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(2024年インドネシアの選挙)第2回 インドネシアからの大統領選挙キャンペーン報告――選挙の公正性は守られるのか

Presidential campaign report from Indonesia: assessing the challenges to the fair election

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000856

2024年2月

(5,560字)

2024年2月14日に予定されているインドネシアの大統領選挙に向けて、2023年11月28日に選挙キャンペーンの火蓋が切って落とされた。宗教的アイデンティティが争点のひとつとなり社会の分断が顕わになった2019年の選挙と比べると盛り上がりに欠ける印象のある今回の選挙だが、インドネシア政治の今後を見定めるうえで重要な選挙であることには違いない。

権威主義体制をとる国が多い東南アジアで、インドネシアは数少ない民主主義国のひとつであると評されてきた。また、過去5年ほどの間に法の支配や権利保障といった自由主義の側面が浸食されつつあるという現象はみられるものの、公正な選挙を実施するという民主主義の手続き的な側面は相応に担保されている、というのがこれまで主流の見方であった。

しかし、今回は選挙の公正性までが危険に晒されているとして、各種メディアや市民社会が神経を尖らせている。選挙の現場で何が起きているのか、その全貌を把握するのは難しいが、現地メディアの報道や選挙戦に関わる人々とのインフォーマルな会話から垣間見えてくる実情について報告する。

写真1 ピクサー風アニメ・キャラクターで描かれたプラボウォ=ギブラン組の選挙ポスター

写真1 愛嬌あるピクサー風アニメ・キャラクターで描かれたプラボウォ=ギブラン組の選挙ポスター

写真2 ジョコウィ大統領を支援するボランティア団体「プロジョ」が 設置したプラボウォ=ギブラン組の選挙ポスター

写真2 ジョコウィ大統領を支援するボランティア団体「プロジョ」が設置したプラボウォ=ギブラン組の選挙ポスター

写真3 「プラボウォ・スビアントの時が来た」と書かれたポスター。

写真3 「プラボウォ・スビアントの時が来た」と書かれたポスター。
イスラーム保守派が強く、2014年・2019年両選挙ではプラボウォがジョコウィの獲得した票を上回って勝利した西ジャワ州スカブミにて。 世俗派のジョコウィ路線を連想させるギブランの写真は掲載されていない。地方ごとの投票行動に合わせたポスター戦略が取られている。

現職大統領による特定候補の後押し──治安当局の事例

今回の選挙では現職のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権の実質的な後押しを受けたプラボウォ・スビアント=ギブラン・ラカブミン・ラカ組が選挙戦を一歩リードしている。その対抗馬が、アニス・バスウェダン=ムハイミン・イスカンダル組とガンジャル・プラノウォ=マフッド・MD組である1

ジョコウィの長男であるギブランがプラボウォの副大統領候補となれたのは、憲法裁判所が「40歳以上」という立候補要件を定めた総選挙法の条項に対して違憲判決を出し、36歳のギブランの立候補を可能にしたためであった。その憲法裁判所における審理では、ジョコウィの妹婿であるアンワル・ウスマン長官が不正を働いていたことが明らかになるなど、選挙戦前からすでに公正さに疑問を感じさせる問題が発生している。

現職大統領のジョコウィは、自らの強力な政治権力も使いながら、特定の候補(プラボウォ=ギブラン組)に対してさらに広範な支援を行っている形跡がある。そのための布石とみられるのが、ジョコウィによる治安当局の幹部人事である(表1)。選挙の年に合わせるかのように、ジョコウィは、複数の国軍の高官ポストに親交の深い人物を登用している。その際たる例が、2023年11月に就任した国軍司令官のアグス・スビヤントである。彼はソロ地区軍管区司令官を務めていた時期に、当時ソロ市長だったジョコウィの信頼を得た。彼は2023年10月25日に陸軍副参謀長から陸軍参謀長に昇格した後、1カ月にも満たない異例の速さで11月22日に国軍司令官に昇格した。

表1 ジョコウィ大統領による最近の治安当局人事

表1 ジョコウィ大統領による最近の治安当局人事

(注1)ボゴール地域軍管区は大統領宮殿があるボゴール市を管轄している
(出所)Haripin & Priamarizki(2023)および Tempo(December 4, 2023)をもとに筆者作成

