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コラム

ワールド・イン・ファッション

第4回 モザンビーク・ファッション・ウィーク
──エキゾチックな港町マプトならではの文化融合

Mozambique Fashion Week: Cultural Fusion at Gateway City Maputo

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053703

2023年5月
(4,209字)

問題多き国家が育んだ社会の自立心?

モザンビークに関するここ数年のニュースといえば、隠し債務、権威主義化、サイクロンの被害、資源開発地域のテロによる治安悪化……といったところだろうか。日々そんな情報にばかり触れていると絶望的な気分にさえなるが、そのほとんどは国家の振る舞いに原因があるものばかりだ。モザンビークに暮らす大半の人々は、そうした国家に翻弄されぬよう、自ずと国家と「距離」をとりながら生きている。この国のGDPのおよそ35%、就労人口の9割をインフォーマル・セクターが抱えていることからも分かるように、国家の管理が行き届かない幅広い経済活動がある。人びとは微々たる社会サービスしか提供できない国家には過剰な期待を抱かずに生活している。だからこそ、冒頭のようなニュースからは想像も及ばない一面もある。国が提供できるものが少ないのなら社会に残された可能性は2つだ。自らが持っているものを深堀りするか、外部からもたらされるものを活用するか。南部アフリカ沿岸国モザンビークの社会の独自性と他者に対する開放性の背景には、そんな事情もあるのかもしれない。ここで紹介する現地のデザイナーも元はインフォーマル・セクターから生まれている。

Mozambique Fashion Week

百聞は一見に如かず。まずはこちらをご覧いただいた方がいいだろう。

MFW 2022 PV

このプロモーションビデオは、モザンビークの首都マプトで20年ほど前から国内外のデザイナーが参加して開催されているファッション・ショー、モザンビーク・ファッション・ウィーク(Mozambique Fashion Week: MFW)の2022年のものである。

アフリカのファッションといえば、まず、ろうけつ染めの技法から発展したアフリカン・プリントが思い浮かぶ。アフリカン・プリントは各地で地元の呼び名がある。モザンビーク版のアフリカン・プリントはカプラナ(capulana)と呼ばれ、主に女性が巻きスカートのように着用する(写真1)。そうしたアフリカン・プリントのドレス・デザインならば、アフリカ大陸中に溢れているが、MFWに集うデザイナーは一捻り、利かせている。

写真1 カプラナを着用している女性。

写真1 カプラナを着用している女性。何気なく巻いているようだが、
プリントの柄が左右対称になるよう、巻具合にもこだわりが感じられる。
東西デザイナーによる「温故知新」(1)モザンビーク

ここでは直近のMFWに参加しているデザイナーのなかでも注目の2人を紹介したい。一人はモザンビーク人デザイナー、CHIBAIA1 である。CHIBAIAのデザインの特徴は、ストリート・ファッションとカプラナの融合だ。デニムをベースにしたジャケット(写真2)では、表地に当てられたパーツだけでなく、ジッパーを開いた胸元の内布にもちらりとカプラナの柄を覗かせている。

写真2 CHIBAIAのデニム地ジャケット

写真2 CHIBAIAのデニム地ジャケット

近年ではカプラナを全面に出すデザインへの進化がみられる。カプラナを全面に出す場合、CHIBAIAが使用するアフリカン・プリントの絵柄はとりわけ斬新だ。アフリカン・プリントの色彩、質感、捺染の製法は踏襲しながらも、その新しさはなによりデザイナーの存在による。CHIBAIAのカプラナのメンズ・シャツ(写真3)をご覧いただきたい。まず、デザインが先にあり、それに合わせた材質に絵柄の捺染が行われるのである。 CHIBAIAは、すでに染められた生地からデザインを生み出すのではなく、デザインに合わせて捺染の柄を決め、捺染を発注し、その生地でデザインに沿った裁断・縫製を行うのである。前職がグラフィック・デザイナーであったCHIBAIAならではの「温故知新」だ。

