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コラム

国際移動:アフターコロナをみすえて

第4回 中国――ゼロコロナ政策と労働者の国際移動

Zero Covid Policy and Labor Migration Schemes in China

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053546

2022年11月
(3,857字)

2019年末、世界に先駆けて新型コロナウイルス感染症の発症例が確認された中国だが、2022年の感染状況は4月に新規感染者数2万人超でピークに達し、9月29日現在156人1と、諸外国に比べ低いレベルに抑えられている。なお、中国はゼロコロナ政策と呼ばれる非常に厳しい感染抑制策を実施している点で特徴的であり、今年4~5月の上海のロックダウン(都市封鎖)時には生産現場と労働者も大きな制限を受けたことは日本でも大きく報道された。

中国は2004年頃から「民工荒」と呼ばれる労働力不足が沿海都市部で発生し、2010年以降は賃金上昇と労働力不足が内陸部も含め全国的に深刻化している。そのため、中国に立地する企業はコロナ禍以前から求人難と労賃の上昇に苦慮していた。他方、中国政府の立場としては、国内労働者の就労機会の確保と生活水準の引き上げが従来からの一貫した重要課題であった。そのため、外国から労働力を誘致する大規模な動きは未だみられていない。

そうしたなか、国内の人の動きを厳しく制限するゼロコロナ政策の実施は、中国における企業活動と労働者の国際移動にどのような影響を与えたのか。本稿では、中国の労働者の国際移動における古くて新しい枠組みとして注目される「労務協力」による労働力の送り出しと受け入れの最近の動向を紹介し、現地の報道や最新の統計データからコロナ後を見据えた中国をめぐる労働者の国際移動の先行きを見通したい。

移民送り出し大国、受け入れ小国

中国は移民の送り出し大国である。2020年の国外への移民規模(ストック)は1046万人余りであり(図)、インド、メキシコに次ぐ世界第3位の移民送り出し国である。移動先はアメリカ(約290万人)が最多で、以下、日本(約78万人)、カナダ(約69万人)、オーストラリア(約64万人)、韓国(約62万人)と続く。先進国への移動は留学生とその帯同家族が中心である。

それに対して、外国から中国への移民規模は直近で最多の2020年でも約104万人に過ぎない。その内訳は、韓国が最も多く(約20万人)、ブラジル(約8万人)、フィリピン(約8万人)、インドネシア(約4万人)、ベトナム(約3万人)と続く。なお、中国に1年以上滞在する外国人の移動目的は、留学が最多の25.9%、就業(22.7%)、ビジネス(18.3%)、定住(10.8%)、家族親戚訪問(9.5%)、その他(12.8%)である2

以下、本稿では中国から海外への移民送り出しおよび受け入れのうち、就労目的の移民の動きを中心にみていきたい。

図 中国の出入国移民数の推移(ストック)

図 中国の出入国移民数の推移(ストック)

(注)ここで中国のデータには、出入国とも香港・マカオおよび台湾を含まない。
(出所)UNDESA(2020)を元に筆者作成。
2つの労務派遣プロジェクト

中国は1980年代より「労務協力」の名の下に国内の労働力の海外への送り出しを行っている。当初の目的は国内の貧困対策であり、工業化初期には国内では十分に確保できない就労機会を海外に求めた。なお、「労務協力」とは中国において労働力斡旋を指す政府用語である。計画経済的な発想では、労働力の配置は政府のコントロール下にあり、「労務協力」は中国において伝統的に政府の許認可や権限付与が不可欠な分野である。

中国から海外への労務派遣には、2つの形態がある。1つは中国から香港・マカオ、日本の技能実習生などへのいわば出稼ぎチャネルである。これは「労務協力プロジェクト」と呼ばれ、ホスト国の労働需要や労働者誘致プログラムに呼応する形で中国から労働者を送り出す形態である。もう1つは「対外請負プロジェクト」と呼ばれ、工場や建物の建設、鉄道や港湾を含む各種インフラ建設など、外国の大規模なプロジェクトを請け負い、中国国内から労働者も派遣して海外の現地へ赴き活動する中国企業の活動支援スキームである。近年では、中国企業の海外進出や中国政府の「一帯一路」構想の一環で活動する企業の海外ビジネスが、この「対外請負プロジェクト」に多く含まれる。いずれも、中国から海外へ労働者を送り出す国際労働力移動の一形態である。

最新の報告3によれば、2021年に中国が国外へ派遣した労務者数は32万2700人(前年同期比7.2%増)で、このうち約19万人(前年同期比16.9%増)が「労務協力プロジェクト」による送り出し者数であり、残る約13万人(前年同期比4.2%減)が「対外請負プロジェクト」による。公表されているデータからみれば、2つの労務派遣形態を合わせた労働者の新規送り出し規模は2013年以降2019年まで50万人前後で推移しており、毎年100万人前後が年末時点で海外に派遣中である4。2020年はコロナ禍で減速し、2021年にやや回復したとみられる。2つの派遣形態の比重は、2013年は「対外請負プロジェクト」が半数強でわずかに多かったが、2014年以降は「労務協力プロジェクト」が派遣者数を伸ばしている。

2021年の主な派遣先はアジア(73.2%)で、派遣先国/地域としては香港・マカオ、台湾、日本、パナマ、リべリア、マーシャル諸島、イスラエルなどで82.7%を占める。主な派遣先業種は建設業、交通運輸業、製造業が70.9%を占め、そのうち建設業が27万人余り(65.2%)で最多である。さらに、交通運輸業、ホテル飲食業、科学技術・教育・文化・衛生・スポーツなどの分野が割合を増やした。

