ライブラリアン・コラム

資料を守るライブラリアン――マイクロフィルム編

能勢 美紀

2021年6月

図書館員は日々資料のために格闘している。利用者からはほとんど目につかないところで、購入、整理、保存といった様々なプロセスすべてにおいて格闘の連続であると思う。筆者は現在、閲覧サービス部門に所属しており、整理の終わった資料を利用者に安定的に提供できるようにするのが仕事である。敵は、そんな安定を脅かして資料提供を難しくする「カビ」や「破損」「劣化」たちだ。

マイクロフィルムをご存知ですか?

マイクロフィルム、という媒体をご存知だろうか? マイクロフィルムをご存知の方の多くは、(筆者をはじめ)大学などで、「昔の新聞」を見るためにマイクロフィルムを使ったことがある、という方ではないかと思う。ただ、現在では新聞も各社のデータベースが充実しているので、先進国の新聞についてはマイクロフィルムを利用する機会も少なくなってきているだろう。また、以前は雑誌をマイクロフィルム化したものも多くの図書館で所蔵されていたが、こちらも電子ジャーナルの普及等で所蔵する図書館も、利用する来館者も減ってきている。しかし、データベースが存在しなかったり、政治的理由で発行後に新聞内容の書き換えが起こる可能性があったりする国の資料の場合には、これからも原資料、あるいはそれを撮影したマイクロフィルムは貴重かつ重要な情報源である。

開発途上国の資料収集に重点を置くアジ研図書館では、特に現地の新聞を、その国の政治・経済・社会の動きを把握するうえで欠かすことのできない研究の基礎的資料と位置づけており、収集した新聞については永久保存することを原則としてきた。ただ、新聞は日々刊行されるという性格から、原紙のままでの保存には広大なスペースを必要とする。さらに、新聞は基本的には日々アップデートされる情報を多くの人が購買できる価格で提供し、その役割を終えると廃棄されることを前提としているため、使われている紙の質は悪い。そのため、アジ研では研究所および図書館の設立当初から途上国の新聞を中心にマイクロフィルム化を行い、保存と資料提供を続けている。新聞をマイクロフィルムにすることで、保存場所を大幅に小さくし、かつ新聞紙の酸性劣化等によって記載内容が判読できなくなったり、失われてしまったりといったことから守ってくれる。また、雑誌も、かつてはすべてを製本して保存するとかなりの場所を必要としたことから、アジ研に限らず、マイクロフィルム化されることも多かった。版元や代理店がマイクロフィルム版の販売も行っていたし、今でも販売しているところもある。結果、当館では、数万を超えるマイクロフィルムを所蔵するに至っている。

ただ、「すごい数の素晴らしいコレクションでしょう」と言いたくてこのコラムを書いているわけではない。タイトルのとおり、今回から何回かに分けてお伝えしようと思っているのは資料保存を邪魔する敵たちとライブラリアンとの資料を守るための戦いである。つまり、今回の敵は、この膨大な数のマイクロフィルムたちを襲う「劣化」であり、それに悩むライブラリアンによる「救出作戦」の記録である。

写真:アジ研で購読している新聞の原紙
アジ研で購読している新聞の原紙。2006年の新聞だが、かなり酸性劣化していることがわかる。ひと月ごとに白い紙が挟んである。同じ新聞をマイクロフィルムにしたものが上に写っているグレーの箱。3カ月分の新聞がフィルム1リールに保存でき、とても省スペース。
マイクロフィルムの色々

マイクロフィルムはその名のとおり「フィルム」なので、基本的には写真フィルムや映画フィルムと同じと思っていただいてよい(もしかしたら、そろそろ「写真フィルム」や「映画フィルム」と言ってもなんのことだかわからない世代が現れてくるのかもしれないが……)。ただ、カラーのマイクロフィルムがないわけではないが、ほとんどが白黒フィルム(グレースケール)である。当館で持っているマイクロフィルムも白黒フィルムである。

