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中東カタルシス

第4回 〈特別企画 中東諸国の近隣政策2〉スィースィー政権下のエジプトの近隣政策――安全保障・経済成長・水資源

Egypt’s Neighborhood Policy under the Sisi Administration: National Security, Economic Growth, and Water Resources

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001656

2026年1月
(4,176字)

2025年10月、エジプト東部のシャルム・エル・シェイクでガザ和平に向けた国際会議が開催された。スィースィー大統領は米国トランプ大統領と共同議長を務め、欧州・中東の20カ国超の首脳・代表が出席するなか、ガザ停戦合意の履行を求める宣言文書に署名した1

スィースィー政権は、米国、カタル、トルコとともにガザ停戦交渉を仲介してきた。エジプトはガザ地区と国境を接しており、ガザ紛争の鎮静化はエジプトにとっても大きな関心だった。紛争の長期化はシナイ半島の不安定化や紅海の混乱に繋がり、エジプトの治安を脅かす危機だと捉えられていたからである。

現在のエジプトは、紛争状態にある国に囲まれている。ガザ紛争に加え、リビアとスーダンでも武力衝突が続いている。周辺国の紛争に対し、スィースィー政権はどのような対応をとっているのだろうか。また、どのような対外政策を展開しているのだろうか。本稿では、スィースィー政権の近隣政策を読み解く。

近隣政策の目的

スィースィー政権の近隣政策は、個々の政策の寄せ集めではなく、体制を強固にするという政権の目的に沿って構築された政策枠組みに基づいていると捉えることができる。2014年のスィースィー政権成立から10余年となり、政権は制度的な基盤を確立したようにみえるが、強権的な統治、脆弱化した経済、補助金制度の再編といった不安定要因を抱えている。そのため、スィースィー政権の近隣政策は体制強化に向けた優先事項-治安・経済成長・社会安定-を密接に反映しており、(1)安全保障・紛争管理(治安)、(2)投資誘致(経済成長)、(3)水資源確保(社会安定)という3本柱で運用されている。そのねらいは、脅威・危機の国内波及を阻止し、国内の治安・外貨・公共サービスを確保することである。

安全保障・紛争管理

近隣政策のひとつ目の柱は、安全保障の確保である。具体的には、リビア、スーダン、ガザの不安定要因を国内に波及させないことであり、そのために、スィースィー政権は国境管理を起点とする統制と紛争管理を行っている。

国境管理の目的は、過激派の越境、武器弾薬や薬物の密輸、急激な避難民流入といった脆弱国からの動揺がエジプト国内の治安に波及しないように監視・統制することにある。その手段は、【可視化と管理】、【選択的関与】、【国際社会との協同】の3つに分類でき、それによってエジプトの安全保障体制の維持が図られている。

まず、【可視化と管理】では、国境の監視・検問・許可制度を強化し、人流と密輸を制御している。とくにシナイ半島では長期の治安作戦を通じて人の移動や密輸の管理が徹底され、ガザ地区との国境ポイントであるラファ検問所は、人道支援物資搬入の要衝であると同時に、厳格な通過管理を行っている。リビア国境では、軍による砂漠地帯国境の監視・遮断を行うと同時に、主要な国境チェックポイントであるサルーム検問所の能力を拡充し、人流と物流の管理・調整をしている2。スーダン国境では、内戦に伴う避難民の流入管理を強化した3。具体的には、スーダン人の入国にビザ取得を義務化したことに加え、エジプトに入国後はUNHCRへの登録を不可欠とすることで、人流の可視化と調整を図っている4

次に、【選択的関与】は、「国境の向こう側」を動かすことで「こちら側」を守ることを目的とする。ガザ紛争では人道支援物資搬送の調整と停戦仲介を通して国境の緊張管理とエジプトの国際的信用を同時に確保することを目指している。また、リビアでは政治プロセスや治安部門の再編に関与することで国境付近の軍事化を抑止し5、スーダン内戦では国軍でありスーダン北部を掌握しているSAFを支援することでスーダンの既存体制の擁護と国境の一元管理を後押ししている6。こうした隣国への関与に共通するのは、仲介・介入を必要最小限かつ継続的に行うことで、コストを抑えつつ影響力を保つ点である。

最後に、【国際社会との協同】では、国境管理を国際公共財とすることで、EU・湾岸アラブ諸国・国際機関などからの支持・支援を得ることである7。つまり、国境管理のコストを外部からの援助で補いつつ、エジプト(スィースィー政権)が近隣安定の要であることを国際社会に示すのである。それによって、エジプト国内の治安を管理するとともに、スィースィー政権の正当性を強化している。

