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コラム

新型コロナと中国国境貿易:溜まるアジアの『生もの』たち

 
第1回 ミャンマーのスイカ――中国依存のブーム作物のリスク

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051819

2020年8月
(2,501字)

中国向け輸出ブームで急成長したミャンマーのスイカ産業は新型コロナウイルス感染症で大打撃を受けている。2020年1月末から中国の感染症拡大防止策によって国境貿易が寸断され、出荷できなくなったスイカが畑に放棄された様子は、生産者が負っていたリスクを如実に示した。本稿は、新型コロナウイルスによる中緬国境閉鎖で明らかになった同国の生鮮フルーツ輸出の課題を明らかにする。 スイカは中国で最も大衆的な果物の一つで、全世界で栽培されるスイカの半分以上が中国で生産、消費されている。


その中国の雲南省と国境を接するミャンマーでは、気候の違いをいかして中国市場の端境期(12月~4月)の出荷を狙った中国からの企業家が、インフォーマルに農地を借りてスイカを栽培し始め、それが2000年代の終わりからミャンマー人農家にも普及していった。2018年度のミャンマーの中国向けスイカ輸出量は70万4000トンに達し、メキシコの米国向け輸出59万9000トンを上回り、世界最大のスイカの二国間貿易量を記録した。中国のタネを使って栽培される、中国市場の嗜好に合った大玉のスイカは、収穫の9割以上が陸路で中国に送られている。

写真1 スイカの収穫。収穫作業は日雇い労働で、労賃は約3ドル/日

写真1 スイカの収穫。収穫作業は日雇い労働で、労賃は約3ドル/日 (サガイン管区モンユワ近郊 2017年11月)。

ミャンマーのスイカ生産者にとって中国市場の敷居は低く、約1万世帯の生産者のなかで零細農家が中国向け生産の主な担い手である。欧米や日本では、途上国からの輸入に際して、安心・安全な食材を確保する観点から、輸入者が生産者に品質認証の取得を取引の条件として要求し、技術や資金力のない生産者や産地を事実上排除することがある。これとは対照的に、中国市場が輸入フルーツのトレーサビリティーを問うことはまれで、ミャンマーの零細農家にも参入の機会がある。国境貿易でスイカはトラック1台単位(積載量約16トン)で取引されており、売り手・買い手ともに規模が小さくても参加できる。

写真2 スイカの積み込み。スイカは、このトラックで青果交易所のセリに持ち込まれ、さらに中国・雲南省瑞麗市郊外の物流センターまで運ばれる

写真2 スイカの積み込み。スイカは、このトラックで青果交易所のセリに持ち込まれ、
さらに中国・雲南省瑞麗市郊外の物流センターまで運ばれる(サガイン管区モンユワ近郊 2017年11月)。
ミャンマーの中央乾燥地帯で栽培されたスイカは、約500キロ離れた中緬国境の街ムセにある青果交易所でセリにかけられ、中国から訪れるバイヤーに落札されて、中国全土に送られる。バイヤーは中国各地の青果卸売業者の代理人で、雲南省側から交易所に毎日行き来し、スイカ輸出のピークの2月から3月には、その数は毎日1000人近くになる。産地から二晩かけて国境まで運ばれたスイカが、セリの同日中に通関手続きを経て雲南省側の物流センターで引き渡される。ここで重要なのは、セリを仕切るブローカーは口銭を得るのみで、生産者がスイカの売り手であり、雲南省側でバイヤーに引き渡すまでスイカを所有している点である。つまり、仮にスイカが国境を越えられないと、損失を被るのは生産者である。
中央乾燥地帯の中心地マンダレーから中緬国境の街ムセを結ぶ「スイカ街道」

以上のように国境に位置する青果交易所でのセリをベースにしたスイカの流通システムは、不特定多数の生産者からトレーサビリティーを問わないフルーツを集めるのに機能的である反面、生産者を市場リスクにさらしている。豆類や油糧作物といった在来作物とは異なり、保存のきかないスイカの生産者は、いったん栽培を始めると収穫時の市況を受け入れるしかない。生産者は、スイカを収穫する時点では、価格ばかりか誰が買ってくれるかもわからない、不確実性の下に置かれている。

新型コロナウイルスは、取引の突然の収縮というかたちでミャンマーのスイカ生産者が抱えていたリスクを顕在化させた。2020年1月24日から26日までの中国の旧正月による休業が明けた青果交易所では、中国国内で強化された防疫措置のために、バイヤーの往来がほぼ途絶えた。代表的な品種の取引価格は休業前1月23日の2.4~2.8元/キロ(38円~44円)から休業明けに初めて値が付いた1月29日には0.19~0.44元/キロ(3円~7円)へと、産地から国境までの輸送費も賄えない水準にまで暴落した。通常2月は出荷の最盛期であるが、今年の取引量は重量ベースで前年同月比22%に留まり、この時期に収穫を迎えた生産者の多くは収穫を放棄した。ミャンマー政府はスイカ農家の支援策として、最大都市ヤンゴンで2月29日から5日間の展示即売会を開いたが、元来少ない国内消費量を底上げするには至っていない。3月には国境貿易での中国バイヤーの往来が戻り始めたが、4月に入って新型コロナウイルスが鎮静化した中国がミャンマーからの感染症の逆流を防ぐために国境の検疫を強化したことで、国境貿易は再度とん挫した。


今回のコロナ危機は、中国一極に依存した生鮮フルーツ輸出への懸念をミャンマーで再燃させている。輸出先の多様化が望まれるスイカであるが、重量あたりの価格が低く航空輸送には適さず、輸出先が陸路か海路の輸送で鮮度を維持できる範囲に限定されるなかで、中国に代わる市場を見出すことは容易ではない。ミャンマーのスイカ生産者にとっては、卸売市場での取引に代えて、中国のバイヤーとの直接的でかつ安定的な取引関係を築いて市場リスクの分担を変えることが、持続的な発展に向けた現実的な課題と言えるだろう。

写真の出典
  • すべて筆者撮影。
著者プロフィール

久保公二(くぼこうじ) アジア経済研究所開発研究センター主任調査研究員。博士(国際公共政策)。専門はミャンマーの経済分析。主な著作 Myanmar’s Foreign Exchange Market: Controls, Reforms and Informal Market. 2018. Springer。2020年3月まで約2年半、タイ・チュラロンコン大学アジア研究所にて在外研究を行い、大陸部インドシナ諸国から中国に向けた生鮮フルーツ輸出のサプライチェーンを調査した。