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コラム
フォーカス・オン・チャイナ
第4回 習近平政権の31項目の台湾優遇措置――より洗練されたしたたかな中国の台湾戦略
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050367
2018年4月
「92年コンセンサス」をめぐる中台間の相違
2017年10月下旬、中国共産党第19回全国代表大会(第19回党大会)が開催され、開幕会議において、習近平総書記が演説を行った。そのなかで習近平は台湾問題に触れ「一つの中国の原則は、両岸関係の政治的基礎である。一つの中国の原則を体現する『92年コンセンサス』は、両岸関係の根本的性質を明確に定義しており、両者の平和的発展を確保する上での鍵である」と演説して、台湾側が「92年コンセンサス」を受け入れるべきであるという立場を示した。その上で、「われわれには、いかなる形の『台独』(台湾独立)分裂のたくらみも打ち砕く確固たる意志、十分な自信、そして十分な能力がある。われわれはいかなる者、いかなる組織、いかなる政党、いかなる時、いかなる形によって、中国領土のいかなる部分を中国から分離することも決して許さない」と述べ、「台湾独立」の動きを牽制する姿勢を明らかにした。
このような習近平の演説の背景には、国民党から民進党へと政権交代した後の中台交流の停止がある。2016年5月の民進党の蔡英文総統の就任以来、今日に至るまで、中台の当局間で行われてきた直接対話は停止されたままとなっている。その主たる原因は、蔡英文政権が、中国側が求めてきた「92年コンセンサス」を受け入れていないことにある。
「92年コンセンサス」とは、1992年に取り決めたとされている、中台間の会談における口頭の合意のことを指す。2000年代半ば以降、中国側は「92年コンセンサス」とは、「一つの中国」原則を指すという立場を取ってきている。その一方で、国民党関係者は、これに関して、「『一つの中国』はそれぞれ解釈することが可能である」(一個中国各自表述)という立場を取ってきた。
だが、民進党の蔡英文政権は、このような玉虫色の合意そのものに懐疑的である。そのため、蔡英文は「92年コンセンサス」という言葉を用いるのを敢えて避け、「92年の会談において合意がなされたという歴史的事実を尊重する」という曖昧な立場を取り続け、独立にも統一にも傾くことなく、中台関係の現状維持を保とうとしてきた。
中国の31項目の台湾優遇措置
2017年10月の第19回党大会の演説のなかで、特に注目すべき点は、習近平が台湾に対する優遇措置を取るという方針を全面的に打ち出したことにある。習近平は「両岸同胞は運命を共にする血を分けた兄弟であり、血は水よりも濃い家族である。……(中略)……われわれは大陸の発展のチャンスを率先して台湾同胞と分かち合いたいと考えている。われわれは両岸の経済・文化交流・協力を拡大し、互利互恵を実践し、大陸において就学、起業、就職、生活する台湾同胞に大陸同胞と同等の待遇を徐々に提供し、台湾同胞の福祉を増進していきたい」と述べた。
2018年3月の第13期全国人民代表大会(全人代)第一回会議の李克強首相の政府活動報告においても、第19回党大会と同様の台湾に対する方針が改めて示された。それとともに、全人代の台湾に関する分科会においては「台湾同胞が大陸に来て、発展のチャンスをつかむことを望んでいる」という前向きな立場が示された。 また、全人代の開催に先立って、2018年2月28日には、中国の国務院台湾事務弁公室と国家発展改革委員会は、「両岸経済文化交流合作の促進に関する若干の措置について」を発表し、31項目から成る、台湾企業や中国大陸で就業する台湾人向けの過去最大規模となる優遇措置を打ち出した。
そのうちの台湾企業向けの12項目は、中国の企業と同等の待遇を与えることに重点が置かれ、税制面での優遇措置や、これまで制限されていたインフラ整備などの、「一帯一路」などを含む、政府主導のプロジェクトへの参加を認める方針が示された。また、台湾人就労者向けの19項目には、大陸での就学や、起業、就業、生活面などにおいて、中国人と同等の扱いを認めるというものであり、医療、教育、文化・映像産業、芸術といった高度な専門職の人材を幅広く受け入れることなどが含まれている。
