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(2024年インドネシアの選挙)第7回 プラボウォ政権への移行期政治

From Jokowi to Prabowo: The Transition Politics

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001058

2024年7月

(4,357字)

2月の大統領選挙と議会選挙を経て、プラボウォ・スビアント新政権の誕生を10月に控えるなか、インドネシアの政治は約8カ月の長い政権移行期の最中にある。10年前のユドヨノ政権からジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権への移行は、7月に大統領選挙を行ったため、3カ月という短い期間であった。今回の移行期間は異例の長さであり、新たな政治力学を生む契機となっている。その展開は、プラボウォ政権の展望を大きく左右する。本稿は、今の移行期政治を特徴づける3つの政治的駆け引きを考察したい。第一に、ジョコウィの退任後の政治力の温存をめぐる駆け引き。第二に、プラボウォ政権の連立与党形成に向けた駆け引き。第三に、統一地方首長選挙を睨んだ駆け引きである。

退任後のジョコウィ

大統領選を通じて、プラボウォはジョコウィ路線の継続をアピールし、自分こそがジョコウィの後継者であると訴えてきた。それは、世論調査で常に高い人気を誇るジョコウィと一体化することで、ジョコウィ支持層をプラボウォ票に誘導する戦略であった。世論人気は、ジョコウィの強力な政治資本である。その資本を政治力としてどう発揮するか。当初、ジョコウィはプラボウォとガンジャル・プラノウォ候補を天秤に掛けていたものの、後者のパトロンであるメガワティ・スカルノプトリ元大統領(闘争民主党党首)がジョコウィの関与を嫌がったこともあり、プラボウォを支持することに決めた(本名2024)。ただ、ジョコウィ自身も闘争民主党に所属していることから、彼のプラボウォ支持は同党への「裏切り」と見られ、メガワティとの全面対立に発展していく。

そのジョコウィにとって、退任後の政治力維持は重要である。メガワティ闘争民主党は、次期政権下の国会で最大議席を有する。同党の主導で、ジョコウィ時代の様々なスキャンダルを掘り起こす動きも出てこよう。特に大規模インフラ開発や、社会支援物資配給に関わる案件がターゲットになる。いかにそういう動きを牽制し、自分や家族を守るための政治力を維持するか。ジョコウィは2つのアプローチを模索している。

写真1 2024年2月、プラボウォ国防相に名誉大将の称号を授与するジョコウィ

写真1 2024年2月、プラボウォ国防相に名誉大将の称号を授与するジョコウィ

まず、息子で長男のギブラン・ラカブミン・ラカ次期副大統領を通じた権力行使である。プラボウォは、ギブランとペアを組むことでジョコウィ支持層の票を大きく獲得し、58%の得票率で選挙を制した。この恩を形で示すために、ジョコウィとプラボウォの間には次期政権についての非公式な合意文書がある。そこには、ジョコウィ路線の継続、プラボウォとギブランの役割分担、そして次期内閣でのジョコウィ推薦枠などが書かれている。ただ、この「パワーシェアリング合意」は本当に効力があるのか。プラボウォを全面的に信頼するほどジョコウィはナイーブではない。10月以降、ジョコウィは大統領の権力を完全に失う。プラボウォが、約束どおり自分を守ってくれる保証はどこにもなく、むしろ前大統領のしがらみに囚われたくないと思うのが自然である。いつジョコウィ推薦の閣僚たちが内閣改造で左遷され、ギブランの副大統領としての権限も大きく制限されるか分からないなか、プラボウォとの約束だけに依存するリスクは高い。

そのリスクをどう補うか。ジョコウィはゴルカル党への介入を模索する。同党は、次期プラボウォ政権を支える連立与党のなかで最大勢力となる。プラボウォ率いるグリンドラ党が、次期国会で86議席保有するのに対し、ゴルカル党は102議席を持つ。つまり、与党連合が国会で多数派を形成して、安定的な政権運営を行うためには、プラボウォにとって自党よりも勢力の大きいゴルカル党との交渉が重要になってくる。ジョコウィは、そのゴルカル党の顧問会議の議長ポストを得ることで、同党への影響力を制度的に確保して、プラボウォに対する交渉力を高めることができる。当然、同党のアイルランガ・ハルタルト党首は、ジョコウィの介入を警戒するものの、ジョコウィに近い党幹部たちは、そのシナリオに向けた政治工作を進めている。「党規を変更して、顧問会議の議長に強い権限を与えることなど、憲法裁判所の操作に比べれば容易いこと」とジョコウィの側近は漏らす。憲法裁の操作というのは、選挙法が定めた大統領選の立候補資格を緩和させてギブランの出馬を可能にさせた憲法裁判決を指す。

