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コラム

中国貴州・ミャオ族の村々から

 
第4回 村の匠たち(1)――無形文化遺産の保護と「伝承人」

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052127

2021年5月
(4,413字)

無形文化遺産の保護政策

これまで本連載では、藍染めの村とそれに関わる人々を紹介してきた。貴州省のミャオ族村には、藍染めや刺繍以外にも装飾品の銀細工、紙漉き、季節ごとの祭事で奏でられる音楽や歌、踊りなど、数多くの伝統文化が息づいている1。ユネスコは、2003年に採択された無形文化遺産の保護に関する条約に基づき、各国の伝統工芸の技術、音楽、舞踏、祭り、儀式などの無形文化を保護の対象としている。建築物などの有形物を対象とした「世界遺産」に対し、これらは「無形文化遺産」(Intangible Cultural Heritage)と呼ばれている2

中国は2004年に条約の締結国となり、翌年には全国調査を実施して無形文化遺産のリストを作成するなど、国内の無形文化の調査と保護に力を入れてきた。また、政府の文化部門は工芸技術や芸能を高度に体得している代表的な人物を「伝承人」に認定する制度を設け、知的財産権の保護など政策面での優遇や資金的な支援をおこなっている(文・衛 2012)3。行政レベルにより伝承人にはいくつかのランクがあるが、中央政府の認定する国家級の伝承人であれば日本の人間国宝に相当する。

今回と次回の二回に分けて、貴州省黔東南ミャオ族トン族自治州の丹寨県と雷山県でさまざまな伝統技術を受け継ぐ村の伝承人たちを紹介し、文化の伝承について考えてみたい。本稿の内容は、筆者らが2018年8月に実施した現地での聞き取りと提供資料および藤田ほか(2020)に基づく。

手漉き紙の村

藍染の村の回でも紹介した丹寨県の北部に位置する石橋村は、伝統的な手漉き紙づくりの村である。山あいに位置する人口1000人あまりの同村は、2006年に中国政府の第1回無形文化遺産リストに掲載され、翌年「古法造紙芸術の里」に認定された。世界銀行による文化と自然遺産保護プロジェクトの対象地域にもなっており、支援によって工房が修復された。国家級の無形文化遺産の伝承人で、同村の紙業専業合作社(生産者組合)の理事長でもある王興武さんに話をうかがった。

石橋村は紙づくりに適した気候や良質の水、原料となる工芸作物の「構樹」に恵まれ、唐代中期から製紙がおこなわれてきたと伝えられている。同村では新中国成立(1949年)以前はほぼすべての村人が紙漉きの技術を受け継いでいたが、出稼ぎの増加や進学率の上昇などの影響で担い手は減少した。王さんは調査時点で53歳、ミャオ族の村のリーダー的な役割を担う「活路頭」である4。王家は代々紙づくりにたずさわっており、王さんは父親から技術を習い、高校を中退後18代目の後継者となった。

2007年に王さんが設立した生産者組合の会員は60戸、88人で、40~50歳台が中心となっている。紙漉きは3年ほどで習得することができ、また職人の性別も問わないことから、他の伝統工芸と比べると比較的担い手が確保できているという。村では2013年以降、県政府の支援のもと観光業振興のために紙漉き、歌などの研修をおこなっており、毎年数百人が受講している。

写真1 (上)石橋村の目抜き通りの入口には「紙街」の看板があり、製紙関連の生産者組合や 研修施設などの建物が並ぶ。(下)紙製品。用途やランクに応じた多種多様な紙が作られている。

写真1 (上)石橋村の目抜き通りの入口には「紙街」の看板があり、製紙関連の生産者組合や 研修施設などの建物が並ぶ。
(下)紙製品。用途やランクに応じた多種多様な紙が作られている。

村では年間350万枚もの紙が製造されている。紙の種類は顧客に応じてさまざまであるが、主な用途は文化財の修復、書や絵画、工芸品の素材、住宅の内装、包装などである5。石橋村の紙は化学物質を一切使わない伝統的な製法で作られており、大量生産はできないが色あいが白く、含まれる繊維が長く破れにくいという特徴があり、1500年間の保存に耐えうると言われている6。このような特性のため、特に文化財の修復用紙としての評価が高く、国内の博物館はもとよりフランス、アイスランドなどヨーロッパの博物館との取引も多い。また、少々変わったところでは中国の蒸留酒、白酒の醸造過程でも酒種を包む用紙として石橋村の紙が用いられており、地元貴州省を代表する酒造メーカー、茅台(マオタイ)も顧客である。村内では旅行者向けの紙漉き体験ツアーや、土産物の販売もおこなっている。

村には王さんが設立した生産者組合以外にも、村民が設立した製紙業の組合や企業がある。かつては大きさの不揃いなどを理由に買いたたかれることもあったが、王さんの組合が主導して村内で作られる紙の規格をすべて標準化し、他の組合と共同で営業や販売をすることによって販路や価格が安定した。地域ブランドを守るため、「貴紙」という商標も取得した。現在の村民の年間所得は数万元程度であるが、そのほとんどが紙の販売による収入である。山がちな石橋村では農地が少ないため、住民は農業ではなく、豊かな森林から得られる製紙の原料や建築資材などに依存して生活してきたのである。

写真2 紙の原料となる「構樹」の樹皮。

写真2 紙の原料となる「構樹」の樹皮。
洞窟内の工房

紙漉きの作業場(工房)は村内の20カ所に点在しており、多くが洞窟のなかにある。カルスト地形が特徴の貴州省には、鍾乳洞が多い。洞窟に工房を設置するのは、質の良い湧水が利用でき、年間を通じて水温や気温が安定しているためである。工房のひとつに案内してもらった(写真3)。

