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ライブラリアン・コラム

連載:途上国・新興国の2020年人口センサス

第10回 アラブ初の調査票なき人口センサス――バーレーン、オマーン

高橋 理枝

2022年11月

アラブ初の調査票なき人口センサス

2020年、コロナ禍中の日本で、国勢調査(=人口センサス)の実施が話題となったのは記憶に新しい。日本における国勢調査は、全世帯に調査票を配布してデータを収集する。コロナ禍中では、感染リスクをいかに低減させつつ、人口センサスに必要なデータを回収するか、日本に限らず多くの国が抱えた課題であった。

調査票によりデータを収集する“伝統型センサス(traditional census)”に対し、フィールド調査を行わず行政記録情報(administrative register――行政機関の職員が職務上作成・取得した情報)に基づき統計作成を行うセンサスは、“レジスター型センサス(register-based census)”と呼ばれる。また“混合型センサス(combined census)”は、行政記録情報と調査票の双方を用いて統計作成を行う(伊藤 2017)。特に湾岸アラブ諸国を中心にレジスター型センサスへの移行がはかられており、2020年にオマーン、次いでバーレーンが、アラブ諸国で初めて調査票なき“完全な行政記録に基づく人口センサス” を実施した1

本稿では、このバーレーンとオマーンの2020年人口センサスについて紹介するが、その前にこのレジスター型センサスの特徴について、簡単に見ておこう。

レジスター型センサス実施の課題

行政記録を用いたセンサスは、世界的には新奇なものではない。北欧諸国では1970年代から混合型センサスが実施され、最初のレジスター型センサスは、1981年にデンマークで実施された。現在はヨーロッパ諸国の3分の2が多かれ少なかれ行政記録を用いたセンサスの作成を行っている。日本政府においても『統計改革推進会議最終取りまとめ』(2017年)で、行政記録情報の利活用の必要性に触れられている。アラブ諸国については、国連西アジア経済社会委員会(ESCWA)が2018年に報告書を出し、伝統型センサスからの移行の可能性を探っている。また2019年以降はコロナ禍におけるセンサス実施の観点からも、行政記録情報の利活用は注目を集めている。

行政記録を利用するメリットとしては、(1)特に調査票によるデータ収集等にかかる経費の削減、(2)統計作成頻度の増加(センサスは通常10年に1度の実施だが、行政記録情報を用いてデータを更新することで頻度を上げることが可能と考えられている)、(3)回答者の負担の軽減、が挙げられる。ただ導入の前提としては(1)行政記録の統計への使用を可能とする法的枠組み、(2)高品質で全土をカバーする人口レジスターの確立と、それを継続的に更新する効果的なシステム、(3)様々な行政記録で採用されている概念や定義の調和、(4)データの効果的な連結を促進するための個人識別(一意のID)システム、(5)様々な記録に含まれるデータの適合性を確認するための品質と一貫性のチェック、などが必要とされる。これらの実現には、行政記録のデータの質の問題、統計記録を確立し維持する組織的な能力など多くの課題が横たわっている(United Nations Statistics Division 2022)。

バーレーン、オマーンのレジスター型2020年センサス

バーレーンは、人口約150万人のペルシア湾内に位置する島国(東京23区と川崎市を併せたほどの面積)で、オマーンは、アラビア半島の南東端に位置しペルシア湾とインド洋に面する人口約450万人の国である(面積は日本の約85%)(地図参照)。

地図 湾岸アラブ諸国

地図 湾岸アラブ諸国

両国とも19世紀後半にそれぞれイギリスの保護国となり、1971年に独立を果たした。ともに権威主義体制に分類される君主制国家である。主要な産業は石油関連で、湾岸諸国の例に漏れず、両国とも人口に占める外国人の比率は高い。オマーンは約39%、バーレーンでは外国人の方が自国民より多く約53%にのぼる(いずれも2020年センサスより)。

(1)バーレーン
バーレーンは、行政記録の利用においてはアラブ諸国におけるパイオニア的存在で、前述のESCWA(2018)によると、行政記録を統計作成に用いるための法的枠組みやシステムは前回の2010年センサス時点では整えられており、2010年センサスは行政記録情報にサンプル調査を合わせた混合型センサスを実施し、約88%のデータを行政記録情報から取得したとされている。

レジスター型センサスへ移行した2020年センサスで、データの核をなしたのは、中央人口レジスター(Central Population Register: CPR)である。CPRデータベースには、人口に関する情報と住所情報が格納されており、これに内務省や保健省、工業商業観光省、司法省、教育省、労働社会開発省、社会保険機構、電気水道局などの政府機関のデータを補完してセンサスを集計したとされる。

レジスター型センサスでは、様々な機関から集めたデータをつなぎ合わせる必要がある。多様なデータをリンクさせるキーとして、バーレーンでは、全住民に発行される個人番号、建物については住所レジスターで付与される一連番号、事業所は登録時に付与される番号が用いられた。

