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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.156 ロシアに対する経済制裁の世界経済への影響 ――IDE-GSMによる分析

2022年4月1日発行

PDF (784KB)

  • 中国を含めた世界各国とロシアの貿易が1年間遮断されると仮定すると、世界経済に-0.7%の影響がある。国別ではロシアが-15.8%と影響が大きく、中国は-0.9%、ほかEU -0.5%、米国-0.1%、日本-0.1% など主要国への影響は比較的小さい。中国への大きな影響は、中ロの経済関係が深いこと、中国―欧州間の鉄道貨物の遮断が影響している。
  • 一方、中国が加わらない経済制裁のロシアへの影響は-4.6%と大幅に小さくなる。ロシア国内をみると、ヨーロッパに近い地域への影響は依然大きいが、ウラル山脈以東の地域への影響が小さくなる。経済制裁の有効性を高めるためには中国の参加が重要である。
  • 中央アジア諸国やモンゴルはロシアへの経済制裁による悪影響が大きく、これらの国々への支援も必要になる。

2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻は、3月17日現在も続いており、民間人にも多くの犠牲者が出ている。ロシアの侵攻に対して、日米欧の主要国は一部のロシアの銀行を決済システムSWIFTから排除するなどの経済制裁を科し、財貿易にも影響が出始めている。

このロシアへの経済制裁によって、ロシアおよび世界経済にはどのような影響が出るだろうか。また、経済制裁に中国が加わると制裁の効果にどのような影響を与えるだろうか。経済制裁の貿易・物流の側面に限定して各国・各地域への影響をアジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いて試算した。

IDE-GSMは企業レベルでの規模の経済を前提とした空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルである1。2007年よりアジア経済研究所で開発が進められ、国際的なインフラ開発の経済効果分析などに利用されてきた。

ここでは①ロシアに対する全面的な経済制裁によって、「ロシア」と「他のすべての世界各国」との貿易が遮断される場合(全面制裁)、②「ロシア」と「中国以外のすべての国」の間の貿易は遮断されるが、中ロ間の貿易は可能な場合(中国を除く制裁)の2通りのシナリオについて、各国・各地域経済への影響を試算した。

制裁は2022年の1年間行われると仮定し、仮に制裁がなかったとするベースラインのシナリオとそれぞれの制裁シナリオを、2022年時点で比較し、各国・各地域のGDPの差分を経済制裁の影響とみなしている。

「全面制裁」のケースでは、ロシアと世界各国の2国間での貿易コストを個別に引き上げるのではなく、陸路・海路についてはロシアと接するすべての国との国境で貿易が難しくなるほどの高い金銭的・時間的コストを課すこととし、空路についてもロシアと各国を結ぶ直行便に同様の高い金銭的・時間的コストを課している。これにより、例えばシベリア鉄道区間を含む、中国と欧州間の鉄道による貿易も不可能となる2

一方で、「中国を除く制裁」のケースでは、中国とロシアの間のすべての陸路・海路と空路については通常どおりの通過が可能になっている。中国を除くすべての国との陸路・海路・空路については全面制裁のケースと同様の設定となっている。ロシアは中国を経由した第三国との迂回貿易が可能になるが、例えばモスクワから欧州への輸出は、シベリア鉄道経由で中国・大連港を経由してアムステルダムに運ばれるなど、大幅な迂回となるため輸送費の上昇と貿易の減少が予想される。

また、今回のシミュレーションでは、ロシアからの原油・天然ガスの輸入が禁止されることによって世界全体で需給調整が行われる過程で一時的に資源価格が高騰することや、SWIFTからの排除による金融面での影響、ルーブルの大幅な下落や世界経済の先行き不透明感が株式市場に与える影響などは考慮されていないことを述べておく。つまり、財・サービス貿易が遮断されることを通じた効果に焦点を当てた分析といえる。