治安当局の高官がジョコウィ派の人物で固められていくなかで、これらの治安機関が選挙プロセスで中立性を保てるのか、という疑問が市民社会からは投げかけられている。当然ながら、それぞれの機関のトップは中立を守ることを宣言している。しかし、有力な調査報道誌『Tempo』は、プラボウォ陣営の対抗馬であるガンジャル陣営およびアニス陣営に対して、治安当局による低強度な圧力が散発的ながらも断続的にかけられていることを報じている。具体的には、対抗馬への支持を表明した村長が汚職を理由に警察の尋問を受けたり、警察が対抗馬の選挙運動を尾行したりといったことが起きているというのである。そうした圧力を受けた村長らは、対抗馬を支援する活動を控えるようになってしまっている。他にも、アニス候補が11月17日に予定していたジョグジャカルタの国立ガジャ・マダ大学での講義が治安当局などの圧力で中止された事例もある。

治安当局が言論の自由や司法の独立に対して圧力をかけているとみられる事例もある。話題になったのは、歯に衣着せぬ発言をするガンジャル支持派の文化人ブテト・カルタレジャサの件である。12月1日にブテトがジャカルタで開いた風刺劇のイベントに警察が訪れ、ブテトは「政治的な要素を含めない」という文書に署名することを強制された。怒ったブテトはこれをメディアに公表したが、警察は「そんな署名をさせた覚えはない」と否定した。その後、ブテトはプラボウォ支持者により偽情報拡散の罪で警察に告発されている。この他にも、ギブランの立候補を可能にした憲法裁の違憲判決が出される前に、警察が判事の行動を監視し、憲法裁での法令審査がギブランに有利になるよう圧力をかけていたとの報道が『Tempo』によりなされている。

さらに、2024年11月に実施される統一地方首長選挙の前に首長の任期が切れた地域で、ジョコウィと関係の深い人物や元治安当局の幹部が中央政府によって首長代行に選ばれるケースがみられる(表2)。例えば、大統領選に立候補しているアニスが州知事を務めていたジャカルタ首都特別州では、後任の州知事代行にジョコウィ大統領と関係の近い国家官房の高官が選ばれている。同様に大統領選の候補者であるガンジャルが州知事を務めていた中ジャワ州でも、後任の州知事代行にジョコウィがソロ市長を務めていた時に同市の警察本部長を務めていた人物が選ばれている。他にも、バリ州や北スマトラ州などガンジャル候補を擁立している闘争民主党(PDIP)の地盤や、アチェ州、西パプア州など分離独立運動の歴史を持つ地域の州知事代行に元治安当局幹部が任命されている。国家公務員委員会(KASN)は、これらの首長代行が中立性を維持できていない可能性を指摘して懸念を表明している。首長代行は次の首長が正式に選出されるまで暫定的に日常の行政を遂行することを任務としており、新たな政策の実行など政治的イニシアティブを取るべきではないにもかかわらず、ジャカルタ州知事代行がアニス知事時代の政策を覆すといった事例が実際に起きている(Wilson 2023)。

表2 州知事代行の主な事例

表2 州知事代行の主な事例

(出所)Tempo(December 4, 2023)などから筆者作成

写真4 市民と挨拶をするプラボウォの副大統領候補ギブラン(中央の水色のシャツの男性)

写真4 市民と挨拶をするプラボウォの副大統領候補ギブラン(中央の水色のシャツの男性)

写真5 路上販売業者が集められ、プラボウォ=ギブラン候補のシャツが配布された。

写真5 路上販売業者が集められ、プラボウォ=ギブラン候補のシャツが配布された。
シャツの製作や配布のような戦略は、豊富な資金力を持つプラボウォ陣営だからこそできるものである。

選挙勝利の鍵となる政治資金──見え隠れする治安当局の圧力

治安当局の選挙キャンペーンに対する圧力のなかでも深刻な影響が懸念されているものとして、選挙資金源に対する圧力がある。『Tempo』の報道によれば、治安当局はプラボウォの対抗馬の大口献金者に対して、汚職捜査をちらつかせるなどして選挙資金を提供しないよう圧力をかけている。公的部門で汚職が蔓延しているインドネシアにおいて、大規模な国家プロジェクトに参加する実業家が何らかの形で不正行為に手を染めていることは十分ありうる。そのため、プラボウォの対抗馬を支持する実業家などが政治献金を躊躇し、選挙活動に影響が出ているというのである。

プラボウォの対抗馬の陣営で選挙ボランティア運営に携わるある関係者は、筆者とのインフォーマルな会話のなかで、「資金繰りが厳しいのは事実だ」と述べ、ボランティアのような対価を求めていない人々の活動でも必要となる、移動やイベント実施などのロジスティクス面での資金を調達することさえ難しくなっている現状を吐露した2。また、別の選挙対策チームの関係者は、「『ジョコウィ政権の権威主義化を問題提起しろ』と言われても、そのための金がなければ組織的な大衆動員を行うことはできない」と不満を漏らした3。これは、インドネシア政治の実情として政策的熟議だけでは政治が動かないことや、民主派勢力でも政治資金を断たれるとほとんどなす術がない現状を示している。