投資誘致

スィースィー政権の近隣政策の2つ目の柱は経済成長のための投資誘致である。近隣政策は、危機の国内波及を封じるだけでなく、経済成長を促進させる手段と捉えられている。具体的には、【結節点としての役割強化】、【生産拠点化】、【経済構造改革の推進】の3つに分類することができる。

まず、【結節点としての役割強化】では、スエズ運河沿いのアイン・ソフナ港や東ポート・サイード港の整備と運営のための投資誘致を行い、また現在はスエズ運河経済特区(SCZone)へのFDI誘致を進めている。SCZoneには関税免除や法人税優遇などの投資インセンティブおよび4つの工業ゾーンが設けられ、投資誘致の中心になっている8SCZoneの工業ゾーンには現在までに中国とロシアによる工業団地(国別パーク)が造設されるなど、外資企業の生産・流通拠点化が進展している。

写真1 カイロ市内の主要道路沿いに設置された、過去最大規模の外国投資誘致となったラス・エル・ヘクマ地区の開発を宣伝する看板(2025年11月)

写真1 カイロ市内の主要道路沿いに設置された、過去最大規模の外国投資誘致となった
ラス・エル・ヘクマ地区の開発を宣伝する看板(2025年11月)

また、スエズ運河と並ぶ結節点となりつつあるのが、液化天然ガス(LNG)をめぐるネットワークである。2000年代に東地中海で相次いでガス田が発見され、イスラエルとエジプトはガス輸出国となった。エジプトは2000年代前半にLNG液化プラントを建設し、LNGの輸出を開始した。その後、キプロスの領海でもガス田が発見されるなど、東地中海は天然ガス産出地域となった。2020年にはエジプトが中心となって「東地中海ガスフォーラム(EMGF)」(加盟8カ国)が結成された9。現在は、イスラエルとキプロスで産出したガスをエジプトで液化して再輸出する計画が進むなど、エジプトは東地中海の天然ガス流通拠点となりつつある。

次に、【生産拠点化】では、スィースィー政権の経済開発政策の中核である高付加価値製造業の発展と輸出拡大の担い手とすべく、外資企業の誘致を推進している。FDI誘致は近隣諸国の企業だけを対象とするものではないが、近年はトルコ・EU諸国・湾岸アラブ諸国に対して積極的な誘致を展開するなど、投資誘致は近隣政策の主要な課題となっている。

なお、投資誘致は工業部門だけを対象としたものではなく、観光・都市開発やサービス産業への投資誘致も積極的に行っている。紅海・地中海沿岸での都市開発、歴史都市の旧市街再生、教育機関の誘致など、国内の開発プロジェクトへの参画が期待されているのである。

3つ目の【経済構造改革の推進】は、政権の進める構造改革に必要な支援を得ることが目的である。現在の構造改革の要点は民間主導の開発体制を確立することであり、制度改革に加え、国有資産・国有企業の再編と売却が検討されている。その買い手・出資者として、経済関係の深い近隣諸国(の企業や政府系ファンド)の呼び込みを図っている10

エジプト経済の隘路のひとつは外貨流動性であり、外貨流入は経済運営の要諦でもある。そのため、外貨投資の誘致は近隣政策の優先事項となるのである。

水資源の安定確保

水資源の安定確保(ナイル川問題)は、スィースィー政権において主要な課題となった。2011年にエチオピアが青ナイル川で「大エチオピア・ルネサンスダム(GERD)」の建設に着工したからである11。エジプトは水資源の90%をナイル川に依存しており、ナイル川の管理と運用はエジプトにとっての「核心的利益」となっている。

写真2 カイロ市内を流れるナイル川(2025年11月)

写真2 カイロ市内を流れるナイル川(2025年11月)

スィースィー政権のGERDへの対応は、【外交・法的な枠組み構築】と【技術的な交渉】が柱となっている。エチオピアのダム開発権を否定するものではないが、エジプト(とスーダン)との協調・合意を求めている。

まず、【外交・法的な枠組み構築】では、2015年にエジプト・エチオピア・スーダンの3カ国で合意・署名した「GERD原則宣言」を交渉の基盤とし、GERDの貯水・運用についての法的拘束力のある協定締結を一貫して求めている。しかしながら、エチオピアは合意のないまま2020年7月に貯水を開始し、2025年9月にはGERDの完成と正式運用の開始を発表した12。スィースィー政権は一方的な貯水・運用に対してエチオピア政府に繰り返し抗議することに加え、国連安保理に書簡を提出するなどの対応をした。GERDに対する国際的な関心を高め、支持を得るとともに、交渉を前進させることが目的だと言えるだろう。

