ライブラリアン・コラム
連載:途上国・新興国の2020年人口センサス
第7回 メキシコ――コロナ禍に敢行した2020年人口センサス
村井 友子
2022年3月
コロナ禍に決断した人口センサスの実施
メキシコで最初のCOVID-19の感染者が報告されたのは2020年2月27日で、その後の感染拡大により、3月30日に保健省が緊急事態宣言を発令し、対面調査を含む不要不急の人の移動を禁止した。メキシコの2020年人口・住宅センサス(以下、人口センサス)は、このCOVID-19の感染者第1号報告から緊急事態宣言発令までの合間を縫って、3月2日から27日まで実施された。
コロナ禍が始まった2020年以降、ラテンアメリカ地域では、ブラジルやアルゼンチンなど、人口センサス実施の延期を決定する国が相次ぐなかで、メキシコは敢行を決定し、その結果を公表した域内唯一の国である。その背景には、メキシコ国内にもあった「実施を延期すべき」という声に対し、センサスの実施機関である国立統計地理情報院(Instituto Nacional de Estadística y Geografía、以下INEGI)による「感染が始まったばかりで静かな今こそ実施に踏み切るべき」という、COVID-19の感染拡大と長期化を見越した意思決定があった。
当初の計画では、戸別訪問調査はセンサス実施の基準日である3月15日より後の第4週に予定されていたが、INEGIはこれを3月2日からに前倒しして人口センサス実施に踏み切った(INEGI 2021a)。
実施期間中、総勢およそ14万7千人におよぶ調査員が、約200万平方キロメートルの国土の2453の市町村にある全住居3521万9141戸の約96%を戸別訪問し、対面による聞き取り調査を行った。調査員の72.4%が女性で平均年齢は34歳。聞き取り調査は1戸あたり平均12分で、今回初めてタブレット端末が活用された。集計は97.7%が戸別訪問した調査員による聞き取りのタブレット端末への入力、2%がタブレットを使えない場所での調査用紙への記入、0.3%がインターネットと電話による自主回答結果をもとに行われた(INEGI 2021a)。
COVID-19感染予防と治安対策
実施期間中、国内でのCOVID-19感染拡大につれ、INEGIは何度も調査の実施プロセスの見直しと変更を余儀なくされた。メキシコでは、3月6日に保健省が最初のCOVID-19感染予防対策として、握手の禁止、ソーシャルディスタンス、手洗い励行の注意喚起を行っている。INEGIは、これにくわえ、同月18日からマスク、抗菌ジェル、液体石鹸を購入するための資金の配布を開始し、20日からは、追加措置として訪問調査での家屋への立ち入りの禁止、スタッフ間の物理的な接触の禁止、1.5mのソーシャルディスタンスの確保、社会的弱者を対象としたフィールド調査の中止を決定している。さらに住民不在などの理由で3月27日までに訪問調査が実施できなかった世帯の調査を打ち切り、オンラインによる自主回答を促す手紙を郵送する措置を取るなど、まさに走りながら考え、調査を続行した様子が窺える。
この一連の感染防止策に加え、年々治安が悪化している同国で、調査員の約3分の2が女性という点にも留意して、以下のようなセキュリティ対策も取られた。集計用のすべてのタブレット端末にSIATと呼ばれるINEGIの事故報告用アプリケーションシステム1と連動した非常用ボタンを設置し、調査員が危険を察知した場合、このボタンを押して助けを求められる体制を作り、調査員に必ずセキュリティ対策の事前訓練を受講し、マニュアルが示すガイドラインに従って行動することを義務付けた。一方、調査を受ける住民側の不安にも配慮し、戸別訪問する調査員全員が、INEGIのロゴ(図1参照)入りの帽子、ベスト、ザックを身に着け、写真と所属事務所の連絡先が記載された身分証明書を提示し、訪問に疑問を持った住民が事務所に電話をかけ、訪問者が正式なINEGIの調査員であることを確認できるようにした。
このようにメキシコの2020年人口センサスは、コロナ禍のなか、高い緊張感のもとで、様々な困難を乗り越えながら実施された。INEGIが2021年に刊行した『メキシコはこうして集計された』は、この人口センサス実施の経緯、重要性、規模と、企画立案者から調査員まで、実施に直接関わった人々の経験を伝える様々な証言をまとめた一冊である。人口センサスの結果は、統計データとして後世に残るが、この刊行物は、人口センサスの結果を得るために要した膨大な労力について記録を残すことを目的として刊行された貴重な一次資料である(INEGI 2021a)。INEGIがこのような記録資料を刊行するのは異例のことであり、ここからも2020年人口センサスがいかにハードルの高い大事業であったかが窺われる。
