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第1回 キャッシュレスにまっしぐら(インドネシア)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051517

2019年12月
(3,873字)

現金の使えない券売機

今インドネシアは、中国が先陣を切るキャッシュレス社会に追いつかんとばかりに突き進んでいる。キャッシュレス社会を目指し始めた2年前にこれほど急激な変化が訪れることを多くの人は想像していなかったはずである。以下の写真はインドネシアのキャッシュレス化の好例といえる。これは2018年に開通したジャカルタの国際空港と市内を40分で結ぶ空港鉄道の乗車券の券売機だが、現金を入れるスロットはなく、プリペイドカードかクレジットカードでしか購入できない。予約はスマホでもできる。日本で現金が使えない券売機ができたとしたら非難轟轟だろう。そもそも現金が使えない券売機という発想すらないかもしれない。キャッシュレスがいいとか悪いとか議論する以前に、インドネシアは今躍動感をもって新しい世界に突き進んでいる。

写真:ジャカルタ空港鉄道の券売機

ジャカルタ空港鉄道の券売機
配車アプリで景色が変わり始めた

キャッシュレスは単体で進むものではない。GO-JEKの緑のヘルメットがジャカルタの街で目立ち始めた2015年あたりからインドネシアの景色が変わり始めた。eコマースが急拡大し、インドネシアにはユニコーン(時価総額が10億ドルを超える未公開企業)が4つある(GO-JEK, Traveloka, Tokopedia, Bukalapak)といわれるようになった。

シェアライドのバイクタクシー配車アプリから始まったGO-JEKはタクシー配車、フードデリバリーや電子マネー決済などインドネシアの人々の日々の生活になくてはならない存在になっている。マレーシアで設立されシンガポールに移転したライドシェアサービスGrabは米国Uberの東南アジア事業を買収し、インドネシアにおいても配車アプリサービスの2強として、現在は時価総額が100億ドルを超えるデカコーンとなったGO-JEKとしのぎを削っている。

オンライン旅行代理店であるTravelokaは宿泊、列車、バス、飛行機のチケットなどをネット販売する。つい最近まで長距離列車のチケットを購入するためには直接駅までいかなければならなかったが、今はオンラインで購入可能である。予約するとQRコードが送られてきて、それを改札でかざして発券する。隔世の感とはまさにこのことである。

オンラインマーケットプレイス市場では、首位であるTokopediaをBukalapakが追っている。これらはYahoo!や楽天市場のようなものであるが、Tokopedia の2019年の取引額はGDPの1.5%に相当する222兆ルピアと予測される。インドネシアのeコマースの市場規模はすでにASEAN最大となり、米コンサルティング会社McKinseyによればインドネシアのeコマース市場は2017年~2022年の間に8倍になると予測されており、その潜在力の高さに世界中が注目する熱い市場となっている。

こうしたインターネットを利用したビジネスの発展の背景には、スマートフォンの普及があり、光ファイバーの広がりがある。さらに、それを支える購買力を持ち始めた中間層の台頭があり、そして圧倒的に若い人口がその土台となっている。これらのいくつもの要素がそろったことが、キャッシュレス社会への劇的な転換をもたらしたといえる。大げさに聞こえるかもしれないが、地殻変動が起きている、そういう感覚である。そしてそうこうしている間に、電子マネー決済を手掛けるOVOが2019年10月にユニコーン入りをして、インドネシアのユニコーンは5つになった。

ただ、日本人にとって、今インドネシアで広がっているサービスは別に目新しいものではない。e-コマースはAmazonや楽天などのネット通販でしかなく、日本では電子マネーはSuica、PASMO、iD、nanacoやWAONがほぼどこでも使え、クレジットカードの保有率は高い。ATMはコンビニにも入っており現金を引き出すことも困らない。GO-JEKのシェアライドのような配車アプリこそないが、日本は公共交通機関が整備されていて、歩くことを良しとする日本人にとってそもそもタクシーは「ぜいたく品」なため、それほど需要は高くない。また最近はJapanTaxiなどのタクシー会社によるスマートフォンのアプリを使ったサービスも始まったため、今インドネシアで起きていることを聞いたとしてもあまり驚きはない。しかしそこに落とし穴があるのだ。インドネシアは日本や豪州などよりも先を行っている。

