IDEスクエア

世界を見る眼

(2024年インドネシアの選挙)第5回 ティックトックの政治化は民主主義を空洞化するのか?

Is Political TikTok Hollowing Out the Democracy?

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001055

2024年7月

(5,551字)

インドネシアの2024年大統領選挙においては、3組の正副大統領候補(アニス・バスウェダン=ムハイミン・イスカンダル、プラボウォ・スビアント=ギブラン・ラカブミン・ラカ、ガンジャル・プラノウォ=マフッド・MD)が出馬し、プラボウォ=ギブラン組が6割近い得票率で勝利した。プラボウォ=ギブランが、8割近い支持率を有する現職大統領ジョコ・ウィドド(以下、ジョコウィ)の後継者とみなされたことが勝利の一番の要因である。そもそも、副大統領となるギブランは、ジョコウィの長男である。法的には40歳以上しか正副大統領候補になれないにもかかわらず、ジョコウィの義弟が長官を務める憲法裁判所が地方首長経験者であれば例外を認めるという判決を下すことで、36歳でソロ市長をしていたギブランが副大統領候補になることができた。選挙キャンペーンでは、大統領活動資金のバラマキが行われ、国家機構にはプラボウォ=ギブランを支持する動きもあった。こうした司法・行政・国家財政の動員は、民主的に選ばれた大統領が民主主義の価値を掘り崩す動きとみなされ、一部の学生や知識人からは強い批判が行われた。しかし、こうした民主主義の衰退への懸念の高まりは、プラボウォ=ギブランのペアへの支持率を下げるほどではなかった。ギブランがプラボウォの副大統領候補となったことで、プラボウォの支持率が上がりさえした。

もう一つプラボウォ=ギブラン勝利の要因として重要なのは、プラボウォがソーシャルメディア、特にティックトックを通じてリブランディングに成功し、ギブランがZ世代(2023年時点で12歳から28歳の世代)を代表する候補として打ち出すイメージ戦略に成功したからだとも言われている。そこで、本稿では、ティックトックが大統領選挙に与えたインパクトを知る前提として、大統領選挙に関する動画がどれほど作られて拡散し、有権者に視聴されたのかをみていくことにする。そのうえで、このティックトックの政治化の持つ意味を考えてみたい。

世界を席巻するティックトック

ショート動画アプリであるティックトックが世界を席巻している。2016年、中国市場向けのショート動画共有アプリ、抖音(どういん)の配信を開始した中国のバイトダンス社(ByteDance)が、翌年にその国際版を配信し始めた。それがティックトックである。当初は最長でも15秒の動画を作って配信することができるサービスであり、音楽に合わせて踊るような動画を誰でも作れるということで、若者を中心に支持が広がった。今では、同社は世界で最も企業価値の高いスタートアップ企業となり、2023年には53言語158カ国で利用されている中国初の世界的に成功したソーシャルメディアとなっている。2023年10月時点での18歳以上のアクティブなユーザー・アカウントは12.18億に達し(Dean 2024)、インドネシアでの同ユーザー・アカウント数は世界第2位の1億2680万である(Kemp 2024)。 Z世代がユーザーの中心であるティックトックは、ユーザー登録の年齢制限を13歳以上に設定している。このことから、公式データに13歳から17歳のユーザー・アカウントを含めれば、世界のユーザー・アカウント数もインドネシアのユーザー・アカウント数もさらに多くなる。

短期間でここまで一気にユーザー数を増やすことができたのは視聴者にとっても投稿者にとっても魅力的だったからである。視聴者にとっては、バックに流れる音楽を聞きながら、さまざまなコンテンツの短い動画を次から次へと見ることができ、タイム・パフォーマンスが良い。気に入れば、「いいね」を意味するハートマークをプッシュしたり、シェアしたりするだけでなく、すぐにダウンロードもできる。ティックトックのAIがスマホのユーザー情報を解析して、そのユーザーが気に入るであろう動画を見られるようにしてくれる。視聴者は、フォローしていないユーザーの投稿であってもAIが興味を持つと判断すれば見ることができ、AI が提供するレコメンド動画がいつでも画面に流れてくるように設計されている。また、ユーチューブと違って縦画面の動画にしてスマホで見やすいようにしている。投稿者にとっては、動画時間が短いために編集時間が短くてすみ、比較的容易に音楽やエフェクトを加えた編集ができるために参入障壁が低い。さらに、他のソーシャルメディアと違い、フォロワーがいないユーザーが作った動画でも、その動画に興味を持ちそうなユーザーに届き、150回ぐらいは再生される。その動画に高評価がつけば、さらに多くのユーザーに配信される仕組みのため、素人動画でもバズる可能性が高い。

