IDEスクエア

コラム

新興国発イノベーション

第8回 成長するオンライン教育と教育情報化政策(中国)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051814

澤田 裕子

2020年8月
(5,447字)

感染拡大下のオンライン教育

新型コロナウイルス感染症は、2019年12月に中国の武漢市で発生し、世界中に広がった。各国の教育機関では感染拡大防止のため、対面授業の実施が困難となったが、それぞれ対策を講じて教育活動の継続を目指している。そのなかでも、オンライン授業が急速に普及し、また深化しているのが中国である。

中国では、2020年1月に教育機関が全面的に休校措置をとった後、全国の小中学校・高校の在校生、約1億9383万人が、オンライン授業への切り替えを求められることになった。中国では、新型コロナウイルス感染症が広がる前から、高等教育向けや職業訓練などでオンライン教育が行われていたが(藤田2020)、学校外サービスが中心だった初等・中等教育向けオンライン教育も休校対策としての需要が急増している。中国互聯网絡信息中心の統計によると、2020年3月時点で全国のオンライン教育の利用者は4億2296万人に達した。2018年末の2億123万人と比べると約2倍に増加しており、中国のオンライン教育は、今や世界最大規模に成長している。

ここでは初等教育を中心に、新型コロナウイルス流行下の中国のオンライン教育について、国や行政区の教育情報化政策を中心に紹介する。科学技術を使って教育分野にイノベーションを起こす事業を行うEdTech(Education+Technologyの造語)企業との協力にも触れていきたい。そして小学生の実際の授業の中身についてものぞいてみよう。

教育部方針「休校しても学びは止めない」

新型コロナウイルスの流行は、春節(旧正月、2020年は1月25日)前後から急速に拡大した。二学期制をとる中国では、春節明けから春学期を開始する予定だったが、教育部は、1月27日にすべての教育機関に向けて「2020年春学期の授業開始の延期に関する通知」を出した。これをうけて、各地で春節休暇の延長や、新学期開始の延期が知らされた。この通知の2日後の1月29日、教育部から「休校しても学びは止めない」という方針が出された。教育部は、その1週間後の2月6日に「感染症予防期間における情報化による教育支援の通知」を出している。これにより、中国教育研究コンピュータネットワーク(CERNET)、チャイナテレコム、チャイナユニコム、中国衛星通信、および電気通信分野の関連企業と協力して、教育資源と公共プラットフォームの基盤強化を推進するという方針が示された。さらに政府は、地域や企業が提供する公共プラットフォーム、オンライン学習アプリケーション等の教育資源を活用して、教育活動を支援する姿勢を明らかにした。このように、休校決定後、矢継ぎ早にオンライン教育促進に向けた政策が打ち出され、政府と企業が協力しながら、様々な取り組みが行われることになった。

全国規模の国家版公共プラットフォーム

まず国家レベルでのオンライン教育の取り組みをみていこう。2月17日、小学1年生から高校3年生までを対象とした「国家中小網絡雲平台(国家中小クラウドネットワークプラットフォーム)」が公開された。このウェブサイトでは、感染予防教育、道徳教育、カリキュラム学習、生命・安全教育、メンタルヘルス教育、家庭教育、読書、研究教育、映画・テレビ教育、電子教科書などの幅広い分野の学習資源が提供されている。生徒は、パソコン、スマホ・携帯、タブレット等からアクセスし、自宅学習ができるようになった。

また、これに先駆けて2月10日から、中国教育テレビチャンネル「空中課堂(遠隔教室)」も生放送衛星プラットフォームに追加された。小中学校、高校向けの授業動画「同上一堂課(同時授業)」は、「国家中小網絡雲平台」からも生放送およびオンデマンドで視聴できる。「名師課堂(有名教師教室)」もあり、北京東城区石家胡同小学校、北京第二実験小学校、北京中関村第一小学校、中国人民大学付属小学校、上海市、江蘇省、浙江省の教師らが授業動画を提供している。これにより、地方の生徒も都市部の教師による質の高い授業を遠隔で視聴することができるようになった。

