点として、より柔軟で開放的な国際ネットワークを形成している。アブダビが政治・軍事面で安定を確保し、ドバイが経済的活力をもたらすという補完関係は、UAE外交の特徴となっている。国家全体としては、こうした二重構造によってリスクを分散し、経済的影響力と安全保障上の存在感を同時に拡張しているのである。
このような体制は、Killianが指摘する「新しいレンティア国家主義(new rentierism)」5という概念にも通じる。従来のレンティア国家は、石油収入をもとに国内の安定を維持してきたが、UAEはその資本と制度を国外に活用し、周辺地域との経済的関係を広げることで、安定の基盤そのものを外へと拡張している。言い換えれば、国内の富を外向きの戦略資源として活用し、政治的・経済的な影響力を制度的に拡張しているのである。これこそが、UAEの対外関与を支える新しい国家運営のかたちといえる。
国家と市場の協調モデル
UAEの対外関与は、単発的な政策対応ではなく、軍事・経済の両面を組み合わせた制度的な仕組みとして定着しつつある。その中心にあるのは、政府系企業を通じた国家戦略の実行である。政府と企業の境界が曖昧な仕組みを活かし、国家の安全保障目標を企業活動として実現する点に、UAE外交の特徴がある。
防衛分野では、アブダビを中心に構築された防衛産業グループEDGEが重要な役割を果たしている。同社は無人機やミサイル技術の開発を進め、イスラエル、ブラジル、韓国などとの技術協力を拡大している。こうした技術輸出は、単なる産業政策ではなく、同国の安全保障を外向きに展開する手段として位置づけられている。軍需産業を通じて外交関係を強化し、技術面での自立を進めることが、UAEの新しい防衛戦略の柱となっている。
再生可能エネルギー分野では、Masdarがエネルギー外交の中心的存在となっている。中東やアフリカ、南欧などで大型の発電・水素プロジェクトを手がけ、持続可能なエネルギー供給を通じてパートナー国との関係を深めている。Masdarの事業は、環境対応型の投資であると同時に、エネルギーを媒介とした外交関係の構築でもある。UAEがエネルギー輸出国から「エネルギー技術の輸出国」へと転じつつあることを象徴している。
港湾・物流分野では、AD Ports GroupとDP Worldが経済面での国際的影響力を担っている。両社は紅海、地中海、アフリカ東岸を結ぶ港湾ネットワークを拡大し、経済回廊を形成している。これらの港湾は貿易の拠点であると同時に、安全保障上の要衝でもある。UAEは経済インフラの整備を通じて、航路の安全を確保し、域外の政治的安定にも影響を及ぼしている。経済活動を安全保障の手段として制度化した点で、これらの企業の動きは象徴的である。
さらに、これらの企業展開を下支えするのが、アブダビ投資庁(ADIA)、ムバダラ投資会社(Mubadala)、ADQなどの政府系ファンドである。これらのファンドは、国家資本を用いて海外のインフラ・エネルギー・ハイテク分野に投資し、経済的利益と政治的影響力の双方を追求している。アフリカや地中海圏での投資案件は、単なる資産運用にとどまらず、外交政策の延長線上にある。国家資本が企業活動を支え、企業活動が外交を補完するという循環構造が形成されている。
このような仕組みは、国家が市場を管理しながらも、その仕組みを利用して国際的な競争力を拡大するという、いわば「統治と市場の共存モデル」である。Richardsらが指摘した「国家主導成長の逆説」6を、UAEはむしろ克服しつつ再構成している。すなわち、国家が市場を排除するのではなく、国家と市場を制度的に結びつけることで、持続的な成長と安定を両立させているのである。
まとめ
本稿では、UAEの対外関与を、軍事的介入と経済的展開の両面から検討した。その結果、同国の行動は単なる防衛政策の延長ではなく、国家戦略として組織的に進められる新しい統治の形であることが明らかになった。軍事と経済を切り離すのではなく、一体的に運用することで、UAEは中東の中でも特異な安定性と影響力を獲得している。
アブダビとドバイの分業構造のもとで、防衛、港湾、エネルギー、金融といった主要部門が連携し、政府系企業がその実行の中心を担ってきた。国家が企業を通じて安全保障を経済活動に組み込み、企業が国家目標を実現するという循環は、UAEの体制の大きな特徴である。この枠組みのもとで、同国は地政学的リスクを抑えつつ、経済利益を拡大する「安定と実利の両立」を追求している。
戦争と経済分断が進む国際環境の中で、UAEは「嵐の中の港(Port in a storm)」7と評されている。この比喩が示すように、UAEは不安定な地域において例外的な安定と柔軟性を示し、国家としての信頼性を築いている。同国の事例は、石油依存の時代を超え、国家資本を基盤とした新しい形の外交と経済運営を提示しているといえる。軍事・経済・外交を統合的に運用することで、国家が市場や企業を通じて地政学的な役割を果たす―この仕組みは、今後の中東秩序を考えるうえでも重要な示唆を与えている。
UAEの経験は、国家と企業の境界が曖昧になる時代における、新しい「国家運営モデル」の先行例として位置づけられる。今後、他の産油国や新興国このモデルを参照し、独自の戦略を模索する可能性も高い。国家資本を活用した「企業外交」は、21世紀の中東における政治経済の新しい基軸となりつつある。
※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
- 写真1、写真2:筆者撮影
著者プロフィール
齋藤純(さいとうじゅん) アジア経済研究所 開発研究センター 研究員。一橋大学博士(経済学)。湾岸アラブ諸国における開発金融・企業金融・金融システム・コーポレートガバナンスを専門に研究。主な著作に『中東を学ぶ人のために』(世界思想社、分担執筆)、『君主制諸国』(ミネルヴァ書房、分担執筆)などがある。
注
- 本稿における「国家資本」とは、民間資本では賄えない活動を中心に、国家が資本として活動するものを指す。一般的には、鉄道、通信、軍需工場、専売事業など国有企業や国営企業がこれにあたり、先進国でも発展途上国でも見られる。
- 本稿における「安全保障」とは、他国の軍事的脅威に対する防衛だけでなく、経済的脅威やサイバー脅威の防衛も含む、包括的なものである。
- Henisz, Witold J. 2016. Corporate Diplomacy: Building Reputations and Relationships with External Stakeholders. Routledge.
- BBCは、UAEがRSFに武器を供与し、ダルフール地方での非アラブ系民族に対する虐殺を可能にしたとしてスーダン政府が国際司法裁判所(ICJ)に提訴したと報じている(BBC. “Sudan takes UAE to world court over ‘complicity in genocide’.” March 7, 2025)。
- Killian, Clarke. 2025. The New Rentierism in the Middle East: How Gulf Oil Wealth Has Kept Democracy at Bay since 2011. Crown Center, Brandeis University.
- Richards, Alan, John Waterbury, Melani Cammett, and Ishac Diwan. 2013. “Contradictions of State-Led Growth.” In A Political Economy on the Middle East, ed. 3. Boulder, USA: Westview Press, 211–27.
- The Economist. “The messier the world gets, the more the UAE seems to thrive.” November 23, 2023.
