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世界を見る眼
第7回 蔡英文再選と台湾をめぐる国際関係
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051792
2020年7月
(5,801字)
2020年5月20日、台北市中心部の総統府の東側に位置する台北賓館の中庭で、台湾の第15代総統就任宣誓式が行われた。これによって、今年1月の総統選挙で史上最多の約817万票(得票率57.1%)の獲得という圧倒的支持によって当選した民進党の蔡英文が2期目のスタートを切った。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の成功によって国際社会の評価が高まるなかで、自信に満ちた船出となった。
だが、中国との関係について言えば、第2期蔡英文政権の先行きは必ずしも楽観視できるものではない。そこで本稿では、これまでの中台関係の歩みを振り返りつつ、米中関係、米台関係なども含めて、台湾をめぐる国際関係を紐解いてみたい。
就任演説で示された中台関係の4つのポイント
5月20日に行われた蔡英文の総統就任演説では、中台関係について以下の4つのポイントが示された。① 台湾海峡の平和と安定のために最大限努力する。② 「平和、対等、民主、対話」の8文字を掲げる。③ 「一国二制度」によって、台湾を矮小化し、台湾海峡の「現状維持」を破壊することを受け入れない。④「両岸関係は歴史の転換点」にある。(中台)双方が、対立や立場の違いを越え、将来にわたって付き合っていける道を探らなければならない。
就任演説のポイント③が示すとおり、台湾側は「一国二制度」を受け入れないという立場を取ってきている。他方、中国はあくまでも、「一国二制度」による中国統一を進める立場を譲らない。このように、「一国二制度」をめぐる、両者の立場は平行線上にある。
その一方で、ポイント④が示すとおり、蔡英文は何らかのかたちで中国と交流を持ちたいという意向を示した。だが、2016年5月に蔡英文政権が誕生して以来、「一つの中国」原則を受け入れていないことから、中国と台湾の当局間の実務交流が凍結されたままとなっているのは周知のとおりである。今後の中台関係の見通しは依然として厳しいといえる。
就任演説に対する中国側の反応
次に、就任演説当日の中国側の反応を振り返ってみたい。中国がまず非難したのは、アメリカ政府の対応である。ポンペオ米国務長官は、総統就任式に先立ち、国務省のホームページやツイッターを通じて蔡英文への祝賀メッセージを発表していた。これに中国外交部が批判の矛先を向けた。とりわけ、 蔡英文を「総統」と呼び、米台の「パートナーシップ」を謳ったことに対して強く異議を唱えた。
中国国防部もまた、前述のポンペオの祝意を「非常に危険である」として非難した。それとともに、「中国人民解放軍には、いかなる形でも外部勢力による干渉と、『台湾独立』の陰謀を打ち砕く、強固な意志、十分な自信、十分な能力がある……(中略)……われわれは、 国家の主権と領土保全のために必要なあらゆる措置を取る」として、台湾に対する武力行使を暗に示して牽制する姿勢を見せた。
中国の非難は蔡英文政権にも向けられた。国務院台湾事務弁公室は、「祖国統一は中華民族の偉大な復興の歴史的必然である……(中略)……われわれは『平和的統一と一国二制度』の基本的方針を堅持している」としたうえで、蔡英文政権が「一つの中国」原則を体現した、「92年コンセンサス」を認めることを拒み、両岸関係の平和的発展の政治的基礎を一方的に破壊したことや、外部の勢力と結託して「感染を利用した独立」を画策していることなどを挙げて批判した。その一方で、「台湾実業家や企業が困難を取り除き、業務・生産を再開するのを支援し、ひろく台湾同胞が祖国大陸でより多くの発展の機会を得ることを支持する」として、引き続き、中国大陸に住む台湾人に対する優遇政策を進めていくという意向を示した。
台湾問題をめぐる中国側の最近の主な動き