写真3 工房のある洞窟。うつっている人や建物の大きさと比べると、いかに巨大な洞窟かがわかる。

写真3 工房のある洞窟。うつっている人や建物の大きさと比べると、いかに巨大な洞窟かがわかる。

石橋村の紙漉きの工程は、日本の和紙とほぼ同じである7。まず、原料となる構樹の皮を剥いて水に漬けた後、草木灰を加えて煮る。これは灰の漂白作用により脱色するとともに、不純物を取り除き、柔らかくするためである。煮た樹皮を洗った後、叩いて細かい繊維を取り出す。これを植物から抽出したとろみのある粘液8を加えた水に溶かし、木枠を使い漉く。漉いた紙を積み重ね、重石をして脱水する。最後に脱水後の紙を一枚ずつはがし、乾燥用の機械や天日で乾燥させる。以上の工程を、6人の職人が分業しておこなっている。1枚の手漉き紙を製造するのに、文化財の修復用紙で45日、工芸品用の紙で15日ほどかかる。

ひんやりと湿った洞窟内には、木製の紙漉き用の水槽がいくつか並んでいる。そこで伝承人である王さんみずから、紙漉きを実演してくださった(写真4)。王さんは手慣れた様子で繊維を溶かした白っぽい溶液の中で大きな木枠を泳がせ、水槽からゆっくり引き揚げると、水分を含んだ紙を慎重な手つきで背後にある木製の台の上に重ねていく。これをプレス機にかけて脱水した後、一枚ずつステンレス製の板状の乾燥機に貼り付けて乾燥させれば完成だ。製紙は基本的に性別にかかわらずおこなえるが、紙漉き工程は重労働なので男性が、乾燥などの軽作業を女性が担当することが多い。各工程で使う道具もほぼすべて手作りだが、こうした関連産業の職人にはまだ十分な数の後継者がいるという9。工程の多い伝統工芸は幅広いすそ野産業に支えられることで成り立っており、産地全体がまさに一蓮托生である。

写真4 みずから紙漉きを実演して見せてくれた、紙の匠・王興武さん。

写真4 みずから紙漉きを実演して見せてくれた、紙の匠・王興武さん。
王さんは国家級の伝承人でありながら非常に気さくで、終始にこやかに話をしてくれた。ところが自分の後継者の話になると、途端に表情を曇らせた。二人の息子は大学卒業後、それぞれ地元政府と大手企業に勤めている。王さんは「息子たちは自分の跡は継がないと思います」と言うと、がっくりと肩を落としてしまった。伝承人として、生産組合の理事長として、村の紙づくりを懸命に守り盛り立ててきた王さんだが、急速な価値観の変化のなかで次世代との対話には苦心しているようだった。
写真の出典
  • 写真1~3は2018年8月30日筆者撮影、写真4は同日藤田香教授(近畿大学)撮影。
参考文献

(日本語)

(中国語)

  • 文永輝・衛力思(2012)「少数民族非物質文化遺産伝承人知識産権保護問題研究——以貴州為例」『貴州民族研究』第33巻総第143期、14~20ページ。
著者プロフィール

山田七絵(やまだななえ) アジア経済研究所新領域研究センター研究員。農学博士。専門は中国農業・農村研究。主な著作に、『現代中国の農村発展と資源管理――村による集団所有と経営』東京大学出版会 2020年。

追記

本連載は、科学研究費助成事業基盤研究(C)「日本と中国の地域資源をいかした都市・農村間連携モデルと持続可能コミュニティの創出」(17K2055、代表者・藤田香、平成29年度~平成31年度)の成果の一部である。研究会で実施した現地調査の詳しい記録は、藤田ほか(2020)に整理した。

  1. 奥村(2020)は、民芸品のバイヤーの視点から雲南省と貴州省の少数民族の手工芸品とその作り手たちの生活を豊富な写真とともに紹介している。
  2. 本稿執筆時点で中国からは崑曲、書道、剪紙、木版印刷技術、少数民族の歌や舞踊など42項目が認定され世界最多となっており、日本からは能楽、アイヌ古式舞踊、織物、和食、和紙など22項目が認定されている(ユネスコ無形文化遺産データベース)。
  3. 中国の無形文化遺産登録数は世界一 その理由は?」『東方新報』2020年12月26日。伝承人認定の根拠法は、「国家無形文化遺産事業における代表的な伝承人の認定および管理のための暫行弁法」。
  4. 「活路頭」はミャオ族の慣習的な役職で、農作業時に村民を組織化し采配をとる村のリーダーを指す。その地域でもっとも古い家系で地元の農事に精通しており、人々の尊敬を集める年配の男性が選ばれる。代々継承することもある(『百度百科』)。
  5. 独特の風合いのある雲竜紙、麻絲紙、蚕絲紙のほか、草花を漉きこんだ紙など。
  6. 复兴汉唐古法造纸工艺,这个贵州山村的纸能保存1500年」『第一財経』2019年7月18日。別の産地では、化学物質を使い始めたために水が汚染され、廃業に追い込まれた村もあるとのことだった。
  7. 王さんは、日本の和紙の産地を視察したことがあるという。日本では使っている道具や機械が石橋村より現代的だが、基本的な工程は全く同じとのこと。
  8. 日本ではトロロアオイが用いられる。
  9. この点は、少なくとも調査時点では日本の伝統工芸のおかれた状況のほうが深刻である。例えば筆者らが2018年6月29日に京都の西陣織工業組合でおこなったインタビューによれば、西陣織の各工程に用いられる道具やその材料を作る関連産業は衰退しつつあり、後継者がほぼ途絶している分野もあるという。