また各データの定義の調整や質のチェック等は、バーレーンの統計作成機関である情報・電子政府庁(Information & eGovernment Authority: iGA)によって行われた。各省庁から集められた行政記録情報は、iGAでセンサスの分類に合わせて必要に応じて再分類され、国際的な基準や他の統計調査、法律との整合性などが検証され、データは最終的な報告書を作成する統計レジスターへと格納された。現在、このセンサス結果は、バーレーンのOpen Data Portalにアップされている。

(2)オマーン
オマーンでは、2010年の伝統型センサスから、一気に2020年にレジスター型センサス(オマーンではE-Censusと呼ばれている)へと移行したわけだが、準備が開始されたのは、2015年に遡る。2015年5月6日の勅令2015年15号で、2020年E-Censusプロジェクトの法的枠組みやセンサス国家高等委員会の設置が定められ、オマーンの統計を管轄する国立情報・統計センター(National Centre for Statistics & Information)決定2017年第1号、勅令2020年33号などにより実施に必要な法体制や財政面の整備が進められた。

オマーンの2020年センサスで利用されたデータは、警察や教育省、労働省、社会開発省、保健省、商業産業投資促進省、オマーン商工会議所、税務署、地方自治体などの行政記録情報で、バーレーン同様多岐にわたるが、住居や建物に関する民間企業の情報も活用している点が特徴的である。

データの処理は4段階に分けられ、まず第1段階では、集められた行政記録情報の整合性や正確さ、行政上の分類と統計上の分類の突き合せなどがチェックされ、エラーレコードの修正等が行われた。修正の済んだデータは中間的なデータベースへと格納され、ここで様々なデータが連結される(第2段階)。この時キーとなったのは、各個人の市民番号と、事業所の商業登録ナンバーであった。続く第3段階でデータの匿名化が行われ、最終段階で統計的な手法に基づき各データが集計され、統計用のデータベースに保存された。このセンサス結果は、特設ウェブサイトE-Census Portal2に、関連文書とともに格納されている(関連文書の英語版は国連統計部[UNSD]のウェブサイトに掲載)。

2020年センサスの評価

こうして実施されたアラブ初のレジスター型センサスだが、両国は移行の成功要因や移行の結果をどう評価しているだろうか。

まずバーレーンだが、国の統計機関であるiGAが、実は人口・住所レジスターの管轄機関でもあり、個人IDカードの発行や出生・死亡登録手続きも担当している。バーレーン政府は、iGA自体がセンサスに必要なデータの多くを所有していたことが、移行の成功要因に一つであったと述べている。また移行の効果としては費用の削減を強調している。人口センサスの一人当たりにかかる費用は、2001年の24.6USDから2010年センサスでは3.6USD、2020年には0.7USDへと激減したという。

他方オマーンは、質の高い電子化された行政記録の存在と、センサス・プロジェクトと政府の関係機関の協同を助ける法的な枠組みの存在が、移行を成功させたと述べている。そして構築されたシステムは、多くの政府機関のデータが格納され相互にリンクされていることから、行政サービスの改善と手続きの簡素化に役立つ国家記録の基礎とみなし得るとして、これを更新し続け継続性を確保する必要があると述べている。

両国の2020年センサスに対する評価は、統計専門家やデータを用いる研究者によって今後定まっていくことになろう。ここでは移行が達成された要因として、(1)識別子となり得る番号が全住民に付与され、その情報が電子的に管理されている等の前提条件が整っていたこと、(2)人口規模が非常に小さいこと、(3)移行に際して時間をかけて周到な準備を行ったこと、を指摘したい。

石油収入に支えられた湾岸諸国では、IT基盤が整備され行政手続きのデジタル化も進む。しかし湾岸諸国のなかで、現時点でレジスター型センサスへの移行を果たしたのはオマーンとバーレーンのみである。何が移行の成否をわけるのか、背景に何があるのかを分析することは、興味深いテーマであろう。他方、中東・北アフリカ諸国の半数近くは、政治的、財政的、技術的な問題によりセンサスを実施していない。中東・北アフリカ担当者としては、域内格差のさらなる拡大と、統計局すらまともに機能していない国々に関する情報収集とに、頭を痛める日々が続きそうである。

図の出典
  • Persian Arab Gulf States(Public Domain)
参考文献
著者プロフィール

高橋理枝(たかはしりえ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ。最近の著作に「COVID-19の現状とその影響を捉える情報源――ポータルサイトと中東・北アフリカに関する国際機関の報告書紹介」(『ライブラリアン・コラム』2021年6月)など。

  1. 湾岸アラブ諸国のなかでは、2020年のカタル、2022年のサウジアラビアで、行政記録とサンプル調査の結果を用いる混合型センサスが実施された。2021年クウェートの人口センサスの結果は未公表のため不明、UAEは2022年実施予定である。
  2. https://portal.ecensus.gov.om/ecen-portal/ (2022年11月8日最終閲覧)。2022年11月18日現在、アクセスはできなくなっている。