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コラム

中国貴州・ミャオ族の村々から

第6回 村のごちそう

Village Cuisine

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052852

2021年11月
(2,820字)

本コラム最終回は、貴州で出会った郷土料理を紹介する。貴州料理は中華料理の八大菜系では四川料理系統に属するが、広く知られた四川料理や、近年中国の大都市でブームとなった雲南料理に比べると、国内ですらかなりマイナーな存在である。山がちなカルスト地形で農地が少なく、年間を通して雲に覆われた気候のため、希少な農産物を長期保存するために発酵技術が発達しており、また唐辛子や山林に自生するハーブ類を多く用いるなど、独特の食文化が発達している。

中国人のなかでも、辛い食べ物を好むことで知られる西南地域の人々の嗜好を表す言い回しに、「四川人は辛さを恐れない、湖南人は辛くても恐れない、貴州人は辛くないことを恐れる(四川人不怕辣、湖南人辣不怕、貴州人怕不辣)」というものがある。このように貴州料理は非常に辛いことで知られるが、四川料理のような唐辛子と山椒を使った舌が痺れる辛さ(「麻辣」)ではなく、発酵食品の酸味やハーブの香りが加わった複雑な辛さが特徴である(写真1)。本稿は、2017年8月および2018年8月~9月に貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州で実施した現地調査に基づく。

写真1 貴州料理といえば唐辛子。市場で見かけた、トラック一杯に積み込まれた真っ赤な唐辛子。
写真1 貴州料理といえば唐辛子。市場で見かけた、
トラック一杯に積み込まれた真っ赤な唐辛子。
小さな町の定期市

山間部にあるミャオ族の村へ行く途中、小さな町(郷鎮)の定期市に立ち寄った。この市は近隣の町を順に巡回し、各地で七日ごとに開かれるのだという。濃い青色の民族衣装を着た女性や子ども連れも多く、にぎわっていた。店先には野菜や肉などの生鮮食品、生きている魚、子豚、家禽、犬などの動物、作物の種子、乾燥させた葉タバコ、農機具や工具、服の布地や糸、銀飾、蘆笙(笛の一種)に飾るキジの羽なども売られていて、見ているだけで楽しい(写真2)。案内人の楊さんは、村では手に入りにくい大量の青菜を手土産に買い、車に積み込んだ。

写真2 在来種の黒い子豚を売る人。家で育て、正月に屠殺して自家製のベーコンなどを作る(左上)。真剣に布地を品定めする人たち(右上)。葉タバコと水牛をけん引する綱を売る人(左下)。蘆笙に飾るキジの羽(右下)。

写真2 在来種の黒い子豚を売る人。家で育て、正月に屠殺して自家製のベーコンなどを作る(左上)。真剣に布地を品定めする人たち(右上)。葉タバコと水牛をけん引する綱を売る人(左下)。蘆笙に飾るキジの羽(右下)。
村での食事

曲がりくねった山道を車でひた走り、ようやく昼頃に丹寨県基加村に到着すると、滞在先の家の主人からもてなしを受けた。丸いテーブルには所狭しと地元の料理が並んでいる。近くの川でとれた淡水魚や野菜、豆腐などを唐辛子や「酸湯」、ハーブで味付けしたもので、素朴ながらとても美味しい。「酸湯」は貴州独特の調味料でさまざまな種類があり、トマト、米のとぎ汁、唐辛子などを発酵させて作る1。まろやかな酸味があり、貴州料理の味を特徴づけるものである。稲作地帯なので主食は白米で、洗面器ほどの大きな器に入った白米を皆で分け合う2。客に自家製の米酒が盛大にふるまわれ、宴もたけなわとなる(写真3)。

写真3 赤いコップの中身は自家製の醸造酒、米酒。貴州で有名なマオタイ酒などの白酒(蒸留酒)と比べると、相対的に度数は低い。ミャオ族の女性はお酒を嗜む人が多い(上)。宴会のご馳走。真ん中の大皿は川魚を唐辛子や野菜と煮た料理、奥はトマトベースの紅酸湯スープ、周りには豆腐、ナスの炒め物などの小皿が並ぶ(下)。

写真3 赤いコップの中身は自家製の醸造酒、米酒。貴州で有名なマオタイ酒などの白酒(蒸留
酒)と比べると、相対的に度数は低い。ミャオ族の女性はお酒を嗜む人が多い(上)。宴会のご馳
走。真ん中の大皿は川魚を唐辛子や野菜と煮た料理、奥はトマトベースの紅酸湯スープ、周り
には豆腐、ナスの炒め物などの小皿が並ぶ(下)。

