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コラム

ワールド・イン・ファッション

第3回 バングラデシュの女性たちが繰り広げるファッションビジネス

Bangladeshi Women in the Fashion Business

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053620

2023年3月
(5,059字)

「世界のアパレル工場」で働く女性たちのファッション

近年「バングラデシュ製」のタグのついた衣料品が日本でも多く出回っている。その多くはいわゆるファスト・ファッションと呼ばれる大量生産型のサプライチェーンを展開するグローバルブランドの商品で、大量に同じ製品が並ぶレーンから1枚を手にする時、消費者の多くはそれがバングラデシュ製であることにも気づかないまま購入する。安価が魅力のファスト・ファッションの楽しみ方は、高級ブランドに見られるような、デザインとブランド名を誇るというよりも、機能性や他の服とのコーディネートにかかっている。安さゆえに、破れてもまた買えばいい、飽きたら手放す、ということが容易になされる。値段だけでなく1枚1枚の消費者にとっての価値も低い。

この「バングラデシュ製」を作っている労働者たちはどうか。多国籍企業から「豊富で安価な労働力」と期待される労働者の多くは、バングラデシュ社会でも貧困層の女性たちである。コロナ禍以降最近では労働者の男女比が均衡しているというが、特に縫製を担当する労働者の約7割が女性と言われてきた。彼女たちの手先の器用さや、過酷な労働環境にも文句を言わず家族を支えるために働く従順さがその理由である。決して歓迎された労働条件ではなく、社会的イメージも悪い仕事ではあるが、アパレル産業の台頭以前には家事労働以外ほとんど就労の機会がなかった女性たちにとって、経済活動の機会を得て社会や家庭での発言権を得たことの意義は大きい。

最近、このアパレル産業に従事する女性たちを描いた映画『メイド・イン・バングラデシュ』(2019年、ルバイヤット・ホセイン監督)が日本でも話題になっている。この映画は、縫製工場で働く女性たちが残業代の支払いや労働環境の改善を求めるために労働組合の立ち上げに奮闘する話である。映画の1つの見どころは、彼女たちが流れ作業で山積みにする無味大量の製品と、彼女たち自身が身に纏っている色鮮やかな民族衣装(サルワル・カミーズ)や人権団体の女性が着ているおしゃれなサリーとのコントラストだ。実際に、バングラデシュの女性たちは、世界第2位のアパレル輸出国に位置づけられるほど大量の既製服を日々作りながら、自分たちはその既製服を着ていないどころか、興味もない。

このコントラストが、グローバル経済とローカル社会の乖離の一面を表している。では、女性たちが日々着ているサルワル・カミーズは、誰が作り、どのようなローカル経済をなしているのか。

女性たちの普段着はテーラーメイド

彼女たちの日常着であるサルワル・カミーズは、ワンピースの下にズボンを履き、オールナと呼ばれる長いスカーフを肩から胸が隠れるようにかけるスタイルで、現地では「スリーピース」とも呼ばれる。通常、布屋でまず上着(カミーズ)の布地を選び、それに合う色のズボン(サルワル)の布地とオールナを選ぶ。それらを仕立屋に持ち込み、自分のサイズに縫ってもらうこともできるが、自らミシンで縫う女性も少なくない。私は日本でも裁縫が趣味で自分の服は自分で縫うことから、布地を選んで仕立屋に持ち込み、襟首などのデザインを指定して縫ってもらうこともあるし、自分で縫うこともある。とても楽しい作業である。出来上がった服は自分の体にぴったりのサイズで、唯一無二のものとなる。

最近では、このサルワル・カミーズに刺繍やアップリケ、スパンコールやミラーワークなどの装飾を施すのが流行っている。装飾は手作業で、デザインパターンはあるものの、使われている布や糸の色、刺繍目の粗細などが異なり、同じものは1つとしてない。装飾は仕立て前の布地の段階でカミーズとオールナに施されることが多く、前身頃や襟部分など部位の形を想定してなされる。装飾された布は、そのままスリーピース布地として売られることもあれば、縫製されサイズが明記された既製品として売られることもある。自分で着る服に装飾する場合も、先に刺繍などを施してから仕立てる。