写真2 ゴルカル党建党58周年記念式に出席するジョコウィと左隣のアイルランガ党首

写真2 ゴルカル党建党58周年記念式に出席するジョコウィと左隣のアイルランガ党首

ただ、この動きに対してプラボウォも不審を抱くようになっている。ジョコウィは、ゴルカル党を使ってプラボウォをコントロールする気なのか。そういう警戒心がグリンドラ党内部に芽生えている。彼らは、先の総選挙で自党の得票率がゴルカル党に劣ったことさえ不自然だと考える。その理由は、選挙日の世論調査機関の出口調査では、同党の得票率は20%だったものの、即日開票では13%に留まったことにある。逆にゴルカル党の得票の伸びも不自然だと主張する。票集計を行う総選挙委員会に政治の意図的な力が働いたとし、その背後にジョコウィがいると信じるグリンドラ党幹部は少なくない。このようなジョコウィとプラボウォの水面下のせめぎ合いは、今後さらにヒートアップしていく。

連立与党の形成

その延長上に、次期プラボウォ政権を支える連立与党の形成をめぐる駆け引きがある。大統領選でプラボウォを擁立した政党は8党あったものの、次期国会で議席を確保するのはグリンドラ党とゴルカル党、国民信託党、民主主義者党の4党である。勢力としては280議席を占めるが、過半数の291議席には届かない。ジョコウィは、ここにナスデム党(69議席)と民族覚醒党(68議席)のどちらか、もしくは両党が加われば、次期連立与党の国会運営は安泰だと考える。両党とも大統領選ではアニス・バスウェダン候補を擁立したものの、元々ジョコウィ政権下の連立与党の一員で、関係修復にさほど困難はない。

問題はメガワティ闘争民主党である。党内は反ジョコウィ姿勢を明確に示すべきだという主張が強く、野党として次期政権と距離を置く方針を模索している。メガワティの側近のハスト・クリスティヤント党幹事長も、そういう声を代弁してジョコウィ批判を強めている。しかし、今後5年間、野党として戦うとなると、政権から大きな圧力を受けるリスクが伴う。第一に、主要な党幹部に対して汚職疑惑がかけられ、消耗していくことが予想される。第二に、今年11月に実施される統一地方首長選挙において、闘争民主党の立候補者が政権から露骨な嫌がらせや圧力を受けると思われる。そのプレッシャーから、立候補を控えたり辞退したりするケースも増えてこよう。そして第三に、連立与党が議会法を改正し、国会や地方議会で第一党が議長ポストを取る現行の規定から、投票による多数派が議長を決めるルールに変更する可能性もある。そうなると、次期国会で最多議席を持つ闘争民主党は国会議長ポストを失い、また第一党となった12の州議会と153の県・市議会でも議長を出せない。各地の議会で議長ポストを失えば、地元優遇の予算措置も取れなくなり、党の存在力の著しい低下が待っている。

写真3 メガワティ闘争民主党党首(左)とプアン国会議長(右)

写真3 メガワティ闘争民主党党首(左)とプアン国会議長(右)

これらの圧力をまともに受ければ、闘争民主党に破壊的なダメージとなる。どう回避するか。プラボウォ政権に参加するというオプションが生まれてくる。その現実路線を模索しているのが、メガワティの娘で国会議長のプアン・マハラニである。彼女の構想は、次期政権との対立路線ではなく、まずは「政権の外から協力するパートナー」として同党の役割を位置付け、10月のジョコウィ政権の終了まで耐えて、その後は攻めに転じるものである。具体的には、11月の統一地方首長選挙で、グリンドラ党と各地で連携して首長ポストを獲得しつつ、プラボウォと交渉を続けて、政権発足の半年後に行われるであろう第一次内閣改造にて、ジョコウィ枠の閣僚を排除し、闘争民主党から大臣を抜擢する構想である。

