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ライブラリアン・コラム

感染症対策と資料保存の両立――換気の意外な悪影響と図書館の対応

能勢 美紀

2021年4月

感染症対策の思わぬ影響

2020年は多くの人にとって新型コロナウイルス感染症対策に追われた一年になったと思う。従来、来館型サービスを中心に提供してきた図書館では、感染症対策を基本とした体制づくりを迫られた。アジア経済研究所図書館でも、感染が拡大した2020年3月の臨時休館を契機に、これまでの来館を前提とした資料提供のあり方では図書館としての機能を果たしていくことが難しくなった。また、来館サービス再開後も、スタッフおよび来館者の感染症対策について試行錯誤した一年だった。

実は、感染症対策は図書館の意外なところに影響を与えていた。「換気」による資料のカビの発生である。今回のコラムは、まだまだ感染症対策として「換気」が求められているなかで、図書館の資料保存という観点においては「換気」の仕方に工夫が必要であるということを当館の経験からお伝えしたく、執筆した。図書館をはじめ、「資料」を持ち、それを長く保存していきたいと考えている方々に是非お読みいただき、様々なご意見をいただきたいと思う。

アジ研図書館でのカビの発生

一般の多くの人は知らないのではないかと思うのだが、実は図書館資料にカビが発生することは珍しい事ではない。資料へのカビ被害の予防のためには湿度(相対湿度)が65%を超えないように管理することが重要であるとされる1 。また、少し古い資料になるが、文部科学省のウェブサイトで公開されている「カビ対策マニュアル」では、カナダ保存研究所のガイドラインから「温度25度のとき、相対湿度が70パーセントだとカビは数か月で繁殖し、75パーセントを越すとその速度は急激に早まり、90パーセントではわずか2日で目に見える程度まで繁殖する」という文章が引用されており、夏季に高温多湿の環境となる日本では資料のカビ対策が難しいことがお分かりになるかと思う2 。カビの胞子自体はどこにでもいるもので、繁殖のための温湿度と「栄養」さえ揃えばあっという間に増えていく。資料でのカビ被害において「栄養」となるのはほとんどの場合が資料に積もっている「ホコリ」であって、何か特別な、例えば当館のように途上国から運ばれてきた資料だからカビが生えるわけではない(輸送のためにさまざまな場所と人の手を経て、ホコリがつきやすい、ということはあるかもしれないが)。このことから、多くの図書館にとってカビ対策は資料保存の大きな柱の一つである。ただ、当館はこれまでほとんどカビに悩まされてこなかった。いや、悩まされないどころか、ほとんど発生すらしたことがなかった。

しかし、である。2020年8月下旬1階書架に配架されている資料群にかなりの広範囲にわたってカビが発生していることにスタッフが気づいた。カビが発生したのは図書館の入り口を入った脇にあるガラス張りの部屋で、図書約1500冊が配架されていた。ほぼすべての資料にカビが認められる状態であったが、入り口に近い場所のカビが特にひどかった。なお、入り口には自動ドアがついていたが、空気の流れを作る目的で、開けたまま閲覧に供していた。

写真:ガラス張りの素敵な書庫

ガラス張りの素敵な書庫(右手のガラスが自動ドア)だったのですが…。

写真:カビが生えて最初は真っ白、最後には真黒になった資料。 右は除菌クリーニング後。新品のように綺麗になりました。

カビが生えて最初は真っ白、最後には真黒になった資料。 右は除菌クリーニング後。新品のように綺麗になりました。

今回のカビの発生原因について、資料保存や空調関係の資料を読み、そしてカビの除去処理を専門とする業者の方々、空調機器の業者の方々からヒアリングを行ううちに、どうやら感染症対策のための「換気」に問題があったのではないかという結論に至った。理由は以下のとおりである。

換気とカビとの因果関係

この部屋に資料を配架したのは実はまだ最近のことで、2019年6月下旬に、それまで別々の書架に配架されていたいくつかのシリーズをまとめる形で移動させている。それから今回のカビ発生までの一年ちょっとの間にカビを含め、何か資料に問題が起きたことはなかった。もちろん、2019年と比べて2020年の気象状況がカビの発生にとって「好都合」だったという可能性も考えられなくはない。ただ、2020年に大きく変わったことは感染症対策と、そのための「換気」の実施であり、湿度と結露の関係を考えた時に、カビの発生の原因を「換気」とすることは妥当のように思われる。

日常生活で「湿度」というとき、それは「相対湿度」を指す。天気予報などで言われる湿度もこの相対湿度である。空気が水蒸気、すなわち気体の状態で包含できる水分量(飽和水蒸気量)は温度により一定で、気温が高いほどたくさんの水蒸気を含むことができる。相対湿度は、ある温度において、水分量の最大値(限界値)を1とした時の割合である。つまり、同じ相対湿度60%でも、温度が高い時の方が水蒸気量は多くなる。

これに対して、大気中に含まれる水蒸気の密度を表すのが絶対湿度である。ある空間の絶対湿度は飽和水蒸気量に相対湿度をかけた値に近似する。ある空間の水分量、すなわち絶対湿度に変化がなければ、温度が下がることで空気中に水蒸気として包含できる水分量は少なくなるので、その差分が液体、つまり水になる。これが結露のメカニズムで、気温が下がる朝や夜間に結露が生じるのはこの理由による。