蔡英文の総統就任演説から2日後の5月22日、北京で全人代(第13期全国人民代表大会第3回会議)が開幕した。通常であれば、毎年3月に開催されてきた全人代だが、今年は新型コロナウイルスの影響で、2カ月以上延期となっていた。5月25日の李克強総理による政治報告では、台湾問題に関して、「『台湾独立』をもくろむ分裂の行動に断固として反対する」という立場が改めて示された。そのうえで、李克強は「両岸の交流・協力の促進、融合発展の深化、台湾同胞の福祉の保障につながる制度的取り決め、政策措置をより完全なものにし、台湾同胞と連帯してともに『台湾独立』に反対し、統一を促進する」として、引き続き、中国大陸に住む台湾人に対する優遇措置を拡充していく意向を示した。
また、5月29日には、「反国家分裂法」実施15周年座談会の場で、全人代常務委員会委員長の栗戦書が演説を行い、「『台湾独立派』による分裂活動に断固反対し、祖国の平和統一を揺るぎなく推進する。……(中略)……『台湾独立』は破滅の道であり、自ら禁を犯そうとすれば必ず厳しい懲罰を受ける」と述べて、台湾が独立を宣言した場合には武力行使も辞さないという強い態度を改めて示した。
中国による台湾人に対する優遇政策
ここで先に触れた、国務院台湾事務弁公室が表明した中国大陸に住む台湾人に対する優遇政策について、これまでの経緯を簡単に振り返っておこう。
台湾人に対する優遇政策の出発点は、2018年2月28日に国務院台湾事務弁公室と国家発展改革委員会が発表した「31項目の台湾優遇措置」(「恵台31条」)である。これは、台湾企業向け12項目と台湾人就労者向け19項目からなる政策で、中国大陸でビジネスを展開する台湾企業に対して、税制面やインフラ整備、国家プロジェクトの参入などについて、中国の企業と同等の待遇を与えるものである。また、大陸で就業・起業、就学する台湾人を幅広く受け入れ、中国人と同等の公共サービスを与えることが約束された。とくに、医療、教育、文化・映像産業、芸術などの分野の高度な専門職の人材の受け入れに重点が置かれている。
こうした中国の優遇政策は、人材面における台湾の「空洞化」を進める可能性があり、中長期的には台湾の安全保障上の脅威ともなり得るという問題がある。これに対する台湾側の対抗措置として、蔡英文政権は、2019年1月に「台湾回帰投資支援策」の運用を開始した。これによって、中国大陸から台湾へ「回帰」した企業は、台湾で展開する事業で必要とする土地や水、電力の供給、労働力の確保などに関する各種支援や優遇措置が受けられることになった。近年の米中貿易戦争の激化はもとより、中国大陸での新型コロナウイルスの蔓延などの影響も相まって、中国大陸での事業展開を見直して、中国大陸から台湾へ「回帰」する台湾企業が増えているものとみられる。蔡英文政権による支援策は、中国大陸に経済的に少なからず依存してきた台湾企業に新たな道を開くものとなったといえよう。
台湾側の動きを受けて、中国は追加措置を講じた。2019年11月に「26項目の台湾優遇措置」(恵台26条)を発表したのである。企業に対しては、5Gへの参入のほか、航空業やテーマパークへの投資などを新たに認めた。個人については、不動産購入の規制緩和や、中国大陸での進学の優遇措置の拡大などが表明された。これは、「31項目の台湾優遇措置」の拡充をはかるものであり、その背景には、当時、台湾総統選挙で苦戦していた親中国派の国民党・韓国瑜候補をバックアップするという意味合いがあったとみられる。だが、中国側の間接的支援は功を奏することなく、韓国瑜は総統選挙で大敗を喫することになった。
蔡英文政権下で狭まる台湾の国際空間
表1 蔡英文政権期に台湾と断交した国(2020年7月現在)
例えば、トランプ=蔡英文電話会談(2016年12月2日)と同じ月には、サントメ・プリンシペが中国と国交を樹立し、台湾と断交した。また、蔡英文が中南米外遊のトランジット外交として訪米(2018年8月13~19日)した際には、その直後にエルサルバドルと台湾が断交となった。さらに、アメリカが台湾に対する過去最大規模の武器売却を決定(2019年7~8月)すると、その翌月にソロモン、キリバスが相次いで台湾と断交した。
蔡英文政権下では台湾と国交を有する国が激減し、現在のところわずか15カ国となっている。ヨーロッパで台湾と国交を有する国はバチカン市国のみである。最近、中国がいわゆる「マスク外交」の一環として、医療物資などの積極的な支援によってバチカンの取り込みをはかっていることを指摘しておきたい。これまでの中国の行動パターンからすると、今後も蔡英文政権やアメリカが台湾問題に関して中国の意に沿わない行動を取れば、断交ドミノが続く可能性がある。
