ライブラリアン・コラム
連載:途上国・新興国の2020年人口センサス
第2回 カンボジア――開発10年の指標と道標
小林 磨理恵
2021年11月
「カンボジアの開発のために」
カンボジアは、2019年に人口・住宅センサス(以下、人口センサス)を実施した。1953年にフランスから独立した後、最初の人口センサスが行われたのは1962年。その後内戦を経て、36年ぶり2回目の人口センサスが1998年に、3回目が2008年に実施された1。人口センサスは10年に一度行われることになっているので、4回目の人口センサスは2018年に実施されるはずだった。それが1年先送りとなったのは、2018年に総選挙が実施されたことによる2。
全数調査を基本とする人口センサスには、統計のノウハウも、莫大な資金も必要となる。カンボジアはこれまで、国際的な支援を受けることで人口センサスを実現してきた。1998年は国連人口基金(UNFPA)によって、また2008年は日本政府とUNFPAを中心に、技術面と資金面での支援がなされている(坂田 2017)。とりわけ国際協力機構(JICA)の技術協力プロジェクトは、2005~2015年の10年間にわたってカンボジアの統計行政を支えた。JICAが離れた後の2019年人口センサスは、実施のための資金調達に難航したようである3。結局、当初必要とされた予算を大幅に縮小し、これまで同様のUNFPAの支援に加えて、中国政府から自動車、バイク、コンピュータ等の必要機器の援助を受けてようやく実施にこぎつけた。
言うまでもなく人口把握は統治の根幹にあるが、特に開発途上国にとっては、人口センサスの実施が大きな財政負担にもなる。それでも人口センサスを行うのはなぜなのか。それは、人口センサスが現在の社会経済状況を明らかにし、開発政策立案のための基礎的なデータとなるからである。人口センサスのロゴマークに「カンボジアの開発のために」とあることが、人口センサスが総人口を数える以上の役目を担っていることを示している。
何を問い、何を明らかにするのか
4回目の人口センサスは、2019年3月3~13日に戸別訪問によるインタビュー形式で実施された。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて集計に遅れが生じたが、プノンペン大学の学生200名が雇用され、データ入力作業を補助した(NIS 2020)。カンボジア計画省統計局(NIS)のウェブサイトでは、2021年11月現在、速報(2019年6月)と確報(2020年10月)のPDF形式の報告書に加え、エクセル形式の確報値が公表されている4。今後、テーマ別報告書が公刊される予定である。
まずは調査項目の内容をみてみよう。表1に、2019年人口センサスの調査項目を一覧化した。その大部分は、国連統計部の『人口・住宅センサスのための原則と勧告(第3版)』(UN 2017)で推奨される調査項目に準拠している。国連推奨の調査項目にはない、つまりカンボジア独自のものは、出産時の介助者や妊産婦の死亡状況を問う項目である。これは女性の出産に課題があることを示唆している。一方で、通常多くの国で調査する「国籍」は調査されていない5。外国人の概数は、母語人口の集計結果から推定することになる(金室 2008)。
調査項目が国際標準であるのに対し、回答の選択肢にはカンボジアの特徴が随所にみてとれる。例えば、死因の選択肢には「地雷による事故」があり、内戦の爪痕を物語っている。
過去の調査と比べると、2019年人口センサスでは多くの項目が維持されていた。これは統計の連続性に重きを置いたためだろう。ほぼ唯一の変更点は、障害に関する質問の手法である。2008年人口センサスでは、身体障害と精神障害の有無、障害がある場合はそれが先天的か後天的かを問う質問だった。これに対して2019年は、6つの機能領域(見る、聞く、歩く、認識する、セルフケア、コミュニケーション)を、4段階の困難度から尋ねる手法を採った。これは、障害統計の開発を担うワシントン・グループの手法を取り入れたものである6。
表1 2019年カンボジア人口センサスの調査項目

(出所)NIS(2020)の調査票より筆者作成。
人口動態の特徴
2019年人口センサスによる最新の人口動態(表2)をみると、人口総数は1555 万 2211 人であった。年人口増加率は1.4%で、人口増加のペースはやや落ちている。その要因には、出生率の低下に加えて、近隣諸国への移住が考えられる(NIS 2020)。とりわけ注意すべきは、人口総数に約123万人に上る海外就労者が含まれないことだ7。例えば、前回2008年人口センサスをみると、10~14歳人口は167万505人であったが、2019年の20~24歳人口は125万5180人と、この近似的な年齢コーホート8では40万人強少ない。この人口減のすべてが海外移住に起因するものではもちろんないが、現在地主義(de facto)に基づくカンボジアの人口センサスが、国外移住者の実態を明らかにしないことを示唆している。