推計結果

表1は1年間の「全面制裁」の影響を産業別・国・地域別に示したものである。GDP比でみた場合、世界経済へは-0.7%の影響が出ている。最も不利益を被るのはロシア(-15.8%)で、中央アジア諸国(-2.1%)、中国(-0.9%)が続く。また、表には掲載されていないが、国別ではモンゴル(-3.8%)も大きな影響を受けている。この結果は、これらの国がロシアと経済関係が深いことに加えて、シベリア鉄道区間を含む中国―欧州間の鉄道物流が利用できなくなることの影響を示していると考えられる3

一方で、欧州(-0.5%)、米国(-0.1%)、日本(-0.1%)への影響は相対的に小さなものに留まっている。これは、GDPベースでみると、ロシアの経済規模は韓国やブラジルと近く、米国の約7%、欧州や中国の約1割と相対的に小さいことによる。また、我々のシミュレーションにおいて、ロシアが世界市場で一定のシェアを占める原油や天然ガス、レアメタルなどの価格が上昇することの影響が考慮されてないことにも起因すると考えられる。

表1 1年間の「全面制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

表1 1年間の「全面制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

(出所)IDE-GSMによる試算。

産業別にみると、ロシアについては、食品加工(-36.0%)鉄鋼や化学製品などのその他製造業(-33.3%)へのダメージが大きくなっている。

一方で、電子・電機や繊維・衣料にはかなり大きなプラスの影響が出ている。この結果にはやや違和感があるが、ロシア経済に占めるこれらの産業のシェアは小さく、金額としては小さいこと、ロシアはこれらの産業については輸出よりも輸入が多いため、経済制裁によって輸入代替の国内生産が行われることなどを考えれば理解できる。

図1は1年間の「全面制裁」の地域別の影響を、ベースラインと比較しながら地図上に示したものである。赤が制裁からマイナスの影響を受ける地域、青がプラスの影響を受ける地域である。ロシアについては若干の濃淡はあるものの、全域で大きなマイナスの影響が出ていることが分かる。また、モンゴルやカザフスタンなどの中央アジア諸国、ロシアに接する東欧諸国、中国の西部や北部などに比較的大きな影響が見られる。また、小さいとはいえアフリカ諸国にも影響が及んでいることが分かる。

図1 Ⅰ年間の「全面制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

図1 Ⅰ年間の「全面制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

(出所)IDE-GSMによる試算。
(注)地図上に示された境界線はgadm.orgに基づき、アジア
経済研究所およびジェトロによる主権の帰属についての支持
や判断を意味するものではありません。

表2は1年間の「中国を除く制裁」についての影響を示している。世界経済への影響は-0.3%となっている。最も不利益を被るのはロシア(-4.6%)だが、不利益の大きさは「全面制裁」と比較して大幅に小さくなっている。続いて、中央アジア諸国(-1.5%)、中国(-0.5%)が続く。また、表には掲載されていないが、モンゴル(-3.4%)にも影響が出ている。

一方で、欧州(-0.4%)、米国(-0.1%)への影響は「全面制裁」のケースよりもやや小さく、日本(0.1%)についてはわずかにプラスとなっている。産業別にみると、ロシアについては、食品加工(-21.8%)、その他製造業(-12.1%)へのダメージが大きくなっているが、その大きさは「全面制裁」のケースと比較すると半分以下になっている。また、電子・電機と繊維・衣料についてはマイナスの影響となっているが、これは「全面制裁」のケースでは輸入代替が起こっていたことを示唆している。

今回のシミュレーションの設定では、中ロ間の貿易に加えて、中国経由で世界各国とロシアとの貿易が可能であることが、ロシアへの影響を小さくしている主な要因であると考えられる。ただ、中国が対ロシア制裁に加わらない場合には、現実にもこのような迂回貿易が生じると考えられ、ある程度現実の状況に対応しているともいえる。

