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(「台湾リスク」と世界経済)第3回 中台貿易は政治的緊張の影響を受けるか

Has China-Taiwan Trade Been Affected by Political Tensions?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000979

2024年4月

(3,412字)

経済的威圧

近年、「経済的威圧」という言葉を聞く機会が増えている。McLean(2021)によると、経済的威圧とは、政策的譲歩を引き出すために、相手国に経済コストを負わせる、もしくは負うことになると脅す行為を指す。本用語は、とくに中国による威圧的行為に対して用いられることが多い。その例としては、2010年における尖閣諸島中国漁船衝突事件に伴う、中国から日本へのレアアース輸出規制などが挙げられる。Hunter et al(2023)によると、2020年から2022年の3年間において、中国による威圧行為は73件に及ぶ。最も多いのがオーストラリア向けで21件、次にリトアニア向けが11件である。前者は2020年に豪政府が新型コロナの起源について独立した国際調査を求めたことが原因とされ、豪州産ワインや食品などに制裁関税が課されたりした。後者は駐リトアニア台湾代表処を開設したことが原因とされ、リトアニア産品に対する輸入規制を導入した。このように、中国による経済的威圧では、貿易制限措置が取られることが多く、全体のうち最も多い30件を占める。

本稿では、台湾を対象に、中国との貿易における特殊な変化を調べる。台湾はその中国との「特別な関係」から、経済的威圧を受けやすい。上記73件のうち、台湾向けは8件を占め、オーストラリア、リトアニアに次ぐ。また、これら73件の威圧的行為のうち、先に述べたリトアニア向けの例など、台湾イシューが原因となっている件数が最大の28件を占め、新型コロナ関連が21件で続く。本稿では、中国と台湾の間の貿易推移をただ調べるのではなく、中国の市場拡大や台湾の技術発展といった中国、台湾それぞれの経済変化に基づく貿易額の変化を統計的に除外し、中台という二地域間特殊な要因に基づく貿易を抽出し、その変化を調べる。大雑把に言うと、両地域間で普段と異なった貿易変化が見られる時期があるかを調べる。

中国による輸入禁止を前に台湾産パイナップルをアピールする頼清徳次期総統(左から6人目、2021年2月)

  1. 中国による輸入禁止を前に台湾産パイナップルをアピールする
    頼清徳次期総統(左から6人目、2021年2月)
分析方法の概要

まず分析に利用する貿易統計はGlobal Trade Atlasから入手している。長期の趨勢を細かく調べるために、1996年1月から2023年11月までの月次統計を利用する。台湾、中国、日本、韓国による、226カ国との輸出入額に関するデータを用いる。香港経由の中国向け輸出を考慮するために、輸出データにおいては、香港向け輸出を中国向け輸出と合算する。一方、輸入側では二重カウントを防ぐために香港との貿易を分析に含めない。台湾を貿易主体に含む場合、輸出入ともに台湾側のデータを利用するが、それ以外については輸入側のデータを利用する。

分析は計量経済学的な手法を用いて行われる。これにより、中台間貿易の変化において、以下に起因する部分を除去する。第一に、台湾と中国の間の時間に対して変わらない要因による部分であり、例えば文化的差異の程度や地理的距離による部分である。第二に、貿易相手によらない、台湾の生産能力、市場規模の変化に伴う部分である。農産品であれば天候による生産規模の変化もここに含まれる。その他にも半導体関連製品の技術進歩が挙げられる。また、中国による台湾向け経済的威圧には台湾への渡航禁止措置が含まれるが、観光収入減少による需要規模の縮小の影響もここに含まれる。第三に、貿易相手によらない、中国の生産能力、市場規模の変化に伴う部分である。これらの要因に基づく変化分を除去することで、残る変化は「誤差項」と呼ばれる、中台間特殊な要因による部分となり、この時系列推移を調べる1