なお、2021年末の時点で、「対外請負プロジェクト」企業による現地労働者の雇用数は74万人余りで、中国から派遣された労働者数の2.9倍であった。「対外請負プロジェクト」は中国にとっては伝統的には国内労働力の有効活用であったものが、近年は国内の労働力不足により、労働力の海外調達にシフトしつつあるとみられる。

近隣国からの労務調達

同じ「労務協力」という名称で注目されるもう1つの労働者の国際移動の動き5が、中国と国境を接するベトナム、ラオス、ミャンマーなど東南アジアの近隣国から中国への労働者受け入れである。広西、雲南など東南アジア諸国と国境を接する西南地域の各省では、2017年以降国境を跨いだ労務協力体制を確立し、隣国の労働力受け入れを進めてきた。その背景には、農村部から都市部への若者の労働力流出と農村人口の高齢化による人手不足がある。

広西チワン族自治区人力資源社会保障庁のデータによると、同自治区が国境を接するベトナムとの労務協力は2017年に始まって以来安定的に発展しており、2019年10月までに延べ約63万人のベトナム人の入国、滞在手続きを受理した。ベトナムの自宅に住んでおり、日々国境を越えて通勤する形態の労働者である。受け入れたベトナム人労働者は主に、海産物の下処理、ナッツ生産やサトウキビの収穫など農林水産分野の季節労働や労働集約的作業に従事する。

しかし近年ではベトナムの工業化と賃金上昇が著しく、中国における就業の魅力は低下しているという6。さらにコロナ禍の感染拡大防止コントロールにより、特に国境を跨ぐ通勤者の就労機会は制限されていることもあり、ベトナム農村部からの人びとの流出は停滞しているようである7。こうした国境を接する国からの労働力調達は規模の点では決して大きくはないものの、地域の労働力需要への補填としては貢献しているものと思われる。また、国内労働力の就業確保を課題とし、海外からの単純労働者を正式には受け入れていない中国においては目下唯一の特例的な外国人労働者誘致チャネルである。こうした、特定地域での特例的な政策は今後の中国の労働力誘致政策を考える上での材料になる点では重要である。

ウィズコロナ、アフターコロナの中国の移民動向

ゼロコロナ政策による厳しい感染抑制策の遂行が至上命題ともいわれる現政権下で、各地方政府はその任務を遂行している。その結果、人口が多く、医療体制も十分とはいえない中国において、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を有効に抑制してきたことは周知の事実であろう。他方で、厳しい感染抑制策が移動を含む人びとの自由や企業活動の正常な運行を大きく阻害してきた側面もまた事実である。中国では既にここ10数年来、賃金上昇と労働力不足が深刻化し、農村から都市への移動制限の緩和を中心に労働力の有効活用を目指していた。しかし、地域間のみならず同一都市内部でも居住区や自宅からの外出を制限されるゼロコロナ政策はすべての人の移動を止めてしまった。それにより、もともと厳しかった企業の労働力調達はますます深刻になっている。このようなコロナ禍の経済的ダメージは、今後の中国の労働力の国際移動にどのように影響するのだろうか。

1つのヒントとして、本稿で紹介した労務派遣プロジェクトによる2021年の新規派遣労働者数が前年より増加していることがある。世界は未だコロナ禍中にあるとはいえ、ウィズコロナの時代に動き出した世界と、ゼロコロナ政策下の中国の労働需要、就業・生活環境を考えれば労働者個人としては合理的な動きだといえよう。ただし、中国経済や社会全体にとっては、労働力の海外流出は必ずしもプラスに働かない。中国政府が今後、労働者の海外流出に何らかの制限を加える可能性も否定できない。同時に、コロナ禍によって減速を強いられた国内企業や産業の生産回復に向けた政府の姿勢にも注目したい。「労務協力」という形でここ数年スポット的に導入されてきた単純労働力の海外からの受け入れや、国内企業の海外進出サポートといった形での労働力調達が、今後ゼロコロナ政策と並行して拡大する可能性もあるだろう。

(付記)本記事はアジア経済研究所「人の移動に関する総合研究・発信プロジェクト」、JSPS科研費15K21642の成果の一部です。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

参考文献
  • UNDESA(2020)International Migrant Stock 2020, New York: United Nations Department of Economic and Social Affairs, Population Division.
  • 王輝耀、苗緑主編(2021)『中国国際移民報告(2020)』北京:社会科学文献出版社。
著者プロフィール

山口真美(やまぐちまみ) アジア経済研究所新領域研究センター ジェンダー・社会開発研究グループ研究員。専門は中国経済社会(地域研究)。共著に太田仁志編『新興国の新しい労働運動』アジア経済研究所(2021)など。


  1. 中華人民共和国国家衛生健康委員会ホームページ、2022年9月30日アクセス。
  2. 王輝耀、苗緑主編(2021)、96ページ。なお、2010年の人口センサスデータによる。
  3. 中国対外承包工程商会「2021年対外労務合作行業発展述評」、2022年9月29日アクセス。
  4. 「中国対外労務合作発展報告」2019-2020および2018-2019より。中国対外承包工程商会ホームページ、2022年9月29日アクセス。
  5. 中国語で「跨境労務合作」、つまり国境を跨いだ労務協力と呼ばれる。
  6. 王輝耀、苗緑主編(2021)、53ページ。
  7. 直撃中越辺境広西東興口岸:外貿加快復蘇厳防境外疫情輸入」中国新聞網、2020年3月23日、2022年9月29日アクセス。

今回と同じテーマの関連コラム『新型コロナと移民』(2020-2021年)もぜひお読みください。