文字サイズ

標準
国・テーマ インデックス
途上国の今を知る

IDEスクエア

コラム

新興国発イノベーション

 
第3回 パーム油にみるSDGsのためのサプライチェーン管理(インドネシア・マレーシア)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051543

2020年2月
(4,177字)

SDGsと企業のサプライチェーン管理の関係とは?

2015年国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は、持続可能な世界を実現するための17の目標を指す。いくつか例を挙げると、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」「気候変動に具体的な対策を」「つくる責任つかう責任」などである。企業は、「つくる責任つかう責任」を通じてSDGsに貢献し、持続可能な生産・調達を行うことが求められている。

対象となるのは国内の調達や生産活動にとどまらない。日本企業は、グローバル化の進展とともに、多くのサプライヤーを新興国に擁しており、国外のサプライチェーン上の生産現場の改善もSDGsにむけた企業の責任として考えていく必要がある。

しかし、新興国のサプライヤーを対象に、「すべての人に健康と福祉を」「気候変動に具体的な対策を」などの目標を達成しようとすると、たちまち難しい課題に直面する。法規制の執行が十分行われず、生産現場における労働や環境への配慮がどう行われているか確認できない現地の状況に、一企業としていかに対処するかという難題をつきつけられるのだ。

イノベーションは課題解決の必要性から生まれる。持続可能な生産活動を企業に求める世界的潮流と、新興国で山積する労働や人権、環境にかかわる課題の組み合わせが、新興国でのさまざまな制度や技術のイノベーションを生み出す土壌になっている。パーム油の事例を用いて、途上国のサプライチェーン管理におけるイノベーションがどのように進んでいるかをみていこう。

写真1 パーム油を搾る前の実

写真1 パーム油を搾る前の実(2018年)
途上国の農産物サプライチェーン追跡の難しさ

植物油であるパーム油は、マーガリンやチョコレート、カップラーメンの揚げ油など食用だけでなく、洗剤・化粧品などの消費財にも使われる実に身近な農産物である。世界のパーム油の8割以上はインドネシアとマレーシアの2カ国で生産されている。

パーム油利用には持続可能性に関わるいくつかの課題が指摘されてきた。アブラヤシ農園の開発は熱帯雨林の伐採を伴うし、農園や工場には児童労働を含む労働・人権問題があるといわれる。企業がこれらの問題を確認せずにパーム油を利用することは、SDGsの達成に逆行する恐れもある。そのため企業には、インドネシアやマレーシアにある農園、搾油・精製・加工工場、そして製品とつながるサプライチェーンの全体をみて、生産現場での課題を把握し、改善する努力が求められている。

しかしパーム油サプライチェーンの把握は困難を極める。最終製品から原料までサプライチェーンをさかのぼっていくと、マーガリンやクッキーなど製品の加工工場、パーム油の精製工場、パームの実から油を搾る搾油工場まではなんとかたどり着ける。しかし、搾油工場からさらに先の農園は、多数の小規模農家を含む場合も多く、追跡するのは至難の業である。パーム農園を含むサプライチェーン上の生産現場で実際に起こっている事実と、責任をもってパーム油を使う必要性にせまられる企業が知り得る事柄の間には大きなギャップが存在するのだ。

パーム油にみる第一世代のサプライチェーン管理

このような情報の非対称性に対応するため、これまでさまざまな対策が試みられてきた。その第一世代と位置付けられるのは、先進国企業による生産国サプライヤーとの協働である。

大手のパーム油需要企業は、事業を通じてかかわる新興国のサプライヤーと協力して、生産現場の情報を把握し、労働や人権、環境などの課題を改善する取組みを行ってきた。これらの企業は、サプライヤーに対し、その先につながるサプライヤーの生産現場の改善も促すよう要請する。パーム油のサプライチェーンのうち最も複雑な搾油工場から先の農園の環境や労働問題などの確認や対応は、搾油工場のほか、NGOや政府機関などのステークホルダーと協力して行うこともある。チョコレートで有名なネスレや日本の不二製油、花王が、このような取組みを行ってきた企業の代表例といえよう。

しかし、このような第一世代の取組みには限界があった。自主的措置であるため実効性が客観的にわかりにくい、取引規模が小さい企業には実施が困難、コストが高いなどの課題があったのである。パーム油調達を行う企業の規模が大きい場合には選択が可能な方法だが、すべての企業向きではないといえよう。

第二世代、すすむ持続可能性認証の活用

2000年前後から欧州を中心に、第二世代の取組みとして、持続可能性認証が策定されはじめた。持続可能性認証とは、簡単にいうと、農園や企業が生産活動を行うにあたり、環境や労働等についてあらかじめ定められた基準を満たしていれば、認証を与えて証明する仕組みである。認証を受けた農園や企業が生産したパーム油は、持続可能性基準を満たす認証油とされる。認証の基準を定める国際的な民間非営利組織「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」が2004年に設立され、現状RSPO認証油がパーム油生産量の2割程度を占めるに至っている。RSPOを追って、2011年にインドネシア政府によるISPO、2015年にはマレーシア政府のMSPOというパーム油持続可能性認証も策定された。