このように、国家版公共プラットフォームは、従来の授業を提供するのみでなく、地理的な制約を乗り越えて、水準の高い教育資源を全国規模で共有することを目指している。また、衛星放送により、通信環境の地域格差も改善が期待された。これらは、教育部、工業情報化部、国家ラジオ・テレビ総局の協力のもとに整備され、百度、アリババ集団、チャイナテレコム、チャイナモバイル、チャイナユニコム、ファーウェイ等の企業が技術支援を行っている。

中国でのオンライン授業はコロナ禍を契機に広がったが、技術的な準備はその前から進められてきた。近年のビックデータ、AI、モバイルインターネット等、新世代情報技術の発展と、教育アプリケーションの技術水準の目覚ましい向上を背景に、すでに技術をもつ企業がオンライン教育に参画していることが、オンライン授業の急速な拡充に貢献している。2020年7月付CB Insights社データ「The Global Unicorn Club」によると、世界のユニコーン企業(評価額が10億ドル以上で起業10年以内の未上場のスタートアップ企業)481社のうち中国の企業は179社あり、EdTech分野では全18社中11社が中国企業となっている。中国のIT大手だけでなく、これらの新興のEdTech企業も教育部の通達前後に無料で学習資源やプラットフォームの提供を行った(夏目2020)。

同時双方向型の北京市教育委員会版

中国では、教育課程の基準は国が定めており、多くの地域で同一の基準が適用されてきた。一方、各行政区は地域の実情に合わせた調整もできる。今回、各地域においても通信管理部門、ラジオ・テレビ部門、通信事業者、および関連するネットワーク情報企業等が支援して、27の省級公共プラットフォームが作成された。

北京市の例をみてみよう。国家版のリリースから約2カ月遅れとなったが、4月13日に北京市教育委員会は、小中学校・高校向けにオンライン学校「北京数字学校(北京デジタル学校)―空中課堂(遠隔教室)」を公開した。また、北京歌華ケーブルは、北京市「空中課堂」を作成し、学年ごとに授業の配信を始めた。番組は中高生向け「名師駕到課程(名教師が授業に来た)」と全学年対象の「北京数字学校同歩課程(北京デジタル学校同時授業)」の2種類ある。前者は、北京師範大学第二付属中学校、海淀教師養成校、清華大学付属中学校、人民大学付属高等学校等の教師が授業動画を提供し、後者はカリキュラム学習と同時進行して授業理解を助けている。

生徒はユーザー登録をして授業を受け、WeChatミニプログラムを通じて宿題を提出する。教師は各プラットフォームで授業を行い、課題を出し、宿題の採点を行う。対面式の授業には及ばないが、生徒と教師が同時双方向に連絡し合える環境が整備された。生徒や教師は、ケーブルテレビや「北京数字学校」プラットフォーム、さらには百度、アリババ集団(優酷)、テンセント、バイトダンス(Tiktok)、快手、中文在線、一下科技等の多様なモバイルアプリケーションを活用している。日本でも人気のTiktokを提供するバイトダンスは、CB Insights社のユニコーン企業評価レポートの首位に位置する。デジタルネイティブ世代にとって、学習資源の主流は動画である。バイトダンスや快手など、動画プラットフォーム企業の教育分野への参入が注目される。

北京市の灯市口小学校に通う小学生A君のケース

北京市東城区にある灯市口小学校は、1月15日の春節明けから休校となった。そして4月13日から北京市教育委員会の「北京数字学校-空中課堂」を利用してオンライン授業が始まった。3年生のA君のオンライン生活をのぞかせてもらおう。A君の両親は中国に暮らしながら日本にも持ち家があり、家族で冬休みを過ごそうと1月に来日した。北京で勤務する父親は仕事のために一足先に帰国し、その後新型コロナウイルス感染症拡大による渡航制限が始まり、A君と母親は日本に足止めされてしまった。A君はやむなく日本でオンライン授業を受けることになった。

写真1 日本で中国のオンライン授業を受けるA君(2020年7月)

写真1 日本で中国のオンライン授業を受けるA君(2020年7月)

