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コラム

新型コロナと中国国境貿易:溜まるアジアの『生もの』たち

 
第3回 中国のマツタケ――日本向け輸出への打撃と国内需要への期待

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051949

2021年1月
(3,964字)

本連載第1回第2回では、コロナ禍による国境の封鎖で中国市場向けの農産物輸出国が受けた影響を紹介してきた。中国は旺盛な国内需要を背景とした農産物輸入国であると同時に、豊富な農業資源を擁する輸出大国でもある。今回は少々視点を変えて、中国産マツタケの日本向け輸出の動向を取り上げたい。

世界最大のマツタケ輸入国、日本

日本は長らく、マツタケの最大の消費国であった1。その歴史は万葉集の時代にさかのぼり、独特の風味が秋の味覚として珍重されてきた。チン(2019)によれば、中世までは上流階級の食べものだったが、江戸期以降は裕福な町人の間に広がった。20世紀初頭までマツタケは比較的ありふれた食材であったが、戦後の森林伐採、薪炭材需要の減少などによってマツタケが宿主とするアカマツ等の生育する里山が衰退したことから収穫量が大幅に減り、1941年の1万2000トンをピークに近年は平均50トン程度で推移している2。他のキノコと異なりいまだに人工的に栽培できず、収穫後2、3日で風味が落ちることから、高級食材の代表格として確固たる地位を築いた3

需給のギャップを埋めるため、1980年代半ば以降世界各地からマツタケが輸入されるようになった。データの入手可能な1994年以降の日本のマツタケ輸入量(輸出国別)と輸入総額の推移を示したのが、図1である。1990年代半ばには3500トン(180億円)以上が輸入されていたがその後大幅に減少し、ここ数年は1000トン前後で推移していた。2020年は新型コロナの影響でさらに落ち込み、11月までのデータで617.5トン(21億円)にとどまった。とはいえ、上記のとおり国産品の生産量は近年50トン程度であることから、国内消費の大半は輸入品でまかなわれているといえる。主な輸入元は北半球の中国、韓国、カナダ、アメリカ、トルコ、北朝鮮、ブータン、モロッコなど幅広い4。最大の輸入元は中国で近年のシェアは7割程度、続いてカナダ、アメリカが1、2割ずつを占めている。

図1 日本のマツタケ輸入量・金額

図1 日本のマツタケ輸入量・金額

(注)棒グラフは国別輸入量(左軸)、折れ線グラフは合計輸入額(右軸)。2020年は1~ 11月分のみを示した。
(出所)『財務省貿易統計』。

国産マツタケは全国各地で収穫されるが、主な産地は岩手県、長野県である。例年7月頃初物が市場に出回る。夏の暑さが和らぎ雨の多くなる9月に収穫がピークとなり、10月の九州産を最後にシーズンは終わりをむかえる。一方、輸入物では最も早い中国産や韓国産が7月頃から出始め、9月頃からカナダ産やアメリカ産、11月頃からトルコ産が出回るようになり年末まで楽しむことができる5

時期や大きさにより価格は大きく異なるが、国内産の価格(生鮮)が1キロ数万円を下らないのに対し、輸入物は近年シーズン平均で1キロあたり2000円台(トルコ産)から5000円台(中国産、カナダ産、アメリカ産)と手ごろである(2018年)。国産マツタケは高級料亭やデパートで扱われるのに対し、輸入物はスーパーや外食チェーン、冷凍品や加工品として販売されることが多い。

2020年のマツタケ市場

2020年のマツタケの国際貿易は、コロナ禍や自然災害の影響で大幅に縮小した。図2は2010年以降の日本のマツタケ輸入量の変化を月別に示したものである。2020年はピークの9月でも188トン程度にとどまり、ほぼシーズンを通じて輸入量が例年を大きく下回ったことがわかる。

図2 日本のマツタケ輸入量の変化(月別)

図2 日本のマツタケ輸入量の変化(月別)

(注)2020年は1~11月分のみを示した。
(出所)『財務省貿易統計』。

日本のマツタケ輸入が減少した主な原因は、コロナ禍による日本国内の外食向け需要の縮小と、鮮度保持のために必要な航空便の減便とそれに伴う運賃の上昇である。2020年9月時点で航空運賃は例年の2~3割増、その影響で中国・カナダ産のマツタケ価格が4~6割高くなる一方、入荷量は3割減となった。このほかの産地側の要因として、アメリカ産の主産地である西海岸の山間部で8月から9月にかけて発生した大規模な山火事の影響で供給が激減した6