より洗練されたしたたかな中国の台湾戦略
今回、中国が打ち出した31項目の台湾優遇措置は、2010年の海峡両岸経済協力枠組み協議(ECFA)以来のもので、2013年の中台間のサービス貿易協定の「拡大版」として位置づけられる。当時、国民党の馬英九政権下におけるサービス貿易協定の締結によって、中国側が80分野、台湾側が64分野の市場開放を決めた。だが、馬政権が民意のコンセンサスなどを十分に得ることのないままに中台交流を進めたことから、中国との経済交流の拡大にともなう「負の側面」に対する不安感が台湾社会に拡がった。
その結果として、2014年3月には、台湾において「ひまわり学生運動」が発生したため、サービス貿易協定の発効手続きは頓挫することになり、市場開放は見送られることになった。その後、台湾において政権交代が起こって中台関係が膠着化するなかで、習近平政権は、蔡英文政権の頭越しに、台湾の企業や個人に対して中国側の市場を一方的に開放するという今回の措置に踏み切ったのである。
第19回党大会以降、福建省政府は、2020年までに台湾出身の研究者1000人を同省内の大学で採用する計画をはじめとする、台湾に対する優遇措置を次々に明らかにしてきた。また、全人代後、福建省のアモイ市が台湾人就労者に対する具体的な優遇措置として、就業1年を経過した後、学歴や技能、就業期間などに応じて、補助金を供与する方針などを発表した。そのなかには、葬儀費用の免除なども含まれており、中長期間にわたり、台湾人の中国大陸における就労を促そうという中国側の意図がうかがえる。
警戒感を強める台湾側の対抗措置
蔡英文政権は、中国の台湾優遇措置について強い警戒感を示している。2018年3月8日、中国との交流の窓口である台湾の行政院大陸委員会の邱垂正報道官は、中国の措置について「単なる優遇政策ではなく、中国に利することが実質的な目的だ。中国の経済発展と台湾の人材誘致に狙いがある」と述べた。また、同月16日には、台湾の行政院が中国に対する対抗措置として、台湾を成長させるための「4つの柱と8項目の戦略」を発表した。そこには、台湾における就学や就業の条件の改善、研究関連などの高度な専門職の人材に対する奨励の拡大、文化・映像産業の強化、業務上の秘密の保護強化などが含まれている。さらに、2018年4月11日、台湾の行政院大陸委員会は「中国は、いわゆる『民主自由社会』ではない。台湾民衆は、実際の状況や先の見通しをよく理解し、慎重に判断する必要がある。わずかな恩恵のために中国の統一戦略や台湾融合政策に乗るべきではない」と注意を促した。
確かに中国の台湾優遇措置は、一見、台湾に対して経済的恩恵を与えるソフトなアプローチのようでもあるが、中長期的には台湾の安全保障そのものを揺るがす危険性を併せ持っているといえよう。台湾人の中国への愛着や帰属意識を果たして金で買うことができるのか、そして、中国の台湾人に対する吸引力やその実態がいかなるものなのか、引き続き今後の展開に注目したい。
(2018年4月23日)
著者プロフィール
松本はる香(まつもとはるか)。ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター東アジア研究グループ グループ長代理・副主任研究員(博士)。専門分野は冷戦外交史、中国外交、台湾をめぐる国際関係等。
写真・地図の出典
- 「習近平と蔡英文」By 美國之音合成圖片 [Public domain], via Wikimedia Commons.
- 「馬英九前総統」http://www.voachinese.com/a/reactions-on-ma-on-92-consensus-20150429/2741313.html.
- 「福建省アモイ市」https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Xiamen.jpg.