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海外研究員レポート

紛争解決と処罰のための国際刑事裁判所の取り組み――ウクライナとミャンマーの事例から

Efforts by the International Criminal Court for Conflict Resolution and Punishment:Case of Ukraine and Myanmar

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053023

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能勢 美紀
Miki Nose
2022年4月
(5,508字)

武力紛争と国際機関

正当な理由のない武力行使による紛争とそこでの非人道的行為を阻止するため、国際社会はこれまで主として国連安全保障理事会(以下、安保理)と国際司法裁判所(International Court of Justice: ICJ)など国連の関連組織を整備・強化する努力を行ってきた。直近では、2022年2月24日にはじまったロシアによるウクライナ侵攻が思い浮かぶ。しかし、拒否権を持つロシアによる侵攻ということから、安保理はほとんど機能できていない。また、ウクライナは、ロシアが「ウクライナ東部のロシア系住民を、ウクライナによる攻撃から守る」ことを理由に侵攻したことは、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(以下、ジェノサイド条約)の「濫用」にあたり、侵攻は国際法に違反するとして、2月26日にロシアをICJに提訴した。ICJは3月16日にウクライナの主張を認め、ロシアに軍事行動の即時停止を命じる暫定措置命令を出したが、ロシアがICJの命令に従うことはなく、戦闘が続くとともに民間人の犠牲も多く発生している。

その一方で、戦争犯罪等を行った「個人」を裁く国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)を通じてウクライナでの犯罪とその責任の所在を明らかにしようとする動きが見られる。2月28日、ICCのカリム・カーン主任検察官はウクライナの状況について捜査開始手続きを進めることを発表し、3月2日には、ICC加盟国39カ国の付託1に応じて捜査に着手したことを表明した。果たして、ICCは抑止力となるのであろうか。

結論から言えば、ICCは紛争による非人道的行為を阻止するために重要な役割を果たしうるが、一方で課題も抱えている。以下では、2017年以降のミャンマーにおけるロヒンギャ危機と2021年2月のクーデターへのICCの関与の事例を参照しつつ、ICCに期待される役割と課題を示す。

オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)

オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)
ICCとその役割

ICCは1998年、国連主催の外交会議の結果採択された「国際刑事裁判所に関するローマ規程」(The Rome Statute of the International Criminal Court、以下「ローマ規程」とする)が、2002年、条約の発効に必要な60カ国の批准を達成したのに合わせてオランダ・ハーグに設立された比較的新しい組織である。ICCは独立した常設の国際裁判所であり、もっとも重大な組織的犯罪と位置付けられる4つの犯罪である集団殺害犯罪(ジェノサイド)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪に問われる個人を訴追し、裁く機関である。ICCは、同じくハーグにある国連組織のICJと異なり、法律的にも機能的にも国連からは独立しており、国連と機構的連関はない。ただし、ICCの扱う国際犯罪の多くが国際的な安全保障問題や人権問題と関係していることから、国連とICCとの連携が両者間の協定(“Negotiated Relationship Agreement between the International Criminal Court and United Nations”)によって定められているほか、安保理は、重大な犯罪が疑われる事態をICCに付託することができる2

ICCの設立によって、戦争犯罪の構成要件が明確化され、それまでの国際裁判所では裁くことができなかった犯罪を裁くことができるようになった。具体的には、ローマ規程は、条約上で初めて人道に対する罪を対象とするとともに、その内容を詳細に定義している。たとえば、戦争犯罪については、既存の国際条約の主なもの、すなわち1907年のハーグ諸条約、1949年のジュネーヴ諸条約、および1977年の2つのジュネーヴ条約追加議定書に依拠しつつ、環境損壊、自国民たる児童の敵対行為使用、組織的性犯罪、性奴隷等、今まで戦争犯罪と認識されていなかった行為も対象犯罪としている(伊藤 2003; Shelton 2020)。また、ICCの管轄権の範囲には非国際的武力紛争における犯罪が含まれており、紛争の形態にかかわらず、すなわち国内紛争も含め、非人道的行為を裁く環境が整えられた。他にも、犠牲者に対する補償金制度を持つなど、ICCは戦争犯罪のセーフティーネットとしての役割を持っていると言えるだろう。