フィルムは紙などと比較すると新しい記録媒体で、製作が始まった当時は画期的だが不安定なものだった。これまでに大別して3種類の材質が開発され、開発のごとに改良されていった。最も初期のフィルムは「硝酸セルロースフィルム」(ナイトレートフィルムともいう)で、燃えやすく(自然発火する)、映画館の火災事故がたびたび報告されていたほどだった。その後1950年代から1960年代にかけてこの「硝酸セルロースフィルム」に代わって登場した、燃えない『安全な』フィルム、「三酢酸セルロースフィルム」(トリアセチルセルロースフィルム、以後、「TACフィルム」とする)が主流となり、また化学的に安定し、一定の条件下で100年の保存が可能、とされたことで長期保存用の媒体として広く使われるようになった。保存に広大な場所を必要とする新聞や雑誌がマイクロフィルム化されたことは先に触れたとおりである。しかし、なんでもそうだが、当初は思いもしなかった問題が起きるのが常であり、1990年代には、火災には『安全』、化学的にも安定、とされたTACフィルムが、実は製作から30年ほどで酸加水分解して劣化するメカニズムが明らかになり、長期保存用の媒体として適しているとは言えないことが判明した1。TACフィルムの製作当初は、それまでの硝酸セルロースフィルムと区別するために『安全』であることを示す“SAFETY”と印字してあったが、火災に対して安全なフィルムは劣化に対しては『安全』(安心?)ではなかったのである……。そして、TACフィルムにかわり、適温適湿下であれば500年の期待寿命をもつ「ポリエチレンテレフタレートフィルム」(以後、PETフィルムとする)が登場し、日本では富士フイルムが1993年にフィルムをPETベースに全面的に切り替え、現在に至っている。

写真:初期のTACフィルム
初期のTACフィルム。フィルムの端に“SAFETY”の文字がある。
マイクロフィルムとの戦い

さて、話をTACフィルムの劣化に戻そう。当館はじめ、日本のほとんどの図書館が苦労しているのがTACフィルムの劣化である。TACフィルムは自身の三酢酸がもとになって酸加水分解が起こる。つまり、劣化する。この時に酢酸の酸っぱい匂いを放つことから、この劣化は「ビネガーシンドローム」と呼ばれている。タチが悪いのは、自身が劣化するのみならず、劣化の過程で自らが放出する酢酸で、周りのTACフィルムの劣化も促してしまうことである。資料の永続的な提供を使命とするライブラリアンは、劣化で苦しんでいるフィルムと、苦しんでいるフィルムから発せられる「毒」によって苦しんでいるフィルムをできる限り助けなければならない。

相手は数万個のTACフィルム。戦いのためにはまず戦術が必要、ということで、当館ではフィルムの劣化状況の全容を把握するために、数年がかりでマイクロフィルムの状態調査と、それに基づいたTACフィルムの媒体変換を行うなど対策を実施している2。ただ、これらはお金も手間もかかることで、もちろん大切なことではあるのだが、このコラムでは科学的に証明するのは難しいものの、もっと手軽にできる日々の現実的な工夫や対策について、ご紹介したい。

酸の放出と吸着のための工夫

TACフィルムを苦しめる酢酸を酸吸着剤によって吸着させ、劣化の進行を遅らせることは広く行われており、当館でも取り入れている。しかし、酸吸着剤は、吸着剤の吸収能力を超えて酸を吸収することはできないので、数年で効果がなくなってしまう3。また、当館のように膨大な数のフィルムを所蔵する機関では、フィルムの個数分吸着剤を用意するのも難しい。現在、フィルムのほとんどは紙製の保存箱に収められており、紙がある程度の酸は吸収する4。とは言っても、箱の中に放出された酢酸が閉じ込められている状態はフィルムにとってよいとは言えない。では箱に入れずにフィルムを空間内に置いておけばよいかというと、他のTACフィルムに悪影響を及ぼして劣化させてしまう……。

