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コラム

世界病院紀行

第1回 中国――自己責任の医療事情

China: Healthcare in a Self-Reliant Society

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002002077

2026年10月
(4,589字)

病に関する現地語講座

例文

  • 我身体不舒服 Wǒ shēntǐ bú shūfú ウォ シェンティ ブゥ シューフ:体調が悪いです
  • 请多保重 qǐng duō bǎozhòng チン ドゥオ バオジョン:お大事に

頻出単語

  • 医院 Yīyuàn イーユエン:病院
  • 医生 Yīshēng,大夫 Dàifu(呼びかけにも使う) イーション、ダイフ:医者
  • 吃药 Chī yào チー ヤオ:薬を飲む
  • 发烧 Fāshāo ファーシャオ:熱が出る
  • 拉肚子 Lā dùzǐ ラー ドゥズ:下痢をする
はじめに

海外では慣れない気候や食べ物、時には感染症で体調を崩してしまうことがある。思わぬ事故でケガをすることもあるだろう。特に長期滞在中は、自分自身だけでなく帯同した家族が現地の病院にお世話になることも少なくない。本連載は、アジア経済研究所の途上国専門家が世界各地で出会った病気や医療をめぐるカルチャー・ショックを語るエッセイである。当連載シリーズはこれまで「世界珍食紀行」と「アジア・トイレ紀行」で食とトイレを扱ってきたことから、これらと地続きのテーマともいえる。

外国で病院にかかったり医療に関わる話を見聞きしたりすることは、その国の社会構造や文化をより深く知る貴重な機会となる。医療と社会をめぐるトピックは公衆衛生や医療システムといった制度面にとどまらず、伝統的な民間療法、独自の健康観、さらには宗教観やジェンダー観(避妊や性転換手術の是非など)、コロナ禍にも注目されたワクチン外交や国際医療支援といった国家レベルの問題に至るまで幅広い。

本連載の対象地域はアジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカ、先進国を含む全世界である。冒頭に病に関する実用的な現地語講座も掲載しているので、旅先でご活用いただければ本望である。初回は、筆者の中国での体験を紹介したい。

患者も「自力更生」

筆者は2008年から2年間、在外研究のため中国の北京市と山東省青島市でそれぞれ1年ずつ過ごした経験がある。初めての海外での長期滞在だったが、まだ若く健康だったため幸い大きな病気やケガをすることはなかった。とはいえ、滞在前に完了できなかった予防接種、風邪や食中毒といった軽い病気で何度か現地の病院のお世話になった。首都北京の近代的な病院でも日本とはシステムがかなり異なり、カルチャー・ショックには事欠かなかった。

1年目の北京市滞在中はほとんど体調を崩すことはなかったが、着任後しばらくして市内の病院で肝炎の予防接種を受けた。中国に長期滞在する外国人は、肝炎、麻疹、破傷風、狂犬病(特に地方に行く場合)などの予防接種を出国前に受けるのが一般的だった。いくつかのワクチンについては一定の間隔を空けて複数回接種する必要があるが、筆者は出国前にB型肝炎の最後の1回が間に合わず北京で受けることになった。当時の記録によれば日本でB型肝炎の予防接種を受けると1回1万円程度かかったが、北京の病院ではワクチンが1本約20元(当時のレートで約300円)と安価であった。

病院の受付でワクチン接種の旨を伝えると、初診だったので病状を記録するための手帳(後述)が発行された。当時の筆者はまだ中国語もおぼつかず、言われるがままに院内の薬の処方カウンターに行き看護師に用件を伝えると、ワクチンのアンプル、注射器、注射針がザラリとトレーに出され、支払いを求められた(このほか初診料がかかる)。そのトレーを持って近くの「処置室」に入り、シャツの袖をまくって注射をしてもらった。当時、筆者は中国農村の売血政策で多くのHIV感染者が出た事件を題材にした閻[2007]を読んだばかりだった。そのため、とにかく購入したばかりの使い捨ての注射針が確実に使われたかどうか(針が使いまわしでないかどうか)が気になって仕方なく、仕切りの向こうで看護師が注射針のビニール袋を破く音が聞こえてほっと胸をなで下ろしたことを憶えている。

日本の病院では一般的に総合受付で番号札を取り、全ての診療や処置が終わってから最後に会計するが、中国の病院は各科の独立性が高く会計も別々であることに驚いた。まるで中央集権的な政治体制でありながら、実際には地方ごとに運用がまちまちな中国の行政手続きのようではないか。また、自分でワクチンや注射針を買って処置室に持ち込むところなどには患者の能動性が求められる。たとえ具合が悪くても「自力更生」(他人に頼らず自力で物事を行うこと)が求められ、甘やかしてもらえない。社会のシステムがしっかりしていて黙っていても事が進む日本社会と、自分から働きかけないと何も起こらない中国社会の違いを反映しているようだ。

