ライブラリアン・コラム
連載:途上国・新興国の2020年人口センサス
第1回 シンガポール――社会の変化を告げる人口センサス
土佐 美菜実
2021年10月
はじめに
シンガポールにおける人口センサスの歴史は、英国の海峡植民地であった1871年に始まり、その後10年ごとに規則正しく実施されてきた。第二次世界大戦後、シンガポールとして独立して初めて調査が行われたのは1970年のことである。今回の2020年人口センサスは6回目の調査となる。
2020年に実施を予定していた各国の人口センサスは新型コロナウイルス感染症拡大の影響を大きく受けたが、シンガポールも例外ではなかった。スケジュールなどを変更しつつ、2020年人口センサスの報告書は2021年6月に刊行された。以下では、シンガポールの2020年人口センサスの実施方法および結果内容について紹介していきたい。
コロナ禍の人口センサス
シンガポールの人口センサスでは、行政が管理している住民データから年齢や性別、エスニック・グループなどの基本データを収集する方式が2000年人口センサスより採用されている。それ以外の詳細な質問項目については、今回はサンプルとして国内の15万世帯を対象に個別調査が行われた。2020年時点でシンガポールの全世帯数は140万ほどであり、このサンプルは全体のおよそ10%にあたる。対象となった15万世帯へのアプローチは、以下の3段階からなる。
1.オンライン回答
回答者が専用ウェブサイトへアクセスして質問項目に入力する方法である。初めに、当局からオンライン回答への案内が通知される。対象となった15万世帯の住民は、指定された2週間のうちに回答するように求められる。この間、次の段階にある電話調査も同時並行で始められており、質問項目に関する問い合わせやオンライン回答の技術的なサポートも電話で対応する仕組みとなっている。
2.電話調査
オンライン回答の期間中に回答しなかった場合、あるいはオンライン回答は行ったがその内容に不備・不足があった場合には当局のスタッフから被調査者へ電話連絡がいく。この電話調査を通じて回答を補完する。あるいは、はじめからオンライン回答ではなく電話での回答を希望し、電話を通じてすべての回答を済ませることもできる。
3.直接訪問
オンライン回答や電話調査でも回答のなかった場合、対象者の自宅へ調査スタッフが直接訪問して調査が行われる。あるいは、被調査者が事前に直接訪問を希望しておくことも可能である。この訪問調査では、今回から用紙ではなくタブレット端末の使用が初めて導入された。訪問した調査員によってタブレット端末に入力されたデータは直接、すべてのセンサス・データを集約するデータベースへ保存されるようになっている。
2020年人口センサスでは上述の3段階のうち、オンラインで回答した人が64%であったことが実施後の集計でわかった。2000年では15%、2010年では38%と、徐々にオンラインでの回答が増加し、今回初めて半数を超える結果となった。オンライン回答が定着し始めているといえるだろう。加えて、オンライン回答は住民が自分の好きなデバイスを使えるように設計され、パソコンのほか携帯電話、タブレット端末などでも答えられるようになっている。今回、オンラインで回答した人のうち、44%が携帯電話を使用しており、パソコンを使用した人(31%)を上回っている。
また、2020年人口センサスは2月から正式に始動したものの、その後大きな問題に直面した。新型コロナウイルスの感染拡大である。シンガポールでは2020年4月7日からサーキットブレーカーと呼ばれる部分的なロックダウンの措置がとられ、これにより調査スケジュールも再調整せざるをえない状況となった。4月から7月半ばまでは電話調査を担当するスタッフの動員規模が縮小され、直接訪問による調査は見送られることとなった。その間、当局では被調査者に手紙を送付し、オンラインでの回答を対象者へ促し続けた。
新型コロナウイルスによる影響があったものの、2020年12月までには回答データが集約され、その後、約半年をかけて結果の発表にまでたどり着いた。
シンガポールの人口センサスの結果は、近年では、分野別に分割して冊子体形式で刊行されている。2020年版も「行政レポート」「統計発表1:人口動態、教育、言語、宗教」「統計発表2:世帯、地理的分布、移動、基本的活動における困難」の3冊がリリースされた。これらはすべてウェブサイトから無料で閲覧、ダウンロードできる。統計局ウェブサイトで提供されているデータベースSingStat Table Builderにも2020年人口センサスのデータがすでに収録されており、必要なトピックのデータを各自で選択し、加工できるかたちでダウンロードすることも可能である。
センサス結果にみる高齢化と使用言語の実態
次に、2020年人口センサスの結果について触れていきたい。まず、総人口は400万人を超え、前回の2010年人口センサスからおよそ30万人の増加がみられた。2000年から2010年にかけては50万人ほどの増加だったため、増加率はやや低下した。その一方で、注目すべきは高齢者人口と呼ばれる65歳以上の割合が2010年の9.0%から15.2%へと上昇したことである。高齢者人口の割合は、1990年で6.0%、2000年で7.2%とこれまでも上昇を続けてきたが、ここ10年で6ポイント以上も増加した結果は、シンガポールにおける高齢化の加速を如実に表すものである。
こうした高齢化の実態を鑑みたのか、今回、新規項目として大幅に加えられたのが「基本的活動における困難」である。以下の6つがその具体的な項目である1。
