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(「台湾リスク」と世界経済)第1回 中台関係の緊張が世界経済に与える影響

China-Taiwan Relations and the Global Economy

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000977

2024年4月

(4,367字)

はじめに

台湾と中国の関係は、歴史的にみても、そして今日に至るまで、東アジアはもとより世界の政治・経済・安全保障に大きな影響を及ぼしてきた。近年、中国が台湾に対して軍事的な圧力をかけることによって、「台湾リスク」とも言える台湾海峡における紛争の危険性が高まっている。台湾海峡における中台の緊張は、多くの国々にとって深刻な懸念材料となっている。特に、2021年3月、当時のデービッドソン米インド太平洋軍司令官が、中国が台湾を軍事的に併合する可能性に警鐘を鳴らしたあたりの時期より、国際社会の懸念が高まり1、こうした事態が起きることは「台湾有事」と呼ばれてきた。

しかし、いわゆる「台湾有事」は中台関係の緊張が極限に達し、武力衝突に至る事態を指すもので、現実の中台関係の複雑さや緊張関係の強弱を広くカバーする言葉ではない。中台間の関係をより現実的に考えるためには、「有事」に至らないグレーな状態についても、当然、考慮に入れる必要があるだろう。

中国からの強い反発を受けたナンシー・ペロシ米下院議長(当時)の訪台(2022年8月)

中国からの強い反発を受けたナンシー・ペロシ米下院議長(当時)の訪台(2022年8月)

本連載は、中台関係の緊張が東アジアおよび世界経済にどのような影響を与えるかについて、多面的に検討することを目的とする2。「台湾有事」は中台の緊張関係が極限に達した場合のシナリオとして分析を行うが、現実の中台関係は軍事的な衝突か、平和かといった二者択一の状況にはなく、その中間を常に動いていることに留意する必要がある。

連載の序論である今回に続く第2回では中台関係について、2024年1月の台湾総統選挙の結果を踏まえて論じる。「台湾有事」が起きるリスクが高まるのかについて検討しつつ、中台関係の今後の見通しや東アジアの安全保障への影響などについても論じる。連載の第3、4、5回では、それぞれ中台間貿易、半導体産業、海上物流の各分野について、中台関係の緊張が世界経済に及ぼす影響を分析する。

中台間の緊張関係は、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻と比較しても、世界経済に与える影響が格段に大きいと考えられる。図1は各国・各地域のGDPが世界経済に占める比率を示したものである。今や東アジア地域は世界のGDPの約3分の1を占め、北米やEUをしのぐ。特に中国経済は世界のGDPの約18%を占め、台湾のGDPも世界の0.8%を占める。これは、ロシアの2.2%、ウクライナの0.2%と比べても格段に大きい。したがって、中台関係の緊張状態が「台湾有事」に至った場合に東アジア経済および世界経済に与える影響は、ロシアのウクライナ侵攻と比較して格段に大きくなることが予測される3

図1 世界のGDPに占める各国・各地域の比率(2022年、名目米ドル)

図1 世界のGDPに占める各国・各地域の比率(2022年、名目米ドル)

(出所)World Development Indicatorsのデータより筆者作成

中台関係の過去・現在・未来

中台関係の歴史的な経緯を知るためには、国共内戦に勝利した中国共産党による1949年の中華人民共和国の建国と、同内戦に敗れた国民党による中華民国政府の台湾への移転まで溯る必要がある。以来、中国は「一つの中国」原則のもとで台湾を不可分の領土と主張し、台湾の独立を容認しない立場をとってきた。他方、台湾では後に民主化が進むにつれて、中国との統一を望まない多くの住民の意思を反映して、自らの主権を守る姿勢を打ち出すようになった。

その一方で、中台関係は政治的な対立だけではなく、経済的な相互依存を内包している。特に2000年代に入ってからは、中台間の経済関係は大きく発展し、両岸貿易や投資、人的往来が増加した。2010年には両岸経済協力枠組協定(Economic Cooperation Framework Agreement : ECFA)が締結され、関税やサービス貿易の自由化が進められた。

しかし、中台間の経済的な協力の進展は、中台間の政治的な緊張の解消には繋がらなかった。2016年には、台湾の自律性を重視する民進党の蔡英文が総統に当選し、以降、中台関係の緊張は高まっている。2024年1月13日に行われた台湾総統選挙では、民進党の蔡英文政権を引き継ぐかたちで頼清徳が勝利した。頼は、中国と一線を画してきた蔡英文現総統の路線を継承するものとみられる。中国側からは独立志向が強いとみられてきた民進党政権の継続を受けて、今後も中台関係は緊張した状態が継続すると考えられる。