表2 カンボジアの人口動態(1998~2019年)

の年人口増加率は、センサス上は2.49と記載されている。
(出所)イタリック値以外は、人口センサス各年版より筆者作成。イタリック値はNIS(2001)
を参照。
年齢構成をみると、年少人口(0~14歳)の人口比率が全体の29.4%、生産年齢人口(15~64歳)は64.7%、高齢人口(65歳以上)は5.9%となっている。人口ピラミッド(図1)は、「ピラミッド型」の形状であり、若年層が多い年齢構成だということが分かる。その一方、平均寿命の伸長と出生率の低下を背景に、2008年に比べると生産年齢人口と高齢人口の比率が上がり、年少人口の比率が下がった。特に、10歳未満人口の縮減傾向は人口ピラミッドからも観察される。高齢人口の割合が7%を超えた状態が「高齢化社会」と定義されるので、カンボジアはまだ高齢化社会に移行していない。しかし将来的には、「老いてゆくアジア」(大泉 2007)の一国に加わる可能性は十分にある。
この人口ピラミッドをみると、40~45歳人口が極端に縮減していることが一目で分かるだろう。これには、1975~1979年にかけてのポル・ポト政権下での大量虐殺、それに起因する出生率の大幅な低下が影響している(西 2006;早瀬 2015)。また、女性100人に対する男性人数を示す性比は94.9で、男性人口比率が低くなっている。これは、数多くの男性が犠牲になった過去の内戦の傷跡である。このように、人口構成にはカンボジアが歩んできた歴史が大きな影を落としている。
図1 カンボジアの人口ピラミッド(2019年)

次に、一国の生活水準を反映する指標である乳幼児や妊産婦の死亡率をみてみよう。カンボジアの乳児死亡率(1歳未満人口1000人当たりの死亡数)は18人で、2008年の26人から改善した。また、妊産婦死亡率(出生10万当たりの妊産婦の死亡数)は461人から141人に大幅に低下し、5歳未満児死亡率(5歳未満人口1000人当たりの死亡数)も44人から28人に低下している。
SDGs(持続可能な開発目標)の目標3「すべての人に健康と福祉を」には、2030年までに妊産婦死亡率を70人未満に削減すること、5歳未満児死亡を少なくとも出生1000件中25件以下まで減らすことなどが掲げられている。人口センサスの結果は、カンボジアの現状が目標達成までの道半ばにあることを示している。しかし、過去10年間の削減ペースを維持することができれば、目標達成の可能性は高いといえそうだ。
アジ研図書館のカンボジア人口センサス
最後に、アジア経済研究所図書館で所蔵するカンボジアの人口センサスを紹介したい。残念ながら、2019年人口センサスの収集は実現していない。これはコロナ後の重要課題である。一方、過去の人口センサスは、カンボジア研究者の助力を得ながら、網羅的に収集してきた。当館3階の統計コーナーには、1962年人口センサス(3冊)、1998年人口センサス(14冊)、2004年中間年人口調査(24冊)、2008年人口センサス(67冊)、2013年中間年人口調査(6冊)が排架されている(写真1参照)。全国レベルの確報結果はNISのウェブサイトで閲覧できるが、州レベルのデータやテーマ別の分析レポートは冊子体でしか入手できない9。加えて、1962年人口センサスについては、日本国内の所蔵状況を調べたところ、当館しか所蔵していないようだ。いずれもカンボジア現地で収集した貴重な資料である。是非ご活用いただきたい。

写真の出典
筆者撮影
参考文献
- 大泉啓一郎(2007)『老いてゆくアジア――繁栄の構図が変わるとき』中央公論新社。
- 金室貴子(2008)「カンボジア 2008 年人口センサスの調査票について――カンボジア政府 統計向上計画(国際協力プロジェクト)」『Estrela』173号、26〜31ページ。
- 小林昌之(2018)「障害統計に関する国際規範の形成」(森壮也編『途上国の障害女性・障害 児の貧困削減――数的データによる確認と実証分析』アジア経済研究所所収)。
- 坂田正三(2017)「カンボジアの人口センサスとODA」(末廣昭・大泉啓一郎編『東アジア の社会大変動——人口センサスが語る世界』名古屋大学出版会所収)。
- 西文彦(2006)「カンボジアの人口ピラミッド」『Estrela』150号、20〜23ページ。
- 早瀬保子(2015)「カンボジアの人口——2013年中間年人口調査を中心に」『アジ研ワールド・トレンド』232号、46〜50ページ。
- National Institute of Statistics (NIS), Ministry of Planning (1999) General Population Census of Cambodia 1998: Analysis of Census Results, Report 1 Fertility and Mortality, National Institute of Statistics.