①見えにくさ(眼鏡使用時も含む)
②聞こえにくさ(補聴器使用時も含む)
③移動時の困難
(a) 歩行または階段の上り
(b) ベッドから椅子・車いすへの移動(またはその逆)
④物忘れまたは集中力の欠如
⑤セルフケア活動における困難
(a) 全身を洗う(入浴/シャワー)または服を着る
(b) 食事
(c) トイレ
⑥コミュニケーション時の困難(通常の[日常的]言語を使用しての理解力または伝達能力)
この新たに加えられた項目「基本的活動における困難」の回答結果はどうだっただろうか。まず、基本的活動を行えない、あるいは多くの困難を抱えている人の各年齢層における割合をみると、65歳以上では12.9%という結果になった。45歳から64歳の年齢層では1.5%であり、65歳以上においてその割合が顕著に増加していることがわかる。
また、65歳以上で基本的活動に困難を抱えている人のなかでは、具体的な問題として移動時の動作が最も多く選択されており、次に身体を洗うなどのセルフケア、そして物忘れなどが続く。さらに、彼らの居住環境に関する質問に対する回答のなかでは、子どもと同居している人が66.7%と最も多い一方で、6.4%の人が一人暮らしをしているとなっている。
これらの項目が次回以降の人口センサスにおいてどのような推移をみせるのか、継続的にみていく必要があるだろう。
このほかの特筆すべき点は、家庭内言語の質問として第2言語を選択する項目が追加されていることである。シンガポールでは1966年以降、英語に加えて各自のエスニック・グループ(主に中国系、マレー系、インド系)と結びついた公用語(中国語、マレー語、タミル語)を学ぶ2言語政策がとられてきた。今回の言語に関する追加項目は、こうした政策下での状況についてさらに踏み込んだ把握をねらったものと思われる。
2010年人口センサスの結果では、家庭内言語のうち最もよく話される言語としては中国語(マンダリン)が35.6%と一番多く、次に英語が32.3%、さらに中国語方言が14.3%と続く結果であった。中国系住民が70%以上を占めるシンガポールでは、概ね自然な割合といえるだろう。しかし、2020年の結果では英語が48.3%と最も割合が高く、次に中国語で29.9%、マレー語が9.2%、中国語方言は8.7%にとどまった。さらに、家庭内で英語を最もよく話すと答えた人のなかで、第2言語として一番多かったのが中国語(56.1%)で、その次がマレー語(13.5%)、それに続くのが該当言語なし(13.2%)である。このように、家庭内でも英語を第1言語として使用している人が徐々に増えていると同時に、中国語方言の使用が顕著に減少していることがわかった。
おわりに――社会の動態をみる
人口センサスはその社会の動態を把握するための最も基本的な情報源として重要である。今回のシンガポールの人口センサスでは、実施方法としてオンライン回答が主流化したし、内容についても高齢化社会の進行や使用言語の変化などが示されるなど、興味深い結果となった。同時に、こうした人口センサスの結果からシンガポール社会の移り変わりに関心を持ち、新たな問いを立てることも可能かもしれない。みなさんもぜひ、シンガポールのセンサス結果をご覧になってはどうだろうか。
参考文献
- 末廣昭・大泉啓一郎編『東アジアの社会大変動 ——人口センサスが語る世界』名古屋大学出版会、2017年。
- Singapore Department of Statistics, Census of Population 2020, Administrative Report, 2021.
- ――――, Census of Population 2020, Statistical Release 1 : Demographic Characteristics, Education, Language and Religion, 2021.
- ――――, Census of Population 2020, Statistical Release 2 : Households, Geographic Distribution, Transport and Difficulty in Basic Activities, 2021.
著者プロフィール
土佐美菜実(とさみなみ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は東南アジア。最近の著作に「(ウェブ資料展:途上国と感染症)インドネシア史のなかの感染症」(「ライブラリアン・コラム」2020年)など。
注
- これらの項目は、国連統計委員会で障害に関する統計事業に取り組むワシントングループによるガイドラインを採用している。
【特集目次】
連載:途上国・新興国の2020年人口センサス
- 第1回 シンガポール――社会の変化を告げる人口センサス
- 第2回 カンボジア――開発10年の指標と道標
- 第3回 インドネシア――新しいセンサス様式のはじまり
- 第4回 ミャンマー――揺れる社会の静かな痕跡
- 第5回 韓国――高齢化の進展と単身世帯の増加
- 第6回 中国――大国としての自負とその行方
- 第7回 メキシコ――コロナ禍に敢行した2020年人口センサス
- 第8回 ペルー――2017年センサス(上):2017年センサスと人口調査実施の歴史
- 第9回 ペルー――2017年センサス(中):人口動態と民族統計
- 第10回 アラブ初の調査票なき人口センサス――バーレーン、オマーン
- 第11回 ペルー――2017年人口センサス(下): 先住民族コミュニティ・センサスからみる先住民族の姿