察しの良い方は「換気」との関係に気づかれたのではないだろうか。空間が外部から新しい空気を取り入れなければ、理論上は空間内の水分量、つまり絶対湿度は変わらず、温度の上下によって相対湿度が変化する。換気をした場合、外部の空気とともに、外部の空気に含まれる水蒸気も一緒に取り込んで、内部の空気と交換することになる。この時、外部の空気に含まれる水蒸気量が内部の空気に含まれる水蒸気量より少なければ、換気をすることで室内の絶対湿度と相対湿度を下げることが可能である。しかし、逆の場合、すなわち外部の空気の方が水分量を多く含んでいる場合は「換気」をすることで室内の湿度をあげてしまう。日本では外部の空気の方が湿度が高い傾向にある時期は、梅雨から秋の長雨が終わる頃までと長い。加えて、夏季は温度も高いため、水分の絶対量も多くなっており、この時期に換気を行えば室内の湿度は上昇するとともに、冷房によって冷やされた空間の温度によって空気中に溶け込こめる水分量は外部の空気よりもグッと少なくなることから、差分が水となって結露する。結露は特に外部の空気との温度差の大きい冷房の吹き出し口付近や、窓ガラスの表面、そして目に見えなくても、資料が置かれているスチール棚の表面などで発生する。また、空間全体の相対湿度が60%程度であったとしても、資料が吸収する水分量も考えれば、温湿度計で計測した際の相対湿度の数字から想像されるよりも絶対湿度は高い可能性がある。

今回の当館でのカビ発生のメカニズムも同様のことであったと考えられる。感染症対策のため、多くの事業所や住宅がそうであるように、執務室の窓を開け放っており、空気とともに取り入れた外部の湿気が当該書庫に流れ込んだことが大きな理由だったのではないか。この部屋の入り口はちょうど執務室の対角線上にあり、空気を取り込みやすい位置関係にあったのだが、その一方で、出入り口は人一人が通れる幅の自動ドア一箇所しかなく、湿った空気がその部屋で滞留することになってしまっていた。また、特にカビ被害のひどかった場所は外部に接するガラス窓の近辺と冷房の吹き出し口の近くであったことからも、上述の現象が起きていたのだと思われる。特に、この部屋の書架は天井近くまであり、冷房の吹き出し口に近かったのも良くなかったのだろう。当館のこれ以外の場所での大規模なカビの発生は今のところ確認されていない。

写真:ライトの周りの黒く見える溝がエアコンの吹き出し口。

ライトの周りの黒く見える溝がエアコンの吹き出し口。 すぐ近くに書架があり、結露の影響を受けやすい。
感染症対策と資料保存の両立にむけて

カビの発生した資料約1500冊については2020年10月に、専門業者に委託し、カビの除去とクリーニングを行ってもらい、その後現在までカビの発生は見られない。当該資料を通気性の良い別の部屋に再移動するとともに、これ以降、窓を開けての換気は行わないことにした。また、室内外の温度差の緩和と結露の予防の観点から窓ガラスにはプチプチを貼り、空気を循環させるために扇風機をまわす、といった追加の工夫も行っている。ダイキン工業株式会社のウェブサイトによれば、オフィスや店舗の場合は換気設備によって、また、住宅の場合は「換気口」を通して換気されており、住宅では2時間程度で空間内の空気がゆっくり入れ替わるようになっているという3 。アジ研の場合は、冷暖房設備に換気機能がついている。

写真:新しい部屋の窓はガラスキューブ。

新しい部屋の窓はガラスキューブ。通常の窓ガラスより断熱性が高く、 結露の影響を受けにくい。加えて下の窓にはプチプチを貼ってさらに 断熱性を高めている。今後すべての窓に貼る予定。手軽にできる結露 対策でおすすめしたい。

感染症対策としての換気の重要性について疑うものではないが、資料保存、特にカビ対策という点では空気中の水分量が多い時期、いわゆるジメジメした時期の換気については既存の設備での換気に留めておく、窓を開けての換気の回数や時間を減らすなど、それぞれの状況に応じた工夫が必要であろう。

当館の資料におけるカビの発生と換気の影響については科学的に証明されたものではないが、今年も感染症対策を継続して行っていくことが求められるなかで、資料保存に大きな影響を与える可能性があると考え、不十分ながらも本コラムで情報共有させていただいた。感染症対策に苦慮するのも2年目となり、一度これまでの対策の効果と影響について見直す時期に来ているのではないかと思う。これから梅雨を迎えるにあたって、資料保存という観点から、感染症対策を考えるきっかけにしていただければ幸いである。また、図書館だけでなく、事業所や小中学校、役所など、紙の「文書」をたくさん持っている機関の感染症対策においても当館の事例が多少なりとも参考になればと思う。

著者プロフィール

能勢美紀(のせみき) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ、中央アジア(2015年~現在)。最近の著作に「所蔵マイクロフィルムの状態把握と保存計画:アジア経済研究所図書館の事例」(『図書館界』72巻5号, 2021年)、「【世界の図書館から】トルコ大国民議会図書館(トルコ)」(『U-PARLコラム』2019年)など。