図書館
  • World Document Discovery蔵書検索
  • 蔵書検索(OPAC)
  • アジ研図書館の蔵書や電子ジャーナル、ウェブ上の学術情報を包括検索
  • アジ研図書館の蔵書を検索
    詳細検索

ライブラリアン・コラム

情報が消える前に保存する――満鉄関係資料の電子化の事例

能勢 美紀

2026年1月

はじめに

筆者はアジア経済研究所図書館(以下、アジ研図書館)で2018年から資料保存業務に携わっている。ただ、それ以前に資料保存の専門知識や経験があったわけではない。司書資格は所持しているものの、日本の図書館情報学では資料保存を体系的に扱うことは少ないため、多くの司書が、自館の課題に直面しながら実践的に学んでいくのが現状である。

幸か不幸か、筆者が担当となってから、このライブラリアン・コラムでも紹介してきたカビ被害の経験2回、劣化マイクロフィルムへの対応など、かなりの「当たりくじ」を引いてきていると思う。難題を引き当てるたびに、他館の事例や、基礎的な知識をまとめた文献等があると助けになると痛感し、当館の事例も、たとえ当たり前と思われることであっても共有したいと考えるようになった。

今回のコラムでは、「電子化」をとりあげたい。アジ研図書館でも資料の電子化を行っているが、どのような資料が電子化されているのか、電子化の際に何に気を付けているのか、特に資料保存の観点から紹介する。電子化には相応の費用がかかるため、何を基準に資料を選び、どのように作業するかの一つの事例として、当館の経験が参考になればと思う。

図書館資料保存における電子化の位置づけ

電子資料が注目されるようになって久しい。AIの急速な普及と発展により、昨今は特に「今どき紙の資料なんて……」といった風潮が強くなっていると感じる。政府によるデジタル庁の設置やコロナ禍での急速な電子化の経験も影響しているのだろう。

確かに、電子資料は非常に便利だ。コロナ禍を契機に世界中の資料が電子化され、アクセス可能になったことで、研究が大きく進んだ分野もある。図書館側は著作権処理やメタデータの作成等、電子化した資料を公開するまでには多くの課題があるが、多くの人に自館の資料が利用され、研究が進むことは大きな喜びでもある。

このように、一見すると「労力はかかるが、電子化すれば良いことづくし」のようにも思える。しかし、もちろんそう単純ではない。マイクロフィルムに関する拙稿でも述べたように、電子データは改変リスクを抱えるうえ、ソフトウェアやシステム更新に伴うマイグレーション管理が不可欠である。これを適切に行うことができなければ、将来的に閲覧すらできなくなる可能性もある。

つまり電子化は、利活用を目的とするなら現時点で最適な手法だが、長期保存の観点からは不確実性をもつ手法でもあると言える。

電子化でしか救えない資料

したがって、保存を目的とする場合には慎重になるべき電子化であるが、実は、電子化でしか救えない資料もある。代表的なのは、青焼き資料(特にジアゾ)、印画紙に焼き付けられた写真、カラー写真フィルムなどである。

青焼きとは、感光紙を利用した複写資料のことで、記録材料等の違いにより、大きくシアノ(青地に白文字)とジアゾ(白地に青文字)の二つのタイプがある。特にジアゾは、かつては建築図面などで広く使われており、見たことがある方も多いのではないだろうか。両者は、感光性物質の化学反応で青色を形成しているという点で同じであり、「感光性」という語から想像できるように、光(特に紫外線)と熱に弱く、退色や変色を引き起こす。写真をプリントするために使われる印画紙も、感光材料が塗布されており、同じく光と熱に弱い。

また、写真およびマイクロフィルム等の撮影用フィルムには、基材の違いから大きくPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルムとTAC(トリアセチルセルロース)フィルムの2種類がある。TACフィルムは酸加水分解して劣化することが知られており、マイクロフィルムについては、1993年頃からTACフィルムより保存条件が厳しくなく、温度21℃以下、湿度30%以下の条件下であれば500年の期待寿命をもつPETフィルムに切り替わっている。しかしながら、かつてのフィルムカメラで使用されていたロールタイプのカラー写真フィルムのほとんどはTACフィルムである1

一方で、保存性に優れるPETベースのマイクロフィルムは、グレースケールでしか記録できず、カラー資料を正確に残すことができない。また、青焼き資料、印画紙、カラー写真フィルム(TACフィルム)のいずれも、光と高温多湿に弱く、青焼き資料、印画紙については、経年による退色・変色が起こり、TACフィルムについては酢酸臭とべたつき、そしてさらに劣化がすすめば最終的にはパリパリになって崩壊してしまう。

また、品質の悪い紙資料(酸性紙)の寿命を延ばす手法に「脱酸処理」があるが、日本で行われている二つの脱酸処理のうち、DAE(乾式アンモニア・酸化エチレン法)は約55℃でガス処理を行うため、熱に弱いジアゾや印画紙には適用できない。また、DAE法にしても、もう一つの脱酸方法であるBK(ブックキーパー法:酸化マグネシウムを用いて処理する。)にしても、紙の寿命を延ばすことはできても、退色そのものを止められるわけではないため、根本的な解決にはならない。つまり、内容が時間とともに消えていく資料にとって、「今この瞬間」がもっとも状態が良いのである。だからこそ、一刻も早く電子化し、その時点で得られる最善の状態で記録に残すことが極めて重要になる。

 画像1: 当館で電子化した青焼き(シアノタイプ)資料『満洲事変ニ於ケル鄭通線被害実景』

画像1: 当館で電子化した青焼き(シアノタイプ)資料『満洲事変ニ於ケル鄭通線被害実景』
電子化した資料の例:満鉄関係資料

最後に、アジ研図書館で実際に電子化を行った資料例として、満鉄関係資料を紹介して本稿を結びたい。

2023年6月のライブラリアン・コラム「電子化された満鉄関連資料とデジタルアーカイブ」で紹介されている『満洲事変ニ於ケル鄭通線被害実景』は、青焼き2 と印画紙を含む資料である。資料の内容については上記コラムを参照いただくとして、資料保存の観点からは、当該資料に掲載されている線路の被害や復旧の状況を記録した写真(印画紙)は電子化の時点ですでに画像が相当薄くなっており、肉眼で元の状態を読み取るのが困難な箇所もあった。また、青焼き部分についても、退色および変色のため、ところによっては薄く、読みづらくなっている部分があった。この資料は、受け入れから電子化までに整理や予算上の都合から数年を要しており、もし受入時点で電子化していれば、もっと鮮明な状態を残せた可能性はある。それでも、電子化できるときに電子化したことで、その後の劣化を考えれば「その時点で最良の姿」を保存できたといえる。

また、同じコラムで紹介している『会社実態調書』については、カーボン紙と思われる複写用紙で印字された罫線や文字が退色し、判読できなくなっている部分もあった。カーボン紙は脱酸処理が可能であるが、先にも述べたように、脱酸処理は紙の寿命を延ばし、原版を保存するという点では有効だが、記載内容を留める、あるいは退色を防ぐ効果はない。このため、この資料についても、『満洲事変ニ於ケル鄭通線被害実景』と同時に電子化を行った。ただし、本資料は社員名簿等の個人情報をふくむことから、アジ研図書館のデジタルアーカイブ上で公開はされていない。つまり利活用という点では電子化のメリットを最大限には活かせていないわけであるが、保存の観点では電子化する意味があり、また必要があったといえる。

画像2: 『会社実態調書』。罫線はカーボン複写が疑われる。青は青焼き(ジアゾ)ではなくインクと思われる。
おわりに

このように、もし、青焼き資料や印画紙、写真フィルムなどで貴重な資料を所蔵している場合、すぐに電子化することをすすめる。個人の資料でも同様だ。特にフィルムカメラで撮影したカラーフィルムを、現像から戻ってきた状態のままビニールに入れて保管してはいないだろうか。というのも、筆者も先日帰省した際、実家の本棚の引き出しの中でビニールと癒着し、一部溶けかけているカラーフィルムを発見した。また、写真アルバムに綴じられた印画紙の写真や、壁に飾られた家族写真が色褪せてはいないだろうか。写真に限らず、残したいと思う資料があるのであれば、まずは状態を早めに確認していただきたい。

参考文献

※特に言及のない限り、本コラムで参照したウェブサイトの最終閲覧日は2025年12月25日である。

写真の出典
  • 画像1, 2 当館所蔵資料の電子化画像
著者プロフィール

能勢美紀(のせみき) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ、中央アジア。2021年~2023年海外派遣員(アムステルダム)。最近の著作に「カビ被害から考える資料保存と省エネの両立─設備担当者と連携した空調運用の可能性」(ネットワーク資料保存 第139号、日本図書館協会、2025年)、「欧州のクルド関係資料所蔵機関紹介――所蔵資料の特徴と情報資源組織化における課題――」(『アジア経済』66 巻 1 号、p. 52-64、2025 年)など。

この著者の記事
  1. すっかりデジタルカメラに置き換わってしまったと感じられるフィルムカメラであるが、近年、再度注目を集めているとも聞く。これらのフィルムカメラで現在使用されているフィルムの基材が何なのかは調べられなかった。
  2. この資料に用いられている青焼きの手法は「シアノタイプ」で、「ジアゾタイプ」の青焼き資料に比べると退色はしにくいとされているが、経年による退色や変色は避けられない。また、シアノタイプについては感光処理の過程で紙が酸性となり、劣化しやすくなるが、青色を形成するペルシアンブルーがアルカリ性下では変色するため、アルカリ性物質による脱酸処理は適さない。