ICCの課題

一方で、ICCは訴訟進行上の課題を抱えている。まず、2021年12月時点で、日本を含む123カ国がローマ規定を批准してICC加盟国となっているものの3、アメリカ、ロシア、中国といった大国や、パレスチナ問題を抱えるイスラエルもローマ規程を批准していない。大国がローマ規程を批准していないことから生じる国際裁判への協力体制の不備や、裁判所が独自の令状執行機関あるいは警察機構を備えていないこと、そして武力紛争中における捜査および訴追の困難さが指摘される(伊藤 2003; 森川 2009)。

さらに、ローマ規程に定められたICCの「管轄権の範囲」という問題がある。ローマ規程では、ICCが管轄権を行使するための前提として、第12条に、犯罪地国、および被疑者国籍国に該当する国のうち少なくとも一カ国がローマ規程の締約国(以下、「締約国」)であるか、または当該事件につき管轄権受諾の宣言を行っている非締約国である場合、と定めている。そのうえで個人をICCの対象とする犯罪(ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪)に対して責任があると判断し、捜査対象とするには、締約国からの付託か、ICCの予審裁判部による許可が必要となる。ただし、前提条件を満たしていなくても、安保理が事態をICCに付託した場合は、ICCはその管轄権を行使できる。

しかし、たとえ安保理付託によって捜査までこぎつけたとしても、非締約国の場合はICCへの協力が望めない場合も多く、実際にそのようなケースでは捜査・裁判がかなり困難となっている(東澤 2013; 古谷 2019)4。捜査による証拠の収集はもちろん、ICCの公判には被告人本人の出席が必要である(いわゆる欠席裁判は認められてない)ほか、実際に刑を科すためには身柄の確保や引渡しが必要であり、警察機構を持たないICCは、これを加盟国の協力に頼らざるを得ないからである。

以下に示すミャンマーの2つの事例への対応は、ICCが抱えるこのような困難と限界を浮き彫りにしている。

ロヒンギャ危機へのICCの対応

2017年のロヒンギャ危機では、ミャンマー国軍による激しい武力弾圧によって50万人以上と言われるロヒンギャの人々がバングラデシュへと逃れた。国連は、発生後のかなり早い段階からミャンマー政府および国軍を非難し、2017年11月時点で安保理議長声明を採択し、2018年9月には国連人権理事会が調査によってミャンマーにおける人権侵害状況を明らかにした。ミャンマーはローマ規程の非締約国であるため、国連人権理事会は、安保理に対してICCへの付託を提言した(United Nations Human Rights Council 2018)。しかし、拒否権を持つ中国が反対するなど、安保理内で意見をまとめることができず、ICCへの付託の見込みはほとんど絶たれていた。

しかし、ICCは、ロヒンギャの人々をミャンマー政府による「追放」という「人道に対する犯罪」5の被害者であり、「追放先」であるバングラデシュを犯罪発生国と認定したのである。そして、バングラデシュが締約国であることから、「追放元」のミャンマーに対しても管轄権を行使できると解釈し、2018年9月には予審裁判部から予備調査の開始許可を得て、2019年7月に全面的な正式捜査の開始を申請した(竹村 2020)。最終的に、ICCは2019年11月にミャンマー国軍の行為とその責任の所在について捜査開始を決定している6。2022年3月現在訴追には至っていないが、捜査は続けられている。

ミャンマーにおける国軍クーデターに関連する動向

2021年2月に起きたミャンマーでの軍事クーデターでは、クーデターに反対するデモ隊や活動家、少数民族の人々に対する国軍の弾圧に対して、国際社会からは非難の声が寄せられた。国連は、クーデター発生から約1カ月後の3月10日に安保理議長声明を採択し、ミャンマー国軍を非難したが、ロヒンギャ危機の際と同様、拒否権を持つ中国とロシアの反対でそれ以上の厳しい措置は現在まで取ることができていない。