企業は、これらの認証を取得した農園や企業と取引することで、途上国のサプライチェーン管理を自社で行うことなく、持続可能なパーム油を利用することができる。この認証制度が整備されたことによって、SDGsに取り組むより多くの企業が持続可能なパーム油を選べるようになった。

持続可能性認証はまた、第一世代の取組みが抱えていた透明性にかかわる課題を克服している。認証賦与にあたっては、客観的で専門性をもつ第三者認証機関が監査を行い信頼性を確保しているほか、認証の意義と効果を示すさまざまな情報公開を進めている。RSPOは、GeoRSPOという認証取得企業の名前、位置と森林の分布を示す地図を公開し、認証を取得した農園が保護林地域に位置していないことなどが確認できるツールを提供している。MSPOもまた、MSPO Traceというアプリを使って誰でも認証を受けた搾油工場や農家を追跡できるサービスや、パーム油のロット番号を入力すればそれがどの農園や搾油工場で生産されたかがわかる地図を2019年11月に公開した。農産物のサプライチェーンの情報を企業や消費者がアプリで確認できる仕組みは、持続可能性認証のイノベーションといえよう。

写真2 MSPO認証を取得し、認証が求める安全ヘルメットをかぶってパームの実を収穫する農園労働者

写真2 MSPO認証を取得し、認証が求める安全ヘルメットをかぶってパームの実を収穫する農園労働者(2018年)
第三世代、ブロックチェーン技術への期待

このように環境問題への対応については、持続可能性認証の取組みにより大きな進展がみられる。一方、人権や労働者の問題などは、日々の状況の実態把握が必要で、第三者認証機関による1年に1度などの定期的な監査のみでは十分対応しきれない。また、第二世代の持続可能性認証がアプリで示す地図や書類上での確認方法も、労働や人権については有効ではない。現地での細やかな確認が必要な人に関する課題は、現状把握や対応するためのコストも高くなる。

そこで役立つと考えられるのが、ブロックチェーン技術を用いたサプライチェーン管理の方法である。パーム油産業でのブロックチェーン技術の適用はインドネシア政府のホームページでも紹介され、今後期待されている分野だ。

この技術では、まず農家がスマホのアプリ等を使って収穫について書き込みを行い、GPSの情報を組み合わせて、収穫の場所と日時、農業従事者の名を記録する。労働者の法的ステータスなども登録しておけば、不法労働がないかもある程度確認できる。収穫物の農園からの輸送や搾油工場や精製工場での情報も同様に記録し、それをデータのチェーンとしてつなぐことで、複雑なサプライチェーンをトレースできるツールとなる。消費者や企業がアプリなどを使い、パーム油が持続可能な方法で生産されたものかどうかについて、サプライチェーン全体にわたる情報を確認することも可能となろう。

現在パーム油関連企業がSUSTAINというグループを作りIT企業と技術開発を行っている。このツールが開発され、実際に運用が開始されれば、持続可能性課題の解決につながるほか、収穫物の需給情報を即時に共有して生産調整を行うなど生産性向上にも寄与するといわれる。ブロックチェーン技術の適用は、追加的なサプライチェーン管理の方策となり得よう。

これらのイノベーションが新興国で進む背景には、パーム油の需要側企業によるSDGsの取組みの進展に加えて、先進国政府の圧力がある。2019年6月に欧州委員会は、SDGs政策目標に関連して、パーム油が森林破壊や地球温暖化に悪影響を与えているとして持続可能なバイオ燃料と認めず、輸入を削減して2030年までに利用をやめる規制を導入した。欧州はインドネシアとマレーシアの重要なパーム油輸出先である。経済発展をパーム油に大きく依存するインドネシアやマレーシアの政府とパーム油産業にとって、欧州の懸念を払しょくすることは喫緊の課題となっている。

新興国が生き残りをかけて生み出すイノベーションは、新興国の農業を新しいステージに押し上げていく可能性を秘めている。将来、日本の農家にも同様の持続可能性に関わる取組みが求められるようになったら、日本はこれらの先端技術の経験をインドネシアやマレーシアから輸入することになるかもしれない。

写真の出典
  • すべて著者撮影。
著者プロフィール

道田悦代(みちだえつよ) 新領域研究センター環境・資源研究グループ主任研究員。博士(経済学)。専門は環境経済学。主な著作にRegulations and International Trade: New Sustainability Challenges in East Asia(共編著)Palgrave Macmillan(2017年)、『途上国からみた「貿易と環境」』(共編著)アジア経済研究所(2014年)など。

書籍:Regulations and International Trade

書籍:途上国からみた「貿易と環境」 ――新しいシステム構築への模索――