図1 INEGIのロゴマーク
右の○二つがユカタン半島、中央の3列の○がそれ以外の地域を表している。
(出典)Miguelgabrielrafael07, own work.(CC BY-SA 3.0)
メキシコの人口センサスの歴史
メキシコの人口センサスは、スペイン植民地ヌエバ・エスパーニャ時代に植民地政府が1790年から1791年にかけて実施した人口調査を端緒とし、第1回人口センサスは、ポルフィリオ・ディアス政権により1895年に実施された。第2回を1900年に実施してから今日まで、メキシコでは1920年に代わる1921年の実施を除いては、西暦の末尾が0の年に実施され、2020年センサスは第14回目にあたる。さらに1995年以降は、10年より短い期間で統計データを更新するため、人口・住宅に関する標本調査を1995年、2005年、2015年に実施してきた。
2020年人口センサスの調査票
メキシコでは、2000年人口センサス以降、全数調査用の基本調査票と標本調査用の拡大調査票の2種類の調査票を用いて戸別訪問による聞き取り調査を実施してきた。基本調査票は、メキシコ国内の全住民を対象とし、基本的な質問項目が記載された調査票である。これに対し、拡大調査票は、全員向けの基本項目に加え、より詳細な質問が盛り込まれた調査票で、全国レベルで無作為抽出された住民に対して用いられる調査票である。2020年人口センサスでは、786の市町村の約400万戸(メキシコの全戸数の約11%)の世帯でこの調査票を用いた戸別訪問調査が実施された。
2020年の基本調査票は38の質問で構成され、そのトピックは表1のとおりである。拡大調査票は基本調査票の質問を含む計103の質問で構成され、医療サービス、障害、教育、国際移住について特に詳しく補足的調査が実施された。
2020年の基本調査票の質問で特筆されるのは、「アフロ系メキシコ人、黒人、またはアフロ系の子孫であるという自己認識に関する質問」と「日常生活における、6つの機能領域(見る、聞く、歩く、認識する、セルフケア、コミュニケーション)の困難度を4段階で選択する質問」の新設である。
前者のアフロ系メキシコ人に関する質問は、2015年の中間調査の際に新設された質問だが、2020年人口センサスで基本調査票に組み込まれたことにより、標本調査結果による推計値ではなく、悉皆調査による実数を把握することが可能になった。この背景として、2019年の憲法改正でアフロ系メキシコ人の存在が公的に認知され、2020年人口センサス実施を前にして、アフロ系を自認する人々による運動が活性化していたことがある(遠藤2021)。
一方、先住民族に関しては、メキシコの人口センサスでは、1895年実施の第1回から今回の第14回まで、質問方法にバリエーションはあるものの、「先住民言語の話者か? 何語を話すのか?」という問いを一貫して取り入れてきた。さらに2000年から導入された拡大調査票には「自身を先住民族またはその子孫と自己認識するか」という民族的帰属の自己認識を問う質問が初めて盛り込まれ、2020年の拡大調査票においても継承されている(遠藤2021)。
後者の日常生活における基本的機能の困難度を測る障害統計の質問は、障害統計の開発を担うワシントン・グループの手法を取り入れたものであり、世界の多くの国々の2020年ラウンドの人口センサスで同じ質問が新設されている。
このほか2020年のメキシコ人口センサスでは、調査票の設計にあたり、国際的な指針に留意し、他国との比較を可能にするという観点から、国連(UN)、国連欧州経済委員会(UNECE)、ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)、国際労働機関(ILO)、経済協力開発機構(OECD)などの国際機関の勧告が参考にされた。
メキシコの人口動態
人口センサスから集計され、蓄積される統計データは膨大であり、一国の統計情報の根幹をなすものである。以下、そのなかから、メキシコの2020年人口センサス集計結果のうち、基本的な統計情報の一端を紹介したい。
表2 メキシコの人口動態の推移(2000年、2010年、2020年)
に筆者作成。
図2 生産年齢人口100人に対する年少人口と老齢人口の推移
(2000年、2010年、2020年)
に筆者作成。
2020年のメキシコの総人口は、約1億2600万人で、年人口増加率は徐々に鈍化している。
