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第6回 ベトナム女性の普段着「ドーボ」にみる不易流行

Vietnamese Women’s Daily Wear “Do Bo”: Adaptability and Immutability

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000108

2023年12月
(4,667字)

パジャマなのか?

ベトナムの街中では、一見パジャマのような服を着た女性をよく見かける。とくに地方ではパジャマ女性に遭遇する確率がかなり高い。写真1はメコンデルタの地方都市カントー市のとある市場での一風景を切り取ったものだが、写っている女性のすべてがパジャマ風の上下セット服を身にまとっている。

写真1 夕方の市場で買い物する女性たち(2023年8月カントー市)

写真1 夕方の市場で買い物する女性たち(2023年8月カントー市)

この服はベトナムで一般に「ドーボ(đồ bộ)」と呼ばれている。ドーボの起源は定かではないが、一説には、かつて植民地期にフランス人が着ていたパジャマが始まりだと言われる。ただし、ベトナム語のドーボは「上下セット(今風にいえばセットアップ)」を意味する一般的な言葉で、就寝用の上下セット服のみを指す用語ではない。実際、外国人からみるとパジャマにしか見えないこの服を、ベトナム人女性(とりわけ中年層以上)は「パジャマ(áo ngủ)」や「部屋着(áo mặc nhà)」としてはもちろん、「普段着(áo bình thường)」として外出時にも愛用している。ドーボの多くは薄手で伸縮性のある生地で作られており、その動きやすさから、とくに作業着として重宝されている。たとえば路上や市場で物を売る女性は必ずといっていいほどドーボを着用している。熱帯・亜熱帯の高温多湿な気候やバイクに乗ることが多い生活様式からみても、ベトナム女性が普段着としてドーボを着用することは理にかなっているといえるだろう。もとを辿ればパジャマだったドーボは、ベトナムの風土や生活様式に合わせて、寝床から仕事場まで様々なシーンで使える汎用性の著しく高いセットアップへと変化し、土着化してきたと考えられる。

用途の多様化と並行して、デザインにおいてもドーボはおそらくその起源であろうフランス人のパジャマからは大きく変貌を遂げたと推察される。ベトナム人女性の好みも反映されてか、ドーボには色・柄ともにかなり鮮やかなものが多い。服や布を売っている市場に行くと、そうした鮮やかデザインのドーボが所狭しと吊るされた店が何軒も並んでいるのを見つけることができる(写真2)。市場の店主によれば、ベトナム人女性の多くは洗い替えに10着はドーボを持っているという。10着ものドーボを買い集められる背景には、一着あたりの値段の安さがある。2023年8月時点のハノイ市やホーチミン市では、ドーボ一着がだいたい15万ドン前後(900円程度)で販売されていた。昨今ベトナムでも人気を集めているユニクロでTシャツが一枚25万ドン(約1500円)ほどで売られていることからみても、上下セットで15万ドンは高くないといえるだろう。既製品を買う以外に仕立てという選択肢もあるが、聞くところでは、仕立ての場合も値段は既製品とさほど変わらない。

写真2 市場のドーボ店(2023年8月ホーチミン市)

写真2 市場のドーボ店(2023年8月ホーチミン市)
ドーボの思い出

筆者は2010年代前半の2年間、アジア経済研究所の海外派遣員としてホーチミン市で暮らしていた。海外に長く滞在したことのある人はもしかしたら経験があるのではないかと想像するが、現地の人々の装いを毎日のように見ていると、最初はちょっと派手だとか変だとか思っていたような服が、だんだんと普通に見えるようになり、次第に現地の人が好みそうな服に手が伸びがちになっていく。ドーボについてもそうした過程を経て、筆者の生活のなかに入り込んできた。

とくにドーボに魅せられるきっかけとなったのは、当時、家事を手伝ってくれていたベトナム人女性ティンさんだった。当時40歳前後だったティンさんは普段、ポロシャツにジーンズといったスタイルで我が家に来ていたが、ある日「動きやすい服に着替えていい?」と持参のドーボに着替えて作業を始めた。それはその辺の市場でよく見かけるような、紫や黒などが入り混じった派手な模様の「ザ・ドーボ」だったのだが、スタイルのよいティンさんがピタリとした「ザ・ドーボ」を身にまとって軽快に作業する姿は、とてつもなくカッコよく見えた。思わず「その服、すごく素敵!どこで買ったの?」と尋ねると、ティンさんは「え?この普段着が欲しいの?」と驚きつつも、「じゃあ明日買ってきてあげるね」と笑って返してくれた。