合意形成に向けた枠組みを構築するのと同時に、【技術的な交渉】ではエチオピアによる一方的な運用を阻止し、ナイル水資源の安定利用を確保しようとしている。交渉事項として、段階的な貯水計画、渇水期の放流ルール、恒常的なデータ共有、紛争時の解決手段、環境への影響調査などを提示し、GERD運用の透明性と予見可能性を高めることを目指している。

GERD問題はスィースィー政権にとって絶対に見過ごすことのできない課題である。過去には、交渉が決裂・中断した際、「すべてのオプションは開かれている」と述べるなど、軍事衝突も辞さない構えを示唆したこともある13。エジプトにとって、ナイル川の水は死活問題であり、国家の命運がかかる課題なのである。

近隣政策と社会安定

本稿では、スィースィー政権の近隣政策を、安全保障・投資誘致・水資源確保の3つに分類した。この3つはいずれもエジプト社会の安定の基盤となるものである。周辺紛争の国内波及を抑えて治安を保ち、水供給リスクを管理することで社会不安を取り除き、外貨投資を呼び込んで経済成長を実現することで、エジプト社会は安定的に発展でき、スィースィー政権の正当性は強化されるのである。

外交の観点からみると、エジプトの近隣政策は地域秩序の形成を先導するというより、自国の安定と発展を優先課題とし、その実現に寄与するように近隣のリスクを管理・調整する実務志向の戦略として理解できる。現在のエジプトは、かつてのような地域大国としての指導的な役割ではなく、地域のミドル・パワーとして地域の秩序安定を図っている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 写真1、写真2:筆者撮影
著者プロフィール

土屋一樹(つちやいちき) アジア経済研究所 新領域研究センター グローバル研究グループ 副主任調査研究員。専門は中東経済研究、エジプト地域研究。主な著作に、『中東を学ぶ人のために』(共著、世界思想社、2024年)、『エジプト』(共著、ミネルヴァ書房、2023年)、『中東アラブ企業の海外進出』(編著、岩波書店、2013年)など。


  1. 会議に出席した主な首脳は、エルドアン大統領(トルコ)、アッバース議長(パレスチナ)、タミーム首長(カタル)、スターマー首相(イギリス)、マクロン大統領(フランス)、メルツ首相(ドイツ)、メローニ首相(イタリア)、サンチェス首相(スペイン)など。
  2. Egypt State Information Service, “State keen to complete development works at Salloum land port,” 22 September 2022.
  3. UNHCRウェブサイトによれば、2024年末までにスーダンからエジプトに150万人が流入した。
  4. Aljazeera, “Egypt toughens visa rules for Sudanese nationals fleeing war,” 11 June 2023.
  5. Egypt Today, “Egypt talks: Libyan leaders agree to draw roadmap to hold elections,” 5 January 2023。
  6. The Arab Republic of Egypt Presidency, “President El-Sisi Meets the President of Sudan’s Sovereign Council,”15 October 2025.
  7. EUのエジプト支援については、EU公式サイトを参照。
  8. SCZoneウェブサイトを参照。
  9. EMGFの加盟国は、エジプト、イスラエル、キプロス、ギリシャ、パレスチナ、ヨルダン、イタリア、フランスの8か国。
  10. 例えば、ADQ(アブダビ首長国の政府系投資会社)は、2022年にエジプトの国有銀行が持つエジプト企業の株式を約18.5億ドルで取得した(Reuters, “Abu Dhabi's ADQ buys stakes worth $1.85 bln in Egyptian firms,” 13 April 2022)。また、PIF(サウジアラビアの政府系ファンド)も同年にエジプト国有企業の一部持分を取得した(Enterprise, “The Saudis have arrived,” 11 August 2022)。
  11. 青ナイル川はナイル川の支流の一つで、エチオピア高原からスーダンに流入し、ハルツームで白ナイルと合流している。青ナイル川からの流量は、エジプトでのナイル川の流量の約60%を占めるとされる(Nile Basin Initiative, "Hydrology Regime in the Nile Basin,” 6 February, 2008)。
  12. The Guadian, “Ethiopia inaugurates Africa’s largest hydroelectric dam as Egypt rift deepens,” 9 September 2025.
  13. Reuters, ”Egypt's Sisi warns of potential for conflict over Ethiopian dam,“ 8 April 2021.