中台間貿易の特殊変化

図1では、総貿易における中台間貿易の誤差項の推移を示している。縦軸は、理論値に比べ、実現値がどれだけ大きいかを示しており、両者が同じ場合、1を取る。ただし、ここでは縦軸の絶対値には関心を払わず、相対的な増減を観察する。図には台湾における各時点の総統を参考までに記入している。台湾の中国向け輸出については、緩やかに減少傾向にあることが分かる。この傾向は、台湾が全体的に脱中国依存を推し進めている状況と一致する。一方、台湾の中国からの輸入については、逆に緩やかに増加傾向にある。2020年2月に一時的な上昇が見られるが、これは中国で新型コロナの影響が大きくなった時期でも、相対的に台湾向けの輸出をそれほど減少させなかったことによるかもしれない。

図1 総貿易における誤差項の推移

図1 総貿易における誤差項の推移

  1. (出所)筆者による推定

続いて、台湾の中国向け輸出に限定し、より細かい産業における変化を調べる。図2は、農林水産業(HS1-15)の貿易における誤差項の変化を示す。全産業よりも、大きな変化をたびたび示している。興味深いのは、各選挙戦を行っている時期に輸出が拡大しているように見える点である。ただし、これは偶然の一致かもしれず、実際、例えば2006年や2007年に大きな増加が見られるが、これは2005年や2006年に実行された、中国側による台湾農水産物に対する様々な輸入促進措置によるかもしれない。この時期、通関手続きの優遇、関税免除、中国国内物流における優遇などが実施された(許2006)。いずれにせよ、大まかな傾向としては、陳水扁総統時代に減少し、馬英九総統時代に回復に向かっている。そして蔡英文総統の就任後にしばらく輸出は減少し、その後、米中間で相互に追加関税を課し合う時期になると輸出は拡大するが、2019年半ば以降は下落傾向となる。とくに2022年から2023年半ばまでの落ち込みは大きい。

図2 台湾から中国への農林水産業の輸出における誤差項の推移

図2 台湾から中国への農林水産業の輸出における誤差項の推移

  1. (出所)筆者による推定

農林水産業について、さらに細かく調べてみよう。図3は水産業(HS 5)に限定した図である。農林水産業全体で観察された傾向が、よりはっきりとしている。すなわち、選挙戦時期における輸出の拡大、中国側による輸入促進措置による拡大、陳水扁総統および蔡英文総統時代における減少、馬英九総統時代における急激な増加が見てとれる。2022年以降の減少は、2022年6月からハタ、同年8月から太刀魚、冷凍アジについて、中国が台湾からの輸入を停止したことと関連しているかもしれない。

図3 台湾から中国への水産業の輸出における誤差項の推移

図3 台湾から中国への水産業の輸出における誤差項の推移

  1. (出所)筆者による推定

次に図4では、果物産業(HS 8)における推移を示している。これまでの図に比べると、短期間に大きな変動が見られる。季節性の影響は除去されているため、この変動が何によってもたらされているのか明らかでないが、水産業と異なり、馬英九総統時代に特別上昇したという傾向は見られない。また、2021年4月から減少傾向に入るが、これは2021年3月からパイナップル、2021年9月からバンレイシやライチ、2022年8月からグレープフルーツやレモン、ダイダイなどの柑橘類について、中国が台湾からの輸入を停止したことと関連しているかもしれない。

図4 台湾から中国への果物産業の輸出における誤差項の推移

図4 台湾から中国への果物産業の輸出における誤差項の推移

  1. (出所)筆者による推定

こうした輸入規制は、台湾の輸出先の多角化を促すかもしれない(黃2022)。そこで、同じく農林水産業について、台湾の日本および米国向け輸出(の誤差項)の推移を調べてみよう(図5)。日本向けの輸出は、年々増加しているように見える。とくに2022年は大きく上昇している期間がある。一方、米国向け輸出も蔡英文総統期に拡大しているものの、その程度はまだ強くない。米国向け輸出を拡大させる余地は依然として大きいといえる。