加えて今後の需給動向を占ううえで見逃せないのが、最大の輸出国の中国における国内需要の拡大である。もともと中国ではマツタケを食べる習慣はなかったが、2012年にCCTV9チャンネルで放映された、美食をテーマとしたドキュメンタリー番組「舌尖上的中国(A Bite of China)」で、雲南省迪慶チベット族自治州香格里拉シャングリラ市で日本への輸出向けのマツタケを採取する母子やマツタケ食文化が紹介されたことで一躍注目を集めた。中国社会科学院農村発展研究所の曹斌研究員によれば、中国では国内需要の拡大により、国内市場向けと輸出向けマツタケの収益性の差は近年かなり縮小しており、特に一般品の販売価格はほぼ同水準となっている。

『舌尖上的中国』シーズン1「自然的饋贈(自然からの贈り物)」(2012年)の冒頭で、マツタケのエピソードが登場する。

中国産マツタケの最大の産地は、西南部に位置する雲南省である。2018年の中国の収穫量6891.3トンのうち、雲南省は6253.3トンで約9割を占め、続く吉林省(440トン)、四川省(198トン)を大きく引き離している7。なお、全体の約1割の719.4トンが輸出され、このうち8割以上が日本向けであった(『財務省貿易統計』)。

2020年の中国国内の市場動向は、地域により明暗が分かれた。西南部の雲南省、四川省では夏場の低温と少雨の影響で収穫がひと月ほど遅れ、その後も天候不順が続き9月末にようやく収穫量が増加した。中国では夏には新型コロナ感染は収まりつつあったが消費は完全に回復せず、日本への直行便停止による輸出の減少も相まって供給過剰となり、特に高級品の国内価格は前年より10%ほど低下した8。一方、東北部の吉林省では長雨の影響により収穫量が少なく、また安価な北朝鮮産がコロナ対策の国境封鎖により輸入停止となったため品薄となり、価格が1.5倍に高騰した9。雲南省と異なり吉林省は日本と地理的に近く、大連空港からの輸出が可能であったことも追い風となった。以上のように各地の状況は異なるが、中国全体としてみれば豊作だった2019年(9104トン)と比べて1、2割程度の減産とみられる。

コロナ禍で外食需要が縮小するなか、ネット通販でマツタケを購入する消費者も増えた。政府は消費を回復させるため、さらなる需要の掘り起こしを狙い、各種イベントを開催している。例えば雲南省玉溪市政府はネット通販大手の京東と提携し、マツタケの普及と販売促進のイベントを行った10

さて、日本のマツタケ市場に話を戻そう。上記のように輸入品は品薄となったが、国産マツタケは8月の猛暑による減産と高値の見通しから一転、10月には主産地の岩手県などで豊作となり、卸値が例年の半額以下となった。スーパーも仕入れを増やし、手ごろな価格となったため売れ行きも好調であった11。このように、2020年は日本のマツタケ市場にとって異例の一年となった。

雲南省のマツタケ産地

最後に、筆者が2007年に訪れた中国の代表的なマツタケ産地のひとつ、雲南省楚雄彝(イ)族自治州南華県の様子を紹介したい。同県は省都昆明市から西へ約200キロの位置にあり、標高2500メートルほどで森林資源に恵まれ、各種キノコやクルミの生産が盛んである。マツタケ輸出は1980年代末から始まり、農民の貴重な収入源となっている。夏の収穫期には村の近くの取引所にブローカーが常駐し、バイクで村を回り100人以上の農民からマツタケなどの天然キノコを買い集める(写真1)。取引価格は、ブローカーの目利きで品質に応じて1キロあたり20~250元もの価格差がつけられる。農民は一人あたり1000元程度のマツタケ販売収入を得ていたが、当時の年間所得が2000元程度であったことを考慮すると、非常に重要な収入源であったことがうかがえる。買い取られたマツタケのうち高級品は昆明から空輸で国外や国内の大都市へ、一般品は地元の卸売市場に出荷するべく車で30キロほど離れた南華県城(県政府所在地)へと運ばれてゆく。

写真1 鋭い目つきのマツタケブローカーたち(左)、車で町へ出荷される色とりどりのキノコ(右)。中国雲南省楚雄彝族自治州南華県五街鎮野生食用菌交易市場(天然キノコ取引所)にて。

写真1 鋭い目つきのマツタケブローカーたち(左)、車で町へ出荷される色とりどりのキノコ(右)。
中国雲南省楚雄彝族自治州南華県五街鎮野生食用菌交易市場(天然キノコ取引所)にて。

県城の町なかにあるキノコの卸売市場では、キノコ以外にハチの巣、クルミや栗などの木の実、果物など様々な林産物が販売されていた(写真2)。地元の人々の生活が、豊かな森林資源に支えられていることが分かる。当時マツタケはさほど人気のあるキノコではなく、地元のレストランでは細かく刻んで他のキノコと一緒に火鍋に入れたり、炒め物にしたりして食べられていた。現在は和食レストランも増え、日本風に楽しむ人も増えつつある。