写真3 CHIBAIAのカプラナのメンズ・シャツ

写真3 CHIBAIAのカプラナのメンズ・シャツ

CHIBAIAにとっては挑戦も続く。モザンビークでは1930年代に植民地支配下で綿花の栽培が強制されて以来、1975年のポルトガルからの独立を経て1990年代までは原綿から製糸・織布・染色を行う工場が国内各地に複数存在していた。綿花そのものは現在に至るまで国内での栽培が続いている。しかし、1990年代の経済自由化のなか、国際競争力のなかった国内工場は立ち行かなくなった。さらに1992年の内戦終結後、第1回総選挙を経て新政権が樹立された1994年から関税障壁の撤廃された2005年までの間に、国内有数の規模を誇っていたTextáfrica、Textmoque、Texlomなどの工場も相次いで操業を停止した。今ではモザンビーク産の原綿は輸出される。国産品にかわって市場を席捲するようになったのが、中国などのアジア製品である2。CHIBAIAはデザインや素材の相性、価格を考慮したうえで輸入アフリカン・プリントを使用することもある。しかし、CHIBAIAが本気度高くデザインから絵柄をイメージするときには、それに応えられる輸入品はない。かといってモザンビーク国内にかつて存在した繊維産業はもはや存在しない。そこで、CHIBAIAは独自のデザインの捺染を南アフリカに発注している。

東西デザイナーによる「温故知新」(2)日本

ここでMFWに参加するもう一人のデザイナーを紹介したい。異色の経歴を持つ日本人デザイナー、Re-kyuのクリエイティブ・ダイレクターを務めるKyutenである3

写真4 Re-kyu 2022 Collection

写真4 Re-kyu 2022 Collection

当初のKyutenのデザインの特徴は、ヴィンテージもののジーンズに西陣織を覗かせるストリート・ファッションだった。しかし、近年はこちらも「原点回帰」ないし「温故知新」の境地に至っている。Kyutenは、京都の絹織物の織布・絵付けの品質・和裁の技術が世界的に卓越していながらも、旧来の和服の型を受け継ぐだけでは、その品質・技術の高さが認知される機会は限られると嘆く。結果的に技術の継承も困難になることを危惧している。

Kyutenは、京織物の織布・絵付けの独自性は言わずもがな、和裁の優位性についても熱く語る。今や産業化された洋服の縫製は基本的にミシンで行われる。ミシンの機能を思い浮かべてほしい。上糸を通した針がずぶりと布に刺さり、下糸を絡めとって引き上げる。針が布地を通るとき、否応なしに布地に穴を開け、布地を傷めながら縫い進む。一度、傷めた布地は、糸を解く際にも織り糸と絡み合い、さらに穴を広げるため、再利用することはできない。

それに対して和裁では布地の織り糸と織り糸の間に針を潜らせながら縫い進む。ミシンのような上糸・下糸はなく、一本であるため、使用する糸の重さもミシン使用時の半分である。和裁仕上げの軽さは身に纏うときに実感できる。さらに和裁は布地を傷めることがないため、糸を解いて、その布地をそのまま別の和服に作り替えることができる。究極的にエコだ、と。和裁の一本の糸は解く際にも布の織り糸に引っかかることなく、するりと解ける。和服が日常着であった時代には、綿であればすべて解いて洗ったのち、板張りにして干し、反物の長さを裁断した状態に再び戻しては仕立て直されていた。

熱く語るKyutenが和服をモチーフにモザンビークのファッション・ショーに参加する際のコンセプトの背景には、織田信長の家臣となった東アフリカ出身といわれるアフリカ人「弥助」のストーリーがある。Kyutenのモデルを務めたモザンビークのモデルたちはショーが終わって撤収しようとすると、正絹の京織物の肌触り、和裁仕上げの軽さに「……いやだ……脱ぎたくない……もうしばらく着させて!」と愛嬌たっぷりにゴネるのだそうだ。

写真5 Re-kyu 2022 Collectionのチーム。

写真5 Re-kyu 2022 Collectionのチーム。バックステージでの
この記念撮影後、「……脱ぎたくない……」とゴネはじめる。
モザンビークに惹きつけられる人々

ちなみにKyutenに楽曲提供を行い、MFWのアフター・パーティーを盛り上げた日本人DJ Oniも常連となりつつある4。国内外の様々なシーンでパフォーマンスしてきたDJ OniはMFWに参加する醍醐味を開発途上国だからこそできることがあると語る。なにごとにも前例がない社会には新しい発想が生まれる土壌がある。DJ Oniは特に忘れがたい思い出として2019年のMFWについて話してくれた。それは、当初、予定されていた会場が、なんと現地入りしてから急遽変更になったときのことだ。

当初予定されていた会場は、マプト旧市街、大航海時代の遺産である古い要塞。観光名所にもなっている文化遺産からいきなり変更された後の会場は、スポンサーの一社であるモザンビーク航空(Linhas Aéreas de Moçambique: LAM)の格納庫だった。がらんとした格納庫に、ランウェイと観客席が設けられ、照明も音響も準備は整った。観客も着席したところでモデルは……と目をやると仰天する。会場となった格納庫の向こう側からLAMのジェット機の巨大な機体がゆっくりと、しかし確実にこちらに向かって入ってくるのだ。機体はランウェイの際で止まると、昇降口が空き、2019年のMFWの開幕となった。LAMの機体からは、次々とモデルたちが登場し、颯爽とランウェイに降り立つ。