図5 台湾から日本および米国への農林水産業の輸出における誤差項の推移

図5 台湾から日本および米国への農林水産業の輸出における誤差項の推移

  1. (出所)筆者による推定

最後に、近年における台湾の主力輸出品である、半導体関連製品を含む電気機械産業(HS 85)における推移を見てみよう(図6)。当該産業が中国向け輸出の大きな部分を占めることもあり、図1における全産業の傾向と似ている。全体的に減少傾向であるものの、蔡英文総統時代には少し回復し、大きさは1のあたりで安定している。経済的威圧の対象となりやすい農林水産業に比べ、半導体関連製品を中心に台湾製品は中国にとっても必須品目であるため、このような安定が見られるのかもしれない。

図6 台湾から中国への電気機械産業の輸出における誤差項の推移

図6 台湾から中国への電気機械産業の輸出における誤差項の推移

  1. (出所)筆者による推定
まとめ

本稿では、中台間貿易の特殊な変化の有無を調べた。その結果、とくに台湾からの水産物輸出において、選挙時期や台湾政府与党と関連するような、興味深い動きが見られた。また、2022年以降、中国による度重なる輸入停止を反映してか、農林水産物輸出の減少が見られた。こうした輸入停止措置は、検疫を理由としているケースが多く、これにより両岸経済協力枠組協定(ECFA)による関税削減措置が、事実上、無効化されている品目がある(左2020; 林2023)。一方、台湾からの電気機械産業の輸出は、中国側にとっても必須品目であることからか、安定した動きが見られた。

【謝辞】
本稿を作成するにあたり、研究会の委員および、張国益教授(国立中興大学)、楊志海教授(国立中央大学)より有益なコメントをいただいた。ここに記して謝意を表す。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • Hunter, Fergus, Daria Impiombato, Yvonne Lau, Adam Triggs, Albert Zhang, and Urmika Deb, 2023. “Countering China’s Coercive Diplomacy: Prioritising Economic Security, Sovereignty and the Rules-based Order,” Policy Brief No.68/2023, International Cyber Policy Centre, The Australian Strategic Policy Institute.
  • McLean, Elena V., 2021. “Economic Coercion,” In Jon C. W. Pevehouse and Leonard Seabrooke (eds.), The Oxford Handbook of International Political Economy, Oxford University Press.
  • 左正東 2020.「ECFA與農產品出口:兼論二十六條的影響」戰略安全研析, 161: 36-44.
  • 黃健群 2022.「一葉知秋:評析近期大陸禁止我農漁產品出口之影響」『展望與探索』 20(11): 87-103.
  • 林雅鈴 2023.「近期中國大陸暫停我食品及水產品進口影響分析」『展望與探索』21(1): 22-28.
  • 許清棋 2006.「中共強化對臺農業合作措施及其影響」『展望與探索』4(7): 93-105.
著者プロフィール

早川和伸(はやかわかずのぶ) アジア経済研究所バンコク研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門は国際貿易、アジア経済。主な業績として、“What Goes Around Comes Around: Export-Enhancing Effects of Import-Tariff Reductions,” Journal of International Economics, 126 (2020, Ishikawa, J., Tarui, N.との共著)、“Impact of Free Trade Agreement Use on Import Prices,” World Bank Economic Review, 33(3) (2019, Laksanapanyakul, N., Mukunoki, H., Urata, S.との共著)などが挙げられる。


  1. 以上に関する技術的な説明は以下のとおりである。以下の式をポワソン疑似最尤法(PPML)により推定する。
    Trade i j t = exp ( δ i t + δ j t + δ i j ) × i j t
    Trade i j t は国iから国jへの時間tにおける輸出額であり、説明変数には輸出国・時間、輸入国・時間、輸出国・輸入国に関する固定効果が加えられている。これを推定し、以下のとおり誤差項を計算する。
    i j t ^ = Trade i j t Trade i j t ^
    そして、台湾から中国への輸出における誤差項( Taiwan , China , t ^ )、中国から台湾への輸出における誤差項( China , Taiwan , t ^ )の推移を調べる。
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