この刺繍の文化は、古くからバングラデシュに存在する「ノクシカタ」に由来する。

バングラデシュの伝統的な刺繡文化「ノクシカタ」の商品化

バングラデシュでは古くから、着古した綿のサリーや男性の腰巻き(ルンギー)を4、5枚重ねて刺し子を施し、掛け布団やベットカバー、赤ん坊のお包みなどに再利用する文化が根付いている。その布は「カタ」と呼ばれ、そこに女性たちが様々なモチーフの模様(「ノクシ」)を施した「ノクシカタ」が生活必需品となっている。綿で出来ているカタは冬暖かく、湿度の高い気候でも乾きやすい。着古されたサリーやルンギーは柔らかくなっているので、カタ自体も柔らかくて気持ちがいい。

刺繍のモチーフには、女性たちにとって身近な日用品、花、木、鳥、魚、象、牛などの動植物、人やモスクなどが描かれる。冬の農閑期に、庭で日向ぼっこをしつつ女性たちがおしゃべりしながら刺し子を刺し、刺繍をする。幼い女子たちもその近くで遊びながら針仕事を学ぶ。綺麗なノクシカタは娘の嫁入り道具となる。

開発の取り組みのなかで、バングラデシュの各NGOはこの女性たちの技術を経済活動に繋げるべく「ノクシカタの商品化」に乗り出した。古着ではなく新しい布が用いられ、デザイン化された刺繍が施される。ベッドカバーやお包みだけでなく、クッションカバーやペンケースや巾着など様々な小物を作るため、NGOは布と糸とデザインをセットにして、農村の女性たちに発注する。彼女たちはNGOの作業場に来て刺繍をするか、家に持ち帰って内職をする。女性たちが刺繍を施した布をNGOが商品に仕上げ、品質管理をして販売する。

当初、多くのノクシカタ商品は「フェアトレード商品」として、海外からの開発援助団体や支援者に売られた。首都ダッカには大手NGO のBRACが経営するAarong(アーロン)というデパートをはじめ、いくつかの有名な手工芸品店があり、ノクシカタ商品も外国人向け価格で売られていた。ノクシカタの商品化は女性たちに自らの持つ技術を用いた経済活動(収入)の機会をもたらし、またNGOとの関わりのなかで女性の権利や子どもの教育・保健などについての知識啓発も促した。

こうして2000年代初め頃までノクシカタ商品は外国人をターゲットにする傾向が見られたが、それ以降は国内富裕層がターゲットに加わり、それに伴って商品の種類にも変化が現れた。現地の女性たちが着るサリーやサルワル・カミーズへの刺繍が徐々に増え、また刺繍だけでなくスパンコールやミラーワークなど、現地の女性たちが好む装飾へと変わっていった。上記のAarongの商品はバングラデシュの富裕層のトレンドを形成するようにさえなっている。これを受けて、都市部の限られた富裕層だけでなく、新中間層の間でも装飾を施した衣装が広がり、ローカルファションビジネスが拡大しつつある。このビジネスを司っている中心が女性たちであるという点が興味深い。

女性たちによる、女性たちのためのローカルファッションビジネス

私の20数年来の調査地は、バングラデシュ中央北部に位置するジャマルプール県の農村部にある。ジャマルプール県は国内有数のノクシカタ生産地の1つで、多くの女性たちが刺繍の技術を持っている。ホームスティ先のお母さんは刺繍がとても上手で、家には綺麗な刺繍を施した、古着を重ねたという意味で「本物の」ノクシカタがたくさんある。3人の娘たちと同様に私もお母さんのノクシカタをもらったこともある。娘たちも刺繍は好きで、刺繍を施してミシンで自分のサルワル・カミーズを縫うことも多い。

10年くらい前から、隣村では多くの女性たちが農閑期や家事の合間にサルワル・カミーズやサリーに刺繍を施す内職をしている。私が尋ねた限りでは1、最年少で小学5年生の女子も、勉強の合間に小遣い稼ぎに刺繍をしていた。1着刺繍すると250タカ(約315円)もらえる。高校生の女子たちは1カ月に2、3着の刺繍をするという。

写真1 刺繡を施す内職をする高校生の女子たち

写真1 刺繡を施す内職をする高校生の女子たち

村には仲介人の女性が数人おり、県の市街地で受注してきて村の女性たちに仕事を配分する。女性たちには、デザインが転写された布と糸のセットが渡される。仲介人の女性に尋ねたところ、彼女は月に2回町に行って、1回につき50着から100着ほどの仕事を持ってきて女性たちに1〜4着ずつ配分する。彼女の元では70人ほどの女性が働いていて、多くは既婚者だという。