中国の外交的圧力は国際機関にも及んでいる。世界保健機関(WHO)は、今年も蔡英文政権下の台湾に対して、世界保健総会(WHA)へのオブザーバー参加を認めなかった。2017年以降、中国は台湾の参加を拒否してきたが、最近、台湾が新型コロナウイルスの水際対策で成功を収めたことを理由に、アメリカやヨーロッパ、日本などから台湾のオブザーバー参加を支持する声が高まっていた。だが、中国が首を縦に振ることはなかった。その結果、5月18・19日に開催されたWHAへの台湾の参加は認められなかった。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の苦い経験を踏まえて、パンデミック抑制のための豊富な知見を有する台湾の参加には大きな意義があるものの、今後も、WHOに多大な影響力を持つとみられている中国が、台湾の参加を認める可能性は低い。
台湾をめぐる安全保障
最後に、台湾をめぐる安全保障、とくにアメリカと台湾の関係について触れたい。これまでトランプ政権は、台湾を重視する政策を次々と打ち出してきた。例えば2018年3月の「台湾旅行法」には、米台双方の政府高官の往来を促進することが定められた。また、2018年12月の「アジア再保証推進法」には、台湾への武器売却や、政府高官の相互往来を進めることなどが改めて定められた。さらに、アメリカによる台湾海峡近海の警備強化も進められている。イージス艦を含む米海軍艦艇は、およそ月1回のペースで台湾海峡を通過しており、2019年は合計9回の航行が実施された。
中国もまた、台湾周辺での軍事的活動を活発化させている。2019年3月には、中国の戦闘機が台湾海峡の中間線を越え、台湾の戦闘機が緊急出動するという事件が発生した。同様の事件は今年の2月にも起きており、偶発的な衝突の可能性が高まった。これに対してアメリカは、台湾海峡近海の警備を強化し、中国を強く牽制している。
アメリカの台湾に対する武器供与も積極的に行われてきた(表2)。とりわけ、2019年8月に決まった最新鋭のF-16戦闘機の売却は、約80億ドルという過去最大規模のものとなった。また、アメリカは、蔡英文の総統就任式の日にも武器売却の決定を発表し、台湾支援の姿勢を鮮明にした。以上のように、アメリカは安全保障面でも蔡英文政権下の台湾に対して積極的なコミットメントを行ってきている。
表2 蔡英文政権期のアメリカの対台湾武器売却の決定(2020年7月現在)
今後4年間、第2期蔡英文政権下の中台関係は引き続き厳しいものとなるだろう。とりわけ、民進党政権下で凍結されている中台実務交流の再開への道のりは険しい。その理由として、「一つの中国」や「一国二制度」などをめぐる中国と台湾の立場の隔たりが挙げられる。香港における「国家安全法」の制定などによって、「一国二制度」の形骸化が危ぶまれる状況のなかで、台湾が「一国二制度」を受け入れることはまずないと思われる。その一方で、今後も中国は、蔡英文政権の頭越しに、台湾の企業や就学・就労者向けの取り込み策を続けるであろう。それと同時に中国は、その意に反することが起これば外交的圧力を行使し、台湾の国際空間をさらに狭めることになるだろう。
このように中台関係が冷え込むなかで、近年のアメリカは「以台制華」(台湾を以て中国を制する)という姿勢を強く打ち出すようになっている。こうしたアメリカの姿勢は当面続くであろう。
(2020年7月16日 誤字修正)
写真の出典
- 中華民國總統府(Office of the President, Republic of China[Taiwan])ウェブサイト(Public Domain)
著者プロフィール
松本はる香(まつもとはるか)。アジア経済研究所 地域研究センター東アジア研究グループ グループ長代理(博士)。専門はアジアの冷戦外交史、中国外交、台湾をめぐる国際関係。主な著作に川上桃子・松本はる香編『中台関係のダイナミズムと台湾――馬英九政権期の展開』研究双書 No. 639、アジア経済研究所など。
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