経済活動人口が増加しており、なかでも女性の経済活動への参加が著しく、2010年から2020年にかけて15.7ポイント上昇している。
図2は、生産年齢人口(15歳~64歳)を100とした場合の従属人口、すなわち年少人口(0歳~14歳)と老齢人口(65歳~)の割合を示したグラフであり、従属人口が、2000年64から2020年50まで低下している。
その一方で、メキシコでは、出生率が徐々に低下し、平均寿命が延びている結果、0歳から29歳までの年齢層の人口の減少と60歳以上の高齢者層の増加が同時進行している。この人口動態の推移から、今後メキシコが高齢化社会へと移行していくことが予想される。とはいえ、2020年のメキシコの中位年齢は29歳であり、日本のように中位年齢が48.9歳で2025年には超高齢化社会を迎える国と比べると、メキシコはまだまだ若い国といえよう。
メキシコは女性100に対して男性95と男性の人口比率が低い国である。この要因の一つとして考えられるのは、海外移住しているメキシコ人の男性比の高さである。約400万戸を対象とした拡大調査票を用いた戸別訪問調査の結果では、海外で暮らしている人口は約80万人(世帯全員が海外移住している場合を除く)で、その男女の内訳は男性67.5%に対し、女性32.5%であった。
先住民言語の話者は約736万人で、全人口の5.8%にあたる。これに対し標本調査である拡大調査票を用いた調査結果から算出された、自身を先住民族と自己認識する人口の推計値は2320万人で、全人口の18.4%を占めている。この結果、自身を先住民族と認識しているが、スペイン語以外の言語を話せない国民が約1584万人いることが推計できる。
先述のとおり、今回の人口センサスで全数調査した結果、アフロ系メキシコ人と自己認識する人口は約258万人で、メキシコの全人口の約2.0%を占めることが明らかになった。
メキシコの障害者人口は約618万人で全人口の4.9%を占めている。
障害者人口の内訳については表3を参照されたい。
表3 障害者人口の内訳
る。複数の障害を持つ障害者が存在するため、割合の合計値は100%を超える。
(出所)INEGI のウェブサイトで公開されているCenso de Población y Vivienda 2020の集計結果をもと
に筆者作成。
居住環境の変化
最後に、人口センサスに付随して行われる住宅センサスの集計結果から読み取れるメキシコの居住環境の変化の一端を紹介したい。
表4の示すとおり、住居数が人口よりも高い増加率で増加しており、平均居住人数が減少している。
また、電気、上下水道という基本的なインフラ整備の進捗が集計結果から読み取れる。
表4 居住環境の変化(2000年、2010年、2020年)
に筆者作成。
図3で興味深い点は、テレビ、ラジオ受信機、固定電話の所有率が減少しているのに対し、携帯電話、コンピュータ、タブレット端末、インターネット接続の所有率が増加している点である。今後さらに普及の拡大が見込まれるインターネットに各種デバイスを接続させ、様々な情報やコンテンツにアクセスできる世帯が増加していくことで、情報化社会の恩恵を受けられる国民が増えていくことを期待したい。
電話については2010年の時点ですでに固定電話の所有率よりも携帯電話の所有率の方が上回っていたが、2020年の住宅センサス結果で携帯電話の所有率が87.5%まで上昇している点が注目される
図3 メキシコ全世帯の電化製品と情報通信機器の所有の割合の比較(2010年、2020年)
に筆者作成。
おわりに
本稿の前半で紹介した2020年人口センサスの記録「メキシコはこうして集計された」には、この国家の一大プロジェクトの裏にあった人間味溢れる多彩なエピソードが記録されている。COVID-19の感染拡大により、戸別訪問を嫌がる住民の説得にあたった調査員の苦労談。先住民言語での聞き取り調査が上手くいったと喜ぶ青年のことば。「強盗」に注意するだけなく、「野良犬」を手なずけるため、コロッケ持参で向かった調査員の涙ぐましい努力。政府関係者の来訪などめったにない人里離れた農村で受けた大歓迎。「センサスに答えてください! 私たちが何者で、何人いるのか、知ることはとても重要です。」とミサで信者に説いたカトリック2司祭たちの協力。各地域の地方政府や実業家から受けた有難い支援3への感謝の言葉など。収録されている証言からは、様々な困難と向き合いながら、創意工夫を凝らし、力を合わせて2020年人口センサスを成功させた関係者の熱意が伝わってくる。筆者はそれに深く敬意を表したい。