市街地ではどのようなビジネスが展開されているのだろうか。仲介人の女性に紹介してもらって町の発注元を訪ねた。教えられた住所と店の名前を探して歩くがなかなか見つからない。近所の人に尋ね、教えられた建物は、入り込んだ場所にある普通の家だった。中に入れてもらうと、決して広くない家の中にガラス張りのショーケースがあり、綺麗な刺繍の施されたサリーやスリーピースの布が詰め込まれている。販売はオンラインが中心だという。商品の写真をFacebookにアップし、注文を受けるとクーリエサービスを使って発送する。

写真2 SNSを通じて販売される刺繡商品

写真2 SNSを通じて販売される刺繡商品

このオンラインショップを経営する女性は、夫が中東に単身出稼ぎに出ていて、2人の娘と暮らしている。どのように商品を生産しているのか尋ねたところ、デザインがプリントされた布地を仕入れ、100人を超える仲介人を介して毎月村の女性たちに刺繍をオーダーする。仲介人から納められた製品は洗濯屋に出し、アイロン掛けも外注する。その後、製品を写真に撮ってオンラインにアップし、注文が入れば発送する。スリーピースの布地やサリーの販売価格は1着2000〜2500タカ(約2520〜3150円)で、材料費や仲介人、洗濯屋や郵送の経費を差し引くと6割ほどが彼女の儲けとなる。彼女のオンラインショップにはバングラデシュ全土から注文が入るが、多くは首都ダッカや第2の都市チッタゴンなど都市部の女性たちで、ショールームからまとまったオーダーが入ることもある。時には海外からの注文を受けることもあり、その場合はダッカの貿易会社から発送してもらうという。

こうしたファッションビジネスを展開する女性はジャマルプールでは珍しくない。オンライン販売以外にも、市街地には刺繍や装飾を施したサルワル・カミーズやサリーを販売するショールームが多数あり、そのほとんどを女性たちが経営している。コロナ禍でオンラインでの注文が増えたというものの対面販売も多く、全国から卸売業者が買付にやってきて数十着単位で買っていく。主として卸業者は都市部で販売するが、その販売店も立派な店舗ばかりではない。

ダッカで装飾を施したサルワル・カミーズを着ている若い女性たちに、どこで服を買うかと尋ねたところ、若い女性たちの間ではオンラインでの購入が急激に増えたという。また街中では、既婚者の女性たちが自宅の玄関先に2畳ほどの狭い店舗を構えて商品を売っていたりもする。私のダッカでの滞在先の近くにある私立小学校のそばにも自宅の一角をショールームにした店があり、子どもを送り迎えする母親たちが子どもを待つ間に立ち寄り、おしゃべりしている光景をよく見かける。

一方、装飾の内職をしているのは農村の女性たちばかりでなく、ダッカの中間層で専業主婦の女性たちの間でも、スパンコールやストーンをサリーに貼り付ける内職が流行っている。彼女たちは暇つぶしや小遣い稼ぎにそうした内職をしたり、時には自分のサリーや子どもの服に同様の装飾を施したりもして楽しんでいる。

このように、バングラデシュの女性たちが繰り広げるローカルファッションビジネスは、他方で彼女たちが縫製工場で生産している輸出向けグローバルファッションの製品とは異なり、彼女たち自身のファッションに影響を与える。富裕層から新中間層へ、都市から農村へ、というトレンドの流れがあると同時に、生産を担っているのが主に農村の女性たちであるため、彼女たちは内職を通して出会うファッションを自らの生活に取り入れたりもする。それができるのは、その技術自体が、女性たちが受け継いできた文化だからだ。また、刺繍作業からオンライン販売まで各工程に従事する女性たちに顕著にみられたのは、海外出稼ぎによる夫の不在という状況である。女性たちは家庭を守りながら、空いた時間で夫に気兼ねなくビジネスを展開する。バングラデシュの女性たちの鮮やかなファッションには、この女性たちのしたたかさが表れている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • すべて筆者撮影
著者プロフィール

南出和余(みなみでかずよ) 神戸女学院大学文学部英文学科グローバル・スタディーズコース准教授。博士(文学)。専門は文化人類学、映像人類学、バングラデシュ研究。主な著書に、『「子ども域」の人類学──バングラデシュ農村社会の子どもたち』(2014年、昭和堂)、『「学校化」に向かう南アジア──教育と社会変容』(押川文子との共編著、2016年、昭和堂)、Millennial Generation in Bangladesh: Their Life Strategies, Movement, and Identity Politics(編著, 2022, The University Press Limited)など。


  1. 2022年8月現地調査時