連載の第2回「中国と台湾の緊張関係が東アジアの国際関係に与える影響」では、2024年1月の台湾総統選挙および立法院選挙の結果を踏まえて、今後の中台関係について見通す。その際に、中台関係がいわゆる「台湾有事」と呼ばれる軍事的な衝突か、平和かといった二者択一の状況にはなく、これまでも様々な強度で「摩擦」が生じていることを整理しつつ議論を行う。

中台の外交関係と経済的関係は相関するか

前述のとおり、中台間の経済関係は2000年代に入り緊密さを増してきた。台湾は経済の中国依存から脱却する動きをみせているものの、中台間の貿易規模は依然として大きい。2022年時点では、中国は台湾の輸出額の約25%、輸入の約20%を占めており、最大の貿易相手となっている。一方、台湾は中国の輸出額の約2%、輸入額の約9%を占める4

中台間の貿易は、これまでも中台の外交関係の影響を受けてきた(図2)。例えば、2008年から2016年までの国民党・馬英九政権期には、ECFAなどの影響もあって貿易が拡大した。一方、2016年からの民進党・蔡英文政権誕生前後には一時的に中台貿易は減少しているが、その後、再び増加に転じている。ただし、こうした中台間の貿易の増減は、中台関係のみに左右されるのではなく、中国と台湾のそれぞれの経済状況や世界情勢、半導体や一次産品の市況などにも大きく影響されるため、分析が難しい。特に、これまで目覚ましい経済発展を遂げてきた中国市場の急拡大は、台湾から中国への輸出を必然的に増加させてきた。

図2 中台間の貿易額の推移(2000〜2022年)

図2 中台間の貿易額の推移(2000〜2022年)

  1. (注)中国には香港を含む
    (出所)UN Comtradeのデータをもとに筆者作成

連載の第3回「中台間貿易は中台関係の影響を受けるか」では、計量経済学的な手法を用いて、中台関係以外の様々な要因を除去することで、中台間の貿易がどの程度中台の外交関係によって影響されてきたのかを明らかにする。中台間の貿易の長期的変化や特異な動きと中台関係を左右するイベントを突き合わせることで、中台関係の外交面と経済面のリンケージを明らかにする。

中台関係が半導体産業に与える影響

今日、半導体は情報通信技術の中核をなす財であり、スマートフォンやPCのみならず、自動車、医療機器から兵器まで多くの製品に不可欠な部品となっている。世界の半導体受託生産の約3分の2を占める台湾は、半導体産業において特別な地位を占めている。図3は世界の半導体貿易に占める中台のシェアの推移を示したものである。2022年時点で、台湾は世界の半導体輸出の約30%を、中国は約10%を占めている。一方で、中国は世界の半導体輸入の約30%を占めている。

図3 世界の半導体貿易に占める中台のシェアの推移(2000〜2022年)

図3 世界の半導体貿易に占める中台のシェアの推移(2000〜2022年)

  1. (注)ここでは半導体をHSコード8542と定義している
    (出所)UN Comtradeのデータをもとに筆者作成

とりわけ、高度に微細化された製造技術を必要とする最先端の半導体においては、台湾企業のTSMCが世界シェアの過半を占めており、台湾から半導体の出荷ができなくなることは、中国も含め世界経済に大きな影響を与えると考えられる。この点から、TSMCの存在が中国の台湾侵攻を思いとどまらせるという「シリコンの盾」論が一部で唱えられている5。台湾のGDPが世界に占める割合が0.8%にとどまるなかで、中台関係がこれほどの注目を浴びるのは、半導体産業における台湾の特別な地位によるところが大きい。

連載の第4回「世界の半導体工場となった台湾と地政学リスク──集中から緩やかな分散へ」では、中台関係と半導体産業の関係について議論を整理する。半導体産業のグローバル・バリュー・チェーン(GVC)において台湾の重要性は疑いないが、特に台湾はロジック半導体での存在感が大きく、先端半導体産業においてはさらにその重要性が際立つことを示す。さらに、台湾の海外からの半導体部材の調達が止まった場合、逆に台湾から海外への半導体供給が止まった場合に想定される事態について考察する。

中台間の海上輸送と東アジアへの影響

中台関係の緊張が最も深刻な事態に発展すれば、中国が台湾に対して軍事的な侵攻を行う、いわゆる「台湾有事」が起きる。「台湾有事」が発生すると、最も直接的に影響を受けるのは海上物流である。「台湾有事」の際には、「第1列島線」の内側の海域の航行の可否が焦点になる。第1列島線とは、日本の南西諸島から台湾、フィリピンを通り、マレーシアのボルネオ島北部からベトナム南部を結ぶラインである(図4)。