なんだかもうどうしようもなく手がかかる子たち(=膨大な数のフィルム)で最初は辟易していたのだが、あんまり手がかかるので最近は可愛くて仕方がなくなってきている。どうしたらよいか悩んだ結果、酢酸を空間に放出させつつ、それを空間内で吸着させるのはどうだろう、と思いついた。導入したのは、美術館や博物館等で使用されている調湿マルチガス吸着シートで、これを壁にはったらどうかと考えた。このようなシートやボードといった商品はいくつかの会社から販売されているが、いずれもマイクロフィルム一つあたりに一つ入れるのを標準的な使い方とする酸吸着剤より圧倒的に安く、広範囲をカバーすることが可能である。ただ、吸着量も価格に準じているので、酸吸着剤と同様の使用の仕方をしていては、すぐに吸着の限界量に達してしまうと思う。

また、シートに酸を吸着させるためには酸を空間内に放出させなければならないが、現状、アジ研図書館では、紙の保存箱と、さらにそれを6個収めた収納箱の二重に包まれていて、収納箱の中から漏れる酢酸量は多くない。実際、何度か様々な業者がこの部屋の空間の酢酸濃度を調査したことがあるが、いずれの調査でも、空間としての酢酸濃度は問題とされるほど高い言われたことはなかった。しかしながら、収納箱を開けた瞬間、強烈な酢酸臭に目と鼻をやられてしまったことは数えきれない。この収納箱から酢酸を出してあげるための工夫も必要だ。

単純なことであるが、収納箱に穴を開けて酢酸を放出することにした。酸は空気より重く、下の方に溜まるので、箱の下部にパンチで穴を開けたところ、なんと数日でフィルムの保存庫の酢酸臭が強くなった…。穴をあけるだけで酢酸を放出できたのは意外だったが、成功と言える。

写真:(左)マイクロフィルの保存箱と、それを6個収めた収納箱。保存箱には元から小さな穴が開いている。(右)下部に穴を開けた収納箱。数日もしないうちに空間の酢酸臭がきつくなっているのを感じた。
(左)マイクロフィルの保存箱と、それを6個収めた収納箱。保存箱には元から小さな穴が開いている。
(右)下部に穴を開けた収納箱。数日もしないうちに空間の酢酸臭がきつくなっているのを感じた。

放酸が成功したところで、今回は「エアチューンシート」という「マルチガス吸着シート」を利用してみた。ロール状になっており、ハサミで好きな大きさに切ることができる。空間の酸を吸着するため、シートの上に直にものをおいてしまうとその面からは吸着できなくなってしまうことから、書棚にカーテンのように垂れ下げる方法を採用した。この方法は、筆者も会員である文化財保存修復学会員の山崎氏5との会話の中でご助言いただいたものである。ただ、上から下まで一枚のシートを垂らしてしまうと資料の出し入れに不便なため、書架の一段に一枚、下部を少し開けて請求記号やタイトルがなんとなく見えるようにしている。この書架は集密書架のため、左右の書架に市松模様にシートを垂らすことにした。

写真:(左)市松模様に書架に垂らしたエアチューンシート。(右)マイクロフィッシュを収納しているキャビネに入れたシートの破片。
(左)市松模様に書架に垂らしたエアチューンシート。
(右)マイクロフィッシュを収納しているキャビネに入れたシートの破片。

また、シートを書棚に合わせて切っていくと、どうしても破片が出るので、余ったシートはマイクロフィッシュを収納しているキャビネットの隙間に置いて有効利用してみた。キャビネがない図書館なら壁に貼る、書棚におく、などとりあえずどこかに置いておけば空間の有害物質除去に一定の効果がみこまれると思う。

酸吸着の成否は!?