- ——— (1999) General Population Census of Cambodia 1998: Final Census Results, National Institute of Statistics.
- ——— (2001) Cambodia Demographic and Health Survey 2000, National Institute of Statistics.
- ——— (2009) General Population Census of Cambodia 2008: National Report on Final Census Results, National Institute of Statistics.
- ——— (2020) General Population Census of the Kingdom of Cambodia 2019: National Report on Final Census Results, National Institute of Statistics. (2021年11月5日最終閲覧)
- United Nations (UN) (2017) Principles and Recommendations for Population and Housing Censuses, Revision 3, United Nations. (2021年11月5日最終閲覧)
著者プロフィール
小林磨理恵(こばやしまりえ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は東南アジア(2011年~現在)。2016~2018年海外派遣員(バンコク)。主な著作に「東ティモール、ブルネイ――公用語、母語、そして民族問題」(末廣昭・大泉啓一郎編『東アジアの社会大変動——人口センサスが語る世界』名古屋大学出版会、2017年所収)。
注
- 2004年、2013年には中間年人口調査が実施されている。2013年中間年人口調査の結果は早瀬(2015)に詳しい。
- “Census put off due to elections,” Phnom Penh Post, 8 November 2017.
- “Cambodia short $3.5 million in census fund,” Phnom Penh Post, 11 April 2018.
- https://www.nis.gov.kh/index.php/en/15-gpc/79-press-release-of-the-2019-cambodia-general-population-census (2021年11月5日最終閲覧)
- 技術協力プロジェクトにJICA専門家として加わった金室貴子は、国籍を調査しない理由について、「外国人は差別されるかもしれない等の理由により、ほとんどの人が『自分はカンボジア人である』と回答する傾向があるため」だと説明している(金室 2008)。2008年人口センサスのものだが、金室(2008)は、カンボジアの事情を踏まえながら各調査項目の内容を明らかにしている。
- 小林(2018)によれば、ワシントン・グループの開発した「短い質問セット」の使用を障害統計収集の基本とすることが、障害統計をめぐる国際規範の形成過程において、事実上の国際基準となりつつある。カンボジアの人口センサスもこれを踏まえたものだろう。
- 人口センサス確報結果では、労働職業訓練省による『2018年年次総会報告書』を引用し、海外移民労働者数を移住先国別に次のとおり明らかにしている( NIS 2020)。タイ:114万6685人、韓国:4万9095人、日本:9195人、マレーシア:3万113人、シンガポール:831人、香港:45人、サウジアラビア:16人。
- 2019年の20~24歳人口の比較対象は、2008年の9~13歳人口とすべきだが、2008年人口センサスからは年齢5歳階級別人口しか得られなかったため、最も近い10~14歳人口を比較対象とした。
- ただし2008年人口センサスの確報結果および分析レポートは、日本の総務省統計局のウェブサイトで公表されている。
【特集目次】
連載:途上国・新興国の2020年人口センサス
- 第1回 シンガポール――社会の変化を告げる人口センサス
- 第2回 カンボジア――開発10年の指標と道標
- 第3回 インドネシア――新しいセンサス様式のはじまり
- 第4回 ミャンマー――揺れる社会の静かな痕跡
- 第5回 韓国――高齢化の進展と単身世帯の増加
- 第6回 中国――大国としての自負とその行方
- 第7回 メキシコ――コロナ禍に敢行した2020年人口センサス
- 第8回 ペルー――2017年センサス(上):2017年センサスと人口調査実施の歴史
- 第9回 ペルー――2017年センサス(中):人口動態と民族統計
- 第10回 アラブ初の調査票なき人口センサス――バーレーン、オマーン
- 第11回 ペルー――2017年人口センサス(下): 先住民族コミュニティ・センサスからみる先住民族の姿