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コラム

ベトナム改造農機傑作選

第6回(最終回) イノベーションは難しい――藁巻機

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051616

2020年3月
(3,145字)

今回本連載が紹介するのは「改造品」ではなく、この機械を開発した企業の社長さん曰く、「発明品」である。その機械の名はmáy cuốn rơm。直訳すると「藁巻機」という(写真1)。稲刈り後の稲藁を筒状の塊(ベール)にするための機械である。ベトナム南部では、いわゆる普通型と呼ばれる、回転するアームで稲を巻き込んで脱穀するコンバインにより稲刈りが行われるが、普通型コンバインで稲を刈ると、水田に脱穀後の藁が残る。この藁を手際よく回収することができる機械である。藁巻機を開発したドンタップ省の Phan Tan社が動画で使い方の解説をしているので、参照されたい。

写真1 Phan Tan社のショールームにある藁巻機(ドンタップ省タップムオイ県、2018年9月)

写真1 Phan Tan社のショールームにある藁巻機(ドンタップ省タップムオイ県、2018年9月)
Phan Tan社が開発した藁巻機の使い方[動画:YouTube]

なぜこのような機械が開発されたかというと、それまで自宅の牛の餌にするか燃やして灰を肥料にするしか用途のなかった稲藁が、商品になったからである。都市住民の食の変化に伴い乳製品や食肉の需要が高まり、ベトナムでも酪農が盛んになったため、飼料原料として藁が売れるようになったのである。

この機械の基本構造は、本連載第2回に登場した(コンバインを改造した)籾運搬車にベーラー(baler)と呼ばれる干し草や藁を巻いて束ねる機械を合体させたものである。つまり、改造した機械にさらにもうひと手間加えた進化系改造機械である。

合体される前のベーラー(同じく「藁をベールにする機械」であるが、区別のためにこちらは「ベーラー」と呼ぶことにする)の原型は写真2のとおりである。一般的なベーラーはトラクターで牽引し、藁がベールになったところで落としていく(こちらの使われ方については、以下の動画を参照されたい)。これに対して、Phan Tan社の藁巻機の最大の売りは、ベーラーよりも藁の回収が格段に楽な点にある。

写真2 日本製のベーラー(アンザン省トアイソン県、2019年2月)

写真2 日本製のベーラー(アンザン省トアイソン県、2019年2月)
一般的なベーラーの使われ方[動画:YouTube]

もちろん、二つの機械を合体させるには技術的な工夫が必要である。ベーラーは、トラクターの後ろについているPTO(Power Take-off)と呼ばれる軸を通して、トラクターのエンジンの動力を藁巻きの回転の動力として取り込んでいるが、一方、籾運搬車のベースとなるコンバインにPTOはついていないため、ベルトを使って籾運搬車のエンジンの動力を藁巻きの動力に変えている。藁を拾い巻き込むアームはコンバインの部品を流用している。また、トラックのように荷台の端が跳ね上がる構造になっており、回収した藁を荷台から降ろす作業が楽に行える。

藁巻機を開発したPhan Tan社のベン社長は、ホーチミン市の大学で機械工学を学び、国営農業機械メーカーでの勤務経験もある。農村の改造屋たちと比して技術、知識のレベルは非常に高い(図面が引ける!)。2015年に開発されたこの藁巻機の技術に対して特許も取得したそうである。

しかし、ベン社長の目下の悩みは、この藁巻機の販売が思ったほど伸びないことであるという。価格は3億ドン(執筆時のレートで約140万円)ほどで、新品の日系メーカーのコンバインの5〜6割程度の価格に抑えている。ベーラー(普及しているもののほとんどは日本製の輸入品)が2億ドン程度であるから、こちらと比較してもものすごく高価なものではない。

ベン社長は、運搬の問題が販売不振の原因ではないかと分析している。現在主流となっている稲刈りは、コンバインが稲を刈り、並走する籾運搬車が袋詰めにされた籾を運ぶという作業であるため、コンバインと籾運搬車はセットになって船で運搬される。その2台の運搬専用の船もあちこちで作られている(写真3)。藁巻機はその船に乗らないため、長距離の移動にはもう一艘別の船を用意せねばならない。稲刈りを請け負う賃刈り業者(農家)が藁巻作業も同時に行うというビジネスになっていないため、藁巻機はコンバインの普及と並行して普及することができなかった、というのがベン社長の見立てである。

写真3 コンバインと籾運搬車をセットで運ぶ船(アンザン省トアイソン県、2017年8月)

写真3 コンバインと籾運搬車をセットで運ぶ船(アンザン省トアイソン県、2017年8月)

藁巻機は、ゼロから生み出された新しい何かではないが、技術的な工夫により二つの機械を組み合わせて開発されたイノベーティブな機械である。しかし、いかにアイデアがイノベーティブでも、その機械を使うことで生産性が上がっても、そしてそれが手の届く価格のものであっても、新技術は必ずしも普及するとは限らない。ベン社長の分析が当たっているとすれば、イノベーションはタイミングも重要ということになる。もし藁巻機がコンバイン+籾運搬車によるパッケージ化された賃刈りビジネスが確立する前に開発されていたら、稲刈りの機械化の波にうまく乗って普及していたかもしれない。イノベーションは難しい。


筆者がベトナムの農村で見たさまざまな改造農業機械を紹介するという本連載は、今回で最終回となる。これまでお読みいただいた読者に感謝申し上げたい。実は、本連載には隠れテーマがあった。それは「フルーガル・イノベーション」(frugal innovation)研究である。フルーガル・イノベーションとは、途上国の貧困層、あるいはBOP(Base of Pyramid)層がアクセス可能なイノベーティブな新技術や製品、サービスのことを指す。たとえばソーラーランタンや携帯電話を使った送金システムなどが代表例としてあげられる。本連載が取り上げた改造農業機械は、先進国の企業や途上国のスタートアップ企業などではなく、途上国の農村住民自身の手で生み出されたフルーガル・イノベーションであるといえる。

ではなぜベトナムでは農村住民自身によるフルーガル・イノベーションが起きるのか。それを「ベトナム人は頭が良くて手先が器用だから」といった単純な話で終わらせると、(頭が良くて手先が器用という事実は間違っていないものの)真実を見誤ることになるだろう。その構造的要因について考えることが、イノベーションとは何かを研究することにも繋がる。

筆者の暫定的な回答は以下のとおりである。まず、外的な要因として、農業の労働力不足による農業機械への需要の高まり、そして貿易自由化による安価な中古農業機械の流入という現象があった。そのような状況をチャンスと捉えようとした人たちにより、中古機械・部品の供給者や修理・改造技術を持った人材、農作業受託ビジネスなど、農業機械化のためのエコシステムが形成された。そのエコシステムのなかで、改造機械、改造ビジネスがニッチ(生態的地位)を獲得したのではないだろうか。

エコシステムは複雑系なので、経済・社会状況の変化や農業の技術的な変化に伴い今後変化していくだろう。すると、本連載で紹介したさまざまな機械は数年後には消えているかもしれない。あるいは新たな進化系機械が生まれているかもしれない。現在の改造農業機械の姿を史料として残しておくことも本連載のひとつの目的であった。本連載は今回で終了するが、傑作改造農機探しはまだまだ続く予定である。

写真の出典
  • すべて筆者撮影。
著者プロフィール

坂田正三(さかたしょうぞう) アジア経済研究所バンコク研究センター次長。専門はベトナム地域研究。主な著作に、『ベトナムの「専業村」――経済発展と農村工業化のダイナミズム』研究双書No.628、アジア経済研究所 2017年、「ベトナムの農業機械普及における中古機械の役割」(小島道一編『国際リユースと発展途上国――越境する中古品取引』研究双書No.613、アジア経済研究所 2014年)、など。

書籍:ベトナムの「専業村」――経済発展と農村工業化のダイナミズム

書籍:国際リユースと発展途上国