こうした特徴を持つティックトックを最も使っているのは、幼少期からインターネットに接している世代である。Socialinsiderの2023年のデータによれば、インドネシアでティックトックのアカウントを持つ人の41.8%が24歳以下、81.7%が34歳以下である(socialinsider 2023)。彼らにとって、タイム・パフォーマンスが良く、多様でユニークなコンテンツにアクセスでき、興味に従ったコミュニティがあり、場合によっては、短尺動画を作って、自分たちのあこがれであるユーチューバーやインフルエンサーのようにバズる可能性を持つティックトックは極めて魅力的なソーシャルメディアである。インドネシアの若者たちは、エンターテイメント性のある動画にはまるだけでなく、新商品や生活に役立つ情報もティックトックから入手している。それゆえに選挙ともなれば、ティックトックが重要な政治ツールになるのは当たり前とも言えた。

選挙ツールとしてのティックトックの誕生

本節では、2024年大統領選挙においてティックトックがどのぐらい活用されたのか、陣営ごとの違いはどのようなものであったのかについて量的に分析してみたい。ウェブサイトやソーシャルメディアからの情報抽出(スクレイピング)のツールを提供するApifyにあるTikTok Scraperを使って、各陣営が頻繁に使っているキーワードを含むティックトック動画情報を収集した。収集対象とした期間は2023年2月12日から選挙キャンペーンが終わる2024年2月10日までの約1年間とし、表1にある正副大統領候補の名前、愛称をキーワード検索した。キーワード検索すると、ユーザー名、ハッシュタグ、概要に表1のキーワードを含む動画情報を収集することができる。選挙キャンペーンでは候補者の名前を売ることが重要であることから、このキーワード検索に基づけば、かなりの動画情報を収集できる。

表1 検索で用いたキーワード

表1 検索で用いたキーワード

(出所)筆者作成

収集した動画情報のうち、本稿では全候補者、各陣営、各正副大統領候補者にわけて、選挙キャンペーンに伴う投稿数、再生数、ダウンロード(DL)数を計算した。各陣営の数値というのは、大統領候補か副大統領候補どちらかのキーワードを含むティックトック動画の数である。図1から図3は、3組の投稿数、再生数、DL数の1週間ごとの合計値の時系列変化である。図にある緑色の四角い範囲は選挙キャンペーン期間で、赤色の縦線(破線)は、正副大統領選の立候補受付開始日である。大統領の立候補受付期間中(2023年10月19日から10月25日)まで、正副大統領候補のペアは確定していないので、それぞれの折れ線グラフは、将来ペアとなる正副大統領候補どちらかの名前を含む動画の数を意味している。

図1から図3を見ると、当然とは言え、選挙キャンペーンに近づくと全候補者合計、全陣営、全正副候補者のすべてにおいて、投稿数、再生数、DL数が大きく増えていることがわかる。選挙までは動画投稿数、再生数、DL数においてそれほど大きな差はないものの、正副大統領候補のペアが決まった後は、再生数、DL数において、ほぼ常にプラボウォ=ギブラン組が一番高い値を維持し続けている。選挙キャンペーンの最終週である2024年2月4日の週は、プラボウォ=ギブラン組の再生数は約22億回に達している。

図1 1週間ごとの動画投稿数(2023年2月12日~2024年2月10日)

図1 1週間ごとの動画投稿数(2023年2月12日~2024年2月10日)

(出所)筆者作成

図2 1週間ごとの動画再生数(2023年2月12日~2024年2月10日)

図2 1週間ごとの動画再生数(2023年2月12日~2024年2月10日)

(出所)筆者作成

図3 1週間ごとの動画DL数(2023年2月12日~2024年2月10日)

図3 1週間ごとの動画DL数(2023年2月12日~2024年2月10日)

(出所)筆者作成

表2は、選挙キャンペーン中である2023年11月28日から2024年2月10日までの3組(正副大統領どちらかのキーワードを含むティックトック)、それぞれの正副大統領候補のキーワードしか含まないティックトックの投稿数、再生数、DL数の1日あたりの平均値を示したものである。投稿数においてはアニス=ムハイミン組が一番多いものの、再生数、DL数においては、プラボウォ=ギブラン組が抜きん出ており、それぞれ1.89億回、80万回に達していたことがわかる。また、ガンジャル・プラノウォ=マフッドMD組については、すべての点で劣っている。正副大統領個々人のデータを見ていくと、投稿数においては副大統領候補のムハイミンの投稿数が一番多い。しかし、再生数、DL数では圧倒的にプラボウォが多くなっている。副大統領候補では、ギブランが再生数、DL数で他の副大統領候補よりもかなり高く、再生数では、プラボウォ以外の大統領候補に近い値をはじき出している。このことは、ティックトックにおいては、大統領候補のプラボウォへの関心が圧倒的であったことに加え、副大統領候補であるギブランへの関心も高かったことがわかる。

表2 選挙キャンペーン中の各組と正副大統領それぞれの投稿数、再生数、DL数
(2023年11月28日~2024年2月10日)

表2 選挙キャンペーン中の各組と正副大統領それぞれの投稿数、再生数、DL数(2023年11月28日~2024年2月10日)