「エアチューンシート」をカーテンのように垂らしてから3日も経つと酢酸臭はほとんど感じられなくなり、効果がでているように思われた。設置からおよそ2週間後、なんと0.15ppmまで酢酸濃度が下がっていた。大量のTACフィルムを保存しているにもかかわらず、博物館や美術館で文化財を保存する際に推奨されている東京文化財研究所が提示する「のぞましい空気質」6で規定されている酢酸濃度170ppb=0.17ppm以下に抑え込めたことに大きな喜びを感じた。もちろん、個々のマイクロフィルムについては、近づくと強烈な酢酸臭を発しているものもあるが(あるマイクロフィルムは基準値の120倍の酢酸を放出していた……)、空間としては酢酸濃度を他のフィルムに影響を与えない程度、しかも文化財を保存しても問題にならない程度にまで低減できたことは声を大にして伝えたい。「エアチューンシート」を使ったこのような酢酸吸着方法は管見の限りでは見たことがないからだ。TACフィルムの劣化による酢酸は他のフィルムにも影響を与えるため、PETをはじめとする素材の違うフィルムや劣化していないTACフィルムは分離保管することが推奨されているが、現実的には保存庫のスペースの問題やコレクションのまとまりを考えた際に難しい図書館は多いはずである。アジ研図書館でもTACとPETの分離は実現できていなかった。しかしながら、「エアチューンシート」をはじめとする酸吸着剤を当館のように使うことで、空間の酢酸除去が可能となれば、分離するのと同様の効果が得られるかもしれない。


ここまでで紹介したものは資料保存のスタンダードとして認知されたものでもなければ、実験室で科学的に証明・推奨されたものでもなく、ライブラリアンと図書館スタッフのひらめきと工夫によるものである。ただ、筆者および当館スタッフの感覚と、酢酸濃度の数値の変化を見ると、効果はあったと言えるのではないか。現実の図書館は環境も所蔵している資料の状態も様々で実験室のようにはいかない。科学的に効果が証明されている様々な道具や行為を、現場の図書館でどのように使って効果を出していくかを考えることもライブラリアンの仕事の一つであり、やり甲斐だと思っている。

写真の出典
  • 著者撮影
著者プロフィール

能勢美紀(のせみき) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ、中央アジア(2015年~現在)。最近の著作に「所蔵マイクロフィルムの状態把握と保存計画:アジア経済研究所図書館の事例」(『図書館界』72巻5号, 2021年)、「【世界の図書館から】トルコ大国民議会図書館(トルコ)」(『U-PARLコラム』2019年)など。

  1. TACフィルムの劣化のメカニズムについては多くの論文や報告書が出ているので、ご興味のある方はそれらを参照いただきたい。例えば以下のような文献がある。
    『マイクロ資料の劣化対策(国立国会図書館の事例)』国立国会図書館, 2005.
    『マイクロフィルム保存の手引』社団法人日本画像マネジメント協会, 2005.
    『マイクロフィルム状態調査報告書』東京大学経済学部資料室編集,東京大学経済学図書館, 2009.
  2. 詳細については以下の拙稿を参照いただきたい。能勢美紀「所蔵マイクロフィルムの状態把握と保存計画:アジア経済研究所図書館の事例」(『図書館界』72巻5号, 2021.
  3. 当館では酸吸着剤として、「モレキュラーシーブ」と「Siglo pro G」を使用している。「モレキュラーシーブ」は熱を加えることで、「Siglo pro G」は揉みつぶすことで酸吸着効果が復活するとされているが、大量の酸吸着剤にこれらの処置をすることは難しいため、ある程度消耗品と割り切った方がよいと考えている。
  4. 保存箱の紙が酸性紙の場合はそれ自体が問題になるため、中性紙の保存箱に変えることが必要である。ただ、本項ではこれについては扱わない。
  5. 山崎氏は以下の論文も発表しており、有機酸の測定とそれを利用した対策のありかた等に詳しい。山崎正彦「博物館・美術館におけるガス検知管の利用」(『文化財の虫菌害』77号、2019年6月)。
  6. 東京文化財研究所「美術館・博物館のための空気清浄化の手引き(平成31年3月版)