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コラム

ベトナム改造農機傑作選

第2回 適応としての改造

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051508

2019年11月
(1,969字)

『改良・改造手作り農機傑作集』(トミタ・イチロー著、農文協)という本がある。初版の出版が1992年、2013年に第25刷を発行しているロングセラーである。著者が日本中の農家を歩いて廻り、そこで見つけた農業機械の部分的な、あるいは大掛かりな改造の例がイラスト入りで紹介されており、農業の経験のない本稿筆者にも楽しく読める。さらに、改造で使われる工具の使い方やスクラップ利用の工夫など、読者自身による改造を手助けする具体的な方法も紹介されている。

この本を読むと、日本とベトナムとの農業機械の改造の違いがよく分かる。日本では多くの場合、農家自身が機械に関する知識や技術を持ち、自ら改造を行ってきたようである。同書のまえがきに、農業機械の改造とは、「作業を少しでも楽に効率よくしようと」するための創意工夫であると述べられている。市販の機械はあくまでも汎用性のある量産品であり、農家が土地の状況や生産規模、気候、生産品種に適応させるために機械に改造を加え、「一点モノ」を作ることが日本でも行われてきたのである。それはおそらく、使用者が使用後の中古としての(高値での)再販を念頭に置かないゆえにできることであろう(いわゆる暴走族による一見奇妙な自動車、バイクの改造もまた同じ心理が働いているのだろうか)。

一方ベトナムでは、農村の農業機械の販売店で修理・改造が行われる。農業機械改造がビジネスとして成立しているのである。メコンデルタ地域の農業機械販売店が中古の農業機械と部品をホーチミン近辺の輸入業者から仕入れ、地域の条件に合わせた改造を加え、農家に販売し、さらに、壊れた機械の修理も行っている(写真1)。

写真1 農村の中古農業機械販売店

写真1 農村の中古農業機械販売店(ドンタップ省タップムオイ県、2018年9月)
農業機械販売店の経営者の多くは、2000年代前半からの農業機械の急速な普及に伴い、新たに修理・改造ビジネスを始めた。元は農家やバイク修理屋などを営んでいた人たちであるが、技術者としての教育や特殊な訓練を受けたわけではないのに、機械の豊富な知識に加え溶接や簡単なネジ切りができる技術も持っている。農業機械の普及は、農家の所得向上や日系メーカーの現地生産の開始だけがその要因ではなく、機械の修理や改造のニーズを満たす専門の業者や、それらに中古機械や部品を供給する輸入業者が登場し、農業機械化のためのエコシステムが出来上がったことにより促進されたといえる。

写真2 コンバインを改造した籾運搬車

写真2 コンバインを改造した籾運搬車(アンザン省トアイソン県、2013年10月)
ベトナムのメコンデルタ地域の条件に合わせた改造の一例が写真2である。これは、コンバインのエンジンと走行部以外をすべて取り払い(!)、そこに荷台を取り付けた、稲刈り後の籾の運搬車である(写真3左は輸入された状態のコンバイン。右は籾運搬車改造用に不要な部品が取り払われている状態)。この運搬車は2010年前後に初めて製造され、その後メコンデルタ地域中に広まったと言われている。誰が初めてこの運搬車を作ったのか明らかではないらしいが、今ではメコンデルタ地域の稲刈り風景に欠かせないものとなっている。

写真3 輸入時のコンバイン(左)と不要な部品が取り払われたコンバイン(右)

写真3 輸入時のコンバイン(左)と不要な部品が取り払われたコンバイン(右)(ロンアン省タイアン市、2018年5月)
このような運搬車が普及したのは、メコンデルタ地域の米作のふたつの特徴によるものである。まず、メコンデルタ地域の水田は広く、あぜ道も舗装されていないために、収穫した籾をグレインタンクに貯めてあぜ道に止めたトラックに積み替えるという、近代的な方法で収穫することは難しい。収穫しつつ籾を袋に詰め、その籾袋を水田の外まで運搬する必要がある。次に、メコンデルタ地域はコメの2期作、3期作が可能であるため、雨季に稲刈りシーズンが重なる。雨季でぬかるんだ水田では走行部が4輪タイヤではなくクローラー(ゴムのキャタピラ)のこの改造車(写真4)が活躍することになる。中古のコンバインを全く別の用途に使うというその発想の大胆さがベトナムの面白さである。

写真4 稲刈り後の運搬風景

写真4 稲刈り後の運搬風景(アンザン省トアイソン県、2014年8月)
写真の出典
  • 写真1~3  筆者撮影
  • 写真4       荒神衣美氏撮影
著者プロフィール

坂田正三(さかたしょうぞう)。アジア経済研究所バンコク研究センター次長。専門はベトナム地域研究。主な著作に、『ベトナムの「専業村」――経済発展と農村工業化のダイナミズム』研究双書No.628、アジア経済研究所 2017年、「ベトナムの農業機械普及における中古機械の役割」(小島道一編『国際リユースと発展途上国――越境する中古品取引』研究双書No.613、アジア経済研究所 2014年)、など。

書籍:ベトナムの「専業村」――経済発展と農村工業化のダイナミズム

書籍:国際リユースと発展途上国