表2 1年間の「中国を除く制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

表2 1年間の「中国を除く制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

(出所)IDE-GSMによる試算。

図2は1年間の「中国を除く制裁」の地域別の影響を、ベースラインの比較で地図上に示したものである。赤が制裁からマイナスの影響を受ける地域、青がプラスの影響を受ける地域である。ロシアについてはヨーロッパに近い地域への影響が大きく、ウラル山脈以東への影響は全面制裁のケースと比較して小さくなっている。特に、極東地域についてはプラスの影響が出ており、これは中国への近接性が有利に働いているものと考えられる。周辺国への影響の傾向については、全面制裁のケースと類似しているように思われる。

図2 1年間の「中国を除く制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

図2 1年間の「中国を除く制裁」の影響(2022年、ベースラインとの比較)

(出所)IDE-GSMによる試算。
(注)地図上に示された境界線はgadm.orgに基づき、アジア
経済研究所およびジェトロによる主権の帰属についての支持
や判断を意味するものではありません。
まとめ

ロシアに対する全面制裁が科されると、ロシア経済に対しては大きなマイナスの影響が出ることが示された。また、モンゴルや中央アジア諸国に加え、意外に大きな影響が中国に出ることが明らかになった。「中国を除く制裁」でもその影響は大幅に減らないことから、中国へのマイナスの影響は、シベリア鉄道区間を含む中国―欧州間の鉄道貨物が止まることに起因している可能性がある。

全面制裁の世界経済に対する影響はそれほど大きくないように見えるが、本モデルではロシアからの原油や天然ガス、レアメタルなどの禁輸による資源価格の上昇、世界の株式市場の動揺などの影響が含まれていないことを考慮する必要があるだろう。

一方で、ロシアに対する制裁から中国が外れた場合には、ロシア経済に対するダメージは3分の1〜4分の1になる。経済制裁を実効的なものとするためには、中国が制裁に加わることが必要であることが示された。

また、ロシアへの経済制裁によって、モンゴルや中央アジアの国々にはかなり大きなマイナスの影響が出ることが分かった。ロシアのウクライナへの侵攻がいつまで長引くのか不透明であるが、経済制裁を続ける場合には、こうした国々への支援についても同時に行う必要があるだろう。

本レポートでは、早急にシミュレーションを実施するため、ロシアと他国の物流を遮断するというかなり極端な設定を採用した。実際には、国連におけるロシア非難決議では141カ国が賛成したものの、4カ国が反対、47カ国が棄権・無投票となったことからも分かるように、経済制裁に加わらない国もあるし、完全に貿易が停止するわけではない。物流面でも、航空機がロシア上空を飛行することが難しくなることが、意外に大きな影響を及ぼすことが分かってきている。今後は、こうして点についても考慮した詳細なシナリオに基づいたシミュレーションを実施する必要があるだろう。

(くまがい さとる 開発研究センター・経済地理研究グループ/はやかわ かずのぶ バンコク研究センター
ごかんとしたか 開発研究センター・経済地理研究グループ/いそのいくも ERIA
けおらすっくにらん 開発研究センター・経済地理研究グループ/坪田建明 東洋大学))

<参考文献>
  1. IDE-GSMでは関税・非関税障壁・輸送費など広義の貿易費用を変更することにより、財の需給や価格、人口や産業集積の変化を通じて各国・各地域のGDPが変わってくる。ここでは、2022年時点で制裁シナリオとベースライン・シナリオとのあいだで国別・地域別・産業別のGDPを比較し、その差分を経済効果とみなしている。モデルやパラメータの詳細は、熊谷・磯野(2015)を参照。
  2. 日経新聞電子版「物流まひ、ロシア痛撃:コンテナ海路の大半が欧州で遮断」2022年3月6日付によれば、シベリア鉄道の貨物減少が報じられている。
  3. JETROビジネス短信「中欧班列の列車運行本数、5万本を突破」2022年2月3日付によれば、中国―欧州間の鉄道(中欧班列)による貨物輸送は急激に増加している。2021年には年間146万TEUに達しており、中国―欧州間の海路コンテナ輸送量の1割程度の規模に達していると見られる。

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。