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コラム
フォーカス・オン・チャイナ
第2回 習近平2期目の中国外交の行方
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050145
2018年1月
2017年10月18日から24日まで、中国共産党第19回全国代表大会(第19回党大会)が開催された。同大会開幕会議では、習近平総書記が3時間半余りの長時間の演説を行った。習近平は演説のなかで「中国的特色のある社会主義という偉大な旗印を掲げ、全面的に小康社会*を確立するために最終的な勝利を収めて、新時代の中国的特色のある社会主義の偉大なる勝利を得て、中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現するために、奮闘を惜しまない」として、改めて「中華民族の偉大な復興」や「中国の夢」を掲げ、大国としての中国の存在感を国内外に示した。
対外政策に関しては、近隣諸国との善隣友好や、周辺外交を進めていくという方針を改めて示すとともに、「一帯一路」の実現を通じて、国際協力を推進する立場を示した。それとともに、中華人民共和国建国100周年に向けて、国防改革と軍の現代化を進め、「社会主義現代化強国」の建設を目指す方針を示した。
新指導部体制をめぐる異例の人事
習近平を党中央の「核心」とする「一強体制」が形成されつつあるなかで、第19回党大会における習政権2期目の人事が注目されてきた。蓋を開けてみれば、「チャイナ・セブン」とも呼ばれる政治局常務委員7人には、栗戦書(中央弁公庁主任)、王滬寧(中央政策研究室主任)、趙楽際(中央組織部長)などの習近平の側近に加え、習と関係が深いと目されている韓正(上海市党委員会書記)が任命された。このように、習近平を支持する勢力が政治局常務委員の過半数を占めることになり、習政権の党内の権力掌握がより進んだという見方が強まっている。今回、党規約に習近平の名を冠した政治理念を盛り込むのに成功したことも、そのひとつの表われであるといえよう。
その一方で、第6世代の指導者候補として、政治局常務委員入りが有力視されてきた胡春華(広東省党委書記)や、陳敏爾(重慶市党委書記)などが最高指導部入りすることはなかった。これによって、党大会において後継者を内定して常務委員に登用するという四半世紀にわたって行われてきた慣例は破られ、次世代の最高指導者を明らかにしないという異例の人事となった。
今回、次世代の若い指導者が政治局常務委員に入らなかったことから、習近平が2020年以降の3期目の政権続投を狙っているのではないかといった憶測も出ている。だが、中華人民共和国憲法によれば、国家主席や総理の任期は2期10年間と定められている。党主席制度を復活させて、3期目の続投を可能にするという見方もあるが、その場合には憲法改正の必要性が出てくることから、ハードルはやや高いといえそうだ。このため、5年後に25人の政治局委員のなかから、最高指導者が直接選出されるといった可能性なども残されている。
「一帯一路」構想をめぐる中国側の狙い
最近の中国の動きを振り返れば、その周辺環境は必ずしも良好な状況とはいえない。中国の海洋進出や海洋権益を追求する動きは活発化しており、周辺諸国との間にさらなる摩擦や軋轢を生む危険性が高まっている。とくに、東シナ海や南シナ海における領有権争いをめぐる中国の強硬な対応は、地域の安全保障の不安定要因となってきた。そのような状況下で、習近平政権は、周辺諸国との関係改善に本格的に乗り出した。
2013年秋には、習近平は中央アジアや東南アジアの関係諸国を歴訪して、中国を起点として中央アジアから欧州に至る陸路の「シルクロード経済ベルト」と、中国沿岸部から東南アジアや中東を経由して欧州に至る海路の「21世紀の海のシルクロード」から成る、「一帯一路」構想を提唱した。また、シルクロード基金やアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設によって「一帯一路」の実現のために積極的に取り組んできた。「一帯一路」の推進によって、太平洋からバルト海に至る物流の大動脈をつくり、東アジア、西アジア、南アジアをつなぐ交通運輸網を建設するという壮大な青写真を中国側は描いてきた。
中国は、「一帯一路」構想を通じて、対外投資や資金援助、インフラ整備等を促進して、中東や中央アジアからの資源エネルギーの権益の確保と安定的供給の確保を狙っている。さらに、中国内陸部のインフラ整備や新興市場の開拓によって、国内の過剰生産力の海外移転や多額の外貨準備の活用などを積極的に進めてきた。
