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第2回 ファラ・フォーセット七変化――タイ女性幹部の巨大なヘアスタイルに見る文化触変

Lost and Found in Acculturation: How did Thais interpret the voluminous curls of Farrah Fawcett?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053530

2022年12月
(2,970字)

活躍する女性幹部と巨大なゴージャス・ヘア

タイの省庁や企業に調査に行くと、かなりの頻度で女性の高官や管理職、役員に出迎えられる。筆者が初めてタイを訪問した2000年代初頭、訪問先で自分の母と同じ世代の女性が高官として現れた。新鮮な思いで対面したのを今でもよく覚えている。

フェミニンなセットアップ、マニッシュなパンツルック、あるいはまったく無頓着なカジュアル(?)スタイルなど、オフィスで見かける女性幹部たちのファッションが個性豊かであるのも、自由な雰囲気を感じさせて好ましく思えた。なかには雑誌から抜け出たようなゴージャスなファッショニスタもいて驚いたが、とりわけ筆者の目を引いたのが長い髪を大きく膨らませた巨大なヘアスタイルだった。

タイの美容家による巨大な「ゴージャス・ヘア」の作り方。
(ไดร์ฟาร่า หน้ากระบังลม ง่ายๆ คุณก็ทำได้ โดย เจ๊หลินเฮงรวย 5555)

華のある髪型だが表面積が大きく、向き合って座るとその威容に圧倒されそうになる。タイの会議室は、エアコンの風が肌に当たるほど強く設定されていたり、巨大な扇風機で烈風を直射されたりと、ヘアスタイルにはなかなか過酷な環境である。暴風のおもてなしに翻弄される筆者の頭を尻目に、女性幹部の大きな髪型は微動だにしない。さすがは幹部、髪一筋の乱れも許さないというわけか。さらに組織の外でも裕福そうな女性があのゴージャス・ヘアでショッピングモールやホテルのラウンジで談笑する様子を見かけることがあった。あの髪型を好むのは、中高年の女性たちに多いこともわかってきた。

起源はファラ・フォーセット

それにしても、あの巨大なゴージャス・ヘアはどうやって編み出されたのだろう。疑問はある日、1冊の本をきっかけに氷解した。タイ在住の旅作家Cornwel-Smithと写真家のGossによる『Very Thai』は、タイの日常を彩る大衆文化を扱った楽しい本だが、そのなかであの髪型についても短く言及している。同書によれば、あの大きく膨らんだ髪型はタイ語で「ソンポム・ファーラー」(ファラの髪型)といい、アメリカの女優ファラ・フォーセットの髪型を真似て始まったものだという1

【左】写真 1977年当時のファラ・フォーセット。【右】イラスト 1980年代の日本で流行した「聖子ちゃんカット」。

【左】写真 1977年当時のファラ・フォーセット。
元祖「ファラ・スタイル」は、大きく巻いたカールをドライヤーでブローし、羽根のように軽やかにセットするのが特徴だった。
【右】イラスト 1980年代の日本で流行した「聖子ちゃんカット」。
「ファラ・スタイル」の躍動感を抑え、清楚で可愛らしく整えたヘアスタイルは、若い女性を中心にブームを巻き起こした。

ファラ・フォーセットは1970年代後半に放映されたアメリカのテレビドラマ「チャーリーズ・エンジェル」の女探偵役で一世を風靡し、彼女のトレードマークだったブロンドのゴージャスな巻き髪は「ファラ・スタイル」「ファラ・カット」として世界中でブームを巻き起こした。日本では1980年代に、歌手の松田聖子が「ファラ・スタイル」をアレンジした「聖子ちゃんカット」で登場した。清楚な華やかさを感じさせる髪型は、松田聖子の愛らしい姿と相まって若い女性の間で大流行した。そんな「ファラ・スタイル」の波がタイにも届き、あの巨大なゴージャス・ヘアに進化を遂げていたのだ。

風に躍るワイルドでセクシーな元祖「ファラ・スタイル」は、フェミニズム運動の影響を受け、自立した強い女性像を求めつつあった当時のアメリカ社会の気運を掴んで広まった2。タイの巨大なゴージャス・ヘアは、扇風機の風でも微動だにしなかったその姿からは想像もつかないところに起源があった。

現地に適応する「ファラ・スタイル」

躍動感あふれる「ファラ・スタイル」が、タイで威風堂々のゴージャス・ヘアへと大変貌を遂げた理由については、以下のような事情が考えられる。

まずは髪質の問題。直毛が多いアジア女性の髪では、ファラのように軽やかに大きく巻いたカールスタイルは再現しにくかったようだ。直毛でもボリュームを出そうとした結果、タイの「ファラ・スタイル」はパーマで強く髪を巻く方向に進化した。1980年代の美人コンテストの様子を見ると、参加者はファラというにはやや重たくしっかりとした巻き髪をしているのがわかる。

1988年の「ミス・タイランド」コンテストの様子。候補者の髪型はボリュームある「ファラ・スタイル」になっている。
(การประกวดนางสาวไทยปี 2531ย้อนดูความงามและความเก่งในการตอบคำถามในผู้เข้าประกวดนางสาวไทยปี 2531)