メガワティは、ジョコウィが関与するプラボウォ政権には絶対に近づかない。しかし、プラボウォとの関係は昔から良好で、ジョコウィの影響は消えたという大義名分があれば、プラボウォ政権に途中参加する可能性は十分にある。プラボウォと手を組むという話であり、ギブランは無視し続ければよい。そのシナリオの実現に向けて、プアン周辺はプラボウォの側近と水面下で対話を進めている。

プラボウォにとって、同シナリオは2つの意味でメリットが大きい。第一に、連立与党に国会第一党の闘争民主党(110議席)が加わることで、国会での絶対多数を掌握できる。政権の施政を阻む勢力が無力化することで、プラボウォの政治支配は一層強化される。第二に、ジョコウィに対する交渉力として、闘争民主党は効果を発揮する。今後、ジョコウィが様々な案件に絡んでギブラン副大統領やゴルカル党を通じてロビーしてきても、プラボウォはノーと言えるだけの数の力を闘争民主党から得られる。ジョコウィの影響力を軽減し、自らの自律性を高める政治戦略として、プラボウォはメガワティとの関係修復と闘争民主党の政権参加に大きなメリットを見出す。そういう政治駆け引きが、連立与党の形成をめぐって繰り広げられている。

統一地方首長選挙

最後に、地方首長選挙をめぐる権力闘争である。全38州中37州で州知事を選び、全514県・市の自治体のうち508カ所で県知事・市長を選ぶ選挙が、11月27日に予定されている。各政党にとって、この全国各地の実質的な権力者を決める直接選挙は、将来の大統領候補を発掘する機会になる。同時に、地方首長選挙は政党が財政基盤を固めるうえでも重要である。党公認候補が勝てば、首長から公共事業のバックマージンを上納金として吸い上げることができるからである。そしてジョコウィにとっても、今後の影響力の持続に向けて、特定候補を推して当選させるインセンティブが働く。そのため、当初は引退前の9月に地方首長選を実施したい意向が強かったものの、仮に大統領選挙が一回で決まらず6月の決選投票にずれ込んだ場合、9月の首長選では準備期間が短すぎるため11月となった。それでも、8月末に首長選の立候補者登録が完了することから、ジョコウィも引退前に大統領としての影響力を発揮できる。

その文脈で興味深いのが、首長選の出馬条件の緩和である。5月29日、最高裁判所は30歳以上と定められていた州知事立候補要件を緩和し、就任時に30歳であればよいという奇妙な判決を異例の速さで下した。メディアや市民社会は、ジョコウィの次男カエサン・パンガレップの出馬を睨んだ司法工作だと批判を強めている。実際、この展開は先述の憲法裁による大統領選挙の出馬要件緩和を彷彿させる。長男ギブランが40歳未満でも副大統領候補として出馬できるようになったのと同様に、今度は29歳の次男が司法介入で州知事選に立候補できるようになった。

写真4 ジョコウィの次男カエサン

写真4 ジョコウィの次男カエサン

そのカエサンを、どのように使おうとしているのか。最も現実的なプランは、中ジャワ州知事選への投入になる。同州は伝統的に闘争民主党の岩盤地域である。しかし先の大統領選で、ガンジャル候補は同州において、プラボウォに得票率で約20%ポイントの差をつけられて大敗した。その勢いで、州知事ポストも闘争民主党から剥がし取ることができれば、同党の地盤沈下は確実になる。また、同州はジョコウィの地元でもあり、世襲政治に対する寛容度は高い。実際に、世論調査ではカエサン支持が相対的に高く、闘争民主党の候補では太刀打ちできそうにない。

他方、ジャカルタの州知事選にカエサンを出馬させる案も存在する。しかし、都会の有権者は世襲政治を嫌う傾向も強く、同州での彼の支持率も低い。むしろ、ジョコウィのジャカルタでの関心は政敵の排除にある。それは、彼のアンチテーゼとして大統領選に出馬したアニス前ジャカルタ特別州知事の再チャレンジの芽を摘むことに他ならない。アニスのジャカルタでの人気は高く、大統領選も同州ではプラボウォと接戦の末に僅差で敗れている。アニスのジャカルタ州知事への復帰を期待する声も大きく、世論調査でもトップの支持率を誇る。その彼が州知事に返り咲けば、2029年の大統領選挙で有力な候補となり、ギブランやカエサンの政治キャリアの障壁になりかねない。いかにアニスを止めるか。これがジョコウィの政治となる。