習近平政権が「一帯一路」を推進する意図としては、アジアはもとより、中東、欧州に至る広範な地域において経済的な影響力を強めることによって、中国のプレゼンスの拡大を図ることが挙げられる。また、中国のプレゼンスの拡大には、安定した国際環境づくりが必要なため、経済的利益の供与などによって周辺諸国との関係改善を図り、「中国脅威論」を払拭するという意味合いも含まれている。さらに、中長期的には中国主導の地域経済圏の構築によって、アメリカの影響力の排除を中国は意図しているともいわれてきた。
当初、中国の「一帯一路」構想の一環として進められてきたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設は、世界銀行や国際通貨基金(IMF)、アジア開発銀行といった欧米や日本などが主導してきた既存の国際金融秩序への対抗姿勢の表われではないかといった見方が強まった。だが、アメリカにおけるトランプ政権の誕生によって、その意味合いは次第に変貌を遂げつつある。
アメリカの衰退と中国の存在感の発揮
近年、アメリカの国際社会における役割が低迷するなかで、中国が自由貿易の旗印を掲げて、独自の存在感を国際社会において発揮しようというかつてない動きを見せている。アメリカは、トランプ大統領のもとで、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を政権発足直後に決定し、アメリカ優先の保護主義的な姿勢を強めている。それとは対照的に、中国はアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の実現などに向けて注力している。
2017年1月にスイスで行われた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)に出席した習近平は、開会演説のなかで「われわれは揺るぎなく開放型の世界経済を発展させるべきである」として、当時、まもなく大統領に就任しようとしていたトランプの保護主義的な姿勢や、貿易不均衡をめぐる中国批判などを念頭に置いて、自由貿易の重要性を説いた。そのうえで、習は中国の積極的なイニシアティブのもとで、アジア太平洋自由貿易圏などの交渉を進めて、世界に開かれた自由貿易圏のネットワークをつくる意向を示した。
中国のプレゼンスの拡大は経済面のみにとどまらない。近年、中国は安全保障面においても、アジアの新たな安全保障秩序の構築に向けて主導的な役割を果たそうという姿勢を示した。2014年5月のアジア信頼醸成措置会議(CICA)の場において、習近平は新しい「アジア安全保障観」を打ち出し「アジアの安全はアジアの国民によって守られなければならない」として、「いかなる国家も地域の安全保障を独占すべきではない」と主張した。また、日米同盟などを念頭にして「軍事同盟の強化は地域の安全にとって不利である」という意向を示したことも銘記しておく必要があるだろう。
以上のように、アメリカの相対的な衰退が顕著になる一方で、中国の国際社会における存在感が増して、今後の役割が注目されている。また、今回、習近平政権2期目の権力基盤がより盤石なものとなったことから、政権運営はさらに安定化する見通しが強まった。これによって、反対勢力の声などを気にせずに、政策決定を進めていく環境が党内において整いつつあるといえよう。さらにいえば、次世代の最高指導者が指名されなかったことによって、現政権のレームダック化を防ぎ、求心力を保てるという利点も生じている。
対外政策に関していえば、今後、習近平の独自色によって対外政策を決する局面が増えてくることも予想される。だが、その場合には、対外的な摩擦を恐れない強硬な姿勢を見せる可能性と、必要であれば譲歩の姿勢も見せる可能性とが並存しており、いましばらくは注視が必要である。
著者プロフィール
松本はる香(まつもとはるか)。ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター東アジア研究グループ副主任研究員。専門分野は冷戦外交史、中国外交、台湾をめぐる国際関係等。
写真・イラストの出典
人民大会堂(写真) By VOA [Public domain], via Wikimedia Commons
「一帯一路」構想のイメージ(イラスト) By Lommes (Own work) [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)], via Wikimedia Commons