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ライブラリアン・コラム

ここにしかない資料を探して――オランダでも書店に行く理由

能勢 美紀

2023年12月

魅惑の書店めぐり

本好きの人にとって、旅先で図書館や書店を訪れるという行為はけっこう一般的なようで、関連するガイドブックやウェブサイトは多くある。日本であればカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社が運営し、蔦屋書店やスターバックスの併設等で一時話題となった佐賀県の武雄市図書館や、角川武蔵野ミュージアム、海外ではニューヨーク公共図書館やストックホルム市立図書館、オランダ・マーストリヒトのドミニカネン書店(Boekhandel Dominicanen)などが有名どころだろうか。また、邦訳はされていないが、日本では児童書が知られているジェン・キャンベル(Jen Campbell)の著書“The Bookshop Book”は、ヨーロッパを中心に世界中の興味深い書店とそれにまつわる様々な話を綴っており、「本屋めぐり」に最適だ1 。同じ著者の“Weird Things Customers Say in Bookshops”とあわせて本好きの間で少し前に話題になった。  

その一方で、様々な国の様々な言語で刊行された資料がインターネットを通じてどこからでも簡単に買えるようになってきている現在、歴史的あるいは芸術的な価値のある建物や個性的な選書・配架の在り方を見る以外に、わざわざ現地の書店に行って資料を購入する必要性は薄れてきていると考えるのは自然なことかもしれない。もちろん、アジア経済研究所図書館が収集しているような途上国の資料については、発行部数が限られていたり、刊行後に資料の回収や(特にウェブサイト上での)書き換えなどの心配があったりするため、現地に赴いて資料を選ぶ意義は大きい。だが、そういった心配がほとんどない先進国の欧米諸語で書かれた書籍について、わざわざ書店へ行く意味はどこにあるのだろうか。本稿では、筆者が2023年8月まで滞在していたオランダ・アムステルダムの書店街Spuiの書店を例に、建物や雰囲気を楽しむ以外の、実際の書店を訪れる意味の一例を紹介する。

写真1 アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)内の図書館。 オランダの図書館めぐりで外せない場所の一つ。

写真1 アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)内の図書館。
オランダの図書館めぐりで外せない場所の一つ。
必見の写真集コーナー

研究者やライブラリアンが書店で購入する資料の多くは学術書だ。そして、他の先進国の例にもれず、オランダでも、高額で読者が限られる学術書は書店ではごく少数しか扱われず、オンライン購入することが一般的になっている。それでも、筆者はアムステルダムの書店街Spuiにある書店をしばしば訪れた。それは、書店や図書館に特有の、本にあふれた空間の醸し出す雰囲気が単純に好き、ということもあるが、それ以上の目的もある。  

その目的とは、写真集とバーゲンブック、そしてセカンドハンド、つまり古本の物色だ。  

まず、写真集についてだが、オランダの書店では「芸術Art」のコーナーが充実している。オランダと言えば、レンブラント、ゴッホ、フェルメールといった画家がまず思い浮かび、彼らの画集や、彼らの作品を所蔵する美術館の作品集などはもちろん置いてある。これらに加えて、オランダの比較的大きな書店では、ゴッホ等の画集とならび、写真集が常時数十冊以上置いてある。これらの写真集コーナーには頻繁に新刊が追加されるために、訪れるたびに様々な写真集を手に取って眺める楽しみがある。また、日本の書店で取り扱いのある海外の写真集は、どうしても売れることがみこまれる著名な写真家のものばかりになってしまう。その点で、欧州の出版社から出ている、まだあまり知られていなかったり、欧州の研究補助金や芸術プログラムのもとで出版されたりした「地元の」写真集は、まさに現地ならではの資料だ。特に、ジェンダーや環境問題、紛争などの社会問題に関する写真集は、政府や研究機関の研究プロジェクトのもとに刊行されているものが多いように思う。これら商業出版系の写真集ではない、学術的研究プロジェクトに付随する写真集はおそらく日本ではほとんど紹介されない。また、写真集の場合、目で見た時の情報が重要であって、オンラインで表紙や数ページのサンプルを見ただけでは、購入に値するかどうかの価値判断は難しい。書店に足を運び、実際の書籍を手に取ることで、欧州で行われている研究事業や研究トレンド、写真集の価値判断までできてしまうのは大きな魅力だ。