図4 第1列島線

図4 第1列島線

  1. (出所)各種報道を参考に筆者作成

この海域は、中国・香港・台湾からの海上物流の主要なルートであるとともに、日本や韓国、ベトナムやフィリピンなど多くの周辺国のシーレーンにおいても重要な役割を果たしている。東アジア地域は世界の製造業の中心地でもあり、世界のコンテナ取り扱い港の上位20港のうち14港湾が東アジア地域に、うち10港湾が第1列島線の内側に位置している(表1)。

表1 世界のコンテナ取扱量上位20港湾(2023年)

表1 世界のコンテナ取扱量上位20港湾(2023年)

  1. (出所)Conception Etude Realisation Logistiqueデータより筆者作成

連載の第5回「中台間海上輸送の現状と東アジアへの影響」では、中台間の海上輸送の現状についてまず解説する。そのうえで、中台間の軍事的な衝突を想定しつつ、周辺海域にどのような影響が及ぶ可能性があるのかを考察する。

中台関係は世界経済を左右する

このように、中台関係の緊張は、中台間の経済関係を左右するとともに、日本を含む東アジア経済ひいては世界経済にも大きな影響を与える。中台の経済関係は、中国側が主にその市場の大きさを武器に台湾に対して様々な揺さぶりをかけている一方で、台湾側は中国市場への依存度を下げるべく動いている。米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)の調査では、中国に進出している台湾企業のうち、実に6割が中国から既に移転したか移転を検討していると回答している6

しかし、中国と台湾の密な経済関係は、数年のうちに解消されるものではない。両者の経済的な結びつきは、地理的、歴史的、人的なつながりや相互の経済的利益によって支えられている。したがって、中台関係の緊張は、当面は中台の経済関係にとどまらず、日本を含む東アジアや世界経済にも大きな影響を与えるだろう。中国と台湾はともに、現代における「産業の米」といわれる半導体のGVCにおいて重要な役割を果たしており、中台関係の変化は、世界的な経済の安定性に直接的な影響を与える可能性がある。

この特集は、いわゆる「台湾有事」に焦点を当てるだけでなく、中台関係が持つ幅広いスペクトラムと、その世界経済への多面的な影響を分析している。中台関係の緊張は地政学的な問題であるのみならず、それによって引き起こされる経済的影響は広範囲にわたる。両者の外交的な緊張が高まるなかで、中台関係の変化が世界経済に与える影響を理解することは、国際社会にとって極めて重要である。本特集が、そうした理解の一助になれば幸いである。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

熊谷聡(くまがいさとる) アジア経済研究所開発研究センター主任調査研究員。専門は、国際経済学(貿易)およびマレーシア経済。主な著作に『マレーシアに学ぶ経済発展戦略──「中所得国の罠」を克服するヒント──』(共著)作品社(2023年)、『経済地理シミュレーションモデル──理論と応用』(共編著)アジア経済研究所(2015年)、“The Middle-Income Trap in the ASEAN-4 Countries from the Trade Structure Viewpoint,” In Emerging States at Crossroads (pp. 49-69). Singapore: Springer (2019) など。

松本はる香(まつもとはるか) 日本国際問題研究所研究員を経て、アジア経済研究所入所(2005年)。現在、地域研究センター東アジア研究グループ長・主任研究員(博士)。専門は、東アジア冷戦外交史、中国外交、米中関係と台湾問題。台湾中央研究院欧美研究所(2010~11年)や北京大学国際関係学院(2011~12年)の客員研究員を務める。近著に、『〈米中新冷戦〉と中国外交──北東アジアのパワーポリティクス』(編著、白水社、2020年)、『中台関係のダイナミズムと台湾』(川上桃子と共編、アジア経済研究所,2019年)他。


  1. AFP「『中国、6年以内に台湾侵攻の恐れ』 米インド太平洋軍司令官」2021年3月10日。
  2. 本連載は、2023~24年に実施されたアジア経済研究所の機動研究会「東アジア情勢の緊迫化が世界経済に与える影響の分析」の研究会委員による研究成果の一部である。
  3. Jennifer Welchほか「台湾有事なら推計コスト1440兆円、世界経済に重大リスク──13日総統選」ブルームバーグ、2024年1月10日。ロシアのウクライナ侵攻に伴う経済制裁の世界経済への影響についてはアジ研ポリシー・ブリーフNo. 156「ロシアに対する経済制裁の世界経済への影響──IDE-GSMによる分析」で試算しており、最大でもブルームバーグによる試算の10分の1以下にとどまる。
  4. アジア動向年報2023』アジア経済研究所、を参照。
  5. CNN “On GPS: Can China afford to attack Taiwan?”July 2022を参照。
  6. Scott Kennedy “It's Moving Time: Taiwanese Business Responds to Growing U.S.-China Tensions,” CSIS, Oct. 2022を参照。
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