短時間に凝縮された変化

便利で新しいものを、という欲望とそれを可能にする購買力がインドネシアを前へ前へとすすめている。日本と何が違うのか、というとインドネシアではこれらの変化が短時間に凝縮されて進んでいることである。そしてひとつのサービスがどんどん新しいサービスを生み出しているということである。日本では、NTTドコモがi-modeを始めたのは1999年、JR東日本がSuicaを導入したのは2001年、Amazonが日本でのサービスを開始したのは2000年、楽天市場が開設されたのは1997年と20年をかけて現在の仕組みが作られてきた。だからそこにPayPayやLINE Payが参入しても、すでに慣れ親しんで特に不便のない支払い方法を変える理由はなかなかみつからない(年齢が上がれば上がるほど手法を変えることは面倒くささというコストの方が高くなる)。

翻ってインドネシアは、2014年8月に中央銀行がキャッシュレス運動(GNNT)を始め、以来様々な形でキャッシュレス化を促進し、Financial Inclusion(金融包摂)を金融サービスの電子化によって進めることを目標としている。インドネシアのキャッシュレスの進展を支える電子マネーに関しては、2009年に中央銀行規則によって初めて規定された。中央銀行からライセンスを得た銀行および非銀行機関が電子マネーを発行し、同年中に利用が始まった。ただし、本格的な利用が始まったのはこの2年ほどのことである(図1)。2016年7月の時点で電子マネー発行者数は20(9銀行と11非銀行機関)だったが、2019年12月には39(12銀行と27非銀行機関)に急拡大している。

図1 インドネシアにおける電子マネー取引の拡大

図1 インドネシアにおける電子マネー取引の拡大

(出所)インドネシア銀行。
電子マネーの闘い
電子マネー前夜の2014年のインドネシアでは、インターネットバンキングを利用しているのは5%、クレジットカードは1%にすぎなかった。クレジットカード市場はインドネシアの経済成長と中間層の拡大に伴って2010年以降少しずつ拡大してきた。その後も成長しているものの伸び率は5%程度である。現在のインドネシアのキャッシュレス化は、電子マネー、それもSuicaのようなカード式の非接触ICによるものではなく、スマホのアプリを使ったQRコード決済が主流である。2017年に12兆ルピア(対GDP比0.09%)だった電子マネー決済金額は、2018年には47兆ルピア(同0.32%)に跳ね上がり、2019年10月時点ですでに112兆ルピアと前年の2倍を超える勢いである。現在、電子マネーはGO-JEKのGoPay, 大手財閥リッポー系のOVO(Grabカーも使える)、中国のAnt Financial のDANA、官製のLinkajaが市場獲得にしのぎを削っている(GrabによるDANAとOVOの統合もうわさされ、動きの速いこの業界の勢力地図は常に動いている)。
小銭嫌いはキャッシュレスにうってつけ?

ここで、少し別の視点で感覚的な話をすれば、キャッシュレスはインドネシア人に合っているように思われる。もとよりインドネシア人は小銭が好きではない。好きでないどころか、その存在はほとんど無視されているといっても過言ではない。日本人がもつ「小銭は面倒くさいけれど大切にしなければ」というような感覚はまずない。中央銀行は劣化の激しい紙幣より耐久性のあるコインの導入を試み、2010年には1000ルピア(10円相当)の少額紙幣をコインにした。スーパーのレジに自動でおつりがでる機械が導入されるのとほぼ同時期で、インドネシアの人々の生活にアルミのコインが入ってきたが、1000ルピア以下のコインもあるため大量のコインが渡される度に、げんなりするのはインドネシア人だけではないので、インドネシア人にとっては嫌悪の対象だろうというのは想像に難くない。以前はおつりを小銭ではなくキャンディーで代用するくらい小銭を使わなかった人たちなので、小銭から解放されるスマホ決済はどんなに性に合っていることだろうと改めて思うのである。

なにはともあれ、新しもの好きのインドネシア人にとってキャッシュレス社会へ移行することに大きな抵抗はないように思われ、今後の新たな進展にもますます目を離すことができない。

写真の出典
  • 川村晃一撮影
著者プロフィール

濱田美紀(はまだみき) 開発研究センター主任調査研究員。博士(商学)。専門は開発金融、コーポレートファイナンス、インドネシア経済。主な著作「国際資本移動とインドネシア経済の脆弱性」(『フィナンシャル・レビュー』No.137、2019年2月)、「インドネシア経済――資源依存から高付加価値への課題」(トラン・ヴァン・トゥ編著『ASEAN経済新時代と日本』文眞堂、2016年)など。