2020年人口センサスの基本調査票、拡大調査票の両方の集計結果はすでに公表され、下記のウェブページで閲覧可能である。
https://www.inegi.org.mx/programas/ccpv/2020/
集計結果の概要報告、各種集計表、マイクロデータ、オープンデータ、出版物、統計データ解析に使える各種ツールがわかりやすく提供されている。さらに同ページの左スロットでは第1回から第14回まで人口センサスを選択して調査結果にアクセスできるようになっているので、併せて活用していただきたい。
参考文献
- 遠藤健太(2021)「米国とメキシコで実施された2020年国勢調査の政治的諸相」『ラテンアメリカ・カリブ研究』28号、84-97。
- 『統計』編集部(2012a)「メキシコの2010年人口センサス結果(1)」(2010年世界人口センサス結果シリーズ)『統計』10月号、51-60。
- 『統計』編集部(2012b)「メキシコの2010年人口センサス結果(2)」(2010年世界人口センサス結果シリーズ)『統計』11月号、75-83。
- 『統計』編集部(2012c)「メキシコの2010年人口センサス結果(3)」(2010年世界人口センサス結果シリーズ)『統計』12月号、65-74。
- Instituto Nacional de Estadística y Geografía(2020a) Cuestionario ampliado (2020 Censo), INEGI. (2022年3月3日最終閲覧)
- ―――(2020b) Cuestionario básico (2020 Censo), INEGI. (2022年3月3日最終閲覧)
- ―――(2021a) Así se contó México, INEGI. (2022年3月3日最終閲覧)
- ―――(2021b) Censo de Población y Vivienda 2020 : Resultados complementarios, (2020 Censo), INEGI. (2022年3月3日最終閲覧)
- ―――(2021c) Presentación de resultados Estados Unidos Mexicanos, (2020 Censo), INEGI. (2022年3月3日最終閲覧)
著者プロフィール
村井友子(むらいともこ) アジア経済研究所学術情報センター。担当はラテンアメリカ。
1998年~2000年海外派遣員(メキシコ・グァダラハラ)。主な著作に 「ラテンアメリカの学術情報プラットフォームの活動」(『ラテンアメリカ・レポート』38(2)、2022)や「連載:新興地域の統計事情:第8回メキシコ」(『情報管理』56(4)、2013)。
注
- タブレットに設置された非常用ボタンは、テリトリー・インシデント・システム(Sistema de Incidencias de Ámbito Territorial: SIAT)と連動していた。SIATと呼ばれるこのシステムは、調査員の安全を守ることを目的としたINEGIの事故報告用アプリケーションシステムである。調査員が危険を察知し、非常ボタンを押して事件登録すると、必要に応じて救助隊が駆けつける仕組みになっていた。同システムには、犬に噛まれたことから交通事故まで戸別訪問調査実施中に発生したセキュリティに係わるあらゆる出来事が記録されていた。
- 2020年人口センサスの宗教に関する調査結果では、77.7%がカトリック信者、11.2%がプロテスタント信者であった。
- 2020年人口センサス実施にあたり、各地域の政府機関・企業が人口センサスの訪問調査の拠点となる特設事務所設営のためのスペースの提供や、広報活動のサポートなどを行った。
【特集目次】
連載:途上国・新興国の2020年人口センサス
- 第1回 シンガポール――社会の変化を告げる人口センサス
- 第2回 カンボジア――開発10年の指標と道標
- 第3回 インドネシア――新しいセンサス様式のはじまり
- 第4回 ミャンマー――揺れる社会の静かな痕跡
- 第5回 韓国――高齢化の進展と単身世帯の増加
- 第6回 中国――大国としての自負とその行方
- 第7回 メキシコ――コロナ禍に敢行した2020年人口センサス
- 第8回 ペルー――2017年センサス(上):2017年センサスと人口調査実施の歴史
- 第9回 ペルー――2017年センサス(中):人口動態と民族統計
- 第10回 アラブ初の調査票なき人口センサス――バーレーン、オマーン
- 第11回 ペルー――2017年人口センサス(下): 先住民族コミュニティ・センサスからみる先住民族の姿