そのようななか、2021年12月10日付AP通信は、人権NGO「ミャンマー・アカウンタビリティ・プロジェクト」(Myanmar Accountability Project: MAP)がICCに対し、ミャンマー国軍による弾圧は「人道に対する罪」にあたるとして、ミンアウンフライン国軍司令官を捜査するよう求めたと報じた(Corder 2021)。興味深い動向ではあるが、これまでのところ、ICCは今回のMAPによる捜査要求に対する態度を明らかにしていない。この例でICCは、管轄権を受け入れる当該国政府の正当性の判断という別の課題に直面している。

ICCは、ロヒンギャ危機についてのミャンマー国軍による犯罪に対する捜査を、バングラデシュを「経由」することで可能にしたが、国軍による市民への弾圧は基本的にはミャンマー国内で起きており、他国を媒介とした管轄権行使には無理がある。

それでもMAPがICCへの捜査要求を行ったのには、2つの背景が指摘できる。第一に、2021年8月20日に国民統一政府(National Unity Government: NUG)が「ICCに対し、2002年以降のミャンマーにおけるすべての国際犯罪に関するICCの管轄権を受け入れることを宣言した」と発表したことである7。NUGは、2021年2月の軍事クーデターによって追放された国会議員等によって結成された「文民」政府であり、自らがミャンマーの正統な政府であると主張している。

実は、MAPの捜査要求に先立つ2021年12月6日、国連は総会の場でアフガニスタンとミャンマーの国連大使について、前政権時に任命された大使を「当分の間」留任させることを決定している8。これが第二の背景である。NUGを前政権と同一視できるのかという問題は残るものの、国連が前政権の国連大使の留任を決めたことで、MAPはNUGの宣言が有効であるとみなされるチャンスが訪れたと考えたのではないだろうか。

NUGの宣言が有効であると認められた場合、ICCはミャンマーに管轄権を行使できるため、クーデター時および現在進行中の反対派への「人道に対する罪」に対して、ミャンマー軍を捜査し、責任者を訴追できるようになる。さらに、NUGはICC設立の2002年まで遡ってICCの管轄権を受け入れるとしており、このことはつまり、バングラデシュへの「追放」以外のロヒンギャに対する犯罪を含め、2002年以降にミャンマー国内で行われた犯罪について、ICCが捜査・訴追できるということを意味する。国際的に承認されていないNUGの宣言に対してICCがどのような判断を下し、この件に関与するのかが注目される。

ウクライナ情勢とICCの役割再考

ここで、話をウクライナにもどし、状況について確認する。まず、ロシアはローマ規程に署名していたものの批准はしておらず、非締約国である。2016年には、ICCが2014年のクリミア半島併合について、これをロシアとウクライナ間の「(国家間)軍事紛争 international armed conflict」であり「占領 occupation」であると判断9したことを受けて、批准は今後も行わないとの態度を示し、ICCに反発していた10。対して、ウクライナは、ローマ規程の非締約国であるが、ロシアとは対照的に、2014年のロシアによるクリミア併合を受けて、2013年11月21日以降にウクライナ領内で行われた犯罪の疑いに対してICCの管轄権を受け入れることを宣言している11

ここでも課題となるのは、被疑者に該当すると考えられるプーチン大統領をはじめとするロシア側の責任者が非締約国であるロシアにいるなかで、ICCがどれだけ実効性のある対応を取ることができるかである。ロシアにはICCへの協力の義務はないため、訴追するだけの有力な証拠を得るための捜査ができない可能性がある。また、たとえプーチン大統領らの訴追までこぎつけたとしても、ロシアにいる限り、被疑者の身柄引渡しが行われるとは考えにくい。したがって、欠席裁判を認めないICCでの裁判は望めないことになる。

ただし、だからと言ってICCの捜査や訴追が意味のないことであるとは言い切れない。むしろ、捜査の過程で作成されたり、公開されたりする報告書等の資料の存在が、将来大きな意味を持つであろう。ICCによる捜査や訴追の過程で犯罪の記録が保存されることで、ミャンマーのロヒンギャ危機や軍による武力弾圧、そしてウクライナでのロシアによる軍事行動が収まった後も、将来にわたって被疑者の責任を問うことが可能になるからである。

