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コラム
フォーカス・オン・チャイナ
第5回 安倍首相訪中と日中首脳会談の実現
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050622
2018年11月
2018年10月は日中平和友好条約が発効して40周年の節目に当たる。この時期に安倍晋三首相が北京を訪問して日中首脳会談が実現したことは、日中関係の改善にとって歓迎すべき出来事であった。日本の首相が、首脳レベルの国際会議への出席を除いて、中国を公式訪問して首脳会談を行うのは、2011年の野田首相の中国訪問以来7年ぶりであった。長きにわたって膠着状態にあった日中関係を、首脳の相互往来を通じて改善していくことが両国にとっての当面の課題である。今後、来年6月に大阪で行われるG20サミットの開催に合わせて、習近平の日本訪問と日中首脳会談を実現することによって、日中両首脳の相互往来を定着させることが外交上重要となってくる。
日中経済協力が主な議題
2017年の日中の貿易総額33兆円(前年比で9.8%増)という数字も、日中関係が好転しつつあることを示している。このような日中関係の改善の兆しは、中国で事業を展開する日本企業にとって「追い風」となっている。最近、中国の地方政府の幹部が日本からの投資誘致や起業誘致のために来日するケースが増加している。2012年9月の日本政府の尖閣国有化宣言以来の日中関係の冷え込みによって、そのような機会が激減していたものの、近年は増加傾向にあり、対日関係を好転させようという中国側の意欲の表われであると言えよう。
2018年10月26日の日中首脳会談では経済分野が主な議題とされ、中国が日本側に求めてきた先端技術協力をめぐる「日中イノベーション協力対話」の枠組みを設置することで合意した。同対話の枠組みは、閣僚級の「日中ハイレベル経済対話」の下に設置し、年内にも初会合を開く見通しとなっている。また、金融危機時の通貨の相互融通に関する日中通貨スワップ協定を上限3兆円規模に拡大したうえで再開することでも合意した。
なお、日中首脳会談に先立ち、日本の大手証券会社が中国の政府系ファンド「中国投資」(CIC)とともに、新たなファンドを設立する方針を示した。そこには日本の三大銀行などの金融大手なども参入し、投資総額1000億円を超える大規模投資が見込まれている。こうした日中の新ファンドの設立が、経済面での関係強化にどこまで繋がるかが注目される。
今回の日中首脳会談と同時に北京で開催された、第1回「第三国市場協力フォーラム」には、日中両首脳に加え、1500人を越える企業関係者などが参加して、日中両国の企業などが「第三国」でインフラ投資などを共同で展開するため覚書を50件あまり締結した。そこには、日本との協力を通じて巨大経済圏構想「一帯一路」の事業を加速させたいという中国の思惑が表れていると言えよう。これに対して日本側は、日中両国のインフラ協力は「開放性」や「透明性」を確保することが必要であるという立場を示した。
米中関係と日中関係の連動
安倍首相の北京訪問の際に、天安門広場に日中両国の国旗が多数掲げられたことは、日本との関係改善を重視する中国側の姿勢の表われでもあった。ただし、今回の中国の対日接近の動機は米中関係の悪化にあり、アメリカへの牽制という意味合いが大きく作用しているのは間違いない。目下のところ、アメリカが中国に対して高関税をかけることによって米中貿易戦争が長期化するのではないかといった見方が国際社会に強まっている。その一方で、トランプ大統領が今後どこまで中国と対峙しようとしているのかについては未だ不明であり、アメリカと中国が突然歩み寄るといったシナリオもあり得る。その場合、米中関係の揺り戻しの影響を日中関係が受ける可能性も出てくる。そうしたことを考えると、今後の米中関係の変化の可能性も見越して、首脳の往来を制度化するなどの、日中関係を安定化させる仕組みを構築する必要があるだろう。
残された安全保障上の課題
知的財産権や強制技術移転の問題