ジョコウィの後押しを受けたプラボウォ陣営が圧倒的な資金力を持っていることを考えると(表3)、対抗馬の資金不足は一層深刻な問題である。プラボウォの兄であるハシム・ジョヨハディスクスモはフォーブス誌のインドネシア長者番付トップ50に入る有数の資本家であり、プラボウォが党首を務めるグリンドラ党のパトロンとして多額の選挙資金を提供できる。プラボウォを支持する政党との連携関係を持つ選挙拠点(「ポスコ」という)の関係者によれば、選挙資金は選挙イベントに参加する人々を招集するのに使用されており、これには「莫大な資金を要する。1人あたりいくらというのは答えられないが、個々の地域ごとに数千人または数万人という単位でみれば想像がつくだろう」と述べる4。また、各地域の支持率の動向をリアルタイムに把握するうえで、選挙コンサルタントとしてビジネス化している世論調査会社との連携も欠かせない。東西5100キロ、南北1700キロの広大な領域に1万7000あまりの島々からなるインドネシアで世論調査を実施すれば、巨額の費用がかかる。

さらに、資金力があれば、表には出ることのない、ソーシャルメディア上の世論誘導を行う地下ネットワークをいくつも運用することができる。インドネシアの若者の間で圧倒的な人気を誇るティックトック(TikTok)では、プラボウォが大人気である。選挙時のソーシャルメディア戦略が高度に組織化されて久しいインドネシアにおいて、TikTokにおけるプラボウォ人気を完全に自然発生的なものとみるのはあまりにも単純すぎる見方である。

表3 総選挙委員会(KPU)に登録された選挙戦開始時の選挙資金額(登録番号順)

表3 総選挙委員会(KPU)に登録された選挙戦開始時の選挙資金額(登録番号順)

写真6 候補者討論会を視聴しながら盛り上がるガンジャル支持者。

写真6 候補者討論会を視聴しながら盛り上がるガンジャル支持者。
プラボウォ候補に対するブーイングの嵐であった。

写真7 選挙戦で市民と挨拶をするアニス候補(中央手前で白いシャツに紫色のタオルを肩にかけている男性)。

写真7 選挙戦で市民と挨拶をするアニス候補(中央手前で白いシャツに紫色のタオルを肩にかけている男性)。
アニスの選挙戦キックオフは首都ジャカルタ北部のスラム街であるタナ・メラ地域であった。

写真8 アニス候補(左側)を擁立する福祉正義党(PKS)議員(右側)のポスター。

写真8 アニス候補(左側)を擁立する福祉正義党(PKS)議員(右側)のポスター。
「PKSが勝利したらジャカルタは首都のまま」と書かれている。しかし、首都移転の中止を掲げるポスターはこれ以外見かけなかった。

政府介入に関する実態把握の難しさ──インドネシア連帯党(PSI)の事例

しかし、このような治安当局の圧力を実際に証明するのは極めて困難である。筆者がプラボウォ支持派の政党であるインドネシア連帯党(PSI)の政治家に対して今回の選挙における政府の介入について聞いてみたところ、彼は「答えは簡単です。介入が行われているという証拠を見せてみなさい」と述べた5

このPSIは2014年に設立された新党である。当初は反汚職・反不寛容・反世襲政治・若者主導を掲げ、2019年総選挙では都市部の若い世代を中心に支持を集めた。しかし現在は、既得権益との強い関係性が明るみに出て、革新政党としてのイメージは消えつつある。『Tempo』によれば、PSIに対しては、シンガポールを拠点とする新興資本家で元政治家のジェフリー・ジェオヴァニーが主要な財閥(コングロマリット)から政治献金を集めて、資金的バックアップを行ってきたという。過去にPSIに献金したコングロマリットには、長者番付1位のハルトノ家が所有するタバコ大手のジャルム・グループや、アジア通貨危機後の中銀流動性支援融資(BLBI)の不正流用問題の過去をもつガジャ・トゥンガル社などが含まれている。

そのPSIには、2023年9月23日にジョコウィの次男であるカエサン・パンガレプが入党し、そのわずか3日後に党首に選出された。ジョコウィは、もともと政治的アウトサイダーであったことから母体となる政党を保有しておらず、自身が所属するPDIP内ではメガワティ・スカルノプトゥリ党首よりも発言力が小さい。そこで、2024年10月に任期満了を迎えて大統領を引退するジョコウィは、息子を通して政界への影響力を維持することを目論んでいる。そのようななかでカエサンを党首に迎えたPSIは、ジョコウィがファミリーを通じて影響力を行使するための政治的な道具となることを選んだ。まさにPSIは「ジョコウィ王朝」のための政党として生まれ変わったのである。