滞在中によく食べたのが、貴州ミャオ族の代表的な鍋料理「酸湯魚」である。トマトベースの紅酸湯の赤いスープに、川魚とトマト、ネギ、ニラ、モヤシ、青菜などの野菜が入っている。見た目ほど辛くなく、魚から出汁が出ていて美味しい。各自に調味料として焦がした唐辛子の粉、山椒、ネギ、香菜、ニンニク、揚げた大豆、ドクダミの根などが入った小皿が供されるので、鍋のスープを少し注いで混ぜてつけだれにする。山間部らしく、ハチなど昆虫も食卓に並ぶ(写真4)。

写真4 本連載第4回に登場する石橋村の酸湯魚。近くの池でとれた淡水魚が入っている(上)。巣から取り出したばかりの新鮮なハチの炒め物はクセもなく香ばしく、ご飯にも合う(下)。

写真4 本連載第4回に登場する石橋村の酸湯魚。近くの池でとれた淡水魚が入っている(上)。
巣から取り出したばかりの新鮮なハチの炒め物はクセもなく香ばしく、ご飯にも合う(下)。

一般的なミャオ族の家は木造の二階建てである。一階には台所や藍染などの作業場があり、二階で食事をする。滞在した家の台所には、下から薪をくべて使うかまどや七輪、年季の入った中華鍋などの道具、ホーローのたらいなど懐かしい台所の道具が並んでいる。台所のすぐ外には洗い場があり、そこで食材や食器を洗う。

夏場なので蒸し暑かったが、朝方は空気がひんやりして、山全体が靄に包まれる。朝食は、豚肉とトマトの入ったスープ麺と、甘みのあるカボチャのおかゆだった。麵のスープは自家製の豚肉のベーコンの出汁がきいていて、寝覚めにはぴったりの優しい味わいだ(写真5)。

写真5 滞在したミャオ族の家。朝夕は靄に包まれる(左上)。台所は天井が高く、かまど、七輪、年季の入った鉄鍋がみえる(右上)。朝食のスープ麺(左下)。七輪で食事の準備(右下)。

写真5 滞在したミャオ族の家。朝夕は靄に包まれる(左上)。台所は天井が高く、かまど、七輪、年季の入った鉄鍋がみえる(右上)。朝食のスープ麺(左下)。七輪で食事の準備(右下)。

ここで紹介したミャオ族の食文化は特定の地域のごく限られたものである。蘆笙節や姉妹節などの祭りでは餅つきが行われ特別な料理が作られるそうだし(張ほか 2002、李 2002)、発酵食品も地域ごとに多様で、淡水魚を発酵させた馴れずしのような食品もあると聞く(石毛 1987)。次の機会に、再び奥深いミャオ族の食文化の一端に触れられることを楽しみにしている。

おまけ――貴陽グルメ

ミャオ族の料理ではないが、余談として省都貴陽市の料理、絲娃娃(スーワーワ)と豆腐飯をご紹介したい。絲娃娃は人気の小吃(軽食、おやつの類)で、手のひら程度の大きさの小麦粉のクレープ状の皮でめいめいが好きな具を選んで包み、最後に酸味のあるタレをかけて食べるという料理である。1970年代の屋台料理が起源で、皮で具を包んだ様子が赤ん坊(「娃娃」)のおくるみに似ていることから名づけられたという3

具の種類は多く、注文するとほどなくして20種類ほどの細く切ったゆで野菜、山菜、揚げた大豆、押し豆腐、漬物などが入った色とりどりの小皿がテーブルに並べられた(写真6)。赤、白、ピンク、緑、黄色などカラフルで、視覚的にも楽しめる。具は基本的に植物性の素材のみで、肉類は入らない。具やタレは無くなれば追加してくれる。店の人に食べ方を教えてもらいながら、作ってみた。皮には弾力があり、具材を包んで袋状になったところにレンゲですくったタレをたっぷりと注ぎ、こぼさないように素早く頬張る。さまざまな味や触感の具が口の中で複雑に入り混じり、少し酸味のあるタレとハーブや香ばしい揚げ豆が良いアクセントになっている。これまで食べたことのない美味しさで、箸(手?)が止まらなくなった。店内を見渡すと、一人で来店した仕事帰りと思しき若い女性も黙々と食べている。きっと時々無性に食べたくなる味なのだろう。かくいう私も、すっかり気に入って貴州出張のたびに食べている。

写真6 絲娃娃の具はカラフルで種類が多い。右上端は貴州料理によく使われるドクダミの根「折耳根」(上)。皮で具を包んで、右のタレをかけて食べる。その名のとおり、確かにおくるみにそっくり(下)。