さて、ティンさんと同じような鮮やかな色・柄の「ザ・ドーボ」に身を包んだ自分を想像しながらワクワクして迎えた翌日、ティンさんから手渡されたのは、なんと上下純白(しかもレース付き)のドーボだった。期待していたものとのあまりのギャップに言葉を失ったが、ティンさんは「すごく素敵でしょ!」と自分の見立てに自信満々だったため、「私が欲しかったのはこれじゃない」とはとても言えなかった。しばらく純白のドーボを部屋着として愛用しつつも、「ザ・ドーボ」への熱は冷めやらず、あちこちでドーボを物色し続けたのだった。

ドーボをめぐるSNS炎上騒動

筆者がドーボに注目し始めた10年前からみると、ベトナムは飛躍的な発展を遂げた。とくにハノイやホーチミンなどの大都市では、近代的なショッピングモールやカフェなどが大幅に増え、外国・地場のファストファッション系ブランドのショップやそれらに身を包む若者が溢れるようになった。そうしたなか、ドーボを着て外出することを時代遅れだとか田舎くさいと考える人が少なからず出てきたことも事実である。しかし、ドーボをめぐる社会変化は「ドーボ世代からアンチ・ドーボ世代へ」という単純な構図で捉えられるものでもなさそうだ。時代が変わりつつあるいまなお、ドーボへの強い愛着をもつ人も多いことが、2020年のSNS炎上騒ぎで改めて浮き彫りとなった。

2020年8月、あるテレビのトーク番組で、有名女優が「ドーボで外出するなんて私には理解できない」といった発言をし、司会者もそれに同調して大いに盛り上がった。このドーボを着用する女性を見下すような女優の発言および司会者の対応は、にわかにSNSに火をつけた。番組終了直後から、SNS上では女優や司会者に対して「あまりに一方的な意見だ」と批判が殺到し、彼女らのFacebookページには誹謗中傷を含む多くのコメントが書き込まれた。女優と司会者のFacebookページは一般公開を一時停止、テレビ局はトーク番組の録画映像をネット上から削除せざるを得ない事態となった。

この騒動の背後には、都市部に暮らす一握りの裕福な若者たちとその他の人々との間の意識の違いがあると推測される。あるネット記事は、この騒動に対し、「意見の対立は時代の変化と世代間ギャップによるものであり、どちらが上という問題ではない」と論じている。高度経済成長下で育った若い世代は服に高いファッション性を求めがちだが、貧しい時代を生きてきた世代が服に求めてきたのは、ファッション性よりむしろ機能性の高さや値段の安さだった。着心地がすこぶるよく値段も安いドーボは、一定年齢以上の女性にとっては生活の一部となっており、それを着て快適な日常生活を送ることは決して否定されるものではないと、記事では述べられている。

進化するドーボ

ホーチミン市に住む女性の視点で書かれた上記のネット記事は、実は大都市で働く若い女性たちの間にもドーボに対する積極的な評価があることを示唆してもいる。

SNSでの論争の焦点となったのはドーボという衣服そのものというより、ドーボを着て気取らず快適に日々を過ごすという、これまでのベトナムでは当たり前にみられた生活様式であったと考えられる。ベトナム語で「快適」を意味する「thoải mái(トアイマイ)」という言葉は、筆者がベトナムで最もよく耳にしてきた単語のひとつだ。ベトナムの人たちは日々の生活において、トアイマイであることをとても大切にしていると感じる。都市化が進むなかでフォーマルな装いを求められる場も増え、ドーボを着て快適に過ごすことが許容される範囲はかつてほど広くはなくなったかもしれない。しかし、忙しい時代を生きる若者のなかにも、一世代上の女性たちがドーボと共に過ごしてきたような、トアイマイな生活時間を維持したいと考えている層が一定数いることは、想像に難くない。いやむしろ、アンチ・ドーボ派よりもそうした層のほうが、実は多いのかもしれない。