2019 MFWのワン・シーン。(Kyuten提供)

2019 MFWのワン・シーン。MFW2019会場に入ってくる機体に騒然とする参加者(Kyuten提供)

当初の会場に合わせて音源を用意してきたDJ Oniが、突然の変更に対応すべく一人機材の前で「固まる」のを尻目に、この大人の悪ノリ(?)を仕掛けていたのは広告代理店Doyle Dane Bernbach(DDB)Mozambiqueだ。代表を務めるポルトガル系のヴァスコ・ロシャ(Vasco Rocha)氏はDDB Mozambiqueの現地代表として2000年以来マプトを拠点とし、この20年MFWを主催している。同氏はブランディングを重視するDDBを体現しながらモザンビークのデザイナーを鼓舞してきた後援者であると同時に、モザンビークの魅力に惹きつけられている一人だ。

さらにCHIBAIAとKyutenの間では相乗効果が生まれているようだ。捺染された絵柄からデザインを構想するのではなく、デザインに合う捺染を追求する、というCHIBAIAの発想の転換は、和服の絵付けと共通する。さらにKyutenによれば、反物から裁断するだけで巻き付ける、というカプラナの伝統的な使い方は和服と共通するという。肌の上を滑る正絹の京織物にCHIBAIAデザインの絵柄、和裁の技術で仕上げた極上の一着……。この二人はそんな野望を持っているのかもしれない。既視感のある、しかし常に新しい「温故知新」5

マプトは、アフリカ的要素とラテン的要素とインド洋のエキゾチックさが溶け合ったコスモポリタンな場所だ。マプトの魅力に惹きつけられ、各業界の型破りな猛者たちのパッションが交差し、相乗効果を発揮し、新しいものを生み出していく。MFWに見るファッション・シーンもその好例だ。

【謝辞】MFW 2022直後の熱の冷めやらぬなか、快くインタビューに応じていただき、写真や資料を提供いただいたKyuten(2022年12月20日於東京)、DJ Oni(2022年12月22日於東京)、DDB Mozambique代表Vasco Rocha氏(2023年2月18日於マプト)、CHIBAIA(2023年2月23日於マプト)、Kyuten、DJ Oniをご紹介いただいた幕張PLAY株式会社Anna Satow氏に記して感謝いたします。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 写真1 筆者撮影
  • 写真2、3、4 DDB Mozambique提供
  • 写真5  Kyuten提供
著者プロフィール

網中昭世(あみなかあきよ) アジア経済研究所地域研究センターアフリカ研究グループ研究員。博士(国際関係論)。専門は地域研究、歴史学、モザンビーク政治経済。おもな著作に、『植民地支配と開発──モザンビークと南アフリカ金鉱業』山川出版社(2014年)、 “Politics of Land Resource Management in Mozambique.” In Takeuchi S. ed. 2022. African Land Reform Under Economic Liberalisation. Singapore: Springer, 111-135.など。


  1. デザイナー名はブランド名でもあるため、敬称略とさせていただく。
  2. DDB Mozambique 2015. 10 Anos: Mozambique Fashion Week, p.34.
  3. Re-kyuおよびKyuten氏については以下を参照。「一聞百見 僧侶、魚屋…今は英俳優や高級ブランドと和服・日本文化を発信、ファッションデザイナー Kyuten Kawashima さん」『産経新聞』2019年12月6日; Tee, Gilmore 2019. “5 standout menswear collections we saw at Mozambique AW2020 Fashion Week.” GQ South Africa, December 12, 2019.(2023/03/20アクセス)
  4. DJ Oniについては、A2P records参照。
  5. 歴史を振り返れば、東アフリカではモザンビークの北隣のタンザニア、西アフリカではナイジェリアに関西の繊維産業が進出した経験がある。Suzuki, Hideaki 2018. “Kanga made in Japan: The Flow from the Eastern to the Western End of the Indian Ocean World.” Pedro Machado et al. eds., Textile Trades, Consumer Cultures, and the Material Worlds of the Indian Ocean: An Ocean of Cloth, Cham: Palgrave Macmillan. こうした歴史については、2023年初頭に京都工芸繊維大学で企画展「アフリカ×日本:アレワ紡の時代―ナイジェリアと日本の繊維生産 1963-2005―」も開催されている。