(出所)筆者作成

ショート動画とはいえ、選挙キャンペーン中、毎日、正副大統領候補に関する動画が億単位で再生されることは他のソーシャルメディアでは考えにくく、ティックトックの拡散力の強さを示しており、プラボウォ=ギブラン組の存在感は圧倒的であった。選挙キャンペーン中を通じて、表1のキーワードを含む動画で最も再生数の多かったものは、軽妙な音楽をバックにプラボウォが踊り、ギブランがそれを拍手して盛り上げようとしている動画であった。プラボウォといえば、2014年、2019年の大統領選挙のときには、強面で愛国主義的な主張を勇ましい声で語る元軍人というイメージが強かったが、今回の選挙では若者受けする「かわいい」イメージを打ち出すことでリブランディングを図った。Z世代・ミレニアル世代の若者は有権者の5割を上回っており、勝敗を分ける若年票の争奪戦で優位になるべく、このイメージ戦略が展開されたのであろう。また、ギブランは、日本の漫画やK-pop好きのソーシャルメディア上のファンダムに属しているインターネット世代である。それもあって、副大統領候補の討論会において、若者世代に人気のある日本の漫画「ナルト」のコスプレをして登場したことに示されるように、自らを若者世代の代表としてブランディングした。全国紙であるコンパス紙が行った出口調査では、表3のように、ティックトック利用率の高いZ世代のような若い世代ほどプラボウォ=ギブラン組への支持率が高くなっていた。ティックトック動画再生数を見る限り、そうしたイメージ戦略が奏功したようである。

表3 出口調査世代別の正副大統領候補支持率(%)

表3 出口調査世代別の正副大統領候補支持率(%)

(出所)Agustina(2024)にもとづき筆者作成

空洞化する民主主義?

本稿では、大統領選挙に関するティックトック動画の投稿数、再生数、DL数といった量的データを示した。10億単位の再生数はティックトック動画の強い拡散力を示し、プラボウォ=ギブラン組の動画の再生数やDL数の割合が極めて高く、リブランディングした「かわいい」プラボウォの踊りが特に若い有権者に受けたことを意味しそうである。ティックトックは短くて、面白い動画がバズることから、その政治利用が始まると、政治そのものがポップになり、エンターテイメント化したということから、ポップな政治(pop politics)、ポリテインメント(politainment, politicsとentertainmentの合成語)という言葉で政治を見る視点が生まれてきている。イデオロギーも綱領も意味をなさず、民主主義そのものが空洞化しつつあるということまで示唆しようとしているのかもしれない。実際、我々も今回の選挙に関するティックトックを多く見てきたが、感情に訴えるもの、面白さをアピールするものなどが多く、何が争点なのかがよくわからなかった。ティックトックだけが選挙キャンペーンのツールなら、思わず民主主義の空洞化を嘆いてしまいそうである。Z世代の情報源としてティックトックの重要性が高まりつつあることは調査などで明らかになってきているとはいえ、ティックトックの情報だけで投票しているわけではないであろう。ティックトックの拡散力をもって民主主義の空洞化と即断するのは危険であり、さらなる調査が必要である。ただ、ティックトック動画を含めたショート動画が政治的重要性を増していくことの意味は民主主義の行方を考えるうえで間違いなく重要になってきている。

今後の課題は、もう少し詳細なコンテンツとコメント分析をすることで、どういったアクターが作成した動画が人気を博したのか、どうして人気を博したのかを明らかにしていくことである。そのためには、正副大統領候補の選挙対策チームや支持者が作った動画に絞り込んで分析する必要がある。今回のキーワード検索で集めた動画は、必ずしも正副大統領候補の選挙対策チームや支持者が作った動画だけではない。別の候補者がライバル候補者名を含めたティックトック動画を作ったり、中立的なユーザーが複数の候補者名を含めたティックトック動画を作っていたりする場合もある。また、候補者とは別の人物でありながら同じキーワードを含むティックトック動画である可能性もある。そうした動画をコントロールして分析を進めることで、各正副大統領候補たちとその支持者が作り上げようとしたイメージをより正確に明らかにすることができるはずである。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
画像の出典
参考文献
著者プロフィール

岡本正明(おかもとまさあき) 京都大学・東南アジア地域研究研究所・教授。地域研究(博士)。現在の主な研究分野は、東南アジアにおけるデジタル化の政治。近著は、「ASEANスマートシティ・ブームのダイナミズム──背景・アクター・課題──」(玉野和志・船津鶴代・齊藤麻人編著『東南アジアにおける国家のリスケーリング』ミネルヴァ書房、2024年)

八木暢昭(やぎのぶあき) 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程学生。株式会社みらい翻訳データサイエンティスト。修士(地域研究)。専門は、計量政治学、マレーシア現代政治。主な著作は、“The Causality of the Regime Change in Malaysia: Barisan Nasional’s Authoritarianism and its Malfunction in the 14th General Election.” Journal of Chinese Literature and Culture, 7(1), 2019.

久納源太(くのうげんた) 京都大学東南アジア地域研究研究所 機関研究員。博士(地域研究)。専門は、都市研究、社会学、インドネシア現代政治。主な著作は、“Geography of Insecurity in Contemporary Jakarta: Cross-Class Spread of Residential Street Barriers.” Southeast Asian Studies, 12(1), 2023.