ドーボ業界はそうした若者層の需要に早くから気づいていたのだろう。昨今のドーボは、昔ながらの良さを留めつつも時代の変化に応じて、以下のような方向に進化している。

ひとつは、おしゃれ部屋着への進化だ。ドーボをおしゃれ部屋着として専門的に取り扱う「部屋着ファッション(Thời trang mặc nhà)」店が登場しはじめたことは、10年ほど前から知っていた。そこで売られていたブランド・ドーボは、おそらく衣服を見る眼のベトナム化が進んでいない外国人から見てもかわいいと思えるデザインだったが、ノーブランドのドーボに比べるとやや値段が高かったため、当時はその発展可能性に対して半信半疑だった。しかし、結果としてブランド・ドーボは流行った。2023年現在、ベトナムにはEmma, Sunfly, Việt Thắng, Vincy, Winnyなど、多くの部屋着ブランドが林立している(写真3)。

写真3 部屋着専門店のひとつViệt Thắngの店内(2023年8月ハノイ市)

写真3 部屋着専門店のひとつViệt Thắngの店内(2023年8月ハノイ市)

もうひとつは、お出かけ用セットアップとしての進化だ。ドーボといえば写真1にあるようなパジャマにしか見えない服、というのが数年前までの筆者の認識だったが、ここ数年、あまりパジャマっぽくないセットアップがドーボと称して販売されるようになっている。ネット上で「ドーボ」と検索してみると、旧来型のパジャマにしか見えないドーボに加えて、日本でも外出着として着られそうな服がいくつも出てくるし、市場のなかにあるドーボの店でもこれらが隣り合って陳列されている(写真4)。

写真4 お出かけ用ドーボ(2023年11月ホーチミン市)

写真4 お出かけ用ドーボ(2023年11月ホーチミン市)

そもそも、これまでもパジャマ風ドーボをセットアップばりに着こなしてきたベトナム人女性にとって、パジャマ服とお出かけ用セットアップは同じ「ドーボ」であり、両者の間に明確な区別はないのかもしれない。地方に行けば、旧来型のパジャマ風ドーボにジャケットを合わせて颯爽とバイクで通勤する女性の姿も珍しくない。そう考えると、お出かけ用セットアップ風のドーボの登場は、ドーボが時代に応じて進化したというより、時代がドーボに追いついたとみるほうがよいのかもしれない。変化の方向性を見極めるのは難しいが、いずれにしても、デザイン性の高いドーボの登場により、ドーボで外出できる範囲の縮小はかなりの程度食い止められたのではないかと考える。

かつてパジャマから高い汎用性をもつ普段着へと変化し、ベトナムに土着化したドーボは、今また時代の変化に合わせて、おしゃれ部屋着やお出かけ用セットアップへと進化・多様化を続けている。ドーボは今後も柔軟に形を変えつつ、ベトナム人が大切にしてきたトアイマイな時間を演出する衣服として存在しつづけるのだろう。

ところで、この記事を書くにあたり、コロナ禍を経て約4年ぶりの対面を果たしたティンさんに、行きつけのドーボ店に連れて行ってもらった(前出写真2)。ティンさんは「私はもうドーボは着ないわよ。家では若い子みたいにTシャツと短パンで過ごしてるんだから」とケラケラ笑いながら店内を見まわし、「あらこれ、エミにいいんじゃない?」と、ひとつのドーボを手にとった。それは、上下純白のお出かけ用ドーボ(写真5)だった。変化しているようで本質は変わらない。10年前の純白ドーボの衝撃を思い出して嬉しくなり、日本では着る機会があまりないとは分かっていつつも、それを購入して帰ったのだった。

写真5 純白のお出かけ用ドーボ

写真5 純白のお出かけ用ドーボ

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 写真1、2、3、5 筆者撮影
  • 写真4 川口涼子氏撮影
著者プロフィール

荒神衣美(こうじんえみ) アジア経済研究所 新領域研究センター研究員。専門はベトナム地域研究。農村経済や社会階層について研究してきた。おもな著作に、『多層化するベトナム社会』(編著、アジア経済研究所、2018年)、“Diversifying Factors of Income Inequality in the Rural Mekong Delta: Evidence of Commune-Level Heterogeneity,” The Developing Economies, 58(4), 360-391, 2020など。