写真6 絲娃娃の具はカラフルで種類が多い。右上端は貴州料理によく使われる
ドクダミの根「折耳根」(上)。皮で具を包んで、右のタレをかけて食べる。その
名のとおり、確かにおくるみにそっくり(下)。

最後に、「遵義豆花」の看板を掲げた小さな店で食べた豆腐料理をご紹介する。遵義県は貴州省北部の有名な唐辛子の産地で、豆花は豆乳を固めた軟らかい豆腐のことである。遵義豆花といえば、豆乳の入った白濁したスープに小麦粉でできた麺と豆花を入れた豆花麺のほうが有名なようだが(奥村 2020)、筆者が食べたのは麺ではなく米飯を添えた「豆腐飯」である4。非常にシンプルな料理で、作りたての豆腐がメインのおかずで、ラー油、ミントなどのハーブ、揚げ大豆などがどっさり入った辛いタレをつけて白いご飯と一緒に食べる(写真7)。大きなどんぶりに入った豆腐はまだ温かく、身が詰まっていて、口に入れると濃い豆の香りがする。中国の自家製豆腐によくある事だが、この店の豆腐も少々焦げ臭かった。

しっかりした豆腐を太い木箸で一かけらつまみ、真っ赤なタレに浸して食べると、あまりの辛さにすぐにご飯をかきこまずには居られない。癖になる美味しさで箸が止まらなくなり、豆腐とご飯を繰り返し頬張っていくうちに、たちまち全身から汗が噴き出してくる。最初は大きすぎるように見えたどんぶり一杯の豆腐は跡形もなく消え、爽快な満ち足りた気分で店を後にしたのだった。

写真7 名前からして潔い豆腐飯。出来たての豆腐は温かい。

写真7 名前からして潔い豆腐飯。出来たての豆腐は温かい。


(本連載は今回で終了します)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
追記

本連載は、科学研究費助成事業基盤研究(C)「日本と中国の地域資源をいかした都市・農村間連携モデルと持続可能コミュニティの創出」(17K2055、代表者・藤田香、平成29年度~平成31年度)の成果の一部である。研究会で実施した現地調査の詳しい記録は、藤田ほか(2020)に整理した。

写真の出典
  • 写真6のみ2017年8月、その他はすべて2018年8~9月に貴州省にて筆者撮影。
参考文献
  • 石毛直道(1987)「東アジア・東南アジアのナレズシ―― 魚の発酵製品の研究(2)――」『国立民族学博物館研究報告』第11巻3号、603~668ページ。
  • 大塚滋(1975)『食の文化史』中公新書。
  • 奥村忍(2020)『中国手仕事紀行』青幻舎。
  • 高木敏彦・池ヶ谷のり子(2002)「貴州省の少数民族」大石惇・森誠編『中国少数民族 農と食の知恵』明石書店、61~92ページ。
  • 張少華・張雲生・泰剛・楊華(2002)「貴州省台江県ミャオ族の姉妹——おこわに込めた愛の告白 (お祭り賛歌)」『人民中国』592号、40~45ページ。
  • 藤田香・大塚健司・山田七絵・松永光平(2020)「地域資源をいかした持続可能なコミュニティ構築のための都市・農村間連携」『近畿大学総合社会学部紀要』第8巻第2号、39~70ページ。
  • 李信(2002)「貴州省南部ミャオ族・蘆笙節——酒で出迎え、酒で遊ぶ (お祭り賛歌)」『人民中国』588号、38~43ページ。
著者プロフィール

山田七絵(やまだななえ) アジア経済研究所新領域研究センター研究員。農学博士。専門は中国農業・農村研究。主な著作に、『現代中国の農村発展と資源管理――村による集団所有と経営』東京大学出版会 2020年。

  1. 酸湯はもともと各家庭で作られていたが、現在は市販されている。丹寨県の土産物店で、500ccほどのペットボトル入り紅酸湯が6元(約130円)で販売されていた(2018年8月30日)。
  2. 貴州省で生産・消費される米は主にインディカ米である。現地で直接確認はしなかったが、炊飯の方法は、鍋に米と大量の水を入れて火にかけ、煮上がる前に粘りのある煮汁を捨てて再び弱火で蒸す「湯取り法」とみられる(高木・池ヶ谷 2002)。湯取り法はインドなど世界的に広くみられる炊飯法で、日本の「炊き干し法」で炊いたご飯よりも粘りが少ない(大塚 1975)。
  3. 吃了那么多年的‘丝娃娃’的历史」『天涯社区』2011年10月7日。
  4. 中国江南地域の習俗で葬儀の後の食事を「豆腐飯」というが、それとは無関係。