今回の日中首脳会談では、朝鮮半島の非核化の問題や、東シナ海の問題なども議題とされた。だが、「日中友好」の演出が優先された結果、比較的取り組みやすい経済分野の議題が重点的に扱われ、よりハードルの高い、南シナ海の問題などの安全保障分野の議題は後回しにされた感は否めない。
また、習近平国家主席との会談上、米中関係が議題にのぼった際には、安倍首相が知的財産保護の問題に触れたものの、中国の改善を促すのみにとどまった。だが、トランプ政権が問題視している中国の知的財産権の侵害や、強制技術移転の問題は純粋な経済問題ではなく、国家の安全保障に関わる問題でもあり、日本にとっても決して看過できない懸案事項である。これに関して、アメリカやEUなどとの連携によって閣僚レベルの協議などが行われてきたが、今後は首脳レベルに引き上げることも視野に入れ、本腰を入れて取り組んでいくべきである1。
「日中海上捜索・救助(SAR)協定」の署名
日中両政府は10月26日の首脳会談に合わせ、日中両国の周辺海域での海難事故への対応を定める「日中海上捜索救助(SAR)協定」の署名も行った2。ただし、尖閣諸島の領有権をめぐる日中の対立を踏まえ、今回の協定のなかで適用区域を定めることは見送られることになった。同協定は、海難事故の際に遭難者の捜索・救助で協力する方法などを定めているが、事故対策よりも、日本の海上保安庁と中国の海上捜索救助の当局間の信頼醸成をはかるという意味合いが強いと言えよう。なお、同協定をめぐっては、2011年末に日中の政府間で原則合意に至っていたものの、日本政府の尖閣国有化宣言以降、中国側の反発が高まり協議が停滞していた。だが、最近の日中関係改善を受け、2018年5月には早期締結を実現する方向で改めて合意がなされていた。
日中防衛交流の拡大
日中防衛交流を推進することでも両者は一致した。これに関して、2018年6月には自衛隊と中国軍の偶発的な衝突を避けるための「海空連絡メカニズム」の運用が開始されているが、今回の日中首脳会談では、それを強化するために早期にホットラインを開設するとともに、年内にも防衛当局者同士の初会合を開く方向性を打ち出した。また、来年にも自衛隊トップの統合幕僚長が訪中する予定で、実現すれば2008年以来の出来事となる。さらに、中国軍幹部の来日も検討され、海上自衛隊と中国海軍の艦艇の相互訪問をする方向で一致した。こうした防衛交流の拡大は、日中両国の信頼醸成にとって重要な意味を持つ。
他方、日中首脳会談開催前の10月17日午前、尖閣諸島周辺で中国海警局の船4隻が日本の領海に侵入したことが明らかになった3。今年の夏以降、中国の日本領海への侵入回数については急増する傾向はみられないものの、ほぼ横ばいの状態が続いている。このように、日中防衛交流の拡大とはうらはらに、東シナ海においては依然として対立の火種がくすぶっており、今後とも注視が必要である。
以上のように、2018年10月の日中首脳会談では経済問題が優先されたものの、今回の関係改善を機に、今後は安全保障上の課題についても協議を進めていく必要があると言えよう。それによって、「競争から協調」への新しい段階の日中関係を目指すべきである。
(2018年10月31日)
著者プロフィール
松本はる香(まつもとはるか)。アジア経済研究所 地域研究センター東アジア研究グループ グループ長代理・副主任研究員(博士)。専門分野はアジアの冷戦外交史、中国外交、台湾をめぐる国際関係など。
写真の出典
- 北京で行われた日中首脳会談:首相官邸ホームページ。
- 尖閣諸島付近を航行する海上保安庁の巡視船:By Al Jazeera English [CC BY-SA 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0)], via Wikimedia Commons.m/a/reactions-on-ma-on-92-consensus-20150429/2741313.html.
注
- 経済産業省「日米欧三極貿易大臣会合 共同声明(仮訳)」(PDF)。
- 外務省報道発表「日中海上捜索救助(SAR)協定の署名」。
- 海上保安庁「尖閣諸島周辺海域における中国公船等の動向と我が国の対処」。