マイ病歴手帳

2年目に滞在した山東省青島市は、海沿いの風光明媚な都市として知られる。青島ビールの産地で、ドイツ租界時代のおしゃれな石畳の町並みや瀟洒な洋館がある。だが、筆者が滞在していたのは勤務先の農業大学に近い郊外で、空港建設をきっかけに農村だった地域を整備した新開発区のため、青島市内に比べて医療を含む生活インフラは整備されていなかった。今では地下鉄も開通し、かなり変わったようだが、当時は青島市内に行くにも車で40分、路線バスで1時間半かかった。

筆者がお世話になった人民医院はこの地区最大の、近代的な大病院だった。白い巨大な建物で正面に大きく赤い字で病院名が書かれていた。区を南北に貫く幹線道路沿いにあり、当時の赴任先の大学から徒歩圏内だったと記憶している。病院の基本的なシステムは北京と同じだが、地方なので基本的に外国語は通じない。診察料、注射器などは数元程度と安価だが、風邪でかかった時は中医薬と西洋薬を数種類ずつ抱えきれないほど処方され、薬代を毎回約200元(当時のレートで3000円程度)請求された。中医薬は日本の市販の漢方薬のような粒状の個別包装ではなく、少量ずつ紙に包まれた茶色の乾燥した木の根のような薬草で、自分で煎じて飲むタイプである(味は想像にお任せする)。なお、後で大学の同僚に聞いた話では、多くの中国人は高額な処方薬は買わず、診察だけ受けて一般の薬店で病状を話してより安価な薬を購入するという。

当時の通院記録によると、筆者は風邪と食中毒でこの病院を計3回受診している。なぜこんな昔のことが分かるかと言えば、初診時に病院から交付された、「受診病歴」手帳が手元にあるからだ(写真1)。白地に真っ赤な印字のある表紙のB5サイズの小冊子で、数枚の罫線付きの紙が綴じられたレポート用紙のような体裁になっている。日本の感覚でいえばカルテとお薬手帳が合体したような用途の手帳で、患者が通院の度に持参し、後ろの余白部分にその都度担当した医師が病状、診断、処方した薬などの情報を書き込んでいく。重篤な疾病であれば病院側にも記録は残るようだが、それ以外の場合は自分の病歴を管理するのはあくまで患者本人であり、相応の主体性と自己管理能力が求められる。

写真1 2009年に筆者に交付されたマイ病歴手帳(左)。表紙をめくるとレポート用紙風になっており病状や処方薬について医師が書き込んでいく。達筆すぎて全ては判読できないが、食中毒の症状や処方薬に関する記載がある(右)

写真1 2009年に筆者に交付されたマイ病歴手帳(左)。
表紙をめくるとレポート用紙風になっており病状や処方薬について医師が書き込んでいく。
達筆すぎて全ては判読できないが、食中毒の症状や処方薬に関する記載がある(右)

この手帳について中国出身の友人に聞いてみたところ、このような患者任せの病歴の管理システムには弊害があるという。例えば、その都度担当医が変わると十分に既往症や病歴を確認しないまま対症療法的に薬が処方されるため、糖尿病や高血圧などの持病のある患者はいつも服用している薬と新たに処方された薬の飲み合わせが悪いと体調を崩すことがあるという。上述のように、中国の病院は症状に応じて様々な種類の漢方薬と西洋薬を組み合わせて大量に処方する傾向があるため、患者本人もどの薬にどのような成分が含まれているか把握しきれない。そこで、各種の成分があらかじめ適量ずつ配合されている日本の市販の総合感冒薬が人気であるという。

先日、中国出張前に現地の友人に「家族が風邪をひいたので日本の有名な総合感冒薬を買ってきて欲しい」と頼まれた。近所の薬局に行ったところ、最近日本の薬機法(旧薬事法)が改正されたことにより、販売個数は1日1人あたり1箱までに制限されたという。そのうえ、薬剤師の立ち合いが義務付けられたようで、購入時に病状と薬の種類が合っているかどうか細かく確認された。厚生労働省によれば中毒性があり濫用の恐れのある成分が含まれる薬剤に対する規制の強化が理由だが1、中国の友人は販売制限は中国人の爆買いが原因ではないかと考えているようだった。

写真2 「日本の薬機法の規定に基づき濫用の恐れのある成分を含む薬剤の購入は、1人1日1種類まで」と中国語で表示がある。成田空港の薬局にて、2026年8月

写真2 「日本の薬機法の規定に基づき濫用の恐れのある成分を含む薬剤の購入は、
1人1日1種類まで」と中国語で表示がある。成田空港の薬局にて、2026年8月
社会への信頼と自己責任のはざまで

風邪薬だけではなく、筆者はこれまでに中国の友人から日本の漢方胃腸薬、口内炎の薬、水虫の薬、薬ではないが粉ミルクなど様々な日本製品をリクエストされ、出張時にお土産として持っていった。漢方薬は中国が本場であり、原材料となる生薬(しょうやく)は中国産であることも多い。実際、筆者は10年ほど前に中国北部の農村で日本の製薬会社が漢方薬の原料となる当帰(トウキ)や黄芩(オウゴン)などの生薬を中国で契約生産して日本へ輸出しており、それが農民の貴重な収入源になっているという話を耳にした。

友人曰く、多くの中国人は中国国内で出回っている漢方薬の品質が玉石混交であるのに対し、日本のものは中国産の生薬のなかでも一級品を原料とし、製薬会社がきちんと調合して製品にしているので品質にブレがなく効果が高いと考えている。しかも価格も妥当である。つまり、中国の消費者は日本製の薬の生産・流通システムと、その根底にあるウソやごまかしが少ない日本社会に信頼をおいており、そこに自国製品にはない安心感を見出しているのである。

最近日本の大きな病院に行くと、中国人の高齢者が日本在住の親族と思しき人に連れられて診療を受けに来ているのを時々見かける(念のため申し添えると、日本で働く外国人は健康保険への加入が義務付けられている)。日本語のできない患者に対し、病院のレントゲン技師や看護師が簡単な医療用の中国語で対応する場面も見かける。もちろん外国出身の看護師も大活躍だ。昨今の来日中国人むけ医療ツーリズム興隆の背景に、日本の医療システムへの強い信頼感があることは確かだろう。

何も言わなくても大抵のことがスムーズに進む社会システムは一朝一夕にして成らず、これは日本が世に誇るべき社会関係資本である。しかし、良くも悪くもかつての日本社会に安定をもたらしていた企業の終身雇用や年功序列といった社会慣行は崩れ、「一億総中流」から「格差社会」となって久しい(詳しくは[橋本 2025])2。さらに国と企業の隙間を埋めていた親族や地域のコミュニティも弱体化し、筆者の肌感覚でも冠婚葬祭や年中行事、同僚や隣人との付き合いは驚くほど淡泊になった。日本の社会も一度転落すれば這い上がれない、困っていても誰にも頼れない、自己責任の社会になりつつあるようにみえる。数年前に中国人の研究者と日本の古い公営団地でヒアリングをした時、「日本ではなぜ高齢者の孤独死が多いのか」と真顔で問われ、うまく答えられなかった。

道を歩けばリスクに出会い、何をするにも交渉の余地があり、国も企業も信用できない中国社会においては、「自力更生」あるいは親族や友人、同級生や同郷人を頼みの綱とするしかない。強いきずなで結ばれた中国の人々の濃い人間関係を見ていると、どこか懐かしく温かい気持ちになる。人と人とのつながりが急速に希薄化する日本社会に、一抹の寂しさや寄る辺のなさを感じているのは筆者だけではないだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 写真1、2 筆者撮影
参考文献
  • 閻連科 2007.『丁庄の夢: 中国エイズ村奇談』谷川毅訳 河出書房新社.
  • 橋本健二 2025.『新しい階級社会 最新データが明かす〈格差拡大の果て〉』講談社現代新書.
著者プロフィール

山田七絵(やまだななえ) アジア経済研究所新領域研究センター環境・資源研究グループ長。農学博士。専門は中国農業・農村経済、国際労働力移動の研究。主な著作に、『現代中国の農村発展と資源管理――村による集団所有と経営』(東京大学出版会、2020年)、『世界珍食紀行』(編著、文藝春秋、2022年)、『アジア・トイレ紀行』(共編著、白水社、2025年)、「日本農業における外国人雇用経営の特徴――移住仲介組織とスキル形成機能に着目して――」(『アジア経済』第66巻第3号、30-66ページ、2025年)。


注
  1. 厚生労働省「指定濫用防止医薬品の指定について」2026年1月23日。
  2. 「中流消滅、7人に1人が『最下層』 格差データが示す日本企業の罪」『日経ビジネス』2025年10月23日。
【連載目次】

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