A君の平日のスケジュールは、中国時間午前8時(日本時間午前9時)から始まる。一日各20~30分の授業が4~5コマあり、宿題の提出期限は科目ごとに決められている。午後2時までに国語、3時までに算数、8時までに英語の宿題を提出しなければならない。科学の実験は課題が出されて3日後の午後4時までに、体育の実習は毎週日曜日の午後4時までに画像や動画を送らなければならない。写真2は、A君が提出した算数と科学の課題である。保護者も子どもの学習スケジュールの管理とパソコンの操作補助に一日付き合わねばならないという。

写真2 A君の算数(左)と科学(右)の課題と採点画面(2020年7月)[筆者一部加工]

写真2 A君の算数(左)と科学(右)の課題と採点画面(2020年7月)[筆者一部加工]
A君のオンライン授業は7月まで続き、授業以外の時間もほとんど宿題に追われていた。A君の母親は、オンライン授業は親の負担も大きく、対面式の方が学習効果の面で着実だと語る。一方で、帰国できないA君の学習の助けになっているのも事実で、ありがたいと話している。9月の新学期まで夏休みだが、7月時点で新学期の課題がすでに配信され始めている。
国家戦略としての教育の情報化

今回の大規模なオンライン教育の拡充は、これまでの国家政策の積み重ねによるところが大きい。中国では、1990年代から教育の情報化が進められてきた。2010年に中国共産党中央委員会、国務院が公布した「国家中長期教育改革および発展計画綱要(2010-2020)」で、教育の情報化は国家の発展戦略に組み入れられた。教育の公平な発展と質の向上のため、教育部は2011年に「教育情報化10カ年計画(2011-2020)」を公布し、情報基盤となる「三通二平台」を目指してきた。「三通」は学校・教室・生徒のインターネット環境の整備、「二平台」は教育資源と情報管理の公共プラットフォームの構築を意味している。

また2015年の第12期全国人民代表大会第3回会議で行った政府活動報告で、李克強首相が「インターネット+(プラス)行動計画」に言及した。これは、インターネットを各産業と融合させ、新たな業態やビジネスへのイノベーションを図るものであった。教育分野では、インターネットの活用による公共サービスのコスト削減と付加価値の向上を目指している。2016年の「教育情報化第13次5カ年計画(2016-2020)」全体方針では、教育情報化システムの構築が推進された。教育部は、「インターネット+教育」を促進する実施計画として、2018年に「教育情報化2.0行動計画」を公布し、「三全両高一大」の構築を2022年までの基本目標に掲げている。「三全」はすべての教師を対象とした教育アプリケーション、すべての学年を対象とした学習アプリケーション、すべての学校を対象としたデジタルキャンパスの三つを指す。「両高」は二つの向上を意味し、情報技術のアプリケーションの水準、教師と学生の情報リテラシー水準の向上を指す。これにより、「一つの大」すなわち「インターネット+教育」を実現する公共プラットフォームの構築を目指すのが「三全両高一大」である。

教育情報化は、国内の格差を縮小する取り組みにも貢献するとして、2020年2月に教育部が発表した「2020年教育情報化・ネットワークセキュリティ活動の要点」では、特に貧困県として指定されている52県のうち、貧困が深刻な「三区三州」に対して、「網絡扶智(ネットワークインテリジェンス)」を使った教育による貧困緩和を目指している。三区とは、チベット自治区、新疆ウイグル自治区の南疆地区、四川・雲南・甘粛・青海の4省にあるチベット族居住区、三州とは、甘粛省臨夏ホイ族自治州、四川省涼山イ族自治州と雲南省怒江リス族自治州を指す。

教育部は5月14日の記者会見で、小中学校向けオンライン教育は一定の成果を出したと報告した。引き続き、教室授業と連携させ、教育資源を保証し、オンライン教育の運用方法を改善し、緊急事態に対応できるようにすると述べている。コロナ禍によって世界的に経済が落ち込むなか、EdTech産業への需要の増加も見込まれる。中国のイノベ―ションを進める産業として、今後もオンライン教育の展開が注目されていくだろう。

写真の出典
  • すべてA君母親提供
参考文献
著者プロフィール

澤田裕子(さわだゆうこ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課主幹。担当は中華圏。最近の著作に「第4章 中国――世界水準と「中国の特色」――」(佐藤幸人編『東アジアの人文・社会科学における研究評価――制度とその変化――』アジア経済研究所、2020年)など。