写真5 アニス前ジャカルタ特別州知事

写真5 アニス前ジャカルタ特別州知事

ジョコウィは、5月末に次期政権の連立与党の4党首を集め、アニス対応を協議した。アニスの出馬を阻止する可能性と、アニスに勝てる対抗馬を擁立する可能性が模索されてきた。前者に向けては、大統領選でアニスを擁立した3党、すなわちナスデム党と民族覚醒党、福祉正義党に対し、アニスを州知事選で担がない見返りとして次期政権での優遇を約束する。しかし、勝てる選挙から撤退するインセンティブは働きにくく、逆に有権者の大きな失望を背負い込むリスクも高いため、アニス擁立を止めるのは困難である。闘争民主党でさえ、反ジョコウィを掲げてアニスとの共闘を模索するようになった。そのため、重点は後者の対抗馬擁立に移りつつあり、有力候補としてリドワン・カミル前西ジャワ州知事に注目が集まっている。

ジャカルタの世論調査でもリドワンの知名度は高く、アニスに次ぐ支持の高さを誇る。アニスは、先の大統領選で東ジャカルタや南ジャカルタといったイスラム色の濃い地域で票を多く取ったものの、西ジャカルタや北ジャカルタではプラボウォに敗北しており、そのパターンを踏襲すればリドワンの勝機は十分あるとジョコウィ周辺は考えている。ただ、リドワンが所属するゴルカル党は、彼をジャカルタの候補にするより西ジャワ州での再選を狙ったほうが確実だとの思いが強い。西ジャワ州は国内最大の票田であり、ここの州知事を同党が確保しておくことは、5年後の総選挙で決定的に有利になる。そのため、アイルランガ党首はリドワンをジャカルタで出馬させることに消極的で、ジョコウィのロビーに頭を悩ませている。一方、プラボウォ率いるグリンドラ党は、ジョコウィ案に乗って、ジャカルタでリドワンをゴルカル党との連立で擁立したいと考える。ただ、その背景には、交換条件として西ジャワ州ではグリンドラ党の候補をゴルカル党との連立で出馬させたい目論見もある。

写真6 リドワン前西ジャワ州知事

写真6 リドワン前西ジャワ州知事

移行期政治の限界

以上の考察からわかるように、10月のプラボウォ政権の船出を前にして、水面下で多元的な政治ゲームが熱を増している。その中心にはジョコウィがいる。依然として世論人気の高い彼は、政権末期のレームダック化を回避しつつ、次期政権に影響力を温存するモチベーションを強く持つ。いかに次期大統領との関係を構築していくか。どのような連立与党を形成するか。地方首長選で誰を立てるか。これらすべてにジョコウィの積極的な関与が見られる。過去に例のない政権移行だといえよう。8カ月という長い移行期が、その政治空間を創出しており、ジョコウィは今持つ権力をフル稼働し、ゲームを優位に進めようとしている。彼の移行期政治は、どれだけ結果を出せるだろうか。

その展望は必ずしも明るくない。10月の任期満了まではジョコウィに従うが、それ以降は関与させないと主張する政党幹部も多い。ジョコウィ要因さえ消滅すれば、また闘争民主党も交えて大連立を組んで、利権のパイを分け合い、安定的な談合政治を営みたいという意識も政党エリートに根強い。とくにプラボウォは、その談合政治で政権基盤を固め、分配政策で世論人気を維持できれば、5年後の再選も視野に入ってくる。そのシナリオと、「過去の恩人ジョコウィ」を天秤にかけたとき、優先順位は自ずと見えてこよう。そのシビアな権力闘争は、ジョコウィの移行期政治に限界があることを物語っている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • 本名純 2024.「生成AIと利益誘導のインドネシア大統領選挙」『外交』Vol.84.
著者プロフィール

本名純(ほんなじゅん) 立命館大学国際関係学部教授。博士(政治学)。主な研究分野は、インドネシア政治や東南アジアの非伝統的安全保障問題。近著は、Health Security in Indonesia and the Normalization of the Military’s Non-Defense Role, ISEAS-Yusof Ishak Institute, 2022.『じゃかるた新聞』や『月刊インドネシア』に政治解説コラムを毎月連載中。