さらに、訴追されることになった場合、ICCのウェブサイトに訴追内容とともに顔写真付きで「被告人 (defendants)」として掲載されることも付記しておきたい12。数々の証拠は犯罪を非難する論拠となると同時に、「犯罪を行った個人」として人々に記憶されることで、将来的な犯罪の抑止に一定の効果が見込めるのではないだろうか。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
  • 伊藤哲朗 (2003) 「国際刑事裁判所の設立とその意義」『レファレンス』53(5), 5-21.
  • 竹村仁美(2020)「ロヒンギャ問題と国際刑事裁判所」『国際法学会エキスパート・コメント』No. 2020-11、国際法学会(2022年3月アクセス)
  • 東澤靖 (2013) 「現代における人権と平和の交錯――国際刑事裁判と『保護する責任』をめぐって」『PRIME』(36), 15-31.
  • 古谷修一 (2019) 「国際刑事裁判の発展と直面する課題――四半世紀の挑戦に対する評価 (焦点 国際手続きによる人権保護の展開)」 『国際問題= International Affairs』(680), 40-49.
  • 森川泰宏 (2009) 「国際刑事裁判所 (ICC) 設立までの経緯について」『NCCD Japan』(38), 15-38.
  • Corder, Mike (2021) “Rights group calls for ICC probe into Myanmar crackdown.” AP News, December 10 2021.(2022年3月アクセス)
  • Shelton, D. L. (2020) Advanced introduction to international human rights law. Edward Elgar Publishing.
  • United Nations Human Rights Council (2018) Report of the Independent International Fact-Finding Mission on Myanmar (UN Doc. A/HRC/39/64). United Nations.
著者プロフィール

能勢美紀(のせみき) ジェトロ・アジア経済研究所海外研究員(在オランダ)。2015年ライブラリアンとしてアジア経済研究所に入所。中東・北アフリカ、中央アジア地域を担当。民族運動と紛争、資料保存をテーマに研究している。最近の著作に「所蔵マイクロフィルムの状態把握と保存計画:アジア経済研究所図書館の事例」(『図書館界』72巻5号, 2021年)、「【世界の図書館から】トルコ大国民議会図書館(トルコ)」(『U-PARLコラム』2019年)など。


  1. 当初39カ国が付託、その後日本も付託した。最終的には41カ国が付託した。日本の付託については「ウクライナの事態に関する国際刑事裁判所(ICC)への付託」(外務省報道発表)を参照。(2022年3月アクセス)
  2. 国連とICCの関係については国連のOffice of Legal Affairsサイトを参照。(2022年3月アクセス)
  3. ICCの概要については外務省による資料を参照。(2022年4月アクセス)
  4. 安保理による付託以外に、締約国であっても、自己付託ではなく、ICC検察官の発意による捜査の場合はICCと関係国との間に往々にして衝突がおきている(東澤 2013; 古谷 2019)。
  5. 「追放」は、ICCが管轄権を有する4つの犯罪の一つである「人道に対する犯罪」の一つとして、ローマ規程第7条に以下のように規定されている。「人道に対する犯罪とは、文民たる住民に対する広範又は組織的な攻撃の一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。(a) 殺人 [中略] (d)住民の追放または強制移送 [後略]」(2022年3月アクセス)
  6. ICC judges authorize opening of an investigation into the situation in Bangladesh/Mynmar(2022年3月アクセス)。捜査内容についてはICCのBangladesh/Myanmarのページに概要がある。(2022年3月アクセス)
  7. NUGのTwitter(2022年3月アクセス)
  8. General Assembly defers decision on Afghanistan and Myanmar seats, UN News, 6 December 2021(2022年3月アクセス)
  9. ICCの年次報告書、p. 35, 158項を参照。(2022年3月アクセス)
  10. Robbie Gramer, “Why Russia Just Withdrew from the ICC,” Foreign Policy, 16 November 2016を参照。(2022年3月アクセス)
  11. 正確にはウクライナはICCの管轄権の受け入れを2度表明しており、最初は2013年11月21日から2014年2月22日までにウクライナ領内で行われた犯罪の容疑に関してであったが、2度目の宣言の際に、この期間をオープンエンドで延長している。(2022年3月アクセス)
  12. ICCにより訴追された個人はICCウェブサイトで容疑の詳細等が公開される。(2022年3月アクセス)
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