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ライブラリアン・コラム

COVID-19の現状とその影響を捉える情報源――ポータルサイトと中東・北アフリカに関する国際機関の報告書紹介

高橋 理枝

2021年6月

昨年8月にライブラリアン・コラム「中東・北アフリカにおける保健医療の課題とCOVID-19」(特集 ウェブ資料展:途上国と感染症)で、中東・北アフリカ地域(Middle East and North Africa、以下MENA)のCOVID-19の感染状況と関連資料について紹介した。それから約1年を経た現在もCOVID-19は世界各地でさらなる猛威をふるっているが、国際機関は、COVID-19に関するデータを集めたポータルサイト等を作成、公開しており、入手できる情報量は日々増加している。本稿では、COVID-19に関するデータをとりまとめた国際機関のウェブサイトを紹介しつつ、現時点でのMENAの感染状況等を概観したうえで、MENAにおけるCOVID-19の社会経済的影響を分析した最近の報告書を紹介する。

COVID-19のデータに関するポータルサイト

まず、COVID-19に関連するデータや指標を得られるポータルサイトのいくつかを簡単に紹介しよう。これらはいずれも世界各国や地域レベルのデータが格納されており、MENAの状況を他の地域と比較するにも便利である。また、後述する報告書類は、執筆編集のために一定の期間を要することもあり、刻々と変わる現状を捉えるには下記のようなポータルサイトが適している。

COVID-19 Dashboard(ジョンズ・ホプキンス大学 システム科学工学センター [CSSE])――メディアでも数多く引用されている。国によっては州レベルのデータも入手できる。

WHO Coronavirus(Covid-19)Dashbord――感染者数、死亡者数、検査数等が収録されている。下記の③④を情報源としたデータもあり。

Our World in Data, Coronavirus Pandemic(COVID-19)――Our World in dataは、NPOのGlobal Change Data Labとオクスフォード大学の研究者とのコラボレーションによるプロジェクト。世界の様々な課題に関するデータを収集しており、COVID-19のデータも収集、公開している。感染者数等もWHOより詳細なデータが入手できる。

Oxford COVID-19 Government Response Tracker(OxCGRT)――COVID-19への各国政府の対応について、20の指標(学校の閉鎖、移動の制限etc.)を設定し、その厳格さをインデックス化している。

COVID-19 DATA PORTAL(UN Infro)――各国におけるCOVID-19の社会経済的な影響と国連の対応計画に加えて、他機関とのJoint Work Planや各国への支援金額等に関するデータが掲載されている。後述するCOVID-19 DOCUMENT TRACKERはこの一部。

COVID-19 Stimulus Tracker(UNESCWA)――MENAに限らず世界178カ国について、政府および中央銀行等の公表に基づいた各国の社会保障策および経済支援策に関するデータベース。

COVID-19 Global Gender Response Tracker(UNDP, UN Women)――COVID-19のタスクフォースに女性が占める割合と、女性の社会経済保障に関する政府の対応についてデータを集め分析している。

地域の感染状況

上記で紹介したようなサイトを利用して、MENA地域の感染状況を概観することができる。昨年7月時点では、イラン、サウジアラビア、トルコの感染者数が群を抜いて多かったが、約1年後の現在、トルコとイラン、イラクの感染者数が桁違いに多い。他方、紛争下にあるイエメン、シリア、スーダン、アフガニスタンの感染者数は桁違いに少なく、政府が把握できているのがどの範囲なのか留意が必要であろう。気になるワクチン接種率だが、湾岸諸国とイスラエル、トルコ、モロッコが高く2桁台なのに対し、イエメンとシリアは1%をはるかに下回り、域内格差の拡大と、紛争地域におけるCOVID-19のさらなる影響拡大が懸念される。

表1 中東・北アフリカ地域のCOVID-19の感染者数等 (2021年5月16日時点、単位:人)

表1 中東・北アフリカ地域のCOVID-19の感染者数等 (2021年5月16日時点、単位:人)
(注)①~③は2021年5月16日のデータ、④は2021年5月16日時点の直近のデータ。
(出所)Our World in data(2021年5月18日アクセス)のデータを用いて筆者作成。
COVID-19の社会的経済的影響に関する国際機関の資料

次にMENA地域におけるCOVID-19に関する国際機関の資料をまとめて入手できるウェブサイトを紹介しよう。UNDP Arab StatesのCovid-19 Socio-Economic Impactには、国ごとに、COVID-19の社会経済的影響の評価とそれへの対応に関する報告書がまとめられている。またUnited Nations Sustainable Development Group (UNSDG)のResources Libraryは、国連関係機関の報告書等が格納されており、地域や年で絞りこむことができる。地域をArab States、TopicをCovid-19で絞るとシリアの国連カントリーチームが作成したFramework for the Immediate Socio-Economic Response to COVID-19 for Syrian Arab Republicをはじめ、アラブ諸国におけるCOVID-19への対応に関する報告書などを入手できる。またUN InfoのCOVID-19 DOCUMENT TRACKER(前述のポータルサイト⑤の一部)では、COVID-19の影響評価と各国および国連の対応計画などの資料が入手できる。他にも例えばUNDPが様々な開発基金とグループを組んで作成したArab Development PortalのPublicationページでは、キーワードを“COVID-19”で検索すると、WHOのBuild Back Fairer: Achieving Health Equity in the Eastern Mediterranean Regionをはじめ、COVID-19に関する国際機関が作成した様々な資料を入手することができる。

以下では、比較的最近出された報告書2点を紹介したい。両者は、COVID-19とそれがもたらした油価の大暴落の社会的経済的影響を、様々な側面から分析、予測し、今後の発展のための新たな道筋を描こうとする点で共通している。