一方、PSIは国民の人気が高いジョコウィの政治路線を継承すると有権者に訴えることで議席を獲得しようとしている。同党は、2019年の選挙では議席獲得に必要な得票率4%をクリアすることができず、国会で議席を獲得するには至らなかった。2024年総選挙ではこの得票率4%をクリアすることが目標である。

その取り組みを象徴するのが、都市部から地方の農村にまで至る所で目にするPSIの選挙ポスターである。これについてPDIP副党首のひとりは、「なぜこんな新党が一晩にして巨大なポスターをインドネシア中に設置できたのだ?」とコメントし、PSIが政府から不当に協力を得ているのではないかと疑問を呈した。筆者が話をしたPDIPの地方政治家も同様に、「選挙開始日に合わせて用意周到にポスターが設置された。(大政党の)我々でさえもここまで組織的にはできなかった」と述べている6。『Tempo』は、PSIのポスターが、ギブラン副大統領候補が市長を務めるソロ市から搬送されていると報道しているが、それ以上のことはわからない。政府機構による後援を示す確たる証拠がない以上、真相は不明のままである。

写真9 ジャカルタ中心部のスディルマン通り沿いに掲げられたPSIの大型ポスター。

写真9 ジャカルタ中心部のスディルマン通り沿いに掲げられたPSIの大型ポスター。
「PSIはジョコウィの政党である」と書かれてあり、ジョコウィとその次男で党首のカエサン・パンガレプの顔写真が掲載されている。

民主制下での権威主義的革新

オーストラリア国立大学教授のエドワード・アスピノールは、今回の選挙に関する論考において、「(『Tempo』などの)報道内容については慎重に取り扱う必要があり、政府による介入は前例がないわけではないが、これまでは主に地方選挙において見られるものであった。しかし今回、プラボウォの対抗馬は、より中央集権的に政府機構が動員されることを恐れている」と述べて、システマティックな介入が行われているとする見方に対しては慎重な姿勢を示しつつも、プラボウォの対抗馬が持つ危機意識を汲み取る必要性を指摘している。

表面には出てこない中央政府による圧力は、民主制を形式的に維持しながら政治権力を濫用することで権力維持が試みられる「権威主義的革新(authoritarian innovation)」(Curato & Fossati 2020)のなかでも、特に洗練された形態のものである。こうした「革新」は、国民が気付かないうちに、権力を維持するための基盤を水面下で構築していくことを可能にする。選挙民主主義の公正性を担保する法制度が侵食される局面までは行っていないとはいえ、「あの時に公正性に関する規範の瓦解が始まったのだ」と将来的に回顧されるようなことがないことをインドネシアの市民社会は固唾を飲んで見守っている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • すべて筆者撮影
参考文献
  • Curato, Nicole & Diego Fossati (2020) “Authoritarian Innovations: Crafting support for a less democratic Southeast Asia,” Democratization, 27(6): 1006-1020.
  • Haripin, Muhamad & Adhi Priamarizki (2023) “Jokowi consolidates influence over TNI as elections loom,” New Mandala.
  • Wilson, Ian (2023) “Indonesia’s Appointed Leaders and the Future of Regional Elections,” ISEAS Perspective, 2023/57.
著者プロフィール

水野祐地(みずのゆうじ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ研究員。修士(地域研究)。専門はインドネシア政治研究、イスラーム地域研究。最近の著作に、“Digital Anti-Islamist Activism at the Forefront of Political Polarization in Indonesia,” Trending Islam: Cases from Southeast Asia. Singapore: ISEAS – Yusof Ishak Institute (2023) など。


  1. 2024年大統領選の立候補者については、本特集の第1回、東方孝之「大統領選挙の見どころ──ジョコウィ路線の継承をめぐる三つ巴の争い」『IDEスクエア』2024年1月、を参照。
  2. プラボウォの対抗馬の陣営における選挙ボランティア運営関係者とのインタビュー、2023年11月29日、ジャカルタ。
  3. プラボウォの対抗馬の陣営における選挙対策チーム関係者とのインタビュー、2023年12月5日、ジャカルタ。彼によれば、2019年9月に実施された汚職撲滅委員会の弱体化に対抗する大規模な学生デモですら、ロジスティクス面での資金的なバックアップなしには大規模な動員はできなかった。
  4. プラボウォ陣営のポスコ関係者とのインタビュー、2024年1月3日、ジャカルタ。
  5. PSI政治家アデ・アルマンドとのインタビュー、2023年12月7日、ジャカルタ。
  6. PDIP政治家とのインタビュー、2023年12月8日、チレボン。
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