2020年の中国のマツタケ市場は新型コロナによる需要減と国境封鎖で打撃を受けたが、今後は旺盛な国内需要に支えられ拡大していくかもしれない。とはいえ、人工栽培が実用化されない限り、マツタケは生産量が自然条件に大きく左右される不安定な存在である。自然の恵みであるマツタケ市場のゆくえは、まさに神のみぞ知るところなのである。

写真2 南華県城の卸売市場に並ぶキノコ(左)、少数民族の女性が売っているのはキノコだけでなくナツメ、スモモなど多様な林産物(右)。南華県城の卸売市場にて。

写真2 南華県城の卸売市場に並ぶキノコ(左)、少数民族の女性が売っているのはキノコだけでなくナツメ、
スモモなど多様な林産物(右)。南華県城の卸売市場にて。
追記
本稿執筆にあたり、中国社会科学院農村発展研究所・曹斌研究員には中国国内の最新動向に関する情報を提供していただいた。記して感謝したい。
写真の出典
  • すべて筆者撮影(2007年9月1日)。
参考文献
  • チン、アナ(2019)『マツタケ――不確定な時代を生きる術』(赤嶺淳訳)みすず書房(原著はTsing, Anna Lowenhaupt, 2017. The Mushroom at the End of the World: On the Possibility of Life in Capitalist Ruins, Princeton University Press)。
著者プロフィール

山田七絵(やまだななえ) アジア経済研究所新領域研究センター研究員。農学博士。専門は中国農業・農村研究。主な著作に、『現代中国の農村発展と資源管理――村による集団所有と経営』東京大学出版会 2020年。

  1. 日本以外では韓国、最近では中国でも消費されるようになったが、世界の多くの地域ではマツタケの香りは好まれず食用にされない。
  2. 林野庁『特用林産基礎資料』に基づく、2005年~2019年の平均値。マツタケは世界的に減少しており、2020年にIUCN(国際自然保護連合)により絶滅危惧種に指定された(「マツタケ、絶滅危惧種に キツネザルは生息環境悪化」『日本経済新聞』2020年7月9日)。日本の本来の植生は密度が高く鬱蒼とした広葉樹林であるが、かつて集落に近い山林では薪炭材、飼料や肥料用に樹木や下草、落ち葉が採取され、日当たりの良い環境を好むマツ類が生育可能な独特の生態系を持つ里山が形成された。チン(2019)によれば、戦後里山が衰退した主な原因は二つある。第一に大規模な森林伐採とスギなどの人工林が造成されたこと、第二に化石燃料の普及により薪炭材の需要が減り、放置された里山が本来の植生へと遷移したことである。日本の高度経済成長と里山の衰退はほぼ同時期に進行し、きわめて希少で高価になったマツタケが高級な贈答品や接待向けの食材として珍重されるようになった。
  3. 2018年11月、兵庫県の化学肥料メーカー多木化学がマツタケによく似た近縁種、バカマツタケの完全人工栽培に成功したことを発表した(「マツタケ類人工栽培 3年後商品化へ(イノベーション)なるか 庶民の味」『日経ヴェリタス』2018年11月11日)。同社ウェブサイトの2020年7月31日付記事によれば、現時点では生産技術やコストなどの理由から商品化には至っていない。
  4. 経済制裁のため、日本は2006年以降北朝鮮からの輸入を全面禁止している。北朝鮮にとってマツタケは重要な外貨獲得源であるため、近年は主に国境を接する中国吉林省に輸出されている。
  5. 世界各地のマツタケの収穫時期、味や外見の特徴、選び方や栄養価については『野菜情報サイト 野菜ナビ』に詳しい。
  6. 輸入マツタケ4~6割高 中国・カナダ産、航空運賃上昇で東京卸値」『日本経済新聞』2020年9月29日。山林の焼失によりアメリカ産の収穫量が以前の水準に回復するには相当の時間がかかるとみられる。
  7. 中国食用菌協会関於印発全国食用菌2018年度産量、産値統計調査結果的函」『全国食用菌信息』2020年第四期、33~42ページ。
  8. 曹斌研究員によれば、例えばA級品(5センチ以上で見た目の良いもの)の2020年の産地買取価格は1キロ当たり400元(1元=約16円)であった。新型コロナの影響により日中間の航空貨物便は大幅に減便となったうえ、中国側の発着空港は北京、上海、広州、大連、香港などに限定された。昆明や成都発の直行便が運休となったため、雲南省、四川省産マツタケの一部は広州空港経由で日本へ輸出された。
  9. 秋の味覚の王様『松茸』に異変 原因は北朝鮮!?」『あさチャン!』2020年9月30日。
  10. 京東雲南松茸季圓満收官 万千網友“雲端”嘗鮮」中国食用菌協会ウェブサイト、2020年8月25日。
  11. 国産マツタケ、今年は卸値5割安 予想外の大量入荷」『日本経済新聞』2020年10月7日。