こうした工夫が広まった結果、タイでは現在「ファラ・スタイル」というと長い髪をパーマで巻いたスタイルを広く指すようになった3

次に技術的な問題。強く巻いたパーマヘアをファラのようにゆるやかに流すには、ブローで広げ、さらに整髪スプレーをかけて形を固定する必要がある。タイのような高温多湿の気候で髪型を長時間維持するためには、スプレーを大量に使用し髪をできるだけ固定しなければならない。こうして「目黒のさんま」式に当地の事情を加味していった結果、オリジナリティあふれるタイの「ファラ・スタイル」が成立したものと思われる。

経済発展の入り口にあった1980年代のタイで、定期的にパーマをかけ、毎朝ドライヤーとスプレーでお手入れできた女性は多くはなかったことだろう。当時の「ミス・タイランド」コンテストの参加者たちがこぞってタイ式「ファラ・スタイル」で審査に臨んだのは、流行りだったことに加え、手間もお金もかかる贅沢な髪型であり選ばれた女性だけが手に入れられるステイタスシンボルだったからだろう。若い日に流行のタイ式「ファラ・スタイル」で街を闊歩した女性たちがやがて成長し、オフィスで、家庭で采配を振るうようになったのが、あのゴージャスな女性幹部たちということのようだった。

「ファラ・スタイル」と文化触変

美しいものにあこがれる気持ちに古今東西かわりはない。しかし、何を美しいと感じるかは、習慣や宗教、社会情勢、過去の経緯を踏まえて時代ごと、土地ごとに大きく異なる。自立した強さや健康的なセクシーさで世界を魅了したファラのヘアスタイルは、タイで日本で、それぞれの土地の事情や価値観を反映し、異なる姿に変容して人々の生活に彩を添えた。それは美にあこがれる人々の創意工夫の帰結といえるだろう。

国際関係論を文化間接触という視点から考察した平野健一郎は、「文化触変」という概念を「受け手の文化およびその担い手の人々が主体性を発揮して、外来文化要素と在来文化要素とから新しい文化要素を作り出す創造の過程であり、人々の生活活性化をもたらす創造的活動」と説明する4。筆者が出会ったタイ式「ファラ・スタイル」の女性たちが生き生きと、そして堂々と仕事に臨んでいた姿は、そうした文化触変が人々にもたらす豊かさの意味を感じさせるものであったように思う。

進化し続ける「ファラ・スタイル」

筆者が初めてタイを訪れた頃から20年近くがたち、タイ女性のヘアスタイルもだいぶ様変わりした。あのゴージャスで巨大な「ファラ・スタイル」を見ることは減り、ローカルな美人コンテストや結婚式などの場でたまに見かけるくらいになったと聞く。最近では、パーティや舞台用にデフォルメした超巨大「ファラ・スタイル」のかつらもあるようで、面白がってSNSに着用した写真を載せる者もいる(興味のある方はGoogleなどで「ทรงผมฟาร่าห์ วิก」[ファラの髪型 ウィッグ]と入力し検索されたい)。

その一方、若者の間では自然な美しいカールスタイルもまた新たな「ファラ・スタイル」として定着しつつあるようだ。SNSで「ファラ・スタイル」と書き添えられた自撮り写真を見ると、その姿にかつての巨大な「ファラ・スタイル」のような威容はない。ステイタスを誇示しなくてもよくなったということかしらと思ったが、ヘアスタイリング技術の向上に伴い、かつてのファラのように自然な巻き髪を誰でも楽しめるようになったようだ。「ファラ・スタイル」はより手軽になってタイに定着し、多様な解釈を加えられながら今も進化し続けている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 写真 ABC Television, Photo of Farrah Fawcett from the television program Charlie’s Angels. (Public domain)
  • イラスト HouseGecko, Illustration of the Seiko-chan cut hairstyle, popular in bubble-era Japan. (Own work) (CC BY-SA 4.0)
著者プロフィール

青木(岡部)まき(あおき・おかべ・まき) アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループグループ長代理。専門は国際関係、タイ外交とメコン地域協力。主な著作に、青木まき編著『タイ2019年総選挙――軍事政権の統括と新政権の展望――』(アジア経済研究所、2020年3月)、青木(岡部)まき「メコン広域開発協力をめぐる国際関係の重層的展開」(『アジア経済』第56巻2号、2015年6月)。


  1. Philip Cornwel-Smith and John Goss 2005. Very Thai: Everyday Popular Culture, Bangkok: River Books, 85.
  2. Erika Stalder 2011. The Look Book: 50 Iconic Beauties and How to Achieve Their Signature Styles, San Francisco: Zest Books.
  3. 現在、Googleなどの検索エンジンやSNSで「ทรงผทฟาร่า」(ファラの髪型)と入力して検索すると、ファラ・フォーセットの写真から現代風巻き髪スタイルの女性の写真まで、実に様々な「ファラ・スタイル」の画像がヒットする。
  4. 平野健一郎 2000『国際文化論』東京大学出版会。