1点目はUNDP Arab Statesが出したCompounding Crises: Will COVID-19 and Lower Oil Prices Prompt a New Development Paradigm in the Arab Region?(2021年2月)で、COVID-19と油価の下落がもたらした社会経済的影響と政策対応について、包括的に検証することを目的としている。アラブ諸国を石油輸出国(湾岸諸国とアルジェリア)、石油輸入・中間所得国(エジプト、ヨルダン、モロッコ、チュニジア、ジブチ)、脆弱・危機的国(シリア、イエメン、リビア、ソマリア等)に分け、各章ではマクロ経済、地域にとって重要でかつ大きな影響を受けている観光と建築、移民と送金、労働市場、地域の97%を占めるとされる中小企業、貧困と食の安全保障、ジェンダー、社会保障、環境変化と持続可能なエネルギーおよび環境、について分析している。本書で取り上げられている項目を見ると、COVID-19が大きく影響を及ぼすグループは、世界各地とこの地域で大きな違いはないことがわかる。しかし、地域内の各国での影響の範囲や度合いがどのような偏りをもって発生するかを本書は明らかにする。例えば、地域の貧困者の56%は“脆弱・危機的諸国”に、42%は“石油輸入・中間所得国”に存在し、またこれらの国々では在外で働く移民からの送金がGDPに大きく貢献しており、COVID-19と油価の下落により、より多くの人々が貧困や栄養不良に陥る可能性があること、またアラブの域外・域内からの移民は、そのほとんどが湾岸諸国に存在し、なかでも建築業や家内サービスに従事する東南アジアからの移民は、解雇、劣悪な衛生環境、ジェンダーに基づく暴力(GBV)に晒されることなどが指摘されている。

元々アラブ諸国は、COVID-19と油価の下落という“二重の衝撃”以前から、歴史的に続く低い経済成長、低い生産性、女性や若者の政治経済参加の機会の不足といった構造的問題を抱え、SDGsを達成するための軌道に乗っていなかったが、この“二重の衝撃”でSDGsの達成はさらに遠のいた状況にある。最終章では、こうした状況を打開するには新たな社会契約に基づく新たな開発モデルが必要であるとして、本書が、そのために不可欠な長くて忌憚のない議論の開始に貢献することを望む、と締めくくっている。

2点目は、世界銀行(World Bank)のMENAのThe Chief Economist Office(MNACE)が作成しているThe MENA Economic Updateシリーズとして出されたTrading Together — Reviving Middle East and North Africa Regional Integration in the Post-COVID Era(2020年10月)である。第1章でMENAの現状を分析し、第2章で今後の貿易をはじめとする政策について提言する。第1章では油価の下落による歳入の減少とCOVID-19対応による財政支出の増大という“二重の衝撃”により、MENA各国の財政バランスは急激に悪化し、観光業や貿易、経済活動全般が低調となっていると指摘し、貧困の拡大、とりわけ自営業やインフォーマルセクターの労働者に大きな影響を与えているとする。そして危機の早い段階でCOVID-19の先を見越すこと、政策の持続可能性と有効性を考えることが重要だとして、パンデミックの現在およびその後の政策の枠組みを提示している。第2章では、開かれた貿易が包括的な成長において重要であり、また貿易面での域内統合アジェンダを国内改革を進めるために活用することの有効性を訴え、域内・域外統合における障害や、グローバル・バリュー・チェーンにおいて大陸を結ぶ交差点に位置するMENAの位置づけを分析している。そして、COVID-19は、石油への依存を減らし貿易面での統合強化を目指して社会経済政策を見直す機会を提供し、COVID-19後の貿易は、MENAのCOVID-19からの回復と、特に医療サービスと知識経済分野において、中期的な変革の機会を提供すると述べている。

上記2点は、MENAに関するまとまった報告というだけでなく、今後の予測も含め、地域に関する様々なデータも掲載されている点でも利用価値が高い。

MENA地域と言えば特に湾岸諸国の移民の多さが指摘されるところだが、上記の報告書でも触れられているように、特に移民のなかでも未熟練労働者はCOVID-19の影響を大きく受けるとされる。研究所のウェブマガジン『IDEスクエア』では、コラム「新型コロナと移民」(全9回)でコロナ禍にある世界各国での移民の現状を報告しており、4回ほど湾岸諸国における移民が取り上げられている。ぜひこちらも合わせてご参照いただきたい。

おわりに

本稿では、特に中東・北アフリカ地域におけるCOVID-19の社会経済的な影響に関する資料について紹介してきたが、COVID-19の影響は政治面にも及んでいる。例えばAmnesty Internationalは、エジプトやイランで当局の対応への批判を口にした医療関係者が逮捕されたり、「フェイクニュース」の拡散を理由にメディアやSNSへの取り締まりが強化される等、MENA各国でCOVID-19を口実に表現の自由の抑圧が続いていると報告している1。今後、COVID-19がこの地域に引き起こした変化を包括的に捉える研究が求められるだろう。COVID-19の一日も早い収束はもちろん、現地に行けない今は、一層重要性を増すウェブサイト上の情報資源の収集と活用が必要とされている。

ライブラリアン・コラムINDEXページの図の出典
  • Hannah Ritchie [et al.], "Coronavirus (COVID-19) Vaccinations". Published online at OurWorldInData.org. より"Share of people vaccinated against COVID-19, Jun 2, 2021". (2021年6月4日閲覧)
著者プロフィール

高橋理枝(たかはしりえ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ、アフリカ。最近の著作は「中東・イスラーム諸国関係資料紹介」『中東レビュー』Vol.7, 2020.3.など。

  1. Amnesty International, "MENA: COVID-19 amplified inequalities and was used to further ramp up repression." (2021年5月28日閲覧)