写真2 購入した写真集の一例。LGBTと宗教の関係を 扱っている(左)のはいかにもオランダらしい。

写真2 購入した写真集の一例。LGBTと宗教の関係を
扱っている(左)のはいかにもオランダらしい。

残りの二つ、バーゲンブックと古本は思わぬ出会いという点で、写真集コーナーを物色した後に時間があれば足を運んでほしい。よく知られているように、多くの国では本に「定価」はなく、書店や出版者の在庫調整やプロモーションを目的として値引きされることが多々ある。ここでもオランダにおける筆者のおすすめは写真集である。また、オランダの大規模書店は英語で書かれた資料の取り扱い点数が比較的多く、バーゲンブックについては学術書もねらい目だ。内容は、インドネシアやスリナムなどのオランダの旧植民地関係の著作や、社会的関心が歴史的に高い黒人奴隷制や人種差別、LGBT関連資料が多いように見受けられる。古本の場合は、大量の在庫のなかから出版後数年を経てもまだ価値のある学術書を見つけ出すのは至難の業であるので、写真集にねらいを定めるのがよいだろう。やはり、過去に行われた研究プロジェクト等の写真集のなかに興味深いものが多く、破格の値段で手に入れることができるからだ。

アムステルダムのおすすめ書店

最後にアムステルダムの書店街Spuiにある数々の書店のなかでも洋書の取り扱いが多く、かつ社会科学関係の良質な学術書が多く見つかる3書店を紹介して本稿を結ぶことにしたい。  

Spuiはアムステルダム中央駅やダム広場にほど近く、公共交通機関も充実しているので、観光がてら行きやすい場所にある。数ある書店のうち、オランダ語資料以外、特に英語資料を中心に、学術的に質の高い図書を購入したい場合、以下の3店がおすすめだ。  

一番はダム広場に近い場所にあるScheltema書店。オランダの老舗書店で、建物も見ごたえがある。特に写真集が充実しており、先に言及した政府や研究機関のプロジェクト成果物として刊行されているものが充実している。古書コーナーも紹介する3書店のなかでは最も大きいが、古書はオランダ語の実用書が多いので、古書を見るのであれば写真集コーナーのみでよい、というのが筆者の見解だ。

写真3 筆者のイチ押しScheltema書店。建物もオランダ らしく、特に写真集の品ぞろえが圧巻。

写真3 筆者のイチ押しScheltema書店。建物もオランダ
らしく、特に写真集の品ぞろえが圧巻。

次におすすめなのがAthenaeum書店で、こちらは書店街Spuiの中心部にある。学術書・専門書に力を入れており、英語の学術書についても例外ではない。規模は紹介する3店のうち最も小さいが、良質の学術書がそろっているため、効率よく探すことができる。ステップフロアが多用されている店内をまわるのも楽しい。また、学術書・専門書に力を入れるAthenaeum書店だけあり、古書も良いものが見つかりやすいのが特徴だ。他の書店では効率がよいとはいえない古本のなかからの学術書探しだが、Athenaeum書店に限ってはおすすめできる。

最後はイギリスのチェーン店であるWaterstonesのアムステルダム店だ。Waterstones店舗もScheltema同様、歴史的建物を利用した書店なので、観光として訪れるだけでも楽しい。出窓を利用した簡易なベンチで読書をすれば、アムステルダムの街並みを見ながらほっとするひと時を過ごせるかもしれない。Waterstonesはイギリスのチェーン店であるため、英語の図書に限れば、取り扱い冊数は3店のなかでは最大だろう。ただ、どちらかというと一般向けの書店であり、学術書の取り扱い数が多いとは言えない。文学作品や、今話題の新刊を見つけるにはよく、また、写真集コーナーも充実している。イギリスで刊行されたものに限らず、ヨーロッパを中心とする国で刊行された写真集を手に入れることができる。

写真の出典
  • 写真1 Michael D Beckwith(CC0 1.0 Universal, Public Domain
  • 写真2、3 筆者撮影
著者プロフィール

能勢美紀(のせみき) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ、中央アジア。2021年~2023年海外派遣員(アムステルダム)。最近の著作に「所蔵マイクロフィルムの状態把握と保存計画:アジア経済研究所図書館の事例」(『図書館界』72巻5号、2021年)など。

  1. 日本については、神保町の書店街とBooks on Japanが紹介されている。ただ、扱いは大きくなく、日本人としては少し残念である。