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コラム

ベトナム改造農機傑作選

 
第4回 「適正技術論」と農業機械改造

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051541

2020年1月
(1,988字)

かつて、「適正技術論」という概念が一世を風靡した時代があった。途上国の経済発展と技術進歩のあり方について論じるものである。余剰労働力が豊富な途上国では、先進国の進んだ技術をそのまま導入することは経済発展に寄与せず、むしろ雇用を奪い、環境を破壊するなどの弊害の方が大きい。途上国には「適正な」、すなわち安価で入手でき、高度な知識を必要とせず、それでいて手仕事よりも生産効率を高める、現地の経済・社会環境に適合した技術が必要とされるという考え方である。

時代的には「適正技術論」の登場より随分遡るが、日本で開発された歩行型の耕耘機は適正技術の典型例のひとつとしてよく紹介される。日本では、戦前に政府主導でアメリカから大型のトラクターが導入されたものの、本来畑作用に作られたアメリカ製のトラクターは日本の水田に適合せず、定着しなかった。そこで、岡山県南部の農機具メーカーの技術者により、日本の水田の状況に合わせた歩行型の「自動耕耘機」が開発され、戦後日本中に普及していった(加古1986)。

現在のベトナムの状況は、戦前の日本とも、途上国の「適正技術」の必要性が盛んに議論されていた1970〜1980年代とも異なる。ベトナムの農家は、国産品から輸入品まで、最新モデルから数十年使用済みの中古品まで、幅広い選択肢のなかから農業機械を選べる。インターネットを通してサンプルを見たり注文したりすることもできる。適正技術論とは外来技術のミスマッチをどのように克服するかという課題であったといえるが、経済自由化と情報技術の普及が進んだ現在は、導入される外来技術のミスマッチという問題は起こりにくくなっている。

とはいえ、輸入農業機械を導入する場合、必ずしもそのまま使えるわけではなく、若干のミスマッチは生じる。そこで機械に改造が加えられることになる。典型的なものは、トラクターの作業機であるロータリーの爪の付け替えである。同じメコンデルタ地域でも場所により土の質や水田の水の量が異なるため、地域の状況に合わせて異なる長さや形状の爪を使い分けるという。爪と爪の間のピッチも日本で使われるものより短い(写真1)。また、トラクターや耕耘機のゴムタイヤの車輪を鉄の車輪に付け替えるのもよく行われる改造である。水を張った水田に鉄の車輪をつけたトラクターを走らせ、固まった土をほぐしながら耕起していく(写真2)。

写真1 ロータリーの軸も爪の付け替えがしやすい形状になっている

写真1 ロータリーの軸も爪の付け替えがしやすい形状になっている (アンザン省ロンスエン市、2017年8月)

写真2 鉄の車輪を付けたトラクター

写真2 鉄の車輪を付けたトラクター(ティエンザン省カイベー県、2016年8月)

一方、ベトナム農村で、ある意味で最も適正な外来技術といえるのは、水冷式ディーゼルエンジンであろう。構造が比較的単純で簡単に使いこなせるため技術のミスマッチが起こりにくく、しかも多様な用途で使える万能の機械である。たとえば、運搬車の動力として用いられるほか、船外機、灌漑用ポンプ、籾の乾燥機など、ディーゼルエンジンはさまざまな手作り・改造機械の重要なパーツになる。農機メーカーは、多用途での使用を想定したエンジンを製品として販売しているが、ベトナム農村で使われるエンジンの多くは、中古耕耘機を解体して取り出したエンジンである(写真3、4、5)。

小型の水冷式ディーゼルエンジンそのものは1930年代に開発されたものであり、いわば「枯れた」技術の機械である。そのような枯れた技術が最先端ICT技術であるスマートフォンとほぼ同時期に普及し、ベトナムの農村生活を豊かなものにしている。今日の途上国の経済発展のユニークな点でもあり、経済発展と技術進歩の関係を論じることの難しさでもある。

写真3 耕耘機に荷台をつけた運搬車

写真3 耕耘機に荷台をつけた運搬車(ザーライ省プレイク市、2012年9月)

写真4 耕耘機のエンジンは船外機にもなる

写真4 耕耘機のエンジンは船外機にもなる(アンザン省トアイソン県、2013年10月)

写真5 ディーゼルエンジンの普及はベトナム農村を変えた

写真5 ディーゼルエンジンの普及はベトナム農村を変えた(ハウザン省ヴィンタイン市、2018年5月)
写真の出典
  • 写真1、3、4、5  筆者撮影
  • 写真2  荒神衣美氏撮影
参考文献
  • 加古敏之1986.「農業における適正技術の開発と普及――自動耕耘機の分析――」『経済研究』第37巻、第3号、193-207ページ。
著者プロフィール

坂田正三(さかたしょうぞう)。アジア経済研究所バンコク研究センター次長。専門はベトナム地域研究。主な著作に、『ベトナムの「専業村」――経済発展と農村工業化のダイナミズム』研究双書No.628、アジア経済研究所 2017年、「ベトナムの農業機械普及における中古機械の役割」(小島道一編『国際リユースと発展途上国――越境する中古品取引』研究双書No.613、アジア経済研究所 2014年)、など。

書籍:ベトナムの「専業村」――経済発展と農村工業化のダイナミズム

書籍:国際リユースと発展途上国