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コラム

中国貴州・ミャオ族の村々から

 
第2回 藍染の村(2)――文化と市場をつなぐ人々

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051920

2020年12月
(5,176字)

貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州自治州
変化する社会と伝統文化の保全

貴州省のミャオ族の藍染文化は、それを担う女性たちの考え方や生活様式の変化と、彼女らを取り巻く経済状況に影響を受けている。市場経済化や教育の普及により女性たちの価値観も変化し、後継者となる若い世代の多くが進学や出稼ぎで村を離れていることから、伝統技術の伝承は困難になりつつある。

一方で貧困地域である貴州省の農村開発という視点からみれば、国内の所得格差是正の観点から実施される農村開発プロジェクトの目標は、農業の生産性の向上から伝統的な土着文化の保全へとシフトしている。ミャオ族の藍染文化も、文化そのものが経済活動となり、伝統文化の製品化やデザインが高い付加価値を生み出すことで文化の保護と保全がすすむ側面もある。連載第2回では、標準化が難しい工芸品に関わる経済活動と文化の保全は両立するのか、黔東南ミャオ族トン族自治州丹寨県で実施した現地調査に基づき、ミャオ族の藍染文化と市場をつなぐ人々の今をみてみたい。

ろうけつ染め産業のバリュー・チェーン

陳ほか(2018)によれば、現地調査を行った丹寨県楊武鎮のろうけつ染め産業の主要な組織形態は、個人の家庭工房、農民専業合作社、マイクロ企業である(写真1)。規模は個人の家庭工房が最も小さく、次いで農民専業合作社、マイクロ企業の順で大きくなっている。個人の家庭工房は家庭内で作品の制作を行う、最も伝統的な生産方式である。農民専業合作社はこれより一歩進んだ比較的新しい組織形態で、2007年に制定された農民専業合作社法に基づき工商部門に登録可能なフォーマルな生産者組合である。市場と生産者を結びつけることで、販路の問題を解決できる。また政府が認定するろうけつ染めの伝承人がリーダーになることもあり、合作社メンバーと雇用した村の女性によるデザイン・制作を組み合わせている。

マイクロ企業は政府の支援のもと設立された小規模な企業で、多くは都市部に立地し、村の作り手からの買い取りと自社内での生産、および作品の販売を行っている。後述する貴州丹寨寧航蝋染有限公司(以下「寧航」)は、この企業形態に分類できる。

写真1 【左】楊武鎮萍霞蜡染店(マイクロ企業)、【右】排莫村蜡染合作社(農民専業合作社)

写真1 【左】楊武鎮萍霞蜡染店(マイクロ企業)、【右】排莫村蜡染合作社(農民専業合作社)(2017年8月31日)。
楊武鎮萍霞蜡染店は、現地調査で訪問した姉妹で経営している店舗である。詳細はウェブサイトを参照。
女社長の物語――ソーシャルビジネスのめばえ

丹寨県では藍染文化の保全を目的としたソーシャルビジネスが芽生えつつある。その一例として、ろうけつ染め工芸品の生産と販売を行うマイクロ企業である寧航の取り組みを、社長の寧曼麗氏のインタビューを通じてみてみよう。

寧航は丹寨県のまちなかにあるブティックを併設した工房である。1階のブティックでは、作品が展示されている(写真2)。選び抜かれた18人の作り手たちによる作品は400元(1元=16円に相当、約6400円)から5000元(約8万円)である。他にも衣料品から生活雑貨まで、多彩な品ぞろえである。

商品の販売先は主に広東省、広西省である。消費者の伝統文化に対する需要は高まっており、中国の高級服飾ブランド「江南布衣」のろうけつ染めシリーズや「生活在走」との契約の他にも国外を含めた小口の取引がある。寧航ではインターネット通販「淘宝」などでも作品を販売しているが、欠品が出ても同じ作品を補充できないのでインターネット販売には向かない。寧氏は作品販売を通じて、ろうけつ染めの文化的価値や制作過程のストーリーを都市部や海外の消費者に伝えている。

写真2 寧航内の作品

写真2 寧航内の作品(2018年8月30日)
社屋は3階建てで、地下1階はろうけつ染めの作業場、1階は事務所と店舗、奥に絵付けの作業場がある。2階には研修用の作業場があり、壁には巨大な「百苗図」(清代に制作された貴州の少数民族の様子を描いた画集)をモチーフとした作品が展示されている。3階に宿舎がある。社員は48人(ミャオ族)で、うち36人は社屋に住んでおり、残りは村から家族を呼び寄せて凱里市に住み、通勤している。社員の年齢は最高齢が70歳、最年少が20歳、1960年代から1970年代生まれの社員が多い。県内の排倒村、排莫村の出身者が多く、在村で仕事を請け負っている人もいる。

写真3 【左】ろうけつ染めの作業場(赤い服の女性は寧社長)、【右】作り手のプロフィールがある壁面から作業場を臨む

写真3 【左】ろうけつ染めの作業場(赤い服の女性は寧社長)、
【右】作り手のプロフィールがある壁面から作業場を臨む(2018年8月30日)。

寧氏は安徽省出身の漢族で会社経営の経験がある1。9年前に旅行で排倒村へ行き、ミャオ族の人々の温かさやろうけつ染め作品に感動して起業した。最初は利益目的であったが、徐々にろうけつ染め作品に愛着がわいてきたという。

寧氏が起業を考えた際、まず自治州政府所在地の凱里市に行ったが職人がいなかったので、自治州の全16県をまわることにし、6つ目の丹寨県で足を止めた。当時は村まで車が入れず、歩いていかなければならなかった。村の女性たちは全員ろうけつ染めができ、好意的に迎えてくれた。しかし、会社を設立後、工房のある県城に村の女性を連れて行く時は「社長が外部から来た漢人なのでだまされるのでは」と疑われたり、「ろうけつ染めはミャオ族のもので漢族のものではない」と言われたり、女性を県城に行かせたくない家族に反対されることも多かった。当時は村人たちに信用されず、とてもつらかったという。

給与は作品の大きさやデザインの密度を基準にした出来高制であり、毎月の給料は1000元から4500元と個人差がある。起業当初は固定給で2カ月に600元、1日20元を支払っていた。すると作り手である女性たちは帰宅しておしゃべりをしたり、トイレにいって2時間帰ってこなかったりなど、生産効率が悪かったため、2カ月後には作品の大きさに応じて給与を支払うことにした。そうすると彼女らは大きな布に粗い模様を描いてきた。そこで寧氏は模様を描くのにどれだけの時間がかかるかを観察し、デザインにより価格を基準化した。ミャオ族の女性たちは歌いたいときに歌い、踊りたいときに踊り、描きたいときに描く。彼女らは働くうえで、収入よりも楽しいかどうかを第一に考える傾向があり、収入が低くても全く気にしない一面があった。寧氏は試行錯誤するなかで作り手たちの行動原理を理解した。デザインは個々人の想像力に任せている。作り手たちを楽しい気持ちにさせておくことが、よい作品を作るために重要なのである。

作り手である女性たちの技術レベルは住み込みも在村も同じであるが、在村者への外注作品のほうが出来がよい。住み込みの作品の出来が劣る理由は、集まって作業しているとお互いの進み具合を比べて焦るためである。こうした労務管理のコツも失敗を通して理解したことである。外注の作品は月末締めで、社長が定めた一定の品質基準にしたがって給与を支払う。すべての作品を買い取るわけではない。

作り手である女性たちの生活環境の向上や生活する地域の経済発展と、作品の出来には矛盾がある。外部との交流が増えると、彼女らの気持ちが高揚してデザインの種類も豊富になる。しかし作品の制作には静かな環境が必要なため、にぎやかな場所に3年もいると絵が描けなくなる。図柄は個人の感性や審美眼が影響するもので、マニュアル化したり教師が教えたりできることは限られている。家庭内で母親が娘に教えるのが一番よいという。

伝統デザインの知的財産権の保護に関する制度は未整備である。丹寨県にはろうけつ染めの業界団体はなく、国が定めるろうけつ染めの商標も存在しない。ろうけつ染めのデザインに統一的な基準を作ることは、美術の世界と同様に難しい。調査時点で、寧航は自社製の作品むけに「図騰鳥」「寧航」「千年窝妥」の3種類の商標を取得していた。寧航はミャオ族の文化を深く理解したうえで作品を販売することで知的財産権を守り、作品の価値を作り手自身に意識させる役割を担っている。

藍染文化の保全と持続可能な地域コミュニティの発展に向けて

藍染文化を保全していくためには、寧氏のように外部の視点をいかし閉鎖的な環境で生産されるろうけつ染め工芸品を、遠い市場と結びつけるバウンダリー・スパナー(橋渡し人)の役割が重要である2。ろうけつ染めと他の工芸品の違いは、市場や産地の閉鎖性、技術習得にかかる時間の長さ、芸術性などにある。寧氏は作品をつくる女性たちと都市部や海外の消費者とを作品の販売を通じてつなぎ、収益を生みながら作り手たちのくらしを支えることで藍染文化の保全をおこなっている。

また、こうした活動が地域の内発的な取り組みに展開する事例もある(陳ほか 2018)。丹寨県基加村出身の張義霞氏はかつて寧航で働いていたが、出稼ぎによりろうけつ染めの生産者が減り、村に残るろうけつ染め技術のある女性たちも販路を確保できず困っていると村長に言われたことから、彼らを助けるため楊武鎮でマイクロ企業の萍霞蜡染店を興した。さらに寧航に勤務経験のある女性をメンバーとした、シティバンクの援助による基加村花旗貴州手工業発展プロジェクトなどの国際協力プロジェクトへの展開もみられる。

残された課題として、後継者の問題がある。若い世代では大学進学希望者も多く、家族もそれを応援しており、これが伝統文化の継承に与える影響は大きい。一方で社会的環境の変化によりろうけつ染めが再評価されることで、経済活動と文化の保全との両立が期待されるものの、他方で社会的環境の変化による女性たちの価値観の変化がその継承を妨げるといった矛盾を生み出している。ミャオ族の藍染文化は女性たちのイマジネーションによって継承されてきたものであり、楽しさやよろこびといった豊かな人間性に支えられてきた。同時にその図柄には自然とのかかわりや風土のなかで継承されてきたミャオ族のくらし、生活様式、価値観に根づく民族の歴史が刻まれている。

藍染文化は経済的な効率性や合理性だけで測ることができない。伝統文化に対する社会的価値の変化が新たな需要を創出することで、歴史や文化に根差したろうけつ染め産業が雇用を生み出した。人びとのくらしが豊かになることが、ミャオ族文化への誇りと愛着を持つ後継者や伝統文化を核とした持続可能な地域コミュニティづくりにつながることを期待したい。

写真の出典
  • 写真1 山田七絵撮影。
  • 写真2、3 筆者撮影。
参考文献
  • 藤田香・大塚健司・山田七絵・松永光平(2020)「地域資源をいかした持続可能なコミュニティ構築のための都市・農村間連携――中国貴州省の少数民族地域における2017年・2018年調査から――」『近畿大学総合社会学部紀要』第9巻第2号、39~69ページ。
  • 陳燕・任暁冬・陳正府・穆柳梅(2018)「非物質文化遺産視角下郷村手工芸人的伝承現状、発展策略与市場推広——以貴州丹寨楊武鎮苗族蜡染為例」『西北民族大学学報(哲学社会科学版)』 2018年第1期、152~158ページ。
  • Meerkerk, Ingmar van and Jurian Edelenbos(2018) Boundary Spanners in Public Management and Governance: An Interdisciplinary Assessment, Edward Elgar.
著者プロフィール

藤田香(ふじたかおり) 近畿大学総合社会学部教授。博士(経済学)。専門は環境経済学、環境政策論。おもな著作に、藤田香・大塚健司・山田七絵・松永光平(2020)「地域資源をいかした持続可能なコミュニティ構築のための都市・農村間連携――中国貴州省の少数民族地域における2017年・2018年調査から――」『近畿大学総合社会学部紀要』第9巻第2号、39~69ページ、竹歳一紀・藤田香編著(2011)『貧困・環境と持続可能な発展――中国貴州省の社会経済学的研究』晃洋書房など。

追記

本連載は、科学研究費助成事業基盤研究(C)「日本と中国の地域資源をいかした都市・農村間連携モデルと持続コミュニティの創出」(17K2055、代表者・藤田香、平成29年度~平成31年度)の成果の一部である。研究会で実施した現地調査の詳しい記録は、藤田ほか(2020)に整理した。

  1. 安徽省にいた頃に生地製造工場を経営していたが、経済危機で原材料である綿、麻、絹、毛の価格が高騰し、破産した。
  2. バウンダリー・スパナーをめぐる